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カテゴリ:鉄道(非電化)( 61 )
渋川のスイッチャー
群馬県の上越線渋川駅。
この駅の東側には、関東電化工業の渋川工場があり、かつては貨物用の引込線が拡がっていました。
貨車の入れ替えは日本通運が担当しており、何両かのスイッチャーが存在していました。
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・1997年8月 渋川

まずは、この車両から。
かつてはどこでも見ることができた、国鉄の貨車移動機ですね。
これは10t機。1971年 協三工業製です。
既にボロボロで、窓ガラスはガムテープで補修されていました。
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・1998年5月 渋川

一方、こちらは、いかにも専用線のスイッチャーという感じの車両。
日立製の20or25t機です。下回りはロッド式となっています。
こちらも、側面の手摺がひん曲がっていたりしていて、どうもここは手荒な扱いをうけていたのかな・・・と思うところです。
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・1997年8月 渋川

そして、もう1両は日車製の10t機。
日車のスイッチャーは過去にも何種類か紹介していますが、これは最小クラス。
車体・足回りとも、これより重いタイプと共通しているだけに寸詰まりで、どことなくユーモラスな感じも受けます。

貨車も2つほど
渋川の専用線は、石油とカセイソーダのタンク車を多く見かけましたが、他にも、ここならではというものがありました。
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関東電化工業所有のタキ200形タキ214。
トリクロールエチレン専用です。
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一方、JRの黒貨車・トラ70000は神奈川臨海鉄道の横浜本牧駅常備。
積荷は工業塩でした。
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by hiro_hrkz | 2017-03-20 23:32 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
福島臨海鉄道 DD352
東日本を中心に点在する臨海鉄道。
その多くは、「国鉄の貨物輸送の一部を行う」という性質と、貨物主体で重量級の車両の使用に問題がないことからか、国鉄のDD13に類似した55tクラスのディーゼル機関車を使用しています。
しかし、構内入替等に殆どの事業者で、これよりも小さい機関車を保有していました。
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・福島臨海鉄道 DD352 1996年9月 小名浜

福島県の浜通り地方、泉~小名浜を運行する福島臨海鉄道には、こんな35t機が存在していました。
1962年日本車輌製で、セミセンターキャブ。どうも、前後でボンネットの高さが違って見えます。
最大寸法は11050×2600×3700mm(長×幅×高)で、期間はDMH17SBでした。

自社発注ではなく、もとは八幡製鉄(→新日本製鉄)の車両。通称「くろがね線」や製鉄所構内の専用鉄道の為に多数のディーゼル機を持っていた同社は、他の専用線や鉄道会社に多数の車両が移籍していますね。

撮影した1996年9月の時点で、既に使われていなかったのか、構内の奥(海側)に台車を外されたDD50と共に置かれていました。この画像は、その時の写真を引き伸ばしたものであるあため、状態が悪いことはご容赦のほどを。


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by hiro_hrkz | 2016-11-23 22:07 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
鹿島鉄道 キハ430形
関東鉄道鉾田線~鹿島鉄道の気動車といえば、北海道の炭鉄出身や、それを置き換えたKR-500など各種がありましたが、その中でも1973年から廃線まで長期在籍したのが、もと加越能鉄道キハ120形125・126のキハ430形431・432でした。

関東鉄道はその成立後、輸送力の増強と総括制可能な車両を求めて、廃止になった鉄道などから、なりふり構わぬ車両の購入を行います。その一つに、1972年9月に廃止になった加越能鉄道加越線があり、5両が譲渡されました。

その中でキハ120形は、1957年東急車輛製。車庫火災による車両不足を補てんするための増備でした。「120」という形式が馬力を表すのは、いかにも富山地鉄系列らしいところ。全長16500mmという寸法は、国鉄キハ04とほぼ同じで、関鉄がこの時期に購入した車両としては、特段小さい車両でした(他には、国鉄キハ04→遠鉄→北鉄のキハ461・462が存在)。ということで、鉾田線に廻されたのも当然の処遇といったところでしょうか。

3年はやく製造された東武鉄道キハ2000形と同型とはよく言うものの、側面の窓回りをはじめ、屋上のベンチレータ、車内の座席配置、ステップの深さ、さらには正面の窓の大きさも異なりそう・・ということで、同「系」程度の表現にとどめておいたほうがよさそうです。
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・鹿島鉄道 キハ432 上:1994年8月 下:1996年9月 石岡

関鉄入線後は、ヘッドライトをシールドビーム化した程度だったようですが、1980年代初頭?に前面の尾灯間にあった警笛穴を埋めます。そして、1987年2月には、前面の窓が小さくなり、雨どいの位置が下がって張り上げ屋根から普通の屋根に、そして縦の樋が新設されて随分とイメージが変わりました・・・軽快な感じから、もっさりとした雰囲気になったなあ・・・というところです。

