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札幌市交通局 いすゞKC-LV832N +IBUS
いまはなき札幌の市営バスですが、ノンステップバスの導入などは、他都市の公営事業者に比べて特に遅かったということはありません。まず1998年度に、いすゞキュービックの先行発売車が1台、続いて1999年には同じくいすゞの市販車が2台入っています。
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・札幌市交通局 いすゞKC-LV832N +IBUS 2003年9月 札幌市東区

画像は、1999年に入った車両。
長尺車が好まれていた北海道だけあって、ノンステップバスでも長いサイズが選ばれました。
中扉は1998年導入車はグライドスライドドアでしたが、こちらは通常の引戸。このあたりは、全国の事業者でも同様の変化が見られた事例ですね。
キュービックのノンステップは、グライドスライドドアの部品なのか前扉上部の出っ張りが大きいのが気になるところです。
塗装は、1995年から採用された新塗装をベースに、白帯を追加したもの。リアのエンジン室付近のデッドスペースを縦方向に塗り分け、交通局のロゴを入れたのがアクセントになっていますね。広い幕板に書かれた「NON STEP BUS」の文字が目立ちます。

この車両が入った翌年から、札幌市交はバス事業を民間に移譲を開始。
このKC-LVノンステップ車2台も各事業者に移管されました。
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・じょうてつ いすゞKC-LV832N +IBUS 2003年9月 札幌市南区

札幌200か226は、2003年春の藻岩営業所の移譲の際に、同所と共にじょうてつに移管されました。
このとき、1998年導入のLV832Nも移籍しています。
しかし、どちらも比較的早くに廃車になったようです。収容力が災いしたのでしょうか。
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・北海道中央バス いすゞKC-LV832N +IBUS 2008年5月 札幌市中央区

一方、表題の札幌200か225は、2004年春の札幌市営バス廃止時まで在籍し、東営業所と共に北海道中央バスに移管されました。同社には、キュービックノンステップが既に在籍していましたが、塗り分けが若干異なっています。幕板が広いのに何もアクセントになるものがないので、なんとなく重たい雰囲気ですね。
現在は、小樽方面に転属したそうです。

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# by hiro_hrkz | 2017-04-22 01:14 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
鹿児島市交通局 2100形 2101・2102
鹿児島の市電は、1985年に伊敷・上町の両線を廃止したものの
その後の近代化は目覚ましく、路線のセンターポール化、車両の全車冷房化などを推進してゆきます。
そして、1989年に26年ぶりの新車として投入されたのが、2100形でした。
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・鹿児島市交通局 2102 1994年9月 二軒茶屋~南鹿児島駅前
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・鹿児島市交通局 2101 1994年9月 二軒茶屋

2両それぞれ独自の塗装をまとい、2101は「しろやま」、2102の「さくらじま」の愛称をつけて登場しました。そのメーカーは地元、JR九州の鹿児島車両所だったことが特筆されます。
そのスタイルは、前面は1枚窓、側面の窓は逆T字と、当時他の事業者で投入されていた路面電車と同じ「最新スタイル」ではあるのですが、一方で丸みが多い車体そのものは、昭和30年代の印象。どこか中途半端な車体更新車という感じもしてきます。お手本になるものが在来車しかなく、それに合わせて作ったためこうなった・・・というところなのでしょう。

車内は、ロングシート主体であるものの、乗務員室の後ろは2人掛けの転換クロスシートとなっていました。
が、中乗り前降りでは乗客の流動性が悪くなるだけで、結局1995年にロングシートになりました。

一方、電装品は東洋電機製。直流電動機を用いた間接自動制御で発電制動付というのは、鉄道線の電車なら普通の方式ですが、日本国内の路面電車では1960年代以前は直接制御や間接非自動制御に比べてレスポンスが遅いことで嫌われ、一方、1980年代以降ではVVVF制御が主流になったことから、少数派となっています。型式は、主電動機がTDK8567-A(定格出力60kw×2)、制御器がAMD-M260-119B・・・(M:600V、2:1C2M、60:60kwモーターの意)です。
台車は、住友製のFS-90で、国内でも広電や熊本市電で既に実績のあった軸箱支持にシェブロンゴム式を採用しています。
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・鹿児島市交通局 2102 2012年5月 高見馬場

このあと、鹿児島市電は続々と新車を投入していきますが、機器類は交流モーター+VVVF制御に、車体も窓配置が整理され洗練されたものになりました。
2100形は愛称もなくなり、緑とオレンジに白線の標準塗装になりましたが、ずんぐりとした感じが強調される結果になりました。ほかには冷房機が交換されているようですね。

