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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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真っ赤なバス
「真っ赤」という言葉で連想するものといえば、
真っ赤な秋、真っ赤な太陽、真っ赤な女の子、真っ赤なお鼻のトナカイ、真っ赤な家計簿・・・と様々ですが
バスマニアなら、長崎県営バスかJR九州バスといったあたりが定石でしょう。

これらには、大きなロゴやマークが書かれています。
しかし、かつて和歌山には、まさしく赤色だけのバスが走っていました。
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・和歌山バス 日野P-RJ172BA +日野車体 1993年3月 和歌山駅前

和歌山市周辺に路線を持つ和歌山バス。
南海電鉄から1975年に分離された事業者ですが、1980年代に導入した車両で、このような赤一色の塗装が存在していました。南海といえばかつては電車と同じく緑色をベースとした塗装の路線バスでしたが、和歌山バスはいろいろと塗装を変えていたようで、分社前からクリームと赤茶色のツートーンが登場、そしてこの一色塗りに変わったようです。

しかし、長続きはせず、1980年代の終わりには、現在の白地にオレンジと茶色の塗装が登場しているようです。
最も、その後も、一部のバスで白にピンクや紫で波を描いた「オーシャンカラー」なるものが登場したことがあります。

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# by hiro_hrkz | 2016-12-04 00:50 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
神奈電をもう一度+製作中のもの 2016年11月
ただいま、こんなものを製作中です。
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えー、今月こそは完成作をと思っていたのですが、重なる休日出勤に、塗装できる日に限って雨が降るという法則で、あと一歩のところでタイムアウトでした。最初は夏が終わるまでには完成させるつもりだったのですがね・・・。
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一方、高畠のこちらもボンネットに手摺を、デッキには銀河モデルの掴み棒を植えて下塗りまで行ったところで終わりました。ここにきて、台車の車輪をどうしようかと思案しているところです。最初はKATOの中空軸写真を使おうかと思ったのですが、軸の先端を削るなんて無理・・・。
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# by hiro_hrkz | 2016-11-30 01:45 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(1)
関東自動車 いすゞK-CJM+川重 4題
関東自動車のいすゞC系+川重については、以前もと都営のK-CLM470を取り上げたことがありますが
今回は、よりオーソドックスな直噴エンジン搭載のK-CJM各種について記したいと思います。
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・関東自動車 いすゞK-CJM500 +川重 1996年9月 栃木県宇都宮市
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・関東自動車 いすゞK-CJM470 +川重 1998年4月 栃木県宇都宮市

まずは、関東自動車の自社発注車から。
昭和54年排ガス規制(K-)の車両の中では、日野のK-RCと共に、比較的よく見ることができたタイプです。
当初導入した車両は軸距が5.0mでしたが、1982年度あたりを境に一回り小さくなり
以降、KC-初頭まで軸距4.7~4.8mの車両を採用しています。

それ以外の仕様は年式別に大きな隔たりはなく、
基本的に前扉から乗降する方式ではあるものの、前後折戸で後扉の直前に方向幕があるのは関東自動車の標準的なスタイル。屋上にはラインフローファンを並べているのが目に付くところです。
また、前扉の窓は最後まで上下分割でした。
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・関東自動車 いすゞK-CJM500 +川重 2000年10月 栃木県宇都宮市
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・関東自動車 いすゞK-CJM550 +川重 1998年4月 栃木県宇都宮市

関東自動車は1990年代より、それまでの貸切転用車から移籍車の導入に切り替えます。
この際に一大供給元となったのが神奈川中央交通で、いすゞC系も移籍してきました。
神奈中のC系は、軸距5.0mのK-CJM500と、軸距5.5mのK-CJM550が存在していましたが、
関東自動車には両方とも移籍しています。全部で10台程度ありましたが、勢力はほぼ半々でした。
このあたりの年式では、日デK-U31系の移籍が多く、あまり目立たない存在でしたね。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-27 02:02 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
福島臨海鉄道 DD352
東日本を中心に点在する臨海鉄道。
その多くは、「国鉄の貨物輸送の一部を行う」という性質と、貨物主体で重量級の車両の使用に問題がないことからか、国鉄のDD13に類似した55tクラスのディーゼル機関車を使用しています。
しかし、構内入替等に殆どの事業者で、これよりも小さい機関車を保有していました。
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・福島臨海鉄道 DD352 1996年9月 小名浜

