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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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月末の雑感 ~このエデンならぬ鉄コレ~
鉄道コレクション・・・・鉄コレが発売されてから、もうすぐ1年が経とうとしている。
その時、何となく複雑な胸の内を書いたのだが、それは1年経ち、ますます混迷を深めてしまったようだ。

10年前、製品の「せ」の字の一角目すらない状況だった地方私鉄のNゲージ。
プラ板を切った貼ったで・・あるいはGMの改造で大量の電車を作った自分にとって、
プラベースの量産品の発売というのはユートピアだと思っていた。

しかし、増え続ける車両を見ながら、一体自分は何をしているんだろう・・と、何か虚しくなってしまった。
脅迫観念にかられて、こんなにたくさんの車輌をあつめて、どうしようというのだ?
そもそも、ブラインド販売は、模型でギャンブルをやっているようなものである。
加えて、水子となったガレキを見て、なおのこと頭を抱えてしまう。

そして限定品を目の前に右往左往・・・・。
鉄コレが無限の宝島だったなら、私たちは奪い合う筈がないのに・・・。これでは、ディストピアである。


気になるのは、鉄コレが安すぎるという点である。
かつて、お金がない子供は、香港貨車を買って満足したものだが、
貨幣価値を考えれば、それよりも安く、質は高いということになる
そうした状況を、価格破壊といって無邪気に喜べるうちは未だいい。
しかし、それは諸刃の剣。消費者の価格感覚が狂った結果、焼け野原になるリスクも、最近は感じている。

むしろ、価格がどうこうより、基本的なものが苦労せずに手に入る事・・
というのが重要だと思う。
のんびりと鉄道模型を楽しには、こういった「保障」のようなものが必要不可欠のはずである。、
煽り商法に乗せられて、趣味でもストレスを抱えたら、行きつく先は廃人である。

結局のところ、
自分が欲しいものがあるから買う・作る・・という極めて原点的な部分に立ち戻りたいと思う。
そして「安い」から買うのではなく
「自分に必要だから」「自分にとって価値がある」から買う、という点にも戻らねればならないとも・・。

と書いた矢先に、富士急の限定品が我が家にやってきた。
そして、琴電1020発売発表・・・・。
しかし、傍らの鉄コレの改造車で完成したのは未だ2輌のみという現実。
自分は、正直、鉄コレとの距離感を決められずにいる。

そして悲しみと同じ産声をあげながら
このエデンならぬ鉄コレを買って
おぼつかない改造プランを今日も紡ぐ。

幾たびも幾たびも
このエデンならぬ鉄コレを買って
おぼつかない改造プランを今日も紡ぐ。



・・・・元ネタわかる人いるのかなぁ。
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by hiro_hrkz | 2006-10-31 01:07 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(2)
御殿場の富士7E
御殿場のとある有名商業施設の送迎バスが本日のお題。
御殿場駅・インターチェンジからの送迎のみならず、
近くにある駐車場とのピストン輸送でも、富士急、東海、箱根登山の各社の
バスと共に使用されています。

この中に数台の7Eがいます。
先ず1台目がこれ。
e0030537_0173241.jpg
いすゞ U-LV324Lで、この施設の敷地と共に売却された車輌のようです。
ノーマルかつあっさりとした仕様です。

問題は、もう1台。
趣味の先輩に教えて頂きノコノコ出かけたのですが、思わず唖然。
e0030537_0203743.jpg
e0030537_0211482.jpg
一見ただのメトロ窓の車輌ですが、リア側の画像に注目。
なんと、日デUAの高出力車。それも、ラインナップには存在しないWB4.7m級車です。
型式はKC-UA521NAN(改)。
移籍車輌であることは確実ですが、何処の車輌だったのかはハッキリしません。
まあ、思い当たるフシもあることにはあるのですが・・・。

そういえば、先日某タモリ倶楽部の自家用バスオーナーの回で、
新車の富士7Bが出ていましたが、あれもUA521のWB4.7m級でしたね。
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by hiro_hrkz | 2006-10-27 00:28 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
大分交通 キハ600形
大分交通というと、今はバス中心の会社。それも中型車中心の陣営です。
しかし、かつては複数の鉄軌道を有していました。
トロリーファンなら別大電車ですが、非電化ローカル私鉄ファンにとっては
耶馬溪、宇佐、国東の各線でしょう。高井薫平氏、あるいは湯口徹氏の著作で見たローカルムード満点の写真は、古き良き・・という言葉が似合います。

さて、その大交非電化線の新鋭車だったのがキハ600形。
4輌が1956年と1960年に日本車輌で製造され、国東線と耶馬溪線に配置されました。
トルコンを装備しながらも総括制御はできないシロモノ。

