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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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月末の雑感 ~さよならの日に~
今日限りで、鹿島鉄道が廃線になる。
もと、鹿島参宮鉄道・・ということは関東鉄道の創業の路線が消えるわけである。
(関東鉄道は常総筑波鉄道と鹿島参宮鉄道の対等合併で成立したが、法的には鹿島参宮が存続会社)。

さて、ちょうど20年前に、同じ関東鉄道から分離された筑波鉄道が廃線になっている。
父の郷里が沿線にあったため、何度か乗った路線であり、そして私のローカル私鉄体験のルーツでもある。
それだけの時間が経過した事実と共に、よく20年間、鹿島は持ったなあ・・という思いも浮かんでくる。

1985年頃の記録では、鹿島鉄道も筑波鉄道も輸送密度は、ほぼ同じであった。
それどころか、土浦~筑波に限れば、鹿島鉄道より筑波鉄道の方が乗っていたと言われる。
人の流れと母体都市(土浦と石岡)の人口・経済規模を考えれば、確実だろう。
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・1987年3月 紫尾~常陸桃山

それでも鹿島鉄道が存続したのは、自衛隊百里基地への燃料輸送が存在したからに他ならない。これが「榎本からのパイプラインの老朽化」という理由で廃止になった為、レーゾンデートルを失った。だから廃線は自明の理だし、逆に言えば5年半の猶予が与えられたとも言える。

そういえば、同じく今日、廃止になるくりはら田園鉄道(←栗原電鉄)も貨物の為の鉄道だった。
細倉鉱山の閉山による貨物廃止後、丁度20年。片上鉄道、あるいは北海道の炭鉱鉄道などを思うと、こちらも、本当によく持ちこたえたものだと思う。

鉄道、いや交通機関というのは、やはり明確な存在理由がないと、存続できないものであることを痛感する。
最近、鉄道の廃止とバス会社の経営危機に関する情報を聞かない月はない。
そこには地方私鉄の廃止ラッシュだった昭和40年代に消えた各線よりも乗客が少ないという現実がある。過疎化・郊外化・自動車社会化が極端に進んだ地方では、はっきり言って公共交通の存在理由が見つからない。タクシー券を高齢者に配り、スクールバスを運行すれは、それで終了という気すらしてくるのである。

そして、そんな鉄道やバスを追いかける私達というのは、なんとも難しい立ち位置の趣味だとも思う。趣味の対象が消えるということを粛々として受け入れるしかないのだから。
ふと思ったのだが、1年毎月訪ね毎回3000円づつ落としたとしても、その事業者には3万6000円しか貢献しない。その程度なのに、事業者に保存鉄道なんて構想を押しつけるのは、お門違いもいいところである。

さて、鹿島鉄道の廃止後のバスは、数年後、どうなっているのだろうか?
筑波鉄道代替路線を見る限り、石岡~小川はそれなりに使われるだろうけど、
玉造町、鉾田までとなると暗い現実しか思い浮かばない。
というより、石岡~鉾田に公共交通を使う人の流れそのものが消えるのは時間の問題なのかもしれない。
茨城県西部、たとえば古河~下妻などを見ていると、余計にその感が強くなる。
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・1989年8月 真壁駅

これからも、鉄道、バスマニアとして辛いニュースは沢山聴かなくてはならないだろう。
でも、気持ちや趣味で交通機関を残すことは不可能なのである。
だがら、私たちは趣味の視点で反論してはいけない。趣味の視点で受け入れるしかない。
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by hiro_hrkz | 2007-03-31 18:44 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(6)
ジャンボフェリーのいすゞLT
以前、琴電に撮影しに行く時に、よく加藤汽船のジャンボフェリーを使っていました。
これを使うと長尾線を朝からフルに撮影できるためで、20:40頃東京発の新幹線→阪神の終電→青木発着時代のフェリーという無茶苦茶なこともやりました。最近は、撮影といってもイベント列車の走る時だけなので、こんな移動は先ずやりませんが・・・。

さて、神戸側は神戸フェリーバスによる連絡バスが青木発着時代から運行していましたが、高松側の高松東港は、公共交通機関がないに等しく、15分ほどかけて琴電志度線の沖高松まで歩いていました。
そこに送迎バスが登場したのは、たしか1999年の秋(コトデン345-230廃車の頃)だったと思います。
当初用意されたのは、キュービックボディーのいすゞLT。
明かに、もと自家用なのですが、車内には緑の降車ボタンがついているという謎の車両でした。
運転士さんには、関西方面から買ったと伺いましたが・・・。
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・加藤汽船ジャンボフェリー送迎バス(自家用) いすゞP-LT312J +アイケー 2000年1月 香川県高松市

その後は、神戸フェリーバスから入れ替わり立ち替わり車両が送り込まれおり、この車両も姿を消してます。
香川では、いすゞやUDの路線車が見られるのはここだけですね。

※2014.3.7 画像を交換しました。

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by hiro_hrkz | 2007-03-29 00:35 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
近畿日本鉄道北勢線 ク202
地方私鉄でも、昭和30年代であれば新車を登場させていたところが多数あります。
それは、ナローゲージでも同じですが、大半が昭和40年代に廃止になったため
短命に終わったものばかり。
その中で、三重交通4400(近鉄ク202)が今でも残っているのは、嬉しいことだと思います。

