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遠州鉄道 30形モハ51+クハ61
長期にわたって製造された、遠州鉄道の30形電車ですが、最終編成である1980年製のモハ51・クハ61は、他の編成との差がいろいろとあり、実質的に別の形式として考えても差し支えない存在です。
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・遠州鉄道 モハ51 1990年8月 西鹿島
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・遠州鉄道 クハ61  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

基本的には、1978年に製造されたモハ25・クハ85を踏襲していますが、同じなのは窓配置くらいのもの。前面は大きく変わり、湘南型をベースに当時の流行だった?窓ガラスまわりが一段凹んだ造形で、前照灯・尾灯は窓下へ。
車体側面の裾のRも大きく取られています。そして、連結面は客室断面ほぼそのままの超広幅貫通路を止めて、幅1000㎜のごくノーマルなタイプになっています。これは冷房効果を考えてのこと。なお冷房機そのものは、25・85と同じく三菱CU124(能力 10500kcal/h)×3です。

下回りも大きく変わっています。
吊り掛け駆動から中空軸平行ドライブになり、主電動機は日車NE90(定格出力112kw)×4から東洋TDK8095-A(端子電圧375V・定格出力120kw)×4になりました。
30形の台車は、円筒案内式の軸箱支持にトーションバー(ねじり棒)式の枕バネを持つ日車ND-507から、ペデスタル式の軸箱支持にインダイレクトマウント方式の空気バネを枕バネを持つND-306(ND-306T)に一部が移行しています。この編成は、さらにダイレクトマウント方式に変化したND-309(ND-309T)となりました。

主制御器は電動カム軸式ですが、日車NA-188Aから東洋ACDF-M4120-777Bに変わりました。ただし、制動方式は電空併用の自動ブレーキ(AMAR-D)で、ジャンパーも共通なので在来車との併結は可能です。
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・遠州鉄道 モハ51+クハ61+モハ28+クハ82  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

このタイプは1編成で終わり、3年後の増備は新形式の1000形になりました。
1000形は車体造形と塗装が大幅に変わっていますが、台車、主電動機、主制御器、冷房機などはこの51+61と共通となっています。ただしブレーキが全電気指令式のHRD-1-Dになったため、こちらとの併結ができません。

51+61は、30形と1000形の橋渡しのような存在といえそうですね。

参考文献 鉄道ファン239号(1981年3月号)、274号(1984年2月号)

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# by hiro_hrkz | 2017-08-20 15:45 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC
静岡鉄道のバスは長いこと、いすゞ・日野・三菱の3社でほぼ固められていて、日デは貸切車で僅かに存在するだけでした。それを変えたのは、KL-JP系ノンステップ車の発売でした。これで日デが勢力を拡大してゆくことになります。
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2008年9月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2009年12月 静岡駅前

KL-JP系ですから、車体は当然、西工。同社は逢坂山の東にありながら、「カマボコ」の時代に西工を導入した実績があり、久しぶりの登場となりました。

画像は上から、2000年式、2001年式、2002年式その1、同その2です。
増備を重ねる度に少しずつ変わっており、
・側面の行き先表示は2000年式は戸袋前なのに対し、2001年式以降は中扉後ろに、
・エアコンは、まずゼクセルで2002年式その1でモデルチェンジ、2002年式その2はデンソー、
・中扉は下半分にも窓があるものから、2002年式その2で省略されたものに
それぞれ変化しています。
最も、中扉下の窓は、その後広告が貼られて潰されている例もあるのですが。

2000年式6台、2001年式1台、そして2002年式は実に23台が導入され、合計30台の大勢力となりました。
その後の増備は、通常の大型車のKL-UAとなります。

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# by hiro_hrkz | 2017-08-12 17:26 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
庄内交通 モハ1形モハ3
いまから23年前の夏、東北地方の私鉄廃線跡を巡ったときの話は、これまでに何度か(山交三山線モハ同・間沢駅舎山交尾花沢線DB松尾鉱業羽後交通雄勝線デハ秋田県のバスなど)とりあげてきましたが、その際に山形県庄内地方の庄内交通も訪ねています。

ムーンライトで村上へ、そこから羽越線のキハ40系の5連に乗り換えて、まずは羽前水沢へ。
国道沿いのモハ8を見たあとで、鶴岡に一旦出てから旧・善宝寺駅を利用した善宝寺鉄道記念館へと向かいました。
しかし、この頃から既に不定休であり開館している日がわからない状況だったようです。
当日も閉館しており、柵外遠くから保存されているモハ3を見るだけで終わりました。ただし、状態は良かったので、未だ手入れなどがなされていたのでしょう。
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・庄内交通 モハ3 1994年8月 善宝寺鉄道記念館(保存)

さて、庄内交通モハ1形は、庄内電気鉄道として1929年に開業する際に日本車輛で先ずモハ1・2の2両が製造されました。蒲原鉄道デ11形が同型です。翌1930年にモハ3が増備されましたが、扉が窓一つ分車体中央側にずれています。
モハ2は後にモハ5に改番していますが、何故電動車の番号を(モハ8を除いて)奇数に統一したのか不思議なところ・・・似たような事例では、日ノ丸自動車法勝寺鉄道という事例もありますが。