2両だけの少数派ということもあるのか、なんとなく見かけることが少ないような気がします。
自分で撮った写真を探しましたが、結局この3枚だけでした。

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# by hiro_hrkz | 2017-04-18 00:20 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)
一畑バス いすゞU-LR332J・KC-LR333J +西工58MC
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西工が西日本に多いといっても、中国・四国地方においてはその殆どは山陽地方に集中しており、山陰と四国は53MC~58MCの時代は例が殆どありませんでした。その数少ない例の一つが、この一畑電気鉄道(→一畑バス)が導入した、いすゞLRへの58MC架装例です。
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・一畑電気鉄道 いすゞU-LR332J+西工58MC 1998年9月 松江駅前

一畑の乗合車は、1970年代以降、小型車などごく一部の例外を除きいすゞで、その車体はC系の初頭までは富士重工架装も存在したものの、基本的には川重→IKが大半を占めています(例1例2)。そこに突如として、1994年に2台の西工架装車(島根22き1687、1690)が登場しました。

IK架装のほうが、通常のツーステップなのに対して、こちらはワンステップ車をベースにステップを1段追加したタイプの模様。このあたりは、神戸市交のLR(→熊本電鉄)と似た導入背景を想像するところです。
従って、側面の窓は天地拡大タイプでだいぶ軽快な感じとなっています。

なお、同社は1993年まで前面を赤一色に塗っていましたが、この年から側面と同じく、白地に赤と黒の帯が入るようになりました。
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・一畑バス いすゞU-LR332J+西工58MC 2009年2月 島根県松江市
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・一畑バス いすゞU-LR332J+西工58MC 2012年10月 出雲市駅前(島根県出雲市)

翌1995年には、島根22き1730~1732の3台を導入。
仕様は前年と特に差はないようです。
松江だけでなく、出雲市で使用されているものもあります。

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・一畑バス いすゞKC-LR333J+西工58MC 2009年2月 島根県松江市

そして、1996年には島根22き1855~1858の4台を導入。
排ガス規制がKC-になっただけでなく、正真正銘のワンステップ車になりました。
また、前バンパーにはコーナリングランプが埋め込まれるなどの変化があります。
なお、行き先表示は通常の幕式でしたが、松江の車両は後に、LED化されています。

西工架装の車両はこの年で打ち止めとなり、あとはIBUS架装の車両ばかりに。
96MC架装の車両は登場しませんでした。
車齢20年を超え、これらも、この春に多くが廃車になったと聞きました。
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# by hiro_hrkz | 2017-04-11 01:35 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
桃と林檎と温泉電車
世の中は新年度ですが、なんとか1両が完成しました。
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福島交通飯坂線・・・飯坂電車の1200形モハ1202です。
かつて、同じ1200形でも狭窓のモハ1211を作成しており、7年5か月目にしてようやく連結相手ができました。

前回の記事で加工途中の画像を何枚か並べていますが、ベースとしたのは鉄道コレクション第16弾の遠鉄30形クハ86。まず切り継ぎと戸袋窓の拡大で10枚の客用窓を並べた後で、両端を切断。裾に0.5mm厚のプラ板を接着して、窓の位置をあげています。そこに第6弾の小田急1600の扉附近を切り継ぎました。
そして、車体をカラ竹割にして、幅を詰めています。屋根も遠鉄のそれを使っていますが、車体に貼り付けたあとで全体的に削って整形しています。

前面は、狭窓車よりもカーブがきついのでグリーンマックスのキハ04キットのお面を使用。例によって芯にしたようなもので、ディテールは削り取って、新たに窓枠・窓柱を新設しています。
テールライトは銀河の半流旧国用、ヘッドライトは同じく新型電機用。

塗装は、クリーム1号と京急のバーミリオンであるのは、当然ながら前作と同じ。
窓ガラスも窓枠をクリーム1号に塗っていますが、これが細くて難儀しました・・・はい、齢〇〇年を過ぎて、細かいものが見づらくなってきまして・・・面相筆でどこ塗っているのかわからない!。
運転台の側窓は適当なものがないので、透明プラ板に窓枠を描いてはめこんであります。
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前作と連結することが前提なので、こちらには動力を組み込んでいません。
台車は、実物は雨宮H1ですが、当然製品などないので、鉄コレのブリルを履かせています。

実物よりも、(側面の)窓の天地寸法が大きいことから、どこまで雰囲気を出せるのか不安でしたが、
色を塗ってしまえばまぎれもなく「いいでん」に見えるので、ほっとしているとこれです。