最終的には耶馬溪線に終結し、1956年製の2輌が、中津市内の民宿兼レストランの汽車ポッポに、1960年製の2輌が紀州鉄道に譲渡され同番号で使用されました。

下の画像はその例。中津の画像は1995年の撮影で、2両がありました。
一方、紀鉄のほうは1989年の撮影。前面窓が現在と異なり大交時代のままです。
e0030537_23073905.jpg
e0030537_23075877.jpg
・大分交通キハ601(利用) 1995年8月 大分県中津市 「汽車ポッポ」
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・大分交通キハ602(利用) 1995年8月 大分県中津市 「汽車ポッポ」
e0030537_23475794.jpg
・紀州鉄道キハ603 1989年8月 学門

この車輌、キハ10から作れそうだと思い、津川のキハ10中古品を買い込んで早○年・・。

※2014.1.19 キハ603の画像を交換しました。※2015.4.20 キハ601の画像を交換・追加、キハ602の画像を追加し本文を一部修正しました。
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by hiro_hrkz | 2006-10-25 01:48 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
函館市交通局 三菱K-MP118K
今は消滅してしまった函館の市営バス。
昔は4メーカーを使っていたようですが、1980年代前半から
日野と三菱に統一されてゆきました。
標準尺と短尺の2種が並行採用されていたのが、面白いところです。

さて、末期の函館市営には、ブルドック1台残っていました。
個人的には、日野RTの印象が強い事業者ゆえ、あまり記憶は
ないのですが、函館駅前で1枚だけ撮影していました。
e0030537_1455922.jpg

函館市交通局 三菱K-MP118K 1997年8月 北海道函館市

函館バスにもブルドックがいたのですが、こちらもあまり撮影していません。
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by hiro_hrkz | 2006-10-22 01:47 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
札幌の親子電車
1960年代までの札幌市電といえば、路面電車への近代化に積極的に取り組み
斬新なスタイルの車両や新機軸を盛り込んだ車両を幾つも作り上げました。
しかし、それらは、様々な要因で大成することはなく、結局地下鉄の整備へと変わって行きました。

その札幌市電が作ったものの一つに、親子電車があります。
なにか特別なものに聞こえますが、結局は鉄道線と同じようにロードピークは車両を
増結して走らせようというもの。
京都市電などには幾つかの例がありました。

札幌でも1961年に日本車両でM101、TC1を新造し、実施しようとしました。
しかし、警察による規制を受け朝1本しか運行できなかったといわれます。
結局、TC1は廃車になり地下鉄自衛隊前駅にある交通資料館に保存。
M101は、単独で使用されつづけました。
窓下に設けられたライトで、少々変わった表情となっています。
e0030537_22574007.jpg
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(上)札幌市交通局 M101 1995年8月 電車事業所前
(下)札幌市交通局 TC1(保存) 1995年8月 札幌交通資料館

市電の延長構想が、なんとか実現・成功して欲しいものです。

※2015.4.20 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2006-10-21 22:50 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)
信南交通 日野P-RJ172BA +日野車体
高速バスは新宿でよく見かけますが、一般の路線車となると
殆ど見たことがない信南交通。長野県南部の飯田市を本拠地とする、歴史の古い事業者です。

高速バスで1本とはいえ、なかなか行かないのが伊那谷。
土日には一般路線の大半が運休になる事情も手伝って、余計に足が遠のきます。
結局、私が信南の路線車を見たのは、飯田線の乗り継ぎで飯田駅に降り立った2回だけです。
当時、駅の近くにあった車庫にお邪魔したものの、自社発注のエアロスターと
今回とりあげた、もと都営のレインボーの2台だけで、スグに退散と相成りました。
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・信南交通 日野P-RJ172BA +日野車体 1999年8月 長野県飯田市

ネット上を探ると、もと岡山電軌やユタカ交通の画像がでてきます。
ちょっと変わったラインナップになっているようですね。

・2014.3.31 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2006-10-17 01:51 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
弘南鉄道弘南線 モハ1523・クハ3904
弘南鉄道が、在来の旧型車を淘汰の為に南海1521系を購入するというニュースを聞いた時はビックリしました。当時、既に大手私鉄の高性能車が大量放出されている状況でした。
朝ラッシュ時の専用車両で、大きい車両・あまり改造しないで使える、雪に負けない重い車両(7000系の28tに対して43t)など、推測され理由は幾つかありますが。

1995年8月、2度目の訪問となった弘南鉄道では、弘南線の2両(モハ1523、クハ3902)が出場し黒石駅構内に留置されていました。塗装は南海と同じ色に白帯で再塗装されたのがわかりました。他の車両は未だ整備中。クハ3904が、平賀で改造を受けていました。

