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カテゴリ:バス(富士重工)( 165 )
西肥自動車 三菱ふそうKC-MP617M +富士7E
全国のバス事業者を見ていると、何故ポツンと1台~数台だけ突然変異のように入った車両が存在する例が見られます。かつては、ある時だけ車体メーカーだけが違ったということも多かったと思います。
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・西肥自動車 三菱ふそうKC-MP617M +富士7E (上)2002年8月 (下)2013年5月 長崎県佐世保市

長崎県北部に路線を拡げる西肥バスは、富士重工のバスを比較的よく見る事業者ですがその車台は殆どが日デです。しかし、ただでさえ事例の少ない三菱ふそうへの架装例を、この組み合わせが最後となる1996年度になって1台だけ導入しました。西肥のふそう大型路線車は西工の架装例が多く、このときだけ何故この選択となったのは知る由もありません。ともあれ、バスマニアには注目される1台となりました。

仕様は当時の同社で一般的だった前中折戸+黒サッシの2段窓。サスペンションはエアサスです。
その点では、同時期に導入した日デ+7Eと特に差はありません。
上は2002年、下は2013年の撮影ですが、その間に行き先表示が方向幕からLEDになり、前面の種別表示受けと広告枠(・・佐世保ではおなじみの百貨店、玉屋のものが刺さってますね)が撤去されています。そのほか、社名の文字や車外スピーカーなどが変化していることがわかります。

それにしてもピカピカですね。
外板を剥がして徹底的に補修する西肥バスの技術が表れていると思います。

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by hiro_hrkz | 2017-11-10 23:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
阿寒バス 日デU-UA440LAN +富士7B
道東に路線を持つ阿寒バスは日野、ふそう、日デの3メーカーの車両を採用していましたが、この中で日デは数が少なく移籍車ばかり。とくに路線系シャーシのクルマは数えるほどしかありません。
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・阿寒バス 日デU-UA440LAN +富士7B 2003年9月 弟子屈(北海道川上郡弟子屈町)

このうちU-UA系は1990年9月製造の1台が移籍しましたが、車体は富士7Eではなく7Bでした。
もとは神奈川中央交通の契約輸送専用車です。神奈中の7BというとKC-UA521への架装例が有名ですが、U-UAはこれ1台のみ(他にU-LVが契約先?から移籍)。
このあたりの年式の神奈中の車両は、廃車時の車齢が市場に出回るクルマに比べてが高いこともあり、一時期的に国内への移籍例が少なくなっています。この車両は契約先の都合なのか12年程度で廃車になったため、移籍することができました。

サスペンションは当時の神奈中(の契約輸送用)としては珍しくエアサスであり、阿寒バスには適した車両だと思います。
移籍にあっては当然、乗合向けの改造をしていますが、前面の行き先表示は方向幕ではなく、ダッシュボードの左側面よりに板を差し込むさ電照式の小さなものが設けられました。

いまも変わらず摩周営業所(弟子屈)に配置されているようです。
余談ですが、富士7E架装の丹頂カラーを見てみたかったなあ・・と思います。
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・撮影当時の弟子屈にて。バスセンターとはありますが、既に閉鎖されていました。




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by hiro_hrkz | 2017-09-17 01:54 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
広島交通 日デP-UA33N・U-UA440NAN +富士7E
広島バスは、かつては日デとふそうの車両を導入し、その車体は西工でほぼ統一されていました。
しかし、昭和58年排ガス規制(P-)の途中から一時期的に日デのみを採用するようになります。
そして車体も、1989~1995年にかけて、富士重工7Eを架装した車両を導入しました。

まず、P-UA33Nを1988年度製10台(広島22く3135~3141、3186~3188 社番624~633)、1989年度製13台(3244~3248、3250、3317~3323 車番634~639、647~653)の合計23台導入します。
その後は排ガス規制が平成元年規制に変り、U-UA440NANを1990年12月製7台(広島22く3411~3417 社番654~660)、、1992年3月製7台(広島22く3655~3661 車番670~676)の合計14台導入します。
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・広島交通 日デP-UA33N +富士7E 2011年5月 八丁堀(広島市中区)
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