さて、ここまできたら皆様のご想像通り、中間に1両挟まねばなりません。
いちおう考えてはいるのですが・・・。さすがにまた7年経たないと・・・ということはないようにしたいと・・・・

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# by hiro_hrkz | 2017-04-06 02:02 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
東濃鉄道のエアロスターM 3題
岐阜県の東部、多治見・土岐・恵那等に路線網を持つ東濃鉄道(東鉄)。
一時期、日デを積極的に導入した時期はあったものの、名鉄系列の事業者だけあって、基本的には、ふそうが主力車種となっています。
当然、エアロスターも数多く在籍し、いくつかのバリエーションがありました。今回は、その中から3っつほどを。
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・東濃鉄道 三菱ふそうP-MP218M? +三菱 1998年8月 多治見駅前(岐阜県多治見市)

東鉄も、名鉄グループ各社の大半と同じく、三菱自工大江製のエアロスターMを導入していました。
ただし、仕様面では独自性が高く、名鉄バスとは異なった雰囲気でした。
この車両は、メトロ窓で前後折戸の車両。
ナンバーが「岐22」であることから1987年以前に導入された初期の車両であることがわかりますが、
このタイプを見たのは、このとき一度きりでした。
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・東濃鉄道 三菱ふそうU-MP218M? +三菱 1998年8月 多治見駅前(岐阜県多治見市)

一方、こちらは、多治見ではよく見ることができたワイドドア車。
画像の車両はどちらも、平成元年排ガス規制適合のU-MPです。
名鉄のクルマと比べると、長さは同じ中間サイズ(5.3m)ですが、窓はメトロ窓に対し2段窓と、少々グレードが低めの設定になっています。
下の画像の車両は、多治見市の花である桔梗が全体に描かれていました。

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# by hiro_hrkz | 2017-03-28 01:36 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
渋川のスイッチャー
群馬県の上越線渋川駅。
この駅の東側には、関東電化工業の渋川工場があり、かつては貨物用の引込線が拡がっていました。
貨車の入れ替えは日本通運が担当しており、何両かのスイッチャーが存在していました。
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・1997年8月 渋川

まずは、この車両から。
かつてはどこでも見ることができた、国鉄の貨車移動機ですね。
これは10t機。1971年 協三工業製です。
既にボロボロで、窓ガラスはガムテープで補修されていました。
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・1998年5月 渋川

一方、こちらは、いかにも専用線のスイッチャーという感じの車両。
日立製の20or25t機です。下回りはロッド式となっています。
こちらも、側面の手摺がひん曲がっていたりしていて、どうもここは手荒な扱いをうけていたのかな・・・と思うところです。
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・1997年8月 渋川

そして、もう1両は日車製の10t機。
日車のスイッチャーは過去にも何種類か紹介していますが、これは最小クラス。
車体・足回りとも、これより重いタイプと共通しているだけに寸詰まりで、どことなくユーモラスな感じも受けます。

貨車も2つほど
渋川の専用線は、石油とカセイソーダのタンク車を多く見かけましたが、他にも、ここならではというものがありました。
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関東電化工業所有のタキ200形タキ214。
トリクロールエチレン専用です。
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一方、JRの黒貨車・トラ70000は神奈川臨海鉄道の横浜本牧駅常備。
積荷は工業塩でした。
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# by hiro_hrkz | 2017-03-20 23:32 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
西日本ジェイアールバスの富士7E・8E
国鉄のバスのうち、近畿と北陸を継承したのが、JR西日本系列の西日本ジェイアールバス。
国鉄時代は、近畿地方自動車局はふそう、北陸は中部地方自動車局で日デが採用されており、双方に富士重工の架装車が在籍していました。しかし、ふそう+富士はJRになってからは導入されなかったため、同社の富士7E・8E架装車は北陸の日デのみとなります。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-UA440LSN +富士7E 2009年8月 金沢駅 ※
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E 2009年8月 金沢駅

主力は大型車。
平成元年排ガス規制適合のU-UAは、1991年製の6台、1992年製の7台、1995年製の1台の計14台ありましたが、後継車種の平成6年排ガス規制適合のKC-UAは1998年製の1台だけ。いずれも、金沢および富山県砺波地方の福光に配置されていました。

どちらも黒色の2段窓という点は共通していますが、細かな仕様は異なり、まず車体は後扉が折戸から引戸に変化しています。その関係で、側面方向幕の位置がずれ、また塗装も戸袋窓は周囲が白色で、若干異なるものとなっています。
サスペンションは板バネからエアサスになりましたが、一方で車内は、2人掛けシートがズラリと並んでいることは変わらないものの、U-は枕付きなのに対し、KC-はそれがないものにグレードが下げらています。

