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カテゴリ:バスのある風景( 16 )
「都バス」の消えた街
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1983年に大正出版から発刊された「都電の消えた街」という本があります。
諸河久氏が撮影された都電が走っていた当時の写真と同一地点・同一アングルで撮影した写真を並べ、そこに林順信氏が文章をつけたもの。今見ても、その間の街並みの大きな変化がわかります。
当時小学生だった私は、なぜかこの本に興味を持ち、都電さらには「昔の東京」というものへの関心を高めてゆくのですが・・・似たような企画にテレビ東京の「テレビあっとランダム」のランダム写真館なんてのもありましたね。

それはさておき、1983年というのは、都電の廃止が進められていた時期から11~16年後という時代。
それでは、現在から同じくらい溯ると・・・2000年。あのミレニアムイヤー、そして東京では都営地下鉄大江戸線の環状部全線開業した年です。その影響で、都バスは都心部で大規模な路線改変があり、バスが消えた区間もいろいろあります。今回は、その前後に撮影した写真を取り上げたいと思います。
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ホテルニューオータニのガーデンタワーをバックに、四谷の迎賓館前を走るのは、四92系統(品川営業所)。
車両はU-HT2MLAA +日野車体です。
四谷駅から外堀通りを赤坂見附、溜池と進み、飯倉、一ノ橋(麻布十番)、魚籃坂下を経て品川を結んでいたこの系統。
もと都電3系統の代替で、都電時代はこのあたりから専用軌道になり、かつ都電唯一のトンネルがあったことで知られます。四92は、大江戸線開業時に四谷駅から赤羽橋の間が短縮され、反96系統に統合され8の字運転の環状系統になりました。
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 新宿から四谷三丁目、青山一丁目、六本木、一ノ橋、赤羽橋、札ノ辻を経て、田町駅を結んでいたのが田70系統(新宿営業所)。拠点間が大江戸線と被ることから全区間が廃止になりました。
 上は、六本木の芋洗坂を麻布十番方面に下る場面。六本木交差点で、アマンド脇のいちばん意外なところに突っ込んでゆくのは楽しい風景でしたが、その先は、こんなふうに路駐の間をスラロームすることもありました。
 下は、慶応大学の東門附近で、国道1号線を東京タワーをバックに走る場面。この区間は田70系統が無くなったあとも、先述の反96や東98(東京駅~等々力)が走っていましたが、前者は廃止、後者は都営バスが撤退しています。なお、車両はどちらともU-LV324K +IKです。
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目黒駅から天現寺橋、一ノ橋、神谷町、新橋、銀座を経て日本橋三越を結んでいたのが橋86系統(目黒営業所)。大江戸線と特に並走するわけではありませんでしたが、このときに新橋~三越の間が廃止になりました。この系統は銀座通りを走る最後の都営バスでした。 
 上は鳩居堂のあたりから新橋方向を向いて撮影したもの。走ってくるのは日野HIMR(KC-RU1JLCH+日野車体)です。あまり変わってないだろうと・・・思っていても、後ろの銀座松坂屋は建て替え中、そして、銀行の大規模合併で第一勧銀などはとうに無く、時間の流れを感じるものです。
 下は、新橋駅近くの第一京浜国道にて。車両はU-HT2MLAA+日野車体です。前面の方向幕に経由地が書いてないので、フォントの大きさなどになんとなく違和感がありました。この区間は廃止にはなっていませんが、橋86は多くが東京タワー折り返しとなり、新橋には朝夕しか来なくなりました。後ろの施工中のものは、ゆりかもめの新橋駅。この頃は、未だ汐留寄りの仮駅でした。
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新宿駅西口のバスターミナルを発車するのは、都03系統グリーンアローズ(杉並営業所)。もと銀71系統。新宿から、四谷見附、半蔵門、日比谷、銀座、勝鬨橋を経て晴海埠頭と、東京都心部の主要地点を結ぶ路線で、都市新バスに指定されたのも頷けるものです。
 こちらも大江戸線とは全く被らないにも関わらず、このときに四谷駅と新宿の間が廃止になりました。個人的には銀座と新宿の間でよく利用していたので、非常に残念だったのを思い出します。最も、画像の1997年度に導入された2代目の専用車KC-HU2MLCA+日野車体は、初代に比べて座席のグレード等が落ちて一般車とあまり変わらなくなり、暗い予感があったのも確かです。
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画像は1年後、四谷駅までに短縮されたあとで数寄屋橋で撮影したもの。
営業所が杉並から深川に変更されたため、車種も変わりました(画像はKC-LV380L +富士7E)。
専用車ではなく一般車が充当されていることに、凋落を感じずにはいられませんでした。

