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渋川のスイッチャー
群馬県の上越線渋川駅。
この駅の東側には、関東電化工業の渋川工場があり、かつては貨物用の引込線が拡がっていました。
貨車の入れ替えは日本通運が担当しており、何両かのスイッチャーが存在していました。
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・1997年8月 渋川

まずは、この車両から。
かつてはどこでも見ることができた、国鉄の貨車移動機ですね。
これは10t機。1971年 協三工業製です。
既にボロボロで、窓ガラスはガムテープで補修されていました。
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・1998年5月 渋川

一方、こちらは、いかにも専用線のスイッチャーという感じの車両。
日立製の20or25t機です。下回りはロッド式となっています。
こちらも、側面の手摺がひん曲がっていたりしていて、どうもここは手荒な扱いをうけていたのかな・・・と思うところです。
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・1997年8月 渋川

そして、もう1両は日車製の10t機。
日車のスイッチャーは過去にも何種類か紹介していますが、これは最小クラス。
車体・足回りとも、これより重いタイプと共通しているだけに寸詰まりで、どことなくユーモラスな感じも受けます。

貨車も2つほど
渋川の専用線は、石油とカセイソーダのタンク車を多く見かけましたが、他にも、ここならではというものがありました。
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関東電化工業所有のタキ200形タキ214。
トリクロールエチレン専用です。
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一方、JRの黒貨車・トラ70000は神奈川臨海鉄道の横浜本牧駅常備。
積荷は工業塩でした。
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# by hiro_hrkz | 2017-03-20 23:32 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
西日本ジェイアールバスの富士7E・8E
国鉄のバスのうち、近畿と北陸を継承したのが、JR西日本系列の西日本ジェイアールバス。
国鉄時代は、近畿地方自動車局はふそう、北陸は中部地方自動車局で日デが採用されており、双方に富士重工の架装車が在籍していました。しかし、ふそう+富士はJRになってからは導入されなかったため、同社の富士7E・8E架装車は北陸の日デのみとなります。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-UA440LSN +富士7E 2009年8月 金沢駅 ※
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E 2009年8月 金沢駅

主力は大型車。
平成元年排ガス規制適合のU-UAは、1991年製の6台、1992年製の7台、1995年製の1台の計14台ありましたが、後継車種の平成6年排ガス規制適合のKC-UAは1998年製の1台だけ。いずれも、金沢および富山県砺波地方の福光に配置されていました。

どちらも黒色の2段窓という点は共通していますが、細かな仕様は異なり、まず車体は後扉が折戸から引戸に変化しています。その関係で、側面方向幕の位置がずれ、また塗装も戸袋窓は周囲が白色で、若干異なるものとなっています。
サスペンションは板バネからエアサスになりましたが、一方で車内は、2人掛けシートがズラリと並んでいることは変わらないものの、U-は枕付きなのに対し、KC-はそれがないものにグレードが下げらています。

ところで、西日本JRバスでは秋の紅葉のシーズンになると、金沢から京都に路線車が貸し出されます。
このときにナンバーをきちんと石川(金沢)から京都に変更しているため、貸し出しを終えて戻ってくると、ナンバーが再び変わることになります。これら日デの大型車も例外ではなく注意が必要なところです。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-RM210GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-RM211GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅

一方、中型車は合計5台が存在。
こちらは大型車とは逆に、平成元年排ガス規制適合のU-RMが1993年製造の1台だけ。平成6年排ガス規制適合のKC-RMは、1997年と1998年に2台づつ導入しています。
U-とKC-の仕様差は大型に準じていますが、更にU-RMがT字窓でツーステップなのに対し、KC-RMは2段窓で前扉側がワンステップとなっています。なお、同じKC-RMでも前扉が黒一色と車体色と同一と異なっていますが、これはメーカー側の仕様変更に伴うものです。

もともとはU-RMは福光、KC-RMは能登半島の穴水に配置されていましが、2002年にいずれも閉鎖されて金沢に転属しました。

※2017.3.18 型式を修正し、それに伴い本文の一部を変更しました。



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# by hiro_hrkz | 2017-03-17 01:20 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
長野電鉄 0系「OSカー」
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・長野電鉄 クハ51 1994年3月 朝陽

OSというと、現代ならオペレーティングシステムというのが一般的なところですが、
やはり鉄道マニアとして思い出すのは、「Officemen & Students Car」であると思います。
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・長野電鉄 モハ1 1999年9月
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・長野電鉄 クハ51 1999年9月 須坂
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・長野電鉄 モハ2 1997年2月 須坂
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・長野電鉄 クハ52 1994年3月 朝陽