その後、時代が平成に変わりKR-500形が登場すると、画像のようにキハ430形は同じ塗装になりました。
当時、どんな反響があったのかは忘れましたが、前述の更新改造による鈍重さを打ち消すような明るい雰囲気で、似合っていたように思います。

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by hiro_hrkz | 2016-07-13 02:03 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
奥多摩のスイッチャー
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東京都三多摩の立川から多摩川沿いに走る青梅線。いまは、ほぼ通勤電車しか見かけませんが、この路線の存在理由たらしめていたのが沿線で採掘される石灰石の輸送でした。その採掘地点は多摩川を溯り、最終的には日原で採掘したものを氷川(奥多摩)から搬出するようになります。

さて、青梅線は浅野財閥に関係する私鉄を第二次大戦中に強制買収したものですが、このうち御嶽から先は建設中の奥多摩電気鉄道を買収したもので、完成した時から国有の青梅線でした。一方、鉄道を買収された浅野系の各私鉄は、その後も法人としては長く存続します。奥多摩電鉄は1944年に奥多摩工業に社名を変更し、その後日原での石灰石採掘や氷川での加工を行うことになります。

さて、氷川(奥多摩駅)では工場までの専用線がありました。というよりも、工場があるのは奥多摩駅の目と鼻の先で、駅構内そのものが工場の一部という雰囲気でもありました。
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奥多摩工業は何台かのスイッチャーを保有していました。
私が撮影していたのは、日立製の35t?機で、2エンジン搭載のタイプ。車番は206とあります。
ここの車両が特徴はその高さで、キャブの天地方向が切り詰められていて屋根が平たいこと、および庇が深いことにあります。
1両単独で撮影したものでは気が付きにくいですが、貨車と連結すると一目瞭然ですね。
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その理由は、工場の石灰石積み出し口の高さが低いことにありました。
積載状態のホキ2500と高さがあまり変わらないのも、そのためです。

青梅線の石灰石列車は1998年8月に廃止。
奥多摩工業は現在も操業を続けている一方、奥多摩駅構内の線路は多くが剥がされ駐車場になっています。

・いずれも1997年6月 撮影

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by hiro_hrkz | 2016-03-24 01:34 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
有田鉄道 キハ58001
先月発売された鉄道ピクトリアルアーカイブ33。
今回は関東の「私鉄車両めぐり」ということで期待していたのですが、全般的に最もメジャーな江ノ電に割かれた量が多かったのが、少々残念に感じます。もちろんその中身は貴重なのですが、上毛のデハ181や旧国払下げ車、あるいは秩父鉄道で早期に廃車になったクハニ29あたりについて、もっと触れて欲しかったなあ・・・というのが正直なところです。

さて、今回は関東ですが山梨県の私鉄も収録されています。
ということで、読み進めるうちに思い出したのが、この車両。
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・有田鉄道 キハ58001 1989年8月 金屋口

有田鉄道のキハ58・・・言わずと知れた話ですが、もと富士急行の車両です。
まず1961年12月に片運転台のキハ58001と58002が、1963年4月には両運転台のキハ58003が製造されました。メーカーは、電車と同じく日本車輛ですが、そちらが支店製なのに対し、これは本店製になっています。

電化私鉄である富士急が国鉄型気動車を製造したのは、国鉄経由で新宿に直通する急行を運転するにあたり、国鉄中央東線内では気動車列車に併結する必要があったため。富士山麓電鉄→富士急には国鉄の列車直通が戦前より行われていましたが、富士急の車両が国鉄の乗り入れたのは、これが唯一の存在です。

直通急行「かわぐち」の運転開始は1962年4月のこと。
 当時、中央東線(と篠ノ井線)の電化は上諏訪まで達していたので、生まれながらにして「全区間架線下DC」となりました。最も、同年内には電化区間は辰野へ、1965年には松本まで完了します。急行アルプスも電車化が進み、気動車は非電化区間への大糸線南小谷以北および小海線直通列車などが僅かに残るだけ。
 結果、河口湖よりもはるかに遠方へ行く列車との併結とならざるを得ず、当初目的の「東京から観光客を富士五湖へ運ぶ」というわけには行かなくなりました。結局、1975年にはこれら非電化区間直通急行そのものが廃止になってしまい、こちらも同時に失業。3両揃って、和歌山の有田鉄道へ売却されました。同社では便所・洗面所を撤去の上、1976年から使用を開始しています。
 富士急での在籍期間は、結局13年ちょっとでした。もし、もうちょっと直通急行の計画・実現が遅かったら、165系電車でも新造したのか・・・運行内容も変わっていただろうか、などと考えてしまうところです。