今回は4系統について書いてみましたが、新宿と目黒は営業所自体が無くなり、杉並も支所になるなど、縮小が進んでいたことを改めて思いました。このあと、私は都営バスに対する興味を徐々に失い、石原知事の中古車禁止で、それは決定的になりました。忘れかけていた都営バスですが、今年導入の新車が「A代」と聴き、私が知っている世代でも2巡していることに時の流れを改めて感じるところです。

・1~6枚目 2000年11月撮影
・7枚目 1999年7月撮影
・8枚目 2001年11月撮影
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・おまけ
最後の都03と同じ日に数寄屋橋交差点で撮影した写真。
後ろの阪急が入居していた東芝ビルは既になく、跡地には東急グループが進出するとのこと。
人々の雰囲気はあまり変わらないような気がしますが、いま同じアングルで撮影すれば、信号待ちの人の大半はスマートフォンの画面を見て居そう・・・。

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by hiro_hrkz | 2015-12-26 02:43 | バスのある風景 | Trackback | Comments(1)
祐徳バスのターミナル
佐賀県西南部に位置する人口約3万人の街、鹿島市。
国内でも著名な稲荷神社である、祐徳稲荷神社があることで知られています。
その神社と同じ名を持つ祐徳自動車(祐徳バス)もまた、この鹿島市に本社を置いています。

鹿島市内には3っつの拠点があります。
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まず、JR肥前鹿島駅前にある鹿島バスセンター。
ビルの1階が待合室で、そこ横付けするカタチとなっています。
高度成長期に建設されたタイプですね。
祐徳グループの本社でもあり、屋根には「誠」の字を中央に配した印象的な社紋が掲げられています。
(ちなみに、路線バスは分社された祐徳バスが運行、本体の祐徳自動車は主力部門の貸切バスやホームセンター「ユートク」を経営しています)。

日本の地方都市の多くは、鉄道駅と中心地に距離がありますが、それはこの街でも同じで
何もない駅前では、いちばん存在感のある建物となっていますが
一方で、いまやその大きさの割りに利用客数は少なく、寂しさを感じさせるものとなっています。

その祐徳バスの鹿島市内での運行拠点になっているのが、車庫のある中川。
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一般的な営業所の建屋といった感じですが、その面構えと軒先に吊り下げられた各行き先の表示は、
これまたバス黄金時代の片鱗を感じさせるものです。かつては、ここから中長距離路線が頻発していたのでしょう。
いまは、中小型の路線バスが発着するばかりです。
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このようなところでも、反対車線にはポールがあるだけというのも珍しくないのですが、ここには立派な待合所が設けられています。
シャッターが閉まっているスペースがありますが、かつては窓口か売店があったのかもしれません。

そして市街地の南端を抜けて山に当たると、そこが終点の祐徳神社前。
この種の寺社街のご他聞に漏れず、バスターミナルは神社とは門前町を挟んだ反対側に位置しています。
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広いスペースの端に、こんな丸い建物があり、待合室となっています。
少々レトロな感じもありますが、いつごろの建物なのかは不明。
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ちなみに祐徳稲荷神社は、こんなところ。
清水寺ばりの本殿が印象的ですが、建物は戦後再建されたものが多いようです。
清水ふうの足組みもコンクリでした。

・いずれも2011年5月 撮影。
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by hiro_hrkz | 2011-05-28 02:03 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
冬の東京
東京で雪が積もるのは、受験の報道が流れる頃・・という記憶があります。
今年はバレンタインデーに摂氏20度を記録するなど、暖かすぎなので積雪はないだろうなあ・・と思っていたのですが、予報ではここにきて雪のしるしが。
たしかに、春の雪というのが結構あったような気がします。まあ、某線の追突事故や、桜に雪が積もった画像などの印象が強いだけなのかもしれませんが。
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まあ、そんなわけで、2006年1月に雪が積もった際に、中野区内で撮影した関東バスの画像を2枚ほど並べてみました。
この日は、某交通局のバスコレ発売日につき早起きしたため、比較的キレイな状態で撮影することができました。たいてい朝のうちに止んでしまいますが、そのあとは時間がたてばたつほどグッチャグチャになって、画面が見苦しくなるので・・。
白い色の中に、関東バスの赤い色がより一層引き立ちます。
大林映画のモノクロシーンの様・・と言ったら言い過ぎ?