改めて説明するまでもない電車ですね。
長野電鉄0系電車は、1966年日本車輌で2連2編成が製造されました。
ローカル私鉄の自社発注車では大変珍しい20m級4扉車です。しかも朝には2本つなげて4連で使用したというのは、登場時は特にインパクトの強い話だったはずです。なにせ、20m級(以上)で4扉両開きは、当時の私鉄では、東武8000、小田急2600、相鉄6000、近鉄通勤車、および営団5000系しか存在していませんでした。そして車両形式の「0系」というのも、より印象的なものにしたことでしょう。

車体も鋼製ながら前面に強化プラスチックを使用しており、複雑な造形・・たとえば、運転席窓回りは傾斜がつけられ、前面方向幕上部がその両側よりも凹んでいる・・・も、当時としては斬新なものだったと思います。側面の方向幕も、まだ大手私鉄でも実用化されていなかった時代につけたことになります。こういうった点は、メーカーとして、実験的な部分もあったのではないかと推測されるところです。

電気機器類は、長野電鉄の伝統に従い三菱電機製で揃えられており、制御器はABFM、主電動機は135kw×4でWNドライブとなっています。日本国内で狭軌用のWNドライブが初採用されてから約10年で、随分と高出力になったことがわかります。ただし、それでも外形寸法が大きい為か車輪径がモハが910mm、クハが860mmと異なったものになったようです。
 この主電動機の出力は、40‰勾配が連続する山之内線で使用し、かつMT編成としたためですが、一方で在来車には多く装備されていた抑速制動もしくは発電制動はありませんでした。主電動機の熱容量といった技術的な理由なのかどうかはわかりませんが、このことは引退間近の頃の鉄道誌を読むと、この電車の寿命を縮めることに繋がったようです。
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台車は日車NA-18。
インダイレクトマウント式で枕ばねはコイルバネかつオイルダンパ付き、軸バネはペデスタル式となっています。

長野オリンピックを目前にした1997年に廃車。
うち、モハ1+クハ51は暫くの間、須坂駅に留置されていました。1999年の写真はそのときのもので、方向幕が「特急」になっているのはご愛嬌です。
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そして、自分が作った模型と並べて1枚ほど。今では鉄コレがありますが、そんなものの影も形も無かった当時。
側面はGMの西武451系を片側4か所の切り継ぎと戸袋窓を埋めて作り、前面は同じく京成3500系キット附属の京成3150用を改造、そして、台車はDT-20を履かせてあります。
「長野オリンピックを記念して~」と言いながらの大改造でしたが、あれからもう19年も流れているんだなあ・・・と、ふと思ったところです。

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# by hiro_hrkz | 2017-03-10 01:10 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
八戸市交通部 日野KK-RJ1JJHK +日野車体
八戸の市営バスは、昭和54年排ガス規制あたりから、導入される車両の殆どがいすゞとなりました。
移籍車もいすゞに拘っていますが、そんな中で、例外にあたるのがこの車両。
2002年?に突如入った日野レインボーです。
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・八戸市交通部 日野KK-RJ1JJHK +日野車体 2010年9月 青森県八戸市

バリアフリー法施行後なので当然ながらワンステップ車です。
特徴なのは、RJ+日野車体なら、通常は屋上の冷房機器は前中扉間にあるエバポレータだけであるところ、こちらは車体後部にコンデンサも搭載している点。これは、床下の燃料タンクの増設が原因と思われます。
このタイプは他には南海グループ、北海道中央バスグループあたりで見ることができますね。

なお、八戸市交通部では、この後も日野を導入していますが、いすゞ・日野の車種統合後なので
傍目には、あまり差を感じないものになっています。

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# by hiro_hrkz | 2017-03-02 22:54 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
製作中のもの 2017年2月
ただいま、こんなものを製作中です。
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これを
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こうして
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こうすると
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こうなって
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こう。

次回までには完成させたいところです。

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# by hiro_hrkz | 2017-02-26 01:31 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
岩国市交通局  いすゞK-CJM470? +川重
現在は民営化された山口県岩国市の市営バス。末期の路線車は中型以下のサイズばかりで、大型は昭和54年排ガス規制(K-)が最期でした。
以前、ふそうMP+西工ハンペンの例を取り上げましたが、いすゞC系の画像も出てきたので取り上げる次第。
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・岩国市交通局  いすゞK-CJM470? +川重 1998年9月 岩国駅前

