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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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カテゴリ:鉄道(その後の電車)( 19 )
遠州鉄道 30形モハ51+クハ61
長期にわたって製造された、遠州鉄道の30形電車ですが、最終編成である1980年製のモハ51・クハ61は、他の編成との差がいろいろとあり、実質的に別の形式として考えても差し支えない存在です。
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・遠州鉄道 モハ51 1990年8月 西鹿島
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・遠州鉄道 クハ61  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

基本的には、1978年に製造されたモハ25・クハ85を踏襲していますが、同じなのは窓配置くらいのもの。前面は大きく変わり、湘南型をベースに当時の流行だった?窓ガラスまわりが一段凹んだ造形で、前照灯・尾灯は窓下へ。
車体側面の裾のRも大きく取られています。そして、連結面は客室断面ほぼそのままの超広幅貫通路を止めて、幅1000㎜のごくノーマルなタイプになっています。これは冷房効果を考えてのこと。なお冷房機そのものは、25・85と同じく三菱CU124(能力 10500kcal/h)×3です。

下回りも大きく変わっています。
吊り掛け駆動から中空軸平行ドライブになり、主電動機は日車NE90(定格出力112kw)×4から東洋TDK8095-A(端子電圧375V・定格出力120kw)×4になりました。
30形の台車は、円筒案内式の軸箱支持にトーションバー(ねじり棒)式の枕バネを持つ日車ND-507から、ペデスタル式の軸箱支持にインダイレクトマウント方式の空気バネを枕バネを持つND-306(ND-306T)に一部が移行しています。この編成は、さらにダイレクトマウント方式に変化したND-309(ND-309T)となりました。

主制御器は電動カム軸式ですが、日車NC-188Aから東洋ACDF-M4120-777Bに変わりました。ただし、制動方式は電空併用の自動ブレーキ(AMAR-D)で、ジャンパーも共通なので在来車との併結は可能です。
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・遠州鉄道 モハ51+クハ61+モハ28+クハ82  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

このタイプは1編成で終わり、3年後の増備は新形式の1000形になりました。
1000形は車体造形と塗装が大幅に変わっていますが、台車、主電動機、主制御器、冷房機などはこの51+61と共通となっています。ただしブレーキが全電気指令式のHRD-1-Dになったため、こちらとの併結ができません。

51+61は、30形と1000形の橋渡しのような存在といえそうですね。

参考文献 鉄道ファン239号(1981年3月号)、274号(1984年2月号)

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by hiro_hrkz | 2017-08-20 15:45 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
西日本鉄道 5000形
そろそろ代わりとなる車両ができあがりつつあるようなので
今回は、この福岡都市圏の通勤車で一つ。
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・西日本鉄道 5506 2014年7月 西鉄久留米
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・西日本鉄道 5033 2016年5月 都府楼前~西鉄二日市
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・西日本鉄道 5140 2016年5月 三沢~大保

西鉄天神大牟田線の通勤電車の主力、5000形は1975~1991年の17年にわたり40編成136両が製造されました。
それまでに製造された600形は編成の自由度を高めるためか、基本全車両運転台付きで、動力車は1Mでしたが、1編成だけ製造された700形を挟んで、漸く3両もしくは4両の固定編成・2Mユニット(1C8M制御)となりました。
メーカは川崎重工で電装品が三菱なのは、600形以降6000形まで西鉄大牟田線の電車全てと同じです。

画像はすべて4連ですが、5506(1977年製)、5033(1986年製)は製造当初より4連で中間2両がM車、先頭車がT車なのに対し、5140(1988年製・最終編成)は当初3連で登場したものの、1991年に中間T車を追加し4連となっています。従って大牟田側の2両がM車となっています。パンタグラフの位置が異なるのはそのため。
また、5506の編成がパンタグラフ1基なのに、他が2基装備しているのは、補助電源が異なるのが理由で、5506はMGなのに対し他はSIVとなっています。離線対策で増設されました。