両車の間に特に大きな外観上の差はありません。
軸距5.55mのエアサスの標準床車で前中引戸・メトロ窓装備。
そして、エアコンはこの時期では珍しくなっていたサブエンジン方式です。
これらは当時の広島交通の標準仕様でしたが、結果的に富士7Eの架装車として非常に特色あるものになりました。
特に冷房方式は、乗合用としては他には琉球バスと八丈町を思い出す程度です。

車内にずらりと並んだ2人がけハイバックシートは、郊外の団地と広島都心部をかっ飛ばしていた輸送形態に適したものですね。

続く2年は再び西工のみに戻りましたが、その後1994年12月製5台(広島22く3970~3974 社番702~706)、1995年6月製6台(広島22く4058~4063 社番710~715)の11台を導入しています。
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2015年8月 広島バスセンター
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

ここで仕様が大きく変更され、中扉は4枚折戸。
冷房も直結式となり、少しづつ特徴が薄れてゆくようになります。
続いて・・・と言いたいところですが、平成6年排ガス規制になって、ふそうが復活。一方、富士の架装はなくなり合計48台で終わりました。

なにゆえ、この時期だけ富士重工架装の車両を導入したのかわかりません。富士の売り込みだったのか、西工の生産能力の都合だったのか(同時期に広交が導入したのは富士重工48台に対し、西工27台)。その後、関東地方から大量の富士7E架装車が移籍してくるとは思いもしませんでした。

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by hiro_hrkz | 2017-07-16 02:08 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E
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群馬県の西部に位置する安中市。
同市のコミュニティバスの一部を受託しているのが、ボルテックスアーク(アークバス)です。
物流業者のボルテックス・セイグン(旧称:西群運送 1951年設立・1992年改名)の子会社で、1993年に貸切事業者として設立。翌1994年に安中市から貸切代替バス(いわゆる21条バス)を受託しています。

さて、同社の路線バスは全て全長7m級以下の小型車で運行されています。
その中に、日デの「チョロQ」ことKC-RN210CSNが3台存在していますが、出自はバラバラ。
今回はそれらを取り上げたいと思います。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 安中駅(群馬県安中市)

まず、1997年10月に新幹線安中榛名駅の開業に合わせて、同駅と信越線磯部駅を結ぶ路線が開設されます。
この際に新車として、1台が投入されました。

前中折戸・逆T字窓、側面中扉前に小型の方向幕という、チョロQとしては至ってオーソドックスな仕様。
マーカーランプがオレンジ色なのは、貸切代替ゆえなのでしょう。
側面には「一般貸切(限定)」とあるのが、21条バスとして開業したことを物語っていますね。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2012年8月 安中駅(群馬県安中市)

それからしばらく時間は流れて2010年代に入ると、2台の移籍車が登場します。
先に入ったのは、もと西東京バスの車両。前面窓下の手摺りが3っつあることで、すぐにわかりますね。
車体はあまり変わっていませんが、リアの方向幕だけは外されています。

塗装は黄色一色に簡素化。前面とリアにだけ、自社発注と同タイプの柄が貼られています。
また、側面の表記が「乗合」に変わっているのは、2006年の法改正で原則として21条バスができなくなり、乗合免許による普通の路線バスになったことを示しています。
なお、登録番号は自社発注が群馬22ナンバーなのに対し、こちらは、ご当地ナンバーの高崎200ナンバーとなっています。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 磯部駅(群馬県安中市)

続いて入ったのがこの車両。もと京阪バスの車両です。
京阪というと3Eの時代までは富士重工の採用が見られたものの、その後はさっぱり。
乗合では日デKC-RN2台、日デKK-RM1台のみとなります。
そのうちの1台がこちらに来ました。

塗装は、もと西東京と同じく黄色一色で前後のみ柄ありとなっています。
この車両は、窓がスモークとなり、バンパーにはコーナリングランプが取り付けられてます。
もと西東京とは、異なった雰囲気になってますね。

