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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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月末の雑感 ~翻訳蒟蒻欲しい~
外国に行くたびに辞書が増える。
いま、手許には独日、韓日、中日の3つの辞典が並んでいる。
しかし、どの言語も全部途中で挫折しているのは情けない限り・・・
(そもそも、現地で買った書物を読もうという程度の弱い動機で、NHKの語学講座を見るくらいだから当然と言ったら当然なのだが)。

それでも、各国の鉄道について書く時には、これら辞書が、それなりに役立つこともある。
このうち、文法が同じで、語彙は日本統治時代の影響が色濃い韓国に関しては、比較的問題は少ない。同じ字を使っても意味が異なるものが多いもの、中国・台湾は漢字でなんとか乗り切れる。しかし、ドイツに関しては字面どおりにはいかない・・と感じた。

たとえば、ドイツ語で駅を表す言葉は「Bahnhof」である。
地図やSバーンの路線図を見ていると気がつくのだが、これが駅名の前につくときと、後ろにつくときがある。Bahnhof Berlin Zoo (ベルリン動物園前駅)と Berlin Ostbahnhof(ベルリン東駅)といった具合だ。

さらに調べてみると、bahnhofが後ろにつくのは、Hauptbahnhof(中央駅)、あるいはベルリンだったらAnhalter(アンハルター)やGoerlitzer(ゲルリッツァー)など、一部の駅に限られていることがわかる。
実は、これらの駅は特別な機能をもつ駅・・・ここではターミナル駅、あるいはもとターミナル駅として機能していた駅なのである(逆に言えば、どんなに特急が止まっていたとしてもZooは特別な駅ではないことになる)。
しかし、日本語に訳す時には、どちらでも○○駅となるので、このニュアンスの差が出てこない。

また、AnhalterやGoerlitzerは、もともとベルリンの地名ではないのである。
これは、目的地=路線名だから、つまり、Anhalt線のターミナル駅、あるいはGoerlitz線のターミナル駅という意味だと考えられる。これも「アンハルター駅」や「ゲルリッツアー駅」と訳してしまうと、伝わらないと思う。

結局、独墺四都市電車紀行では試行錯誤の末、これらは○○方面駅という表現を持ちいることにした。

読み手に、こういったことを伝えるのは本当に難しい。
駅名にそのものに関しても、横文字で書いてしまえば問題はいちばん少ない。
でもたとえば、Strasseは通り、Platzは広場、Torは門、Marktは市場、Brueckeは橋と訳した方が親切なのではないか。それから、ドイツ語には格変化がある。
だから、たとえばBahnhof Heidelbergerplatzは「ハイデルベルガープラッツ駅」ではなく「ハイデルベルク広場駅」のほうが理解してもらえるようにも思う。

しかし、先にも記したようにドイツ語も数ヶ月で挫折したクチである。
かように、ない頭を捻って書いたものは、結局、歪なものになってゆくのである・・・。
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by hiro_hrkz | 2008-01-31 01:44 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(0)
船木鉄道 いすゞP-LT312J +アイケー
9m大型車の宝庫だった中国地方。
いちばん西の山口県では少数勢力ですが、それでも船木鉄道にまとまった数のいすゞ車が在籍していました。
P- LTはキュービックが殆どでしたが、U-LTは富士ばかり、逆にK-EDMでは西工架装があるなど時期によるメーカーの差が割りと目立っていたようにも思います。

画像は、そのキュービック。
極めてオーソドックスなつくりですが、側面の方向幕部分に、少々特徴があります。
この頃は、エアサスとリーフサスが車種によってバラバラだった記憶があるのですが。
e0030537_2329515.jpg
船木鉄道 いすゞP-LT312J +川重 2002年7月 山口県小野田市

この頃はいすゞが一大勢力だったのですが、もう一つの勢力、日野の中型を
採用し続けたこともあって、現在は日野RR,HRが主力になっているようです。
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by hiro_hrkz | 2008-01-29 23:36 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
十和田観光電鉄 ED40 2
雪国の電鉄に欠かせないのが除雪用の電気機関車。
モーターカーが充実しても、馬力があるので重用される、
ただし出番は少ない・・と聞いたこともあります。

青森県の十和田観光電鉄は、その路線規模の割に2両もの機関車を保有しています。
いずれもスノープラウを持ち、雪のシーズンには使われるようです。
e0030537_01041739.jpg
十和田観光電鉄 ED40 2 1994年2月 十和田市

画像は雪の(旧)十和田市駅構内に留置されるED402。
1962年川崎車両製の35t機で、戦後の川崎製私鉄電機はこの1両のみ。
よく言われますが、全体的な雰囲気は内燃機の感じがする車両です。

なお、この頃の(旧)十和田市駅構内は、側線が何本か残っており、ラッシュが終わると制御車がここに留置されていました。

※2017.2.17 画像を交換しました。

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by hiro_hrkz | 2008-01-28 02:09 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
頸城自動車 いすゞK-ECM430 +北村
モノコック末期の時代の新潟県。下越の新交や中越のEKKには、地元の北村ボディーを架装した車両が大量に在籍していました。その、一方で上越を縄張りとする頸城自動車には、富士重工架装の車両が主力で、北村は少数派でした。

その中で数少ない北村架装だったのが、このECMです。
同じ頃に入った富士3Eと同じような仕様ですが、前扉のガラスが上下一体になっているなど近代的な面も見られます。
フロントガラスが天地方向に拡大されているような印象があるのですが、これは無理矢理なアングルと、車体塗装がイタズラしているようです。
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頸城自動車 いすゞK-ECM430 +北村 1997年2月 新潟県上越市(直江津)