さて、西鉄の通勤電車というと独特のアクの強さが感じられますが、それはこの5000形で確立されたものと言えましょう。
前面が左右非対称で、運転席側だけ曲面ガラスを用いたいわゆるパノラマミックウィンドウになっているのは特に目立つ点ですが、前面そのものにはRがない切妻で、車体角のRが大きくとられているだけというのは、気が付きにくい点かもしれません。そして、前照灯と尾灯を一つに収めたライトケース。このパーツは特に重要なようで、構成は異なるものの全面改造後の600・700、さらには宮地岳線に転出した300、果ては西鉄の工場で改造した熊本電鉄の200形まで、有無を言わさず「西鉄の顔」という印象を与えることになりました。

側面に目を転じれば、独特の大きさの方向幕(・・といっても国電サイズとは思いますが)が、外枠含めて無塗装のユニットサッシ、取っ手の凹みが下部ではなく窓のあたりにある客用ドアといった点があげられます。
車体寸法も独特で、最大長は20mにわずかに満たない19.5m、そして車体幅は2670mm(最大寸法2740mm)。これは、地方私鉄建設規程の車体幅2744mm以内に収めた結果ですが、それでも他社(南海10000系等=最大2744mm、名鉄各車=2730~2740mm、京阪8000=2720mm)に比べて狭めの寸法で、これよりも狭いのは神戸電鉄の2600mm程度になります。

最後に車体の塗装。このパステルカラー調のアイスグリーンは、2年前に登場した特急電車 2000系とのバランスを考えての新塗装だったと思いますが、当時、他者の電車にはない色調だったので、より印象強いものになったのだと思います。
帯の色は、落成当初は黄色だったようですが、営業運転開始時までに赤色になりました。視認性を考えると妥当なところでしょうか。この帯の色を緑色に変えた5540ほかの「三井グリーンランド号」を最後に紹介しておきます。
この頃は、JR九州にも同様に811系の帯の色を変えた編成がありましたね。
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・西日本鉄道 5540 1998年9月 薬院


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by hiro_hrkz | 2016-09-22 18:36 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(2)
えちぜん鉄道 7000形
えちぜん鉄道ができて今年で早くも13年。
京福福井から引き継いだ車両は電気機関車を除き粗方姿を消しました。
「阪神ジェットカーなんて新しいじゃん!」って思っても50年前の車両。歳はとりたくないものです(謎)。

さて、えち鉄は、最初はもと愛知環状鉄道の車両を導入していましたが、これが尽きた後、暫く代替の動きが止まりました。
ふたたび動きだすのは2012年度のこと。残る阪神車追放の為に導入されたのは、JR東海の119系電車となり、2014年までに2連6編成12両が揃いました。最初に、導入の噂を聞いたときは、もと愛環車に倣い両運転台改造されたヤツかな・・などと思ったものです。
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・えちぜん鉄道 Mc7005+Tc7006 2016年4月 中角~鷲塚針原
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・えちぜん鉄道 Tc7012+Mc7011 2016年4月 新福井

えち鉄が譲り受けたのは、全てJR化後にインバータ制御の冷房装置(C-AU711D-G3、16000kcal/h ×2台)を搭載したグループ。入線にあたって、阪神車両メンテナンスおよび大阪車輌工業で大幅に手を入れられています。
外見では運転台の高さを変更したことに伴い、前面の窓・ライト類の位置が改造・変更されて、もと愛環車(MC6000など)に近くなり雰囲気が変わりました。またパンタグラフはシングルアーム式2機に増設されています。

そして、なにより大幅に変わったのは、その機器構成。
119系は国鉄の1M車らしく、端子電圧375VのMT55A(定格出力110kw)4機を永久直列制御するものでした。しかし、えちぜん鉄道は架線電圧が600V。制御器を直並列制御できるもに変更でもしない限り、主電動機にかかる電圧は半分以下となりまともに走ることができません。同じシステムを持つもと愛環車では、手を殆ど加えずに入線させたため、力行時に主電動機を一つカットしたりするなど苦心しています。

7000は、そのあたりを三菱電機製の三相交流誘導電動機(MB-5148-A 90kw)・VVVF制御器(MAP-084-60VD252)に全面交換することで、一気に解決しています。駆動方式も中空軸平行ドライブからWNドライブに変わりましたが、台車はM車がDT33、T車がTR21Tのまま。国鉄の台車でWNという珍しいものになりました。