 ツインエンジンのキハ58なのは、急勾配区間を抱えるからなのでしょう。とはいえ、三つ峠附近の連続40‰勾配では、スピードはいかほどだったのか気になるところです。一方、全線が平坦で距離も短い有田鉄道では、不経済なだけ。1980年にはエンジンを各車1機づつ降ろしています。


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by hiro_hrkz | 2016-02-11 02:32 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
二本木のスイッチャー
新潟県の上越地方には、化学工場あるいはセメント工場等が各種存在しています。
鉄道の引込線も多数存在し、私有貨車を使った車扱貨物が遅くまで存在していました。

信越本線の二本木駅はスイッチバック式の駅構内で知られますが、
ここには日本曹達の主力工場である二本木工場が存在します。
2007年に貨物取扱が廃止されましたが、引込線は日本通運のスイッチャーが入替を行っていました。
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撮影していたのは、日立製の4軸35t機。1エンジンタイプです。
専用線ではあちこちで見られたタイプですが、台車の軸距がやたらと短い感じがします。
日通オレンジではなく、青の車体で手すり等が黄色という鮮やかなものになっていました。

尚、苦しいアングルなのは、停車中の普通列車の車内から撮影しているため。
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貨車も1枚。
カセイソーダ用のタキ4200形タキ14261。日本曹達の主力車種のひとつでした。
日本曹達といえば、この雪ウサギの社章が特徴ですが、私有貨車でもひときわ印象的なものだったと思います。
 
・いずれも1999年9月 撮影

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by hiro_hrkz | 2015-09-23 00:20 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
弘南鉄道黒石線 キハ2230
最近は影が薄くなりましたが、かつて弘南鉄道というと、頑張るローカル私鉄という視点で取り上げられることが多かったように思います。
その理由が、廃止の危機にあるローカル線を引き取ったこと。具体的には大鰐線と黒石線がそれにあたります。

うち、国鉄の特定地方交通線を1984年11月に引き受けた黒石線は、1960年代には既に引き取りたいという意向がありました。最終的には、国鉄奥羽本線と自社の弘南線を使って環状運転を行うという構想でしたが、傍目には自社のライバル線を勢いづかせてどうするんだ?という感も無きにしもあらず。結局のところ中途半端な路線となり、1998年3月限りで廃線になりました。
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・弘南鉄道黒石線 キハ2230 1995年8月 黒石

さて、特定地方交通線を既存の純民間の鉄道会社が引き受けた唯一の例となった弘南黒石線ですが、他の国鉄転換3セクが軒並み新車を導入したのに対して、こちらは国鉄のキハ22を3両ほど譲り受けて使用することになりました。

国鉄転換線としては、三陸鉄道、樽見鉄道、神岡鉄道に次ぐ4例目だったこともあるかもしれません。が、結果論として、他者の中古車を使い続けたのは、同じくバス会社が引き受けた唯一の例である下北交通くらいで、このあたりはコスト感覚の差を伺わせるところでもあります。最も、保守や燃費、軌道への影響などを考えると、国鉄車の継続使用は得策ではないと思いますが。

車内は便所が撤去された程度。当然、弘南カラーに塗り替えられましたが、私鉄電車の色に塗られた国鉄気動車というのは、なんとなく、フリーランスの模型か架空鉄道の車両でも見ている気分になりますね。
老朽化で1995年に2両が小坂精練キハ2100形に代替されています。

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by hiro_hrkz | 2015-06-23 01:28 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
南阿蘇鉄道のトロッコ列車
純粋な(ほぼ)民間資本のローカル私鉄は殆どに乗ったのですが、国鉄転換線になるとあまり乗ったことがありません・・・今回とりあげる南阿蘇鉄道も、この1度きり撮影したのみ。それも阿蘇方面から熊本に戻る際、時間調整で立野駅で降りたついでのことでした。

時刻表上、トロッコ列車が来ることは知っていたはずで、もと国鉄キハ52のMT-2105がくっついていることを期待していた記憶があります。しかし、やってきたのは「貨物列車の入れ替え」だったので、思わずポカーンとしたのでした。
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・南阿蘇鉄道 DB101ほか 1994年9月 立野
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・南阿蘇鉄道 トラ70002 1994年9月 立野
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・南阿蘇鉄道 DB102 1994年9月 立野

中間の客車2両は、よくある2軸の無蓋貨車に屋根をつけたもの・・・某有名キャラクターがついているのが気になるところではありますが。
その両端につくのは、これまたかつて駅でよく見た国鉄標準の貨車移動機。10tの型式F6と呼ばれるタイプです。通常、機械扱いであるものを鉄道車両にした例は幾つかありますが、17kmもある本線を走行する例は殆ど無いはずです。
最も、移動機そのままというわけではなく、歯車比と車輪径の変更で最高速度を25km/hに向上し、貫通制動の取り付けを行っています。また総括制御ができるようにしたとあります・・・トラ70000には引き通し線が設けられていることになりますが、そこまでは当時は観察しておらず詳細は解らず。
なお、書類上は1986年に協三工業製造となっています。