現在は、各車両、とくに決まった路線・時刻で運用についているわけでもなさそうです。
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by hiro_hrkz | 2017-05-17 02:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
西日本ジェイアールバスの富士7E・8E
国鉄のバスのうち、近畿と北陸を継承したのが、JR西日本系列の西日本ジェイアールバス。
国鉄時代は、近畿地方自動車局はふそう、北陸は中部地方自動車局で日デが採用されており、双方に富士重工の架装車が在籍していました。しかし、ふそう+富士はJRになってからは導入されなかったため、同社の富士7E・8E架装車は北陸の日デのみとなります。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-UA440LSN +富士7E 2009年8月 金沢駅 ※
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E 2009年8月 金沢駅

主力は大型車。
平成元年排ガス規制適合のU-UAは、1991年製の6台、1992年製の7台、1995年製の1台の計14台ありましたが、後継車種の平成6年排ガス規制適合のKC-UAは1998年製の1台だけ。いずれも、金沢および富山県砺波地方の福光に配置されていました。

どちらも黒色の2段窓という点は共通していますが、細かな仕様は異なり、まず車体は後扉が折戸から引戸に変化しています。その関係で、側面方向幕の位置がずれ、また塗装も戸袋窓は周囲が白色で、若干異なるものとなっています。
サスペンションは板バネからエアサスになりましたが、一方で車内は、2人掛けシートがズラリと並んでいることは変わらないものの、U-は枕付きなのに対し、KC-はそれがないものにグレードが下げらています。

ところで、西日本JRバスでは秋の紅葉のシーズンになると、金沢から京都に路線車が貸し出されます。
このときにナンバーをきちんと石川(金沢)から京都に変更しているため、貸し出しを終えて戻ってくると、ナンバーが再び変わることになります。これら日デの大型車も例外ではなく注意が必要なところです。
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・西日本ジェイアールバス 日デU-RM210GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅
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・西日本ジェイアールバス 日デKC-RM211GAN +富士8E  2009年8月 金沢駅

一方、中型車は合計5台が存在。
こちらは大型車とは逆に、平成元年排ガス規制適合のU-RMが1993年製造の1台だけ。平成6年排ガス規制適合のKC-RMは、1997年と1998年に2台づつ導入しています。
U-とKC-の仕様差は大型に準じていますが、更にU-RMがT字窓でツーステップなのに対し、KC-RMは2段窓で前扉側がワンステップとなっています。なお、同じKC-RMでも前扉が黒一色と車体色と同一と異なっていますが、これはメーカー側の仕様変更に伴うものです。

もともとはU-RMは福光、KC-RMは能登半島の穴水に配置されていましが、2002年にいずれも閉鎖されて金沢に転属しました。

※2017.3.18 型式を修正し、それに伴い本文の一部を変更しました。



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by hiro_hrkz | 2017-03-17 01:20 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
消防の富士7E
今回は少々視点を変えて、全国の消防組織が持つ富士7Eを取り上げてみたいと思います。
当然自家用車ですが、公用車ということで拙ブログで扱う次第です。
とはいえ、それほど数が多いわけではありません。
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・日デKL-UA452MAN +富士新7E 2008年7月  浅草橋駅附近(東京都台東区)

まずは新車から。
東京消防庁が保有する日デKL-UA+新7Eです。音楽隊の隊員輸送で使われていた車両とのこと。
ツーステップ、そしてなによりCNG車であることが特徴です。
新7Eのバリエーションとして見た場合は、ワイドドアでメトロ窓というのは、これだけの組み合わせでした。
また、右側面に非常口がありません・・・いかなり理由でそうなったのかは定かではありませんが。
製造は2003年3月で、富士重工製ボデーのバスとして最後の最後で造られた車両となります。

東京消防庁は、これ以外にも富士7Bを架装したUA510を持っていたようですが、詳細は不明です。また富士重工架装のバスを新車導入した事例は、ほかにも川崎市消防局の日デRM+富士8Bなどがありました。
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・いすゞP-LV214K +富士7E 2006年9月 長崎県佐世保市

続いては移籍車の事例。
長崎県の佐世保市消防局が保有したP-LV+7Eです。
見てすぐにわかるように、もと都営バスで、移籍した当時はそれなりに話題になりました。
もとは深川営業所に配置され都市新バスの一つ「グリーンアローズ」で使われていたもの。この頃、佐世保市交通局では何台かもと都営バスが導入されていましたが、そのことと関係はあったのでしょうか?