さて、国鉄の電車というと「長い、広い、重い」に部品規格がJISでなくJRSということで、新性能車をローカル私鉄が中古導入する事例は、秩父鉄道と伊豆急を除き殆どありませんでした。えち鉄の場合、もともと南海から譲り受けたヒゲ新が20.5m車で、愛環車で幅も克服されていたことが、入線を可能にしたのでしょう。
一方、クモハ119の自重はJR末期の時点では45tありました。私鉄の20m通勤車が軒並み41t以下であることを考えるとやはり重たいですね。しかし、これが改造により40.7tにまでダイエットしています。
そんなに直流電動機を使ったシステムは重いのか・・・と思ってしまうところですが、一方で、クハのほうは31.5tから33.9tに増加。これは、クモハに搭載していたMGと冷房用のDC-DCコンバータ?を、あわせてSIVにしてクハに搭載したゆえと思われます。差し引き編成単位では1.9tほど減っているわけですが。
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車内に目を転じれば、便所は撤去。
座席はモケットが張り替えられて、床材も交換されていますが、一方で、ボックスシートの枕カバー用のマジックテープはそのままになっていました。
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また中づり広告のスペースにモニタとスピーカが一体になったものが取り付けられています。これは、7011+7012の2連のみのようです※。

参考 http://www.echizen-tetudo.co.jp/company/image/safety12.pdf

※2015.05.22 モニタとスピーカについて、記述を修正しました。
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by hiro_hrkz | 2016-04-20 01:33 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
上信電鉄 250形
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・上信電鉄 デハ251ほか 1994年3月 下仁田

上信電鉄は昭和50年代に入り、新車を2回にわたり導入しています。
このうち、1981年に導入されたのが両運転台の250形2両です。
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・上信電鉄 デハ252 1994年6月 高崎

1976年に製造された3連の1000形および同時に製造された2連冷房付の6000形と同じく新潟鉄工所製の20m級車。車体も基本的なつくりは同じで、側面は3扉・窓間に3枚のユニット窓が並びます。
屋根の肩部分が斜めにカットされているのが少々珍しい構造ですね。

しかし、1000形・6000形が固定編成なのに対し、こちらは在来車の200形と混用して使うことが前提となっており、機器構成は異なっています。
この年代に製造された車両としては珍しい中継弁付自動空気ブレーキ(AMAR)を装備し、発電制動はありません。当然ながらマスコンも1000・6000のワンハンドル式に対して、通常の主幹制御器とブレーキ弁が別々のタイプになっています。

主電動機は200形と同じ、国鉄MT46と同じ系譜に属するTDK-806/4D(定格出力100kw)ですが、1M車で直並列制御を行うため、端子電圧が750Vになっているのが特徴。制御器も200形と同系統の東洋電機のACF-H-4100-781Aですが、こちらは加速度の変更ができる(通常時2.4km/h/s、高加速時3.0km/h/s)のが特徴で、ここは1000・6000に合わせています。

前面は1000・6000と異なり、貫通式となっています。バンパーがついているのは同様ですが、貫通路使用時には、その部分が左右にスライドする構造です。また、フロントガラスは、増結時の操作性を考慮して若干下に向けて傾斜しています。

250形は、群馬県の中小私鉄整備近代化事業資金を利用した、線形改良・信号所増設などの近代化策の一環として投入されました。しかし、それほどの効果はなく、むしろ1984年の列車衝突事故発生以降はトーンダウンしていったように感じます。
(登場当時としては)奇抜な斜線多用の塗装(・・・そういえば、両運転台に改造されたデハ204もこの塗装になっていた時代がありますね。)も、1994年末にサーモンピンク一色に塗り替えられています。
上の画像は1994年6月の撮影ですが、よく見ると塗装はくたびれていたのがわかります。
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・上信電鉄 デハ251+クハ303 2011年12月 根小屋~南高崎
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・上信電鉄 デハ251+クハ303 2014年8月 高崎

その後、デハ251はいわゆる「バス用の冷房機」を取り付けて冷房改造が行われました。
屋上には熱交換器?を、また高崎側の運転室後は窓が1枚分つぶされて機器(室外機?)が搭載されています。
同じ方式で冷房化された200形の制御車、クハ303と実質的に固定編成となっており、
ながらく人形店の広告車となっていましたが、近年解除され、アイボリーに緑の新標準色?になっています。
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・上信電鉄 デハ252+クハ1301 2014年8月 高崎商科大学~根小屋