♪冬の東京は こんなに華やか
♪どんな真実も 見えないくらい
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by hiro_hrkz | 2009-02-27 01:45 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
晩鐘
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秋といえば、紅葉です。
山も街路樹も色づき、バスの走行風景を撮るには、もってこいとなります。
これは武蔵野市役所前の通り(緑町一丁目付近)。
桜並木で、葉は紅く染まっています。

しかし、最近は温暖化の影響なのか、この色づく時期が全般的に遅くなっているように思います。
そして、どうも色が美しくない・・・。
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これは、三鷹駅北口のロータリーにて。
このように同じ場所に植わっている銀杏であっても黄色一色に染まらずに、黄緑色(・・・先代の都営バスの貸切車のように)とのグラデーションがかってしまうことが多いようです。
青梅街道の銀杏もそんな感じでした。

ところで、普通、「もみじ」は紅葉と書きます。
紅い葉であるから当然ですが
「いちょうもみじ」と書くときは、黄色い葉なので、銀杏黄葉となります。

いずれも2006年11月撮影
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by hiro_hrkz | 2008-12-01 23:29 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
彼岸過迄
関東バス初秋の名物といえば、彼岸の時期の烏01(烏山~久我山病院の循環系統)が挙げられます。
沿線に多数存在する寺院に、墓参する人が殺到するため、普段は、それほど客足を感じない路線であっても、この日ばかりは大型車が投入されます。
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彼岸の中日、千歳烏山駅付近のバス停で。
画面の右側には乗り切れない客が長い列を作っていました。

烏01への大型車投入がマニアの間で有名なのは、久我山への往路が関東バスきっての狭隘路線であるため。3扉車の車齢を考えると富士7Eを見られるのもそう長くはないだろう・・ということで8年ぶりくらいに行ってみました。
そのときは、彼岸なのに中型ばっかりでしたが、この日は一番混む中日ということもあり、大型車が投入されていました。
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改めてみてみると、立教女学院あたりのほうがもっと狭い感じもありますが。
それにしても、沿道は人・人・人、くわえて自家用車が狭い駐車場を巡って立ち往生し、さらに花売りのクルマが止まっているなど、運転士さんは大変だなあ・・と思ってしまいました。
はい、自分でやっていてなんですが狭隘路線趣味なんてのは、ノンキな外野の戯言だと改めて思うのでした。
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この寺院街・・・通称烏山寺町は関東大震災の後に旧都心部の寺院が疎開してきたもの。
なかなか立派なお寺さんが多いなあ・・と思いました。

いずれも2008年9月撮影
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by hiro_hrkz | 2008-10-10 00:04 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
緑の頃
青梅街道に面する杉並区役所前から北へと伸びる中杉通り。
このうち、早稲田通りまでの区間・・・つまり杉並区の部分はケヤキ並木の道として整備されています。
阿佐ヶ谷駅周辺の最も印象的な景色といえるでしょう。今の時期なら、緑のトンネルとなります。
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1999年6月

画像は9年前に撮影したもの。
関東バスの一時代を担った3200代こと日デP-U32K+富士5Eが、いま阿佐ヶ谷駅北口に入ろうとするところです。

阿佐ヶ谷駅北口といえば、かつては午前と午後でバスの進行方向が入れ替わることで知られていました。これは1960年代に車両制限令により、道路幅員の関係でバスの通行方向が一方向に限定させられたためです(上りと下りで経由地が大幅に異なる系統は、この法令の影響を受けたものが多くあります)。

それが解消したのは、1981年、阿佐ヶ谷駅~早稲田通りに現在の中杉通りが開通したときでした。
その後も阿佐谷駅~白鷺一丁目の系統だけは午前と午後で経由が異なる運行形態を続けていましたが、これも21世紀になったころ、系統再編で消滅しました。
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by hiro_hrkz | 2008-06-23 01:51 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
しづ心なく
年々桜の咲く時期が早まっていますが、
私の街も、既に桜は満開となり、昨日の雨と本日の風で散りそうな状況です。