よく見ると原形そのものではなく、方向幕はつぶされ、またマーカーランプが当然、青から橙に変更されています。前面は行灯がなくなり(・・ということは再塗装している?)代わりに消防章がとりつけられています。

ところで、これの用途はなんだったのでしょう。やはり音楽隊だったのでしょうか。

さて、消防で富士7Eといえば、あるクルマを思い出される方もいらっしゃるかと思います。
バスではありませんが、関連が深い車両なので取り上げたいと思います。
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・日デ FJ550LN +日本機械工業 2017年1月 川越市役所(埼玉県)

日本機械工業製のはしご車「スカイアクションラダー」、車台は日デFJ550LN(排ガス規制はKC-相当)です。
この型式および、後継のFJ552LN(排ガス規制はKL-相当)のうち2002年度以前の車両は、キャブが富士7E(7B)に準じたものとなっています。
フロントガラス等を見ると、天地寸法は小さくそのままではありません。
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とりわけ、フロントの窓下だけ拡大すると、富士7E(7B)にしか見えません。
ヘッドライトの下に赤色ランプが取り付けられている点は、新7Eにしか見えませんが、この車両はそれよりも前に登場している点(・・・新7Eの市販1号車は2000年9月製造)は注意しておきたいところです。
なお、富士がバス車体の架装を止めてからは、西工がキャブを製造していました。

画像は、埼玉県の川越地区消防組合が保有する車両。
一度実物を見ておきたかったのではありますが、消防用車両に関する情報は、バスに比べても圧倒的に少なく、また撮影できる機会についての見当がつきませんでした。しかし、友人から出初式がいいとの情報を貰い、漸く見ることができました。
調べた限り、たとえば関東地方では他に埼玉県の入間東部地区消防組合、上尾市消防本部、神奈川県の相模原市消防局が保有しているようですが、細部は各車異なっています。

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by hiro_hrkz | 2017-01-13 00:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)
南部バスの富士7E
今年もまた、バス会社の存続について寂しいニュースを聞かなくてはなりませんでした。
先日、民事再生法の適用を申請した青森県は八戸市を本拠地とする南部バス。
極めてバスマニア的な視点であれば、あの車両の陣容から懐事情を推測すると、今日までよく持ちこたえた・・という気もしてきます。

さて、南部バスの車両は、いすゞが大半を占めています。古くから移籍車を導入していたことでも知られ、2000年代の初頭は新車のエルガミオと、元都営バスの導入が続いていました。しかし、都営の売却中止により情勢は変化。ここに富士重工7E架装の車両が移籍してくることになります。
なお、同社の自社発注では、高速車でLV+7Sが、また一般路線車でLR+8Eがありましたが、7Eは存在しませんでした。
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2016年8月 本八戸駅(青森県八戸市 以下同じ)
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2011年9月 ラピア

最初に入ったのが小田急バスのP-LVで、2006年頃に導入されました。
この頃、小田急の平均使用年数が一時期的に伸びており、移籍する数が減っていましたが、同社はP-LR+富士6Eと共に導入しました。当時、移籍車市場に出回るクルマの車齢が10~12年なのに対し、これは15年を超えており、正直、こんなのを買うのか・・と感じたのは事実です。

八戸200か336、343、350、359、368の5台が存在。うち368だけ小田急時代の塗装を生かしたのか窓回りが黒くなっています。いずれも、行き先表示は場所を変えずにLEDに変更しています。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E (上)2011年9月 ラピアバスセンター (下)2016年8月 本八戸駅
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・南部バス いすゞU-LV224L +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

さて、小田急からの移籍車両が途切れると、今度はその供給元が東武グループ各社となります。
まずは、2008年頃に東武本体から3台のLVが入ります。
これがただものではなく、1994年製のワンステップ車(八戸200か497 上・中の画像)1台と、1995年1月製のリフト車2台(八戸200か504・505)。特に、ワンステップ車は前面下部が樹脂で無塗装となり、視野拡大窓を備えるなど、特徴ある車両でした(くわしくはこちらを)。

車齢13~14年での導入なので、移籍車市場に出回る車齢が高くなってきたことを考えると、それほど違和感は無い感じでした。この3台は、行き先表示が幕のままながらも、側面は大型に交換されています。