一方、デハ252のほうは、1000を3連から2連にした際に編成から外れたクハ1301(2001年改造)と編成を組むようになります。こちらは、通常の鉄道車両用の冷房装置(三菱CU-191P 能力10500kcal/h 泉北高速鉄道の廃車発生品)が、4機取り付けられました。
こちらはアイボリーに水色でしたが、長いこと、こんにゃくメーカーの広告車になっています。
デハ251・252ともにバンパーが外され、前面はスッキリした印象になりました。
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by hiro_hrkz | 2015-11-22 00:05 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
雪うさぎ
拙ブログでは珍しい系統の車両の話題でも。

北陸新幹線の開業に伴い廃止される在来線特急の「はくたか」の話は、既にあちこちで語られていますし、このブログ主の手に負えるものでもありません。ただ、改めて感じるのは、北越急行の所属車輛「スノーラビット」に関する独特の人気です。
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・北越急行 クロ681-2001 2008年7月 越後湯沢
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・北越急行 クロ683-8001 2008年7月 越後湯沢

地方の第3セクターが保有する特急電車、それも交直流車で160km/hという唯一無二の点が、魅力であったのだと思います。それは、普通の私鉄の特急電車と異なり、むしろ架空鉄道で妄想しがちなJRに伍する私鉄電車という、マニアの夢でもあるのでしょう・・・・最も、これを架空鉄道で展開すると、シラケがちではありますが。
現実には、この車両の保守はJR西日本に任せていて、北越急行では手におえないこともあり、北陸新幹線開業でJR西日本に移籍することになります。

個人的には、この車両を見ると、小林信夫氏がTMS1997年6月号(No.627)で発表したフリーの14m級特急電車を思い出します・・・シル・ヘッダー付の旧型車の前面だけICE風に変えたぶっ飛んだものがありまして、強烈な印象でした。ああいうのを見ると、私もたまにはフリーの特急電車のも作ってみたい・・・と思ったりしますが、前提をいろいろと考えずに、楽しくなれる作品というのも、いいものですね。

話がそれましたが、北越急行は何度も乗っていますが、その目的地が十日町(・・・EKK)やら直江津(・・・マルケー)なので、いつも普通ばかり。特急は4回くらいだったと思います。ゆえに、とくに沿線で写真を撮るということもなく、こんなのを湯沢で撮っているくらいでした(・・・これも、大概はEKKのバス撮影のついで)。
フラッグシップは無くなりますが、新たな目玉「超快速」で一味違う鉄道として健闘してほしいと思うところです。
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by hiro_hrkz | 2015-03-12 00:23 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
3扉車の終焉
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本日の特別運転をもって、西武3000系の運用が終了したようです。なんだか最後の運転があるんだよなあ、とは思っていたものの、特に気にもとめておらず、きがつけば・・・・という感じです。
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というように、沿線に住んでいながらも、西武3000系というのは、自分の中では存在感が希薄で、終始微妙な感があったのは確かです。
西武3000系が作られたのは1983~1987年。その投入計画を知ったのは、駅に置かれていた西武ニュースか何かが情報源だったと思います。お隣の東武東上線に有楽町線対応の9000系が登場した直後でもあり、「ついに西武も地下鉄直通車か!」と勝手に想像したのでした。
しかし、現実に出てきたのは、新101系の車体がちょっと変わっただけで、「なんだよこれ・・・」という状態。
それでも、前面に車番がつき、側面に方向幕がついた点には、「ほかの私鉄電車に近くなったんだあ」と感じました・・・最も、電動の方向幕になったことで、従来の電車には運転台上についていた方向幕の対照表が見られなくなったのが残念だったのですが。
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西武3000系というと、登場した背景から池袋線の電車・・・それも基本的には普通電車のイメージが強いものでした。後に新宿線に一部が転属したときは、「2000系があるのに」と違和感がありましたね。もっとも、最後は国分寺線に編成短縮の上で転出したりもしたわけですが。
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そんな車輛ではありますが、来ればシャッターは押していたので、それなりには撮影記録が残っていました。ライオンズや銀河鉄道999の特別外装になった編成もありますが、あくまで「ついで」なのであんまり気合いを入れては撮ってないですね(苦笑)。
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いずれにしても、西武といえば、かつては「20m級3扉車」でしたから、ひとつの節目ですね。また、登場したときを明確に記憶している車両が、消滅することについても同様に時間の流れを感じるものです。
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はじまりとおわり、2つの記念乗車券。
デビュー時は旅客車900両突破記念の乗車券でした。