その後、何回か弘南鉄道を訪れましたが、この車両が走るところは見ていません。
急速な勢いで客が減り、弘前ねぷた祭りの時しか稼働しないと聞いていました。
今は、その日さえ動く事がないといいますね・・・。
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(上)弘南鉄道弘南線モハ1523 1995年8月 黒石
(下)弘南鉄道弘南線 クハ3904(整備中) 19995年8月 平賀

これを模型でつくることを画策中・・・・

※2015.4.20 画像を交換しました。

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by hiro_hrkz | 2006-10-15 23:35 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(2)
狂軌の沙汰
e0030537_150779.jpg

琴電の各種車両の仕掛をここで公開してから早11ヶ月。
その時、未だ片側面だけだったもと阪神車は
その後、他の車両にも着手し、5両(1051-1052,1053-1054,1061)が組みあがりました。

しかし、我ながら狂気の沙汰といいますかなんと言いますか。

全てグリーンマックスの阪神通勤車のキットをベースにしています。
しかし、1970年代以降に製造された車両がモデルの製品から、昭和30年代の阪神高性能車初期型車体にするには、窓などいささか無理があるのです。

最も製品に近い1053-1054から着手。両側先頭車の中ドアを埋め、中間車の窓回りを嵌めこむ改造をしましたが、これに加え乗務員扉を交換、屋根を深くするためにt0.5mmプラ板を貼って嵩上げ、雨樋は全面新製し、全面もヘッドライトを交換・テールライトの位置を変更などなど、かなり大掛かりな改造となりました。

続いて、余ったもう1両の中間車と、部品構成の関係上、1枚余分についてくる中間車の側板をベースに1061を作成。改造内容は1053に準じていますが、両端の窓を埋めて乗務員扉を新設するのが大きな違いです。

そして、これら窓を行かれた中間車の側板1両分と、余った屋根2枚を見ているうちに閃いたのが1051-1052。別の車両から窓回りを持ってくればなんとかできることが解ったためです。
この窓回りは、東急の青ガエルから持ってきました。リトルジャパン鶴見店で、バラ売りされていたものを購入。
 側板と前面が不足するため、GMストア秋葉原で阪神先頭車のバルクを調達し、改造に着手しました。

しかし、1052の独特の裾形状は厄介でした。プラ角棒を接着したり挟んだりしてナンとか形にしました。
それにしても、原形を留めていません。こうなってくると、もはやキットは「芯」にしかなっていませんね。
ちなみに、1051-1052は後の阪神電車より短いので、模型でも長さを縮めています。


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by hiro_hrkz | 2006-10-13 02:19 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
那覇交通 いすゞBU04 +川重
あれだけ沢山走っていた銀バスのBUも、
第一交通買収後、あっけなくなくなってしまいました。
そのBUの中でも、比較的数が少なかったのがが、この貸切カラーのトップドア車でした。
45系統(三重城~与根営業所)などで見ることができました。
路線カラーに比べ軽快な感じですね。
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那覇交通 いすゞBU04 +川重 2003年5月 沖縄県那覇市

この車両、前扉をよーく見てみると・・・・。
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by hiro_hrkz | 2006-10-10 00:53 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
大連203路
大連といえば、やっぱりこれですね。
日本の租借地時代に製造された3000番台の車両が走る路面電車203路。

いろいろなページで紹介されているので詳細は省きますが、
大連駅から市街地の北側・東側を抜けて、東海公園まで行く系統です。
沿線、特に勝利橋~三八広場にかけては、旧:満鉄本社や旧:日本橋郵便局をはじめとする、
古いビルが多く、電車と合わせると、時間が巻き戻った様に感じます。

まあ、そんなものを打ち砕く様に、大量の自動車が走ってくるわけですが。
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2006年9月 世紀街

上の画像は、サイト表紙で使っている場所で逆方向から撮影したもの。
丁度、旧:満鉄本社を背にした形となります。
租借地時代は、そのものずばり「満鉄本社前」という電停がありました。
その頃は、朝日広場(現:三八広場)、山縣通(現:世紀街)のどちらからも大広場(現:中山広場)に向かうように線路が敷かれ、直接、朝日広場から山縣通へ行く事はできなかったようです。

3000番台の車両は窓配置が2種類。塗装が2種類で都合4種類。
画像の車両のように広告が描かれているもののも沢山あります。
日本国内で見られなくなってしまった「3っつの扉、全てを使っての乗降」は
なかなか感動的です。
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なお、民主広場にある車庫の事務所も、租借地時代からの
建物だそうです。
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by hiro_hrkz | 2006-10-09 00:45 | 鉄道(海外) | Trackback | Comments(2)