その後も断続的に東武グループからの移籍車の導入が続きますが、一方で移籍元は更に多様化。
たとえば、高槻市から西工96MC架装のLVワンステが入るのもこの時期・・・2010年頃です。
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・南部バス いすゞU-LV324K +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

その中に、路線規模を縮小しつつあったJRバス東北からの移籍車がありました。
同社からは自社発注のみならず、川崎市交通局からの移籍車も再移籍しています。
画像がその車両でU-LVのツーステップ車、川崎市らしくショートオーバーハングとなっています。
再移籍時で、車齢16年程度だったはず。この頃は未だC系が在籍していました。
八戸200か588 1台が在籍しています。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2011年9月 ラピア

また、同じ頃に入ったのが、遠州鉄道のHT。中間尺車(軸距5.2m)が1台(八戸200か598)移籍してきました。
遠鉄の大型車は2005年頃から一時期的に各地に移籍するようになりましたが、同社の使用年数が再び増加したのか、すぐに下火に。そんな中での移籍事例となりました。南部バスが日野の大型を導入することでも珍しがられましたね。
遠鉄の7Eは前面方向幕廻りを緑色にしていますが、この車両はそのままとなっています。赤とは補色の関係にあるので、やはり目につきますね。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E 2016年8月 ラピア

その後、少々時間があいて、2012年頃に移籍してきたのがこちら。
東武の前後扉のLV。ただし直接やってきたわけではなく、子会社への路線移譲に伴い国際ハイヤー→国際十王交通に移籍したものです。八戸200か673、680の2台が存在します。
このニュースを聞いたとき、いまどきこんなものを!と思ったのが正直なところ。
車齢17年目?での移籍・・・じわじわと高齢化してきましたね。側面の方向幕は大型化されているのは先に東武から直接入った3台と同じです。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2014年8月 本八戸駅前
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・南部バス 日野KC-HT2MMCA +富士7E 2016年8月 ラピア

そして2013~2015年にかけ、それまで1台だけだった遠鉄HTが一気に増加します。
U-HT2MMAAが八戸200か714~717の4台。そして、KC-HT2MMCAが八戸200か739、763、765、771の4台。
ここで漸く平成6年規制車の登場となりました。
車齢18年程度での移籍ですが、座席はよく整備状態も悪くはない車両だと思います。
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・南部バス いすゞKC-LV380L +富士7E 2016年8月 ラピア

いまのところ最後に入ったのが、もと立川バスのKC-LV。八戸200か782の1台のみの存在で2015年の移籍です。
オーソドックスな前中引戸の車両が、ここで初めて登場となりました。
立川のLVは意外にも全国的に細く長い間?売れているので、そう驚く事例ではないのかもしれません。
また、上の遠鉄に比べれば若いのですが、なんとなく大丈夫なのかなあ・・と思いはじめたものです。

それでも、今回の民事再生法申請のニュースは突然でした。
路線の廃止とは違って、事業者の倒産は、まず事前に察知するのは無理ですね。
各報道では、今後、みちのりホールディングス傘下の岩手県北バスへの事業譲渡で交渉が進められており、実現の際には南部バスは清算するとのことです。どのような経営形態になるかはわかりませんが、ただただ成り行きを見守るしかありません。


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by hiro_hrkz | 2016-12-07 02:11 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
カリー観光の富士7E・8E
沖縄本島で貸切事業を展開していたカリー観光が、石垣島で乗合事業に参入したのは昨年のこと。
この際に揃えられた6台のうち、昨年紹介した日野の2台に続き、今回は日デ+富士の2台をとりあげたいと思います。
日野の2台が全く違う車両だったように、日デ+富士も脈絡の無いバラバラの仕様となっています。
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・カリー観光 日デKC-UA460LSN +富士7E 2015年9月 沖縄県石垣市

うち一方は、大型車。しかし、その仕様はワンステップ車で前中折戸、各扉に所謂「イージーステップ」装備という特徴あるものです。
もとは西武バスの1998年度導入車で、伊豆箱根バスを経由した多重移籍車。リンク先の記事内で記したように伊豆箱根時代は中扉を使用していませんでしたが、石垣島に来てからは開くようで、ステップもきちんと動作していました。