(1枚目) クハ3013 1995年2月 新井薬師前~沼袋
(2枚目) クハ3001 2008年6月 所沢
(3枚目) クハ3010・3012 2008年12月 東長崎
(4枚目) クハ3005 2013年1月 小川
(5枚目) クハ3015 2012年5月 江古田~東長崎
(6枚目) クハ3011 2012年5月 江古田~東長崎
(7枚目) クハ3012 2009年8月 東長崎
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by hiro_hrkz | 2014-12-20 23:30 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
伊予鉄道 3000系
京王井の頭線の3000系のうち1975年以降に製造された14編成70両は、前面形状の変更などを含む更新工事を受けて引き続き同線で使われていましたが、これも20m級車の1000系に置き換えることとなりました。
18m級ステンレス車の出物なので、どこに行くのか?と注目していましが、結局のところ軽量車体となった1983・1987年製造の10編成が3両に短縮の上で伊予鉄道に譲渡されるのみでした。どうも、京王3000系の譲渡は出だしは良かったものの、その後は情勢が変化して譲渡数が伸びなかった印象があります。

譲渡にあたり、VVVFインバータ制御による1M2T編成となったのが特徴。
界磁チョッパー車を1500→600Vに降圧改造して、しかも1両を電装しなくてはならないのなら、これが最適解だったのでしょう。路面電車で既に多数のVVVFインバータ制御車を保有していたことも背景にあると思います。
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・伊予鉄道 クハ3506(上) クハ3508  2013年4月  山西~西衣山

京王3000系といえば、7色の前面で知られますが、伊予鉄道ではアイボリーに統一されています。
ただし、クハ3508-モハ3108-クハ3308は、2012年3月から伊予鉄125周年記念の「だんだん125」として特別の外装となっています。この車両、1年経った2013年から、ドアの部分の意匠を変えたのですが、あまり話題になっておらず・・・。
http://www.iyotetsu.co.jp/125th/dandan125/design.html
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by hiro_hrkz | 2013-08-15 21:33 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
奥武蔵に150kWモーターが響く
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・2012年12月 横瀬

西武鉄道の新101系が、池袋線および新宿線系統の運用から撤退し、12月9日にさよなら運転が実施されました。今後も、多摩湖線および多摩川線用のワンマン運転改造車は残るわけですが、やはり池袋線で8連や10連で運用され、奥武蔵の山を登ってこその150kWモーター車ですから、これはひとつの時代の終焉であるなあ・・と強く感じます。
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・2012年12月 入曽~南入曽

当日の運用は2連を3本つなげたオールMの6両編成。横瀬・本川越側から、クモハ272+クモハ271+クモハ286+クモハ285+クモハ282+クモハ281でした。
運転区間は、西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→西所沢→横瀬で、これは8年前に行われた101系のさよなら運転とほぼ同じ。違いは狭山線内の往復がなかったことくらいでしょうか。
新宿線だと、2連の新101系というのは比較的馴染みの薄い存在でしたが、黄色い電気連結器カバーの再現は嬉しいですね。
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・2012年12月 高麗~武蔵横手

一方、その池袋線内での撮影場所は、いろいろ考えた挙句、高麗と武蔵横手の真ん中あたりにあるカーブに陣取りましたが、6連はきっちりとは入らない場所であったのは不覚。しかし、急行灯をつけての運転は、これまた嬉しいものでした。そういえば、101系のさよならのときも急行灯復活がありましたが、そのときはなんでも裏から懐中電灯を差した・・・と、聴きましたが、真相はいかに?