さて、当サイトでも過去数度触れている、こうの史代作の漫画「夕凪の街 桜の国」ですが、この舞台の一つが、中野区北部の哲学堂周辺です。哲学堂とその前を通る中野通り・新青梅街道は、この時期、文字通りの「桜の国」となります。

まあ、現実には、哲学堂公園のちょっと南側から中野通りには赤いちょうちんが飾られてしまって、なんとも下品な感じになってしまうんですがねえ・・。それに、ここ数年、メディアに取り上げられたからなのか、やたら混雑が激しくなっているような。

ということで、作品中で何度か登場する水道タンク(野方配水塔)、そして片山橋をバックに走る関東バスの写真を載せてみます。この桜並木を走る富士重工製路線バスを見られるのも、あとわずかでしょう。
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2007年4月 東京都中野区

なお、「夕凪の街 桜の国」は昨年、佐々部清監督、田中麗奈・麻生久美子主演で映画化されました。が、桜のシーンは練馬区内の石神井川沿いにある某団地で撮影されたため、ここら辺は全く出てきませんのでご注意を。


・・・今年度は、四季の中を走る関東バスの画像を何度か取り上げたいと思っています。
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by hiro_hrkz | 2008-04-01 01:44 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
高原バスが行く
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今年は、ヒコーキに乗って遠くへ行くことはできませんでした。
その代わり・・というわけではありませんが、以前から一度行ってみたかった、立山黒部アルペーンルートを辿ってきました。

以前は、なんとなく避けていた普通の(あるいは定番の)観光地というものに、最近は逆に行ってみたいと思うようになりました。それだけ、余裕が出てきた証拠、逆に普通に対する憧れなのかもしれません。

アルペンルートは地鉄電車に乗るたびに気になっていた場所です。この数年間、企てるものの電車がない、宿がない、バスがない、天気が悪化等々の理由でなかなか行くことができませんでした。今回、漸く実現したというのが正直な思いです。
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時期は9月末の連休。本来は、もっとオフシーズンにのんびりと行きたかったのですが、結局、紅葉シーズンがはじまる時期となってしまいました。乗り物の混雑は激しいものでしたが、立山駅~美女平のケーブルを除けば、比較的スムーズに行くことができたと思います。

さて、立山駅~扇沢をつなぐ6っつの乗り物の中で、最も長い距離なのが、高原バス。富山地方鉄道系列の立山黒部貫光(観光ではない点に注意)の運行で、美女平と室堂の間を結びます。

車窓に映る雄大な自然がウリですから、その環境対策として日野HIMRを大量に投入しているようです。この種の政策は、松本電鉄の上高地方面があまりに有名ですが、ここも負けてはいないと思いました。
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その前の主力がこの車両。日野の貸切シャーシ、それも短いタイプ(U-RU2FNBB)に富士7HDを架装したもの。その上、非冷房という、なんとも個性的なクルマです。


「立山黒部」とワンセットで語られるこの観光ルート。しかし、実際には「立山」と「黒部」では全く違うんだなあ・・ということを感じました。

地鉄と富山県が主体となって開発した立山側は、雄大な立山や剣岳などを背景にした自然を楽しむようになってます。信仰の対象だった山に誰でも近づけるようにしたいという思いを、そこに感じました。
一方、関西電力が開発した黒部側は、自然に挑む人間の姿を見るものです。
黒部ダムのスケールのデカさは、一見の価値があります。

ご他聞にもれず、年々観光客が減っていますが、一方で台湾の観光客にとっては人気のコースで年々増加しているそうです。
日本国内でここにしかないトロリーバスや、支柱のないロープウェーなど、乗り物マニアの人なら、絶対に損はしないと思います。
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by hiro_hrkz | 2007-12-29 03:06 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
この空を飛べたら
以前は、乗るのもイヤだった飛行機も、流石に十数回搭乗すれば、その便利さもわかり、逆に興味を持ってくるようになるものです。先日は、YS11に関する特別展を行なっているということで、成田空港近くの航空科学博物館に行ってきました。