その後、代替車が入線したことにより2007年に廃車になったものの、北九州市の門司港地区で貨物線を観光路線(門司港レトロ観光列車 )として復活させる際に白羽の矢が立ち、同線の第2種鉄道事業者となった平成筑豊鉄道に譲渡されています。
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・平成筑豊鉄道 DB101 2012年5月 出光美術館附近
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by hiro_hrkz | 2015-02-09 23:04 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
関東鉄道常総線 キハ316
関東鉄道は1965年に常総筑波鉄道と鹿島参宮鉄道と合併して誕生しました。
うち、常総筑波鉄道は昭和30年代には日車東京支店製の新型気動車を多数導入しましたが、合併後は北海道の炭鉱鉄道など廃止路線から中古車両の導入に切り替わりました。そして、廃止路線もなくなった1970年代後半に入り、ようやく機関・台車等は国鉄の廃車から流用しながらも車体を新製した車両を導入するようになります。
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・関東鉄道常総線 キハ316 1994年8月 新取手

常総線に登場したのはキハ310形。国鉄キハ10系の改造扱いで、1977~1979年に製造されました。
最初の2両は、2年早く更新されていた竜ヶ崎線キハ520と同じく大栄車両が、残りは新潟鉄工所が施工しています。
前面は、キハ600・610以降の関鉄顔を踏襲していますが、側面はステップレスの3扉両開き扉装備と、電車っぽいものとなりました。客用扉の窓の天地寸法が小さ目なのが、ポイント。
一方で、連結面の貫通扉はあっても貫通ホロがなかったのは、この頃の関鉄の標準的な仕様。一般気動車に冷房なんて考えられなかった時代なので、当然ながら非冷房車です。

キハ10系の台車や機関を流用していましたが、乗り心地の悪さで有名だったDT19/TR49は1983年にDT22/TR51に更新されています。また、国鉄キハ30系を大量導入し、貫通路が整備された車両が増えたため、この車両も前面・連結面ともに貫通幌が整備されています。
画像は、丁度そのころに撮影したもの。

その後、大栄で施工したキハ311・312が1996年に廃車になったほかは、冷房化・機関更新などの改造をうけており、前面もキハ0形に準じたライト位置・方向幕取り付けが行われて、イメージが変わったようです。
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by hiro_hrkz | 2014-11-22 01:24 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
安中のスイッチャー
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信越本線の安中駅は、数少なくなったコンテナ車以外の貨物も扱う駅です。
駅の南側の一帯に精錬工場を広げる東邦亜鉛がその荷主で、幾条かの専用線が敷設されスイッチャーが常駐しています。

スイッチャーはここしばらくの間は2両が在籍しているようです。
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長い間、その主力機だったのがDD352で、1969年三菱重工製の凸型・35tの4軸機です。
もとは魚津の日本カーバイドで使用したものであるとこのこと。
台車が板台枠のような平べったい側面なのは、他の三菱製のスイッチャーでも見られますね。
ヘッドライトがボンネットから上方に飛び出している点以外は、平凡な形かもしれません。
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もう1両は、2軸のL型機。日車製の25t?機、これも比較的よく見かけ「た」車両ではないかと思います。
前にも書きましたが、日車のスイッチャーは下回りがスカスカなことが多いのですが、この角度だと燃料タンクを吊っていて、ちょっと重そうな感じがします。

さて、上の4軸機の代替で、2010年に2軸機が投入されました。
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新潟トランシス製の変則凸型機。「DB301」と車番が振られているということは30t機なのでしょうか?
下回りあるいはキャブなどのパーツは、同社製のモーターカーと同じものが使われているようです。
なお、三菱と日車は、東邦亜鉛の100%子会社である安中運輸の名が書かれていますが、こちらは東邦亜鉛と書かれているあたりも気になるところです。

折角なので、私有貨車の写真も2枚ほどあげておきましょう。
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タキ4000形タキ24027
カクタス化成(現在のJX金属商事)保有の濃硫酸専用のタンク車。
以前は、様々な会社が保有するタキ4000やタキ5750が安中に出入りしていました。
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トキ25000-6
東保亜鉛保有の亜鉛運搬用の無蓋車。
現在は、この車両とタキ1200が、福島臨海鉄道の宮下駅にある、東邦亜鉛の小名浜工場と結ぶだけとなっています。

1、2、6枚目:1997年8月
3~5、7枚目:2014年8月 撮影

※2016.3.23 1~2枚目の画像を交換しました。

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by hiro_hrkz | 2014-08-22 23:33 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)