福島県の浜通り地方、泉~小名浜を運行する福島臨海鉄道には、こんな35t機が存在していました。
1962年日本車輌製で、セミセンターキャブ。どうも、前後でボンネットの高さが違って見えます。
最大寸法は11050×2600×3700mm(長×幅×高)で、期間はDMH17SBでした。

自社発注ではなく、もとは八幡製鉄(→新日本製鉄)の車両。通称「くろがね線」や製鉄所構内の専用鉄道の為に多数のディーゼル機を持っていた同社は、他の専用線や鉄道会社に多数の車両が移籍していますね。

撮影した1996年9月の時点で、既に使われていなかったのか、構内の奥(海側)に台車を外されたDD50と共に置かれていました。この画像は、その時の写真を引き伸ばしたものであるあため、状態が悪いことはご容赦のほどを。


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# by hiro_hrkz | 2016-11-23 22:07 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
道南バスの西工 4題
道南バスに関しては、2年前の渡道後に富士7E架装車いすゞについてまとめましたがが、
その後も移籍車の活発な導入が続き、もと苫小牧市営を含めて情勢がだいぶ変わったようです。
移籍車は、殆どが首都圏の事業者から導入したものですが、その中でも目立つ点に中型車が増えたこと、
そして西工架装車が増えたことが挙げられるでしょう。
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・道南バス 日デKC-RM211GAN +西工 2016年10月 洞爺湖温泉(北海道虻田郡洞爺湖町)
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・道南バス 日デKK-RM252GAN +西工 2016年10月 北海道室蘭市

この2点を共に満たしているのが、RMノンステップ車。現在のところ前面1枚窓の車両が在籍しています。
排ガス規制がKC-のほうは、もと西東京バスで洞爺の配置。
一方、KK-のほうは、もと関東バスで室蘭東の配置のようです。
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・道南バス 日デPK-JP360NAN +西工96MC 2016年10月 北海道室蘭市

そのRMをストレッチして大型車にしたのがJP。以前、関東バスからKC-JP+富士8Eがまとまった数で移籍しましたが、今度は京急バスより、平成16年排ガス規制適合のPK-JPがまとまった数で移籍しました。PK-JPは、エンジンが日野製。左側面にエンジン部の開口部があるのがポイントです。

正直に申せば「この年式が廃車になるのか・・」という思いなのですが、一方でPJ-HRが幾つかの会社で早めに切られていることを考えると、何か共通の事情でもあるのかと勘繰ってみたくなります。
なお、関東バスからKL-JPも移籍していますが見ることはできず・・・
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・道南バス 日デKL-UA452KAN +西工96MC 2016年10月 苫小牧駅前(北海道苫小牧市)

西工架装の大型車は、自社発注でRAが存在していましたが、最近、移籍車でやってきたのはKL-UA。
もと東急バスの車両です。やはりノンステップ車。こうやって見ると、移籍車の導入は低床化の推進に一役買っていることががわかりますね。当該の車両は、比較的距離の長い、苫小牧~登別の運用に入っていました。

それにしても、道南バスの塗装は、光線状態が少しでも悪いと、
まともな写真にならないというのを、今回も実感しました・・・

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# by hiro_hrkz | 2016-11-19 02:09 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
新交北貸切バス 三菱ふそうP-MP618P +呉羽
 現在では、東急バスの車両は全国の各事業者に移籍するようになりましたが、20年ほど前までは、廃車時の車齢が市場に出回る移籍車より高めということもあり資本関係のある事業者ばかりでした。それを打ち破ったのが新潟交通で、分離子会社向けに1996年から何度かにわけて導入されました。…もっとも、新交だけが例外という状況がその後しばらく続き、系列外に本格的に流出するのは21世紀になってからでしたが。
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・新交北貸切バス 三菱ふそうP-MP618P +呉羽 2001年11月 新潟県村上市

東急→新交の移籍車の多くは中型車でしたが、その中でとりわけ異色の存在だったのが、ふそうのロマンス車でした。貸切前構を持つロマンス車は、メーカー問わず大半が函館バスへ移籍しましたから、異例中の異例と言えましょうか。
1987年式の1台だけが新交北貸切の村上営業所に配置されていました。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-15 23:12 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
高松琴平電気鉄道 20形
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・高松琴平電気鉄道 23+120+300+500 2015年5月 岡本~円座

