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2010年 02月 09日
2000年代も10年目を迎え、
いまやバスの低床化は移籍車両でも行える時代となりました。 その10~15年前、各地に登場したワンステップ車やノンステップ車には従来の車両と異なる塗装を施す例もいろいろありました。そうした塗装を、今度は移籍車に塗る時代となり、各地でまた新しい組み合わせが登場しています。 さて、栃木県の関東自動車では、1998年よりワンステップ車などバリアフリー対応車の導入を開始。 1998年と翌99年には、富士7E架装の日デ大型車が計5台、投入されています。 これが従来の白・ベージュに赤帯とは全くことなるアイボリー地に水色と紫を配したものとなりました。 ![]() 逆T字窓で前中ワイドドアという窓配置も、従来の関東自動車の概念を打ち破る斬新なもの。 サスペンションもエアサスです。 クーラーがビルトイン(デンソー?)であること、そしてワイドドアとはいえ中型車やJPなどと同じ幅が狭いタイプであるなど、富士7Eの架装例としてみても、少々特徴のある車両です。 その後、日デ+富士のバリアフリー対応車は中型のKK-RMが2台入っただけで終わりました。 そして時間は流れ、移籍車で日デ+富士のバリアフリー対応車が増えてゆきます。 京王と横浜市のJPが爆発的に増加したのですが、その中に1台、正統の大型車KC-UAのワンステップ車が西武バスからやってきました。 こちらも前中ワイドドアながら、扉の幅は中型タイプという仕様です。 また、関東自動車のバリアフリー対応車としては、初の2段窓となり、在来車と印象を異にしています。 ![]() この車両、こともあろうに栃木の配置となり、捕まえるのが億劫になる存在となりました。 まあ、路線は栃木駅~国学院の1路線だけですから、走っているときは逆に捕まえやすいかもしれませんが。 一方、宇都宮にも、バリアフリー対応の富士7E移籍車がやってきました。 こちらは横浜市交通局のいすゞ車。3台ほどを確認しました。 ![]() 上の日デに比べれば、扉は普通のワイドドアで、屋上にクーラーの装置があるなど この種の車両としては至ってノーマルなものです。 いや、横浜市のいすゞ+富士7Eは、1997年に突然変異的に登場したものなので その点では異質なのですが。 2010年 02月 08日
鉄コレ11弾が発売されました。
しかし今回ばかりは改造ネタを考えても、 (もと)京王5000系は(もと)京王5000系にしかならないということで、どうにも個人的に盛り上がらず。 バラで買ったら出てきた伊予鉄の前面をつかって、伊予鉄の800のMc-Tc-Mcでも作ろうかと思っています。 とまあ、ここでも京王の呪縛から逃れられないのですが。 さて、伊予鉄道800については随分前に1度とりあげていますが、 今回は、伊予鉄名物の単行回送について。 今更感たっぷりのネタではありますが。 ![]() ![]() 朝ラッシュ時も終わる頃、高浜から松山市へ3両編成でやってきた列車は、ここで高浜寄りの1両を切り離して2両編成になります。このとき、解放された車両は、そのまま古町駅の車庫に直行します。 この増結車も片運転台なのがミソで、貫通路にある観音開きの扉を閉め切って走ります。 気動車なら、時々在るネタですが、日本の近代型電車ではちょっと珍しいネタですね。 画像は、古町駅の手前で撮影したもの。 減速もせずに留置線につっこんでいきました。 こんな車両が数両並んでいる状態は、なんともユーモラスです。 2010年 02月 03日
今から1*年前の2月、
10代最後の日々は、大学の合宿で北海道にいました。 そして、「寒い時こそ寒いところへ、暑い時こそ暑いところへ行ってこそ本当の旅だ!」という若い頃にありがちな思考に染まっていた私は、合宿(といっても函館の湯の川に一泊しただけ)解散後、こともあろうに日本の最北端「宗谷岬」※)を目指したのでした。 ※)公式見解では、当然ながら北方領土の択捉島となるわけですが。 そういえば、我が国の東西南北それぞれの最果てのうち、国民が自由に行けるのは 西端(与那国島の西崎)だけなんですね。 さて、宗谷岬には鉄道がありませんので、バスのお世話になります。 稚内駅近くのバスターミナルから乗るのは東急系列(当時)の宗谷バス。 右を向いても左を向いてもやってくるのはモノコックボディー車、それも殆どが日野RCで、ごく少数の三菱MPがいたと記憶しています。 市内線は東急からの移籍車が幅を利かせていましたが、宗谷岬方面のバスは北海道らしい長尺の自社発注車でした。 で、肝心の写真は・・・というと ![]() ![]() はい、往々にして昔の写真を見ると懐かしさとともに後悔の念が飛び込んでくるものですね。 車種は、おそらく日野RC321 +日野車体。 上は、稚内バスターミナルで、下は宗谷岬で撮影しました。 海沿いをゆくそのバスには、たくさんの老人が乗っていたのを思い出します。 彼らは、途中のバス停でひとり、またひとりと降りて行くのですが、そのバス停の近くにはあまり人家が見当たらず・・。いつのまにか、車内は季節外れの観光客が8人ほど乗っているだけとなりました。 そして約1時間後、ようやく宗谷岬へ。 ついにやって来たぞ!という思いとは裏腹に、 あまりの寒さでガチガチ震えていたのは当然でありますが。 でも、この時にみた鈍色の空と海は忘れることはないでしょう。 ![]() いつか、海峡の北にある、失われた領土「樺太」に行ってみたいものです。 いずれも1994年2月 北海道稚内市にて。 2010年 02月 01日