1959年日本車両製の3車体8軸の連節車。神鋼電機の垂直カルダン駆動を採用した車両でしたが、その機構の複雑さがアダとなり、1971年には電装解除。その後、北勢線近代化で総括制御ができるモ270が登場した1977年に、片側の運転台が復活し、現在に到っています。

垂直カルダン駆動を採用したが故に、台車のある部分の床が高くなっており、その前後は傾斜がついています。またドアには1段のステップがついているのが特徴。
このあたりは実際に乗ってみないと解りませんが、設計に苦心した跡が伺えます。それほどまでに新機軸に貪欲だったとも言えましょう。
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近畿日本鉄道北勢線 ク202 2002年4月 六把野~北大社

三岐鉄道に移管後、随分変わっている様ですので、暫らくぶりに乗ってみたいものです。
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by hiro_hrkz | 2007-03-26 01:09 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(6)
岬めぐり
バスの出てくる歌数あれど、やはり代表的なのはこれでしょうか。
1975年、山本コータローとウィークエンドによるヒット曲(作詞:山上路夫、作曲:山本厚太郎)。
当時は*歳ですから、記憶にあろうはずもないのですが、いろいろな番組で
使われたりして、自然と頭の中に入ってきているのでしょうね。

さて、岬とバスの組み合わせ・・として真っ先に思い出すのは、房総半島の南端とJRバス関東(南房州線)です。
最近は高速バスができて便利になりましたが、普通列車で行こうとすると、千葉で一段落、木更津で一段落、そしてその先が長いこと長いこと・・・。そしてやっとこさ辿りついた館山から、さらに岬を目指して、JRバスの旅がスタートします。
この行程、いつも釧路→根室→納沙布岬という旅路とイメージが重なり、なにか「最果て」へ向かうような感じがします。
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2006年11月 館山駅前のバスターミナル
 発着線数が減った変わりに、高速バス乗り場ができたのが時代の流れ。

ちょっとした山を越えて海べりへ出て安房白浜へ。
色とりどりの花畑と、美しく眩しい海が広がり・・・と書きたいのですが、私が訪れた2回とも、どういうわけか小雨混じりのお天気だったのは、普段の行ないがよくないからなのか。
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1997年3月 安房白浜附近

この安房白浜・・・房総半島の最南端にあるのが野島崎灯台。中に入ることもできますが、周辺は観光地観光地していて、私は少々苦手な感じです。
一方、西側に飛び出ている場所にあるのが洲崎灯台。
こちらは、中に入ることはできませんが、殆ど観光地化しておらず、鄙びた雰囲気がよい感じでした。両灯台の間はJRバスのフラワー号で移動することができます。
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2006年11月 洲崎神社

他のJRバスの一般路線と同様に、厳しい経営環境に置かれており、千倉方面などが地元の館山日東バスに移管されるなどの変化が出ています。ガラーンとした安房白浜駅と、その前の潰れた店などを見て、観光地があることがルーラル交通の力には決してならないのかな・・と思いました。
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by hiro_hrkz | 2007-03-24 23:59 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
長野電鉄長野線 桐原駅
複線区間のある地方私鉄は数が少ないですが、昔の近郊電車という感じが残っている所が多く、好ましい気がします。
地方私鉄の雄と言われる長野電鉄は、長野~朝陽が複線区間。もっとも、長野寄りは例の地下区間になっています。で、残りの地上区間の真中にあるのが、この桐原駅。急な角度のついた三角の屋根が印象的な駅舎です。

比較的古い駅舎が残っている長電ですが、ここは、単線区間の駅舎と異なり、小じんまりとした「街の駅」という感じが出ています。
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2003年3月

駅舎の反対のホームにある待合室もなかなかよい雰囲気です。
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by hiro_hrkz | 2007-03-22 22:18 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(5)
羽後交通 いすゞU-MR132D +北村
いすゞの小型バスといえば、以前は北村架装のDBR→MRを割と多くの事業者で見ることができました。しかし、同じ頃、やはり多くの事業者で採用されていた日野のほうがリエッセに移行し、現在はポンチョと確実に続いているのに対し、いすゞはU-MRで撤退以降、一時発売されたエルガミオ7mを除き、途絶えています。

さて、P-MR112D(U-MR132D)は、フロントエンジンを採用したため、ドア配置が前後ドアにできることが特徴でした。車体も、側面に回り込むようなリアウィンドが印象的なもので、デザインそのものは、新潟交通と頸城自動車に納入されたLV・LTのスケルトンボディーにも応用されています。

今回取り上げるのは羽後交通の車両。
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羽後交通 いすゞU-MR132D +北村 2005年9月 秋田県大曲市