窓が一段式から二段式になったのは、1950年代?の改造の模様。そして、1964年にモハ1・5が、1965年にモハ3が直接制御から間接制御(間接非自動式の模様だが詳細は不明)に改造、客用扉の自動扉化が行われました。

晩年の写真を見ると、もと京王帝都2400のモハ8や、池上電鉄のモハ101・103と編成を組んでいますが、ここで疑問なのが制御装置。出自を考えれば、前者は間接非自動(=手動加速)で単位スイッチ式の三菱HL、後者は間接自動で電動カム軸式の英国EE社(デッカー)系で、通常なら併結はできません。廃線時の写真を見ても特に制御器の変更は行わていないようです。

これは、モハ101・103は常時手動加速として使うようにしていた(東武3070の時に少々触れてますが、デッカーのマスコンM-8Dは、手動加速として使うことができた・・・ただし、モハ101のマスコンが何であったのかは不明)のでしょうか。いろいろと考えるところです。

8年ほど前に現地を再訪しましたが、各所で報告が上がっている通り、放置状態で構内の木は伸び放題。車両も荒廃が進んでいるようでした。ここへアクセスする手段も、23年前は鶴岡~善宝寺~湯野浜温泉のバスは日中40分間隔でしたが、現在は平日6往復、休日4往復にまで激減しています。

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# by hiro_hrkz | 2017-08-05 23:41 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
北都交通 三菱ふそうP-MP218K・P-MP218M +呉羽
札幌近辺の空港といえば、まず思い出されるのは(新)千歳空港ですが、
もうひとつ、札幌市街から比較的近くにあるのが丘珠空港です。
同空港への連絡バスを運行しているのが、北都交通で現在は貸切タイプの車両を使用しています。
しかし、以前はごく普通の路線バスタイプの車両を走らせていた時もありました。
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・北都交通 三菱ふそうP-MP218K +呉羽 2000年5月 麻生(札幌市北区)
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・北都交通 三菱ふそうP-MP218M +呉羽 2000年5月 麻生(札幌市北区)

画像がその車両。この頃、全国的に流通していたもと横浜市交通局のふそうです。
4台ほど在籍していたようですが、本牧営業所に配置されていた軸距5.3mのP-MP218Mと、それ以外に配置の軸距4.8mのP-MP218Kの両方が存在していました。うち、P-MP218Kのほうは行先と系統で前面の幕が分割されていることから、もと緑営業所と思われます。
全日空(系列のエアー日本)の連絡輸送用であるため車体はANAカラー、前面方向幕にもロゴが入っています。

結局のところ、この車両による運用は長続きせず、車両は系列の根室交通に再移籍しました。
原則、ジェット機が就航できないこともあり、丘珠空港から全日空グループも2010年には撤退しています。


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# by hiro_hrkz | 2017-07-29 15:33 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
松浦鉄道 MR-100形
1980年代に国鉄地方交通線を転換した第3セクター鉄道は、その大半が非電化であったため、富士重工もしくは新潟鉄工所製の気動車を導入することになります。
このうち、新潟鉄工所は従来の鉄道車両の技法を用いつつ全長を18m以下にした車両を供給しました。
当初は国鉄型に準じていたものでしたが、エンジン配置・変速機・台車等は次第にオリジナルのものにかわってゆきます。
1987年製の錦川鉄道NT-2000で、車体長が15.8m、ドアがバスの部品流用、エンジンが横置き搭載(機関そのものは新潟6H13AS 250PS)、台車が住友NP120DまたはNP120Tで2軸駆動(軸距1800mm)、変速機が新潟TACN22-11**というのが一つの標準として確立します。
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松浦鉄道 MR-123 2002年9月 早岐

このタイプは、その後、松浦鉄道、くま川鉄道、高千穂鉄道と九州地区の転換線で採用されました。
画像は、その一つ。松浦鉄道の車両です。同社は1988年の開業にあわせて、前面貫通型のMR-100を17両、
非貫通のMR-200を5両、更に非貫通でイベント対応のMR-300を2両、合計24両を導入しました。
斜め塗りを多用した塗装に、当時の流行を感じるところです。
車内はセミクロスシート・トイレ無し。そういえば、この頃の3セク用向け気動車は、富士・新潟ともに、遮光幕ではなく普通のカーテンを採用していましたね。

その後、2007~2012年にMR-600に置き換えられて廃車になり、ミャンマーに譲渡されたようです。
高千穂は廃線、錦川は2008年、くま川も2014年には代替されています。
気動車の寿命は短めといいたいところですが、このタイプを導入したもう一つの事例、つまりJR西日本のキハ120形200番台の更新が先日実施されたというニュースを聞くと、事業者次第・・・手を入れるだけの技術力があるかないかという見方もできるのかな・・・と思う次第です。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-23 01:40 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
広島交通 日デP-UA33N・U-UA440NAN +富士7E
広島バスは、かつては日デとふそうの車両を導入し、その車体は西工でほぼ統一されていました。
しかし、昭和58年排ガス規制(P-)の途中から一時期的に日デのみを採用するようになります。
そして車体も、1989~1995年にかけて、富士重工7Eを架装した車両を導入しました。