これまでも、空港第2ターミナルビルで、成田空港交通の博物館ゆきのバスを見る度に気になっていたところです。
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YSの1号機が保存されていることで知られますが、博物館そのものは非常に小さいものです。
昔の交通博物館や、お台場の船の科学館のような大きさを想像していたので、拍子抜けでした。
全般的に機材に関するお話が中心。
もうちょと管制システムなど、飛行機が飛ぶためのシステムについても、説明があったらよいのに・・と思いましたが、それだけのスペースはないようです。
むしろ、ここのウリは、成田空港を飛び立つ飛行機を実況解説つきで見られることでしょうか。

特別展も、ささやかなものでした(実物のコクピット部分がありましたが)。
ただ、そこに書いてあった言葉が良かった。

「ノスタルジアではなく、日本が航空旅客機産業から撤退したこと、復活の是非も考えて欲しい(要約)」・・と。

ともすれば、「日本製マンセー」になりがち・・とりわけ、YS11に関する書物を読むと、どうもこの感が拭えない・・・なので、この言葉は重いと思いました。

もうひとつ、個人的に印象に残ったのは、博物館に尽力した方の言葉。
「専門的なものより、航空ファンを増やすものにしたい」というのは、どこか高所から見下ろす感じのある鉄道系の博物館と比べてしまいました。
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YS11の1号機と成田空港交通 三菱KL-MP35JM +MBM 2007年6月 千葉県山武郡

さて、成田空港とこの博物館を結ぶ成田空港交通のバス。芝山方面から来るバスに共通なのですが、往路と復路で通る場所が違います。往路は空港第2ターミナルから直接芝山方面に向い、芝山千代田駅付近の路線バス専用ゲートで空港構内から出ます。
しかし、復路は、芝山千代田駅から空港通過道路をそのまま走り、空港北側のメジャーなゲートから構内に入ります。そういえば、東成田駅前の道路は、この通過道路につながっているために、立ち入り制限がないのですね・・・。今回、ようやく謎が解けました。

成田空港周辺は、各社の空港バスに加え、ホテルの送迎車など多数のバスが走り、マニアにとっては楽しい場所ですね。思えば、ヒコーキとバスは、とても親和性が高いと思います。
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by hiro_hrkz | 2007-07-26 00:16 | バスのある風景 | Trackback | Comments(5)
岬めぐり
バスの出てくる歌数あれど、やはり代表的なのはこれでしょうか。
1975年、山本コータローとウィークエンドによるヒット曲(作詞:山上路夫、作曲:山本厚太郎)。
当時は*歳ですから、記憶にあろうはずもないのですが、いろいろな番組で
使われたりして、自然と頭の中に入ってきているのでしょうね。

さて、岬とバスの組み合わせ・・として真っ先に思い出すのは、房総半島の南端とJRバス関東(南房州線)です。
最近は高速バスができて便利になりましたが、普通列車で行こうとすると、千葉で一段落、木更津で一段落、そしてその先が長いこと長いこと・・・。そしてやっとこさ辿りついた館山から、さらに岬を目指して、JRバスの旅がスタートします。
この行程、いつも釧路→根室→納沙布岬という旅路とイメージが重なり、なにか「最果て」へ向かうような感じがします。
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2006年11月 館山駅前のバスターミナル
 発着線数が減った変わりに、高速バス乗り場ができたのが時代の流れ。

ちょっとした山を越えて海べりへ出て安房白浜へ。
色とりどりの花畑と、美しく眩しい海が広がり・・・と書きたいのですが、私が訪れた2回とも、どういうわけか小雨混じりのお天気だったのは、普段の行ないがよくないからなのか。
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1997年3月 安房白浜附近

この安房白浜・・・房総半島の最南端にあるのが野島崎灯台。中に入ることもできますが、周辺は観光地観光地していて、私は少々苦手な感じです。
一方、西側に飛び出ている場所にあるのが洲崎灯台。
こちらは、中に入ることはできませんが、殆ど観光地化しておらず、鄙びた雰囲気がよい感じでした。両灯台の間はJRバスのフラワー号で移動することができます。
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2006年11月 洲崎神社

他のJRバスの一般路線と同様に、厳しい経営環境に置かれており、千倉方面などが地元の館山日東バスに移管されるなどの変化が出ています。ガラーンとした安房白浜駅と、その前の潰れた店などを見て、観光地があることがルーラル交通の力には決してならないのかな・・と思いました。
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by hiro_hrkz | 2007-03-24 23:59 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)