・・・ん、羽後は、いすゞMRを採用していたか?・・と思われた方、鋭い。
この車両、なんと、佐賀県の昭和自動車からの移籍車。バスは、大きさや用途によっては、意外な事業者からの出物が有りますが、あまりに意外すぎて衝撃的でした。
おそらく、このあたりのクルマが、羽後に嫁いだようです。
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昭和自動車 いすゞU-MR132D +北村 2001年9月 佐賀県唐津市

小型車は、採用事業者ごとの特徴が少ないのが、見分ける際の難点ですね。
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by hiro_hrkz | 2007-03-19 00:36 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
南部縦貫のレールバス
最近、こんなことばっかり書いているような気がしますが、
これが運行休止になってから、丁度10年なんですねえ。
最後の3月は、積み残しがでて、続行で臨時便が出たりするなど、無茶苦茶な混み方でしたが、普段は輸送密度100を割る、もはや鉄道どころか公共交通としての存続理由すら危うい路線でした。
それは、並行して十和田観光電鉄の路線バスがガンガン走っていたからなのですが、現在は、その路線バスすら、激減してしまいました。

とにかく、地元の意地で残していたような路線でしたから、廃止なんて想像もしていませんでした。
存続の目標としていた「東北新幹線の青森延長」は未だ工事半ば。
最も、残していても、新幹線七戸駅まで皆クルマでアクセスして、鉄道など見向きもされないでしょうが・・・。
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南部縦貫鉄道 キハ102 西千曳(上)、七戸 1995年9月

気がつけば、国鉄転換線ではない非電化私鉄というのも、随分減りましたね。
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by hiro_hrkz | 2007-03-18 17:59 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(6)
玖珠観光バス 日デP-RM81E/P-RM81G +富士6E
大分交通の分社会社のうち、山間部に路線を持つのが玖珠観光バス。
本サイトの方ではRM81Gの冷房改造車のみを掲載しているので、それ以外のP-RMを、今回は取り上げます。

両方ともトップドア車ですが、長尺のほうは最初からの冷房車。
グループ内では、他に杵築や高田にも在籍するタイプです。
一方で、短尺のほうは、他には院内(安心院)にだけ在籍する少数派です。
ところで、この2台、微妙に塗装が違っています。ライト形状も異なるので、随分、印象が変わります。
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玖珠観光バス 日デP-RM81G +富士6E(上)
玖珠観光バス 日デP-RM81E +富士6E 2005年6月 大分県玖珠郡玖珠町

大分交通本体の塗装より、落ちついた感じでいい色だと思います。
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by hiro_hrkz | 2007-03-15 00:17 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
近江鉄道 モハ203
大東亜戦争に突入する前後、つまり1940~1942年にかけて、東京西部~西南部の私鉄各社は輸送力増強に追われ、各社新車を登場させています。武蔵野鉄道デハ5570、西武鉄道(初代)モハ200、青梅電気鉄道モハ500新、南武鉄道モハ150・クハ250、京王電軌400・・・
しかし、後の省線ロクサン形やED13から連想される戦時の悲壮感はなく、むしろ、どこか明るい感じのする車両が多いように思います。
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・近江鉄道 モハ203 1989年7月 彦根

その一つが小田急デハ1600。小田原急行鉄道最後の発注車でしたが、京浜電鉄デ200と同じように完成は大東急成立後となりました。16m級の関東窓配置車ですが、窓の縦方向におおきく、特に明朗な感じがします。未だ人気があるのも頷ける話。

4000系に機器を流用して廃車になったあとは、西武所沢工場経由で各地に売られました。
画像は、近江鉄道に譲渡された車両。下回りは旧型国電の機器を使っています。
もっとも、車籍上は、もと東急サハ3101だった近江サハ101の改造扱い。
まあ、奇奇怪怪な籍ばかりの同社にしては、割に簡単なほうかもしれませんが・・・。

※2014.10.26 画像を交換しました。

なお、現在は台枠を使いモハ222に改造したことになっています。
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by hiro_hrkz | 2007-03-12 01:19 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(2)
静岡鉄道 三菱MP117M +呉羽
静岡県中央部をナワバリとする静鉄バス。
車両のバラエティーに富み、またモノコックボディーの車両も多く在籍していたことから、以前は青春18きっぷのシーズンになると、出撃していました。

画像は、袋井駅の東側すぐの所にあった袋井営業所で撮影した呉羽の旧ボディーを架装したMP。
藤枝に在籍していた富士3E架装のほうは、何度か見ているのですが、こちらはこの時だけでした。

なお、信号を挟んで反対側には遠州鉄道の小規模な車庫があります。
同じ日に、富士6E架装の日野RJを撮影できたのも思い出です。
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・静岡鉄道 三菱MP117M +呉羽 1999年3月 静岡県袋井市

リアの方向幕の塗装などに苦労が伺えますね
この塗装は、やっぱりモノコックにはあんまり似合っていなかったなあ・・・と。

※2016.10.8 画像を交換しました。

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by hiro_hrkz | 2007-03-11 00:09 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)