高松琴平電気鉄道が現在動態保存している4両のうち、唯一、他社からの譲渡車両であるのが20形23。製造も最も古い1925年(大正14年)で、今年で実に91年になります。今回はこの20形のうち、珊瑚色と牡蠣色のツートンで、通常に運行されていた1990~2002年の画像を中心にまとめたいと思います。
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・高松琴平電気鉄道 22 1998年11月 今橋
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・高松琴平電気鉄道 21+22 1998年9月 今橋

20形は、もとは現在の近鉄南大阪線等を保有していた大阪鉄道のデロ形。同社初の半鋼製車で川崎造船製の21~25と大阪鉄工所製の26・27がありました。1943年に大鉄が関西急行鉄道(近鉄)に吸収後、モ5621形5621~5627に改番されています。
1923年製造の大鉄最初の電車である木造車のデイ形に準じた形態で、14m級3扉・前面は5枚窓、側面は2枚一組の窓でその上には上辺が弧を描く明かり窓が設けられていました。床下にはトラス棒付きなのは、この時期の鋼製車らしいところ。

近鉄からコトデンへの譲渡は1961年のこと。川崎造船製の5621~5624がやってきました。
これに関してよく「南大阪線は狭軌であるため信貴生駒電鉄の台車を組み合わせて入線した」と書かれています。が、この4両は、南大阪線の特急「かもしか」運転にあたり、クニ5421~5424(もと伊勢電鉄モハニ231形)を電装してモ5821~5824にする際に、主電動機を供出して廃車になっているため、どのみち下まわりは手配する必要性があったのでしょう。
エリエイの「レイル 」57号だったと思いますが、コトデンに搬入された車体がダルマ状態で置かれている写真が掲載されており、床下機器そのものも、どの程度流用されているのか気になるところです。

そして台車(ボールドウィン) ・主電動機(GE-240B)のほうも信貴生駒電鉄(現在の近鉄生駒線)から購入とされているものの、同社にはこの台車を履いた車両はおらず、少々疑問に感じます。この装備は、大阪電気軌道の木造車・デボ61形(のちの近鉄モ261形)以降の装備と考えるのが妥当ではあるものの、1961年の時点では未だ殆どが近鉄で現役で走っていました。同社に貸し出されていた近鉄の木造車に転用されて履いていたという意味なのか、それとも予備備品を同社が保有していたのか・・・。
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・高松琴平電気鉄道 23 1998年9月 今橋 貫通路の踏み板が上がっている状態なのは珍しい。

 琴電では運転席まわりを大改造し、平妻にHゴム支持の窓、引き戸の貫通扉となりました。昭和30年代に改造された65や230、あるいは610といった車両との共通性がありますね。切妻に改造したのは、もと京浜急行の10形・90形の運転台が狭小で評判が悪かったことも影響しているのではないかと邪推するところです。なお、運転席の側面の窓は上段がHゴム固定の2段窓になりました。
 側面の明かり窓は、5621→21、5623→23は近鉄時代に埋められていましたが、残りは、ガラス部分は板になっていたものの、彫刻が残っていました。その後、24は埋められ、22も彫刻は無くなり窓の形跡だけとなっています。この改造がそれぞれいつ行われたのか・・・昭和40年代の琴電の写真で発表されているものは少なく、何時かはわかりませんでした。1973年よりも前なことくらいで・・・。

1976年には、痛みの激しかった23が更新工事を受けています。外板は全面的に張り替えたようで、リベットが消滅、ウィンドウヘッダーは埋め込まれ、ウィンドウシルが段付きが平板に、戸袋窓がHゴムになりました。この車両だけ車番が切り抜き文字ではなく、ペンキ書きだったのはこれが理由のようです。
そういえば、23だけ非パンタ側(築港・志度側)に貫通幌の座がついていましたね・・・コトデンには他にもこの形跡がある車両がありましたが、同社は先頭に貫通幌を装備しておらず一体なんだったのか。

1980年代前半には廃車が取りざたされたものの、結局、長志線で使うことになり、1988年頃~1992年に、残りの3両も23に準じた更新を受けています。このときに、22の明かり窓跡は完全にふさがれました。23も再度更新され、屋上のベンチレータが撤去されたようです。
 このときに、全車両運転台部分側面の窓が1段窓に改造されていますが、どういうわけか22、24と21、23でその高さが異なっています。
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・高松琴平電気鉄道 23+24 2001年12月 沖松島~春日川 昼間に2連で特別に走らせたときのもの
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・高松琴平電気鉄道 24+230 1997年7月 春日川 通常345がペアだった230と珍しく編成を組んでいた