さて、以下ちょっと個人的な感想を。
新101系を最初にみたのは、小学校1年のとき。いつもと違う前面の101系が走っていると気付いたのですから、当時から既に重症だったのでしょう(苦笑)。ということで、デビューした頃からずっと知っている電車だったわけです。
また、私の小学校は西武沿線にあったので、遠足となれば池袋線の電車に乗っていくのが定番でした。1年生が石神井公園、2年生がユネスコ村・狭山湖、3年生が天覧山、4年生が巾着田、5年生が関八州見晴台、6年生が芦ヶ久保果樹園・・・と、毎年乗る区間がどんどん延びてゆくのですが、結局秩父までは行きませんでした。南大塚に芋ほり遠足なんてのもありましたね。
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・2008年5月 江古田

と、そんなわけでよく乗った電車ではあるのですが、701~101に比べると新101はそれほど好きな存在でもありませんでした。特に側面のベージュ色が省略されて黄色一色になってからは、どうもノッペリした印象となってしまったというのも理由であります。ただ、101系等のついでに撮影していることは多く、アルバムにはそれなりの枚数が入っています。来るもの拒まず撮影しておくことが大切なんだなあ・・と改めて感じる次第。

そして、スカートがつき、種別幕のデザインが変わり、イメージがどんどん変わってゆく中で、突如として新101系登場時塗装に271編成が塗られました。当時、池袋線を使って下り方面へ通勤しており、途中で101系10連の通勤急行とすれ違うので、何度か撮影もしてみました。これまた、普段の記録が大切・・ということなのかもしれません。
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・2009年7月 東久留米 

最後にもう一度「奥武蔵」のヘッドマークがついている姿を見たかったなあ・・・と。
そんな思いが若干している、今日あたりです。
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by hiro_hrkz | 2012-12-12 22:57 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
叡山電鉄 デオ731
叡山電鉄が1980年代後半に製造した一連の単行用15m級車。
当時、叡電は営業係数200を超える赤字路線だったのですが、京阪鴨東線の開業を控えているとはいえ、よくそれだけの投資ができるものだなあ・・・と思ったものです。
それは兎も角、他にはあまり例のない鉄道線用の小型電車であり、なかなか好ましい存在であると思います。
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・叡山電鉄 デオ731 1989年7月 修学院

画像のデオ731は1988年12月製。阪神系列の武庫川車両製の車体と、各種の中古機器を組み合わせた点は、この時期の叡電・嵐電の他の車両と同じです。
デオ730形の場合は、台車・主電動機は京阪1800系(2代目)の廃車発生品を流用しており、アルストムリンク式の住友FS310(本来は京阪1810系用)に、三菱MB-3005-D(92kw×4)を装備したWNドライブとなっています。制御装置は、京阪大津線用の260の流用品。

車体は、ワンマン化に対応した前後2扉ですが戸袋窓がなく、また車体中央が固定式の大型窓になっているのが特徴。また乗務員扉も引戸になっています。
冷房装置は能力が13000kcal/hのものを2機搭載していること以外、資料が少ないのでよくわかりませんが、東芝RPU-304*ではないかと思われます。

画像は、登場時の塗装のまま。
まだEIDENのロゴが取り付けられる前のスッキリした、いまから23年前の夏に撮影したものです。
前面につけられたのは八瀬遊園(スポーツバレー)のプールの看板。
こういうのが夏らしさを感じる点でもあったわけです。

※2014.2.10 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2012-07-28 21:17 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
上田電鉄別所線 クハ1103+モハ1003
昨年2月の話。
長野電鉄の特急を撮影した帰り、特に理由もなく別所線に立ち寄ってみました。

同線には2008~2009年に、もと東京急行電鉄1000系が入線。
車齢20年に満たない平成世代のVVVF制御車が移籍したことには、多少の驚きもありましたが、
思えば5000系→7200系の置き換えも比較的早く、そこは東急グループの一員であることを強く感じます。
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・上田電鉄別所線 クハ1103+モハ1003 2011年2月 別所温泉~八木沢

私が行った時に走っていたのは、モハ1003の編成。もとは東急デハ1314とクハ1014で1991年製です。
この東急1000系のうち、上田に譲渡された池上線向けの車両は、1C4M制御ですので地方私鉄に譲渡するには、比較的条件が良い車両でしょう。なお、この編成の外観は、同県出身・在住(といって山の反対側の諏訪ですが)の原田泰治氏デザインの「自然と友だち」2号となっています。

ということで、車両だけ見たら、池上線とあんまり変らなくなってしまった別所線ですが、
この塩田平の景色はやはり美しいですね。
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by hiro_hrkz | 2012-02-13 00:57 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)