伊豆箱根ではせっかくのワンステを生かしきれていない印象で、廃車も突然のことに感じましたが、その後、再度南の島に移籍するとは、予想外でした。
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・カリー観光 日デKC-RN210CSN +富士8E 2015年9月 沖縄県石垣市

そしてもう1台はうって変わって、チョロQ。もとは京阪宇治交通の車両です。
これまた1997年製造ということを考えるとよく貰われたなあ・・という感想でしたが、現在製造していない7mワンステは、低年式であっても移籍先が見つかることが多いですね。
話はそれましたが、乗合用の6台のうち最も小さいサイズで、このとき伺った話では「あまり使っていない」とのことでした。が、その後、石垣に行かれた方の目撃情報の限りにおいては、運用についていることが多いように感じます。

途中ノンストップの1系統しか存在しない故なのか、2台とも行き先表示は、前面・側面ともにステッカーをべったりと貼ったものとなっています。
今年に入ってから、きっかり30分間隔になったようで、更なる健闘を期待したいところです。

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by hiro_hrkz | 2016-11-07 23:39 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)
静岡鉄道の三菱ふそう+富士3E 2題
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静岡鉄道の富士重工架装車は、現在も残るいすゞが知られていると思います。
しかし、富士3Eの頃までは、ふそうへの架装例が存在していました。
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・静岡鉄道 三菱ふそう MP117M +富士3E 1996年8月 藤枝駅(静岡県藤枝市)
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・静岡鉄道 三菱ふそう MP117M +富士3E 2000年9月 静岡県藤枝市

MP117系は長さは全種類、車体も三菱名自・呉羽・富士の各種が存在していましたが、富士重工を架装したのは軸距5.3m(標準尺)または5.85m(長尺)で、これらは呉羽架装の車両と勢力は半々程度だったようです。画像は藤枝営業所に配置されていた中間尺車で、1979年の導入。静岡22き1791~1793の3台がありました。
前後折戸で前面の方向幕を大型化したため、いわゆる「バケ幕」となっています。
非常口扉の窓も開閉可能なのは、静鉄のバスの特徴の一つ。リアから見るとオーバーハングが短いことがよくわかりますね。
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・静岡鉄道 三菱ふそう K-MP118K +富士3E 2000年9月 静岡県藤枝市

これが、K-MP系になると静岡市内でもよく見かけたブルドックが一大勢力で、富士架装は1981年に導入された軸距4.8m車(短尺)が若干あるのみだったようです。
とにかく印象的なのは、メトロ窓となった側面。車内もハイバックシートとなっています。
前面もK-の世代なのでバケ幕から大型幕になりましたが、静鉄の幕の大きさは独特なので、その周囲の板金処理の部分が目立つ感じですね。

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by hiro_hrkz | 2016-10-08 21:28 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
中国ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E
国鉄が分割民営化されJRになると、そのバス部門では、それまでの車種とメーカの縛りが解けて採用車種や仕様が変化してゆきます。この傾向は、日本列島の西のほうが、より顕著だったようにも思うところです。
中国地方の中国ジェイアールバスでは、岡山県内に、それまで縁が無かった日デを導入しています。
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・中国ジェイアールバス 日デKC-UA460LAN +富士7E 2016年5月 山口県山口市

1991年にはじめて導入されたU-UA+富士7Eはメトロ窓に前後折戸という、これまた国鉄らしくない仕様でしたが、1994年以降の増備車は、前中折戸に変更されています。
画像は平成6年排ガス規制(KC-)の車両。1996年5月製と1998年2月製の計2台が導入されました。
上・中の画像が1996年式の社番538-6953で、サッシがU-までと同じ黒色なのに対し、
下の画像の1998年式、社番538-7951は、銀色になっています。

さて、岡山県内の中国JRの路線バスは2003年3月に、実質スクールバスとなった一部区間を除いて撤退しています(現在は、そのスクールからも撤退済)。
この2台は、広島県の黒瀬に転属、さらにその後、538-7951は山口へ、538-6953に至っては一旦岡山に戻ってから山口に転属するという流浪の民?となっています。
山口の富士7Eといえば、以前紹介したP-LVも広島からの転属でしたね。


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by hiro_hrkz | 2016-09-06 02:19 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)