この車両が入線した当時(というか、もと名古屋市営の車両が入線するまで)、コトデンは長尾・志度線の車両は2桁の番号、琴平線が3桁または4桁の番号でした。従って、この車両も志度線での使用を目論んでいたようですが、結局は琴平線に配置され、代わりに3000形が志度線に転出しています。
 その理由は、先に記した主電動機GE-240Bが定格出力97kwと出力が高かったことがあげられるかもしれません。琴平線では大型の制御車(950形=国鉄オハ31改造、850形=もと南武鉄道 等)と連結して使うことが多かったようです。
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・高松琴平電気鉄道 22+21 1993年8月 瓦町 前面の行先板が旧式。

昭和50年代になると琴平線から志度線に転属がはじまり、昭和60年頃には全車が志度線に揃います。志度線では2連で使われることが多かったようです・・・そういえば、長尾線に入線している写真は見ませんね。

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・高松琴平電気鉄道 21+335+890 1997年7月 春日川 コトデンそごう開業直後で昼間も3連が走っていた
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・高松琴平電気鉄道 22+27+28 1997年7月 今橋
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・高松琴平電気鉄道 24+621+622 1998年9月 今橋

その後、1993年に瓦町駅改築に伴い志度線が分断され、同線に閉じ込められます。
このあとは、増結用として使われることが多くなりました。
もと京浜急行の30形と連結すると、窓の大きさや車高の違いが目立ちますね。また、もと名古屋市営の600形とは実にアンバランスな編成となりましたが、これ自体はコトデンを見慣れていると、逆にそう違和感もなく・・・(笑)。

ということで、20形のあらましと画像を並べてみましたが、東西方向に走る志度線で基本朝しか走らない、しかも基本的に瓦町側(=西側)に連結という状態では光線状態など望むべくもなく・・・なかなか見苦しい写真ばかりなのはご勘弁を。この頃、結構な頻度で高松へ行きましたが、主眼は編成も車両もバラエティー豊富な長尾線、続いて琴平線で、詰田川・春日川の橋梁架け替え後は特に撮影地の少ない志度線には殆ど行かなかったという事情もあります。

茶色に戻されてからの話は、いずれ別の機会に。
そういえば、今月13日のレトロ電車では23が500とペアで走るようですね。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-12 00:34 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
カリー観光の富士7E・8E
沖縄本島で貸切事業を展開していたカリー観光が、石垣島で乗合事業に参入したのは昨年のこと。
この際に揃えられた6台のうち、昨年紹介した日野の2台に続き、今回は日デ+富士の2台をとりあげたいと思います。
日野の2台が全く違う車両だったように、日デ+富士も脈絡の無いバラバラの仕様となっています。
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・カリー観光 日デKC-UA460LSN +富士7E 2015年9月 沖縄県石垣市

うち一方は、大型車。しかし、その仕様はワンステップ車で前中折戸、各扉に所謂「イージーステップ」装備という特徴あるものです。
もとは西武バスの1998年度導入車で、伊豆箱根バスを経由した多重移籍車。リンク先の記事内で記したように伊豆箱根時代は中扉を使用していませんでしたが、石垣島に来てからは開くようで、ステップもきちんと動作していました。

伊豆箱根ではせっかくのワンステを生かしきれていない印象で、廃車も突然のことに感じましたが、その後、再度南の島に移籍するとは、予想外でした。
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・カリー観光 日デKC-RN210CSN +富士8E 2015年9月 沖縄県石垣市

そしてもう1台はうって変わって、チョロQ。もとは京阪宇治交通の車両です。
これまた1997年製造ということを考えるとよく貰われたなあ・・という感想でしたが、現在製造していない7mワンステは、低年式であっても移籍先が見つかることが多いですね。
話はそれましたが、乗合用の6台のうち最も小さいサイズで、このとき伺った話では「あまり使っていない」とのことでした。が、その後、石垣に行かれた方の目撃情報の限りにおいては、運用についていることが多いように感じます。

途中ノンストップの1系統しか存在しない故なのか、2台とも行き先表示は、前面・側面ともにステッカーをべったりと貼ったものとなっています。
今年に入ってから、きっかり30分間隔になったようで、更なる健闘を期待したいところです。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-07 23:39 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)