ところで、西日本JRバスでは秋の紅葉のシーズンになると、金沢から京都に路線車が貸し出されます。
このときにナンバーをきちんと石川(金沢)から京都に変更しているため、貸し出しを終えて戻ってくると、ナンバーが再び変わることになります。これら日デの大型車も例外ではなく注意が必要なところです。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-RM210GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-RM211GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅

一方、中型車は合計5台が存在。
こちらは大型車とは逆に、平成元年排ガス規制適合のU-RMが1993年製造の1台だけ。平成6年排ガス規制適合のKC-RMは、1997年と1998年に2台づつ導入しています。
U-とKC-の仕様差は大型に準じていますが、更にU-RMがT字窓でツーステップなのに対し、KC-RMは2段窓で前扉側がワンステップとなっています。なお、同じKC-RMでも前扉が黒一色と車体色と同一と異なっていますが、これはメーカー側の仕様変更に伴うものです。

もともとはU-RMは福光、KC-RMは能登半島の穴水に配置されていましが、2002年にいずれも閉鎖されて金沢に転属しました。

※2017.3.18 型式を修正し、それに伴い本文の一部を変更しました。



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# by hiro_hrkz | 2017-03-17 01:20 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
長野電鉄 0系「OSカー」
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・長野電鉄 クハ51 1994年3月 朝陽

OSというと、現代ならオペレーティングシステムというのが一般的なところですが、
やはり鉄道マニアとして思い出すのは、「Officemen & Students Car」であると思います。
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・長野電鉄 モハ1 1999年9月
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・長野電鉄 クハ51 1999年9月 須坂
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・長野電鉄 モハ2 1997年2月 須坂
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・長野電鉄 クハ52 1994年3月 朝陽

改めて説明するまでもない電車ですね。
長野電鉄0系電車は、1966年日本車輌で2連2編成が製造されました。
ローカル私鉄の自社発注車では大変珍しい20m級4扉車です。しかも朝には2本つなげて4連で使用したというのは、登場時は特にインパクトの強い話だったはずです。なにせ、20m級(以上)で4扉両開きは、当時の私鉄では、東武8000、小田急2600、相鉄6000、近鉄通勤車、および営団5000系しか存在していませんでした。そして車両形式の「0系」というのも、より印象的なものにしたことでしょう。

車体も鋼製ながら前面に強化プラスチックを使用しており、複雑な造形・・たとえば、運転席窓回りは傾斜がつけられ、前面方向幕上部がその両側よりも凹んでいる・・・も、当時としては斬新なものだったと思います。側面の方向幕も、まだ大手私鉄でも実用化されていなかった時代につけたことになります。こういうった点は、メーカーとして、実験的な部分もあったのではないかと推測されるところです。

電気機器類は、長野電鉄の伝統に従い三菱電機製で揃えられており、制御器はABFM、主電動機は135kw×4でWNドライブとなっています。日本国内で狭軌用のWNドライブが初採用されてから約10年で、随分と高出力になったことがわかります。ただし、それでも外形寸法が大きい為か車輪径がモハが910mm、クハが860mmと異なったものになったようです。
 この主電動機の出力は、40‰勾配が連続する山之内線で使用し、かつMT編成としたためですが、一方で在来車には多く装備されていた抑速制動もしくは発電制動はありませんでした。主電動機の熱容量といった技術的な理由なのかどうかはわかりませんが、このことは引退間近の頃の鉄道誌を読むと、この電車の寿命を縮めることに繋がったようです。
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台車は日車NA-18。
インダイレクトマウント式で枕ばねはコイルバネかつオイルダンパ付き、軸バネはペデスタル式となっています。

長野オリンピックを目前にした1997年に廃車。
うち、モハ1+クハ51は暫くの間、須坂駅に留置されていました。1999年の写真はそのときのもので、方向幕が「特急」になっているのはご愛嬌です。
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そして、自分が作った模型と並べて1枚ほど。今では鉄コレがありますが、そんなものの影も形も無かった当時。
側面はGMの西武451系を片側4か所の切り継ぎと戸袋窓を埋めて作り、前面は同じく京成3500系キット附属の京成3150用を改造、そして、台車はDT-20を履かせてあります。
「長野オリンピックを記念して~」と言いながらの大改造でしたが、あれからもう19年も流れているんだなあ・・・と、ふと思ったところです。

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# by hiro_hrkz | 2017-03-10 01:10 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)