いや・・・今夜の東京は雪景色です。寒い。
こうなると ♪追いかけて~ 追いかけて~ 追~~いかけてぇ ゆき~ぐにぃぃぃ・・・ などと熱唱したくなるものです(?)。 ということで、本日とりあげるのは、 雪の本場、津軽鉄道の雪掻車です。 ![]() 私鉄の雪掻車の多くがそうであるように、この車両も国鉄キ100形の払い下げで、もとは1933年大宮工場製のキ120。1967年に入線しました。 雪掻車を保有していた私鉄というのは実は少なくて、降雪地帯でも北海道、東北の日本海側、新潟県ばかり。他の地方では大型のスノウプラウをつけた電気機関車などが配置されていました。降雪量の差なのか、機関車を保有する会社が多いためか、それとも旧新潟運輸局の関係なのか・・・。 そんなためか、私鉄オリジナルの雪掻き車というのもあまり見かけません。 あったとしても貨車を改造したゲテモノ然としたもの(雄勝電車や栃尾鉄道)くらい。 キ100が入る前は、国鉄の木造雪掻車の払い下げを使用していたところも多いですね。 2010年 01月 31日
「○○誌に作品が載っているから××さんは○○派・・・」
という言い方をする人が意外に多い。 私もそういう言い方をされることがある。いや、正確にはこの2年で増えた。 世の中、面白がられる噂話は、争いごと、色恋沙汰、人の不幸というのは古今東西違わぬ話。 鉄道模型誌の場合、後二者はおいておくとしても、前者は雑誌毎に出版側から執筆側までイデオロギーに染まり、悉く対立していることにすれば、イエロージャーナリズムな精神には格好のネタであろう。 出版社側の意識は私の知るところではないから、言及することは何もない (一般論として、競合他社へのライバル精神は多かれ少なかれあると考えるのが普通だろう)。 しかし、私自身はただの鉄道模型好きに過ぎない。 専属ライターどころか常連投稿者ですらない。 だから、どこかの雑誌に属しているという意識など持ちようがない。 正直、こういうセクト主義的なレッテル貼りはうんざりだし、甚だ心外である。 # まあ、鉄道模型のセクト化を嘆いている人間に限って # こういう発言をするのだから、面白いものだと思うが。 それにしても、路モジを作ったから某誌派、 コトデンの記事で某誌派と言う人はいても、 神奈電の記事で某誌派という人は全くいない。 当然のことなのですが、いろいろ感じるところではあります。 2010年 01月 27日
最近、拙ブログを「都自動車」で検索される方が多いようです。
気になる噂は、私も耳にしておりますが、ただのバスマニアなので 何も情報など持っておりませんので悪しからず。 折角なので、都バスの画像をば。 ![]() ![]() P-のキュービックバスで、1988年12月式。 前中引戸で2段窓という、極めてオーソドックスな仕様の中で、 目を引くのが前扉が狭幅となっていることです。 前扉とその直後の窓の間も、なにか無理矢理板で埋めたように見えますね。 ![]() 2010年 01月 24日
ただいま、こんなものを製作中です。
![]() 同型車3両のうち、現在も保存されている扉の窓がHゴム支持のものをプロトタイプとしました。 当初は、鉄コレ10弾の羽後交通をベースにしようと考えたのですが、 鉄コレ9弾の東武7300系をベースに蒲原鉄道モハ31を作成した際に余剰となった側板があったのを思い出し、 これを切り継ぎいて側面としました。 屋根と前面は、東野鉄道キハ501と岡山臨港鉄道キハ1003を作成した際に余剰となった、鉄コレ10弾の北陸鉄道キハがベースです。 前面の窓もハメコミにしたかったのですが、サイズが合うものがないので、いつものとおりプラ板から窓枠を作ろうと思っています。 ポールつきの屋根が手ごわいですね。 2010年 01月 20日
まさか、バスコレで北村のモノコックボディーが出るとは思いませんでした。
ただ、K-CJMとなればその最終形。しかも冷房車となれば もっさりとはしていますが、北村のモノコックにしては近代的すぎる感もなきにしもあらず。 ![]() ![]() もと神奈川中央交通の車両。というか、北村モノコックの中で一番最後まで残ったのが常交の1台、神奈中から3社に移籍した冷房車、それに新潟交通の車両だったわけで、まあ、ある意味知られた車両だとは思います。 ただ、それゆえに、製品購買層に訴求力のある商品にするには、この型式を選択する他になく そして、漏れ聴こえる諸般の事情とやらを考えるとラインナップも自動的に決まってしまうのは、 少々残念にも思います。 いずれにしても、こんなマイナーな事業者の車両が出るだけでもありがたいのですが。
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