まず、P-UA33Nを1988年度製10台(広島22く3135~3141、3186~3188 社番624~633)、1989年度製13台(3244~3248、3250、3317~3323 車番634~639、647~653)の合計23台導入します。
その後は排ガス規制が平成元年規制に変り、U-UA440NANを1990年12月製7台(広島22く3411~3417 社番654~660)、、1992年3月製7台(広島22く3655~3661 車番670~676)の合計14台導入します。
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・広島交通 日デP-UA33N +富士7E 2011年5月 八丁堀(広島市中区)
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

両車の間に特に大きな外観上の差はありません。
軸距5.55mのエアサスの標準床車で前中引戸・メトロ窓装備。
そして、エアコンはこの時期では珍しくなっていたサブエンジン方式です。
これらは当時の広島交通の標準仕様でしたが、結果的に富士7Eの架装車として非常に特色あるものになりました。
特に冷房方式は、乗合用としては他には琉球バスと八丈町を思い出す程度です。

車内にずらりと並んだ2人がけハイバックシートは、郊外の団地と広島都心部をかっ飛ばしていた輸送形態に適したものですね。

続く2年は再び西工のみに戻りましたが、その後1994年12月製5台(広島22く3970~3974 社番702~706)、1995年6月製6台(広島22く4058~4063 社番710~715)の11台を導入しています。
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2015年8月 広島バスセンター
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

ここで仕様が大きく変更され、中扉は4枚折戸。
冷房も直結式となり、少しづつ特徴が薄れてゆくようになります。
続いて・・・と言いたいところですが、平成6年排ガス規制になって、ふそうが復活。一方、富士の架装はなくなり合計48台で終わりました。

なにゆえ、この時期だけ富士重工架装の車両を導入したのかわかりません。富士の売り込みだったのか、西工の生産能力の都合だったのか(同時期に広交が導入したのは富士重工48台に対し、西工27台)。その後、関東地方から大量の富士7E架装車が移籍してくるとは思いもしませんでした。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-16 02:08 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
岡山電気軌道 7900形
岡山電気軌道の電車は、現在、超低床電車と3000形を除き広告車となっていますが、それ以外も登場時は、オリジナルの塗装をまとっていました。
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・岡山電気軌道 7901 1990年8月 清輝橋

このうち、もと東武日光軌道線の3000形の主要機器を流用して製造された7900形のトップナンバー、7901(1989年 アルナ工機製)は、クリームの濃淡に緑色の帯という外装でした。これは7601、7701の塗装をベースに帯の色などを若干変えたものですが、なぜここで赤から緑に変えたのかは不明。
 なお、7601、7701とは同じ車体に見えますが、前面運転席横の窓を見るとわかるように、前面の傾斜がよりきつくなっていること(7度→11度に変更)がわかります。
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・岡山電気軌道 8301 1994年9月 東山
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・岡山電気軌道 8501 1995年8月 岡山駅前

その後に登場した、8101、8201、8301、8501は、マルーンに金色の縁取りのレトロ調となりました。
この新しめの車体にこの塗装は、少々場違いな感もありますが、社章や車番の文字色もちゃんと金色になっており、それなりに気合いが入っていることが伺えます。

なお、冷房機はいずれも富士電機の直流駆動式ですが、8501のみ能力22000kcal/hに増強(ほかは20000kcal/h)されているため、その外観が異なっています。
また、3000の機器流用とは言うものの、台車は7401、7501、7601と同じく新造したもの(アルナNK-202)を履いており、制御器も西鉄北九州線600の日立DR-BC-447を取り付けて登場(もしくは後に交換)しています。
従って、東武時代のままなのは主電動機程度(東洋TDK532-B、端子電圧600V・定格出力45kw)となっています。他の形式が37.5kwの主電動機を登載しているため、若干出力が大きいことになりますね。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-09 23:40 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)
諏訪バス 日野K-RC381 +日野車体
最近の移籍車市場では目立たない存在ですが、
かつて、西日本の移籍車放出元として非常に存在感があったのが、京阪バスでした。
これを多く受け入れたのが、現在のアルピコグループ各社で、諏訪バスもそのひとつ。
ただし、同社への移籍事例は、ふそうが大半で、日野はごく少数でした。
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・諏訪バス 日野K-RC381 +日野車体 1998年3月 長野県茅野市

もと京阪の日野K-RC系は3台が存在しました。
そのうちの1台は京阪でも少数派だった軸距4.8mのK-RC381。
この年式でも前面左側面側に安全確認用の窓が開いているのが、いかにも京阪っぽいところですね。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-06 00:17 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(2)