エンジンが不明なので、型式については?つきとしました。
比較的オーソドックスな前中扉のC系+川重ですが、側面窓上の広告や、前扉の窓が上下分割である点、
そして、ヘッドライト間に設けられた局名入りの行灯といったパーツ類で、
より古めかしい印象になっているように思います。

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# by hiro_hrkz | 2017-02-23 23:13 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
十和田観光電鉄 ED301
十和田観光電鉄は、電化以降廃線までの間に2両の電気機関車を保有しました。
一つは、1962年川崎製のED402。そしてもう1両は、改軌・電化時の1951年5月に製造されたED301です。
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・十和田観光電鉄 ED301 2002年6月 (上) 工業高校前 (下)七百

製造したのは日立製作所(水戸工場)。これは、電化に際して、電気関係の一切を日立が受注したためです。
同時に入線した、やはり日立製のモハ2400形と主電動機(HS-266Cr20 端子電圧750V/定格90.0kw)や制動装置(AMM-C)は共通化されています。ただし制御装置は、さすがに電車用のMMCというわけではなく、オーソドックスに電空単位スイッチ式となっています。
自重は30.0t・・・形式の「30」がここからきているのは、(旧)東北運輸局管内らしいところです。
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車体は、日立製の凸型電機の標準的なスタイルをしており、凹凸のないキャブの側面にやや小さめの窓は、たとえば、京福電鉄テキ521→えちぜん鉄道ML521や、住友別子ED104にもみられる特徴です。
ただし、車体幅が広い(京福テキ521が最大2171mmなのに対し、本機は2515mm)ことから、前面の窓が、他は2枚窓なのに対し3枚窓なのが特徴でした。運転台は前後に1つづつあります。

上の画像は、貸切運転会の際に撮影したもの。
この車両は、入線当初は制御車を牽引して走行していたようで、たとえば前面のテールライト外側には給電用のジャンパ栓が備えられています。そのときの再現というわけだったのか、前面に電車用の行先板をつけています。
・・・・ところで、この特徴ある編成の写真、どこかに残っていないものでしょうか?
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・十和田観光電鉄 ED301+トラ301+ED402  2011年9月 七百附近

十和田観光は貨物輸送が遅くまで残っていたほうで、国鉄分割民営化直前の1986年10月まで一般貨物を取り扱っていました。その後も、積雪に備えてED402共々、2012年の廃線まで生き残っていました。
こうして、イベントで駆り出されることも何度かありましたね。

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# by hiro_hrkz | 2017-02-17 02:01 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
横浜市交通局 日デP-RB80G +西工
関東地方における西工の路線車といえば、京王帝都が1995年に導入した日デU-JP以降に一般化したというのが多くの認識かと思います。しかし、それに先立つこと6年。1989年(1988年度)に横浜市営バスが、8台ほど導入しています。車種は、発売から間もない日デの中型車、P-RB80Gでした。
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・横浜市交通局 日デP-RB80G +西工 1998年3月 桜木町駅

 最も一般路線用ではなく、桜木町を起点に関内や山手を廻る循環路線 130・131系統を新設するにあたり専用車として投入されました。当時、横浜市営の車両仕様は前中引戸+2段窓でしたが、この車両は前中折戸+逆T字窓という特別なもの。塗装も横浜市電1600形のそれを範にとった、青と白のツートーンでした。当局の新路線に対する気合の入れ具合が伺えますね。
 なお、横浜市営といえば1990年度以降、電子式ATを全面的に採用しましたが、それに先立ち当車はトルコン式ATを登載しています。画像からわかるように、女性ドライバーをこの路線専用に多くそろえていたことも関係するのでしょうか。

130・131系統は、1994年に路線の一部変更に伴い、Yループという愛称が与えられました。このときにRBの塗装は、1台ごとに沿線商店街が異なるイラストを描いた派手なものになりました。なお、1台だけは港北ニュータウン営業所に転属し同管内のミニバス用になり、塗装もその専用に変更されました。

画像は、この車両の最末期である1998年の3月に撮影したもの。
廃車の頃には、丁度、横浜市交通局から移籍車が大量に出回っていた時期で、かつ移籍車の市場で中型車のタマ不足感が出てきたころ。この車両も・・・と思っていましたが、結局すべてどこにも行かずに終わりました。


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# by hiro_hrkz | 2017-02-09 01:30 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)