写真は直江津駅前のT字路付近で撮影したもの。
雁木の街は既に活気が乏しくなっており、追い討ちをかけるように火事が起きたのを覚えています。
いま、直江津で、にぎやかなのは、むしろ頸城自動車の営業所から市役所方面のあたりですね。
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by hiro_hrkz | 2008-01-26 01:46 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
日立電鉄 モハ1007
今思うと、こんなフリーランスもびっくりな電車を見られたのは、
ある意味幸せだったのかもしれません。

日立電鉄は、もと小田原急行モハ1をかき集めて使用していましたが、その中で最も入線が遅かったのが、相鉄の荷電として使われていたモハ1007~1009の3両で、1978年のことでした。
早くから日立に入線していた他の車両の多くが、日立電鉄独特の窓拡大等の更新工事を受けたために原型が残っていなかったのに対し、こちらは逆にそれが残っていたのは、少々不思議な感のある話です。
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・日立電鉄 モハ1007 1989年4月 鮎川

日立入線にあたり、戸袋に窓をあけ、車内に座席を取り付けて旅客車に復元しています。中央の扉は、片側は締め切りにしたため、そこにも座席がありました。
しかし、片側4箇所しか窓が開かないということは、夏は相当暑かったんじゃないか・・と思うのです。かといって、中央のドアとその戸袋を開閉窓にするのも難しそうですしね・・・。

※2014.6.26 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2008-01-25 23:51 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
沿岸バス 三菱P-MP218K +三菱
北海道の留萌市を本拠に日本海沿いに路線を伸ばす、その名も「沿岸バス」。
戦時統合で誕生した道北バスから分離独立した事業者の一つです。
長距離路線車なら札幌や旭川に乗り入れている姿を見ることができますが、
一般路線車となると留萌が本線筋から離れているので、なかなか行きにくい事業者だと
思います(・・・オホーツク沿岸の事業者よりはマシですが)。
その分、留萌市内線は意外に本数が充実しているのが印象に残ります。

さて、車種は日野が大半を占めますが、三菱も若干保有しています。
その中の変り種が、この車両。
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沿岸バス 三菱P-MP218K +三菱 2004年6月 北海道留萌市

一見して東京都交通局の移籍車であることがわかりますが、塗装はオリジナルのアイボリーに青と朱色ではなく、旭川電気軌道に酷似したものになっています。
それもそのはずで、もともとは旭川電軌が購入し整備まで行ったものの、未使用になっていた車両を購入したものだからです(2000年に共栄車庫で実見)。

旭川の分社で第3セクターの「ふらのバス」には、同じ東交のMP218Kで呉羽架装車が入っていますが、本社での使用は少々考えにくいものがあります。なんらかの理由があって計画が変更になったのかもしれませんね。
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by hiro_hrkz | 2008-01-22 01:16 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
広島電鉄 353
広島電鉄の路面電車数あれど、個人的にいちばん好きなのは、この350形。
もともと宮島線直通対応車の850形として製造されたものの、後の車両増備で1971年に市内線用に転用、現在の形式に変更されたものです。
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・広島電鉄 353 1998年9月 猿候橋町

1958年ナニワ工機製。
外見は日本車両製の2001形とほぼ同一ですが、なんとなく前面のカーブが浅い感じもします。全体的にどっしりした感じなのは、むしろ同じメーカーの伊予鉄道モハ50あたりに通じるものがあると感じます。

主電動機は50kW×2、間接非自動制御を採用し、もと直通車といった感じですが、
一方で、いかにも路面電車の台車・・という感じの日車NS11台車を履いてます。
これで宮島線で飛ばしたときは、一体どんな乗り心地だったのでしょう。

※2014.08.04 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2008-01-18 23:05 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(2)
水間鉄道 日デKC-RP250GAN +富士7E
オリジナルの富士重工7E・8Eが消滅してしまった水間鉄道。
しかし、代わりに、見慣れない7Eが1台止まっていました。
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水間鉄道 日デKC-RP250GAN +富士7E  2007年8月 大阪府貝塚市

車種はKC-RPでターボ付きのエアサス車。
画像ではよくわかりませんが、前中引戸でサッシ窓、側面には大型の方向幕を前扉直後に持っています。
この仕様でピンと来た方もいると思いますが、もとはサンプルカーです。
その後、日産ディーゼル関連工場で使われていたものと思われます。

以前RP80G+富士5Eが比較的よく使われていた水間~蕎原で目撃したという情報を貰って出撃したのですが、実際にはどのような運用がされているか不明です。
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by hiro_hrkz | 2008-01-14 02:48 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
上信電鉄 デハ203・クハ302
前回が上信のバスだったので、今回は電車の画像を。

上信電鉄のデハ200形・クハ300形の1次車は、1964年、東洋工機製。
地方私鉄では珍しい国鉄サイズの自社発注車、それもカルダン駆動車です。
この電車を投入する頃には、既に国鉄80系電車による上野直通の臨時列車「あらふね」が走っていたからこそ可能だったのでしょう。
この直前に1957年に鋼体化した16m級のデハ10を、西武所沢工場で19m級車に延長改造しています。

dD4D4D1という特徴的な窓配置を持つ車両。
また、1960年代の車両で窓が一段式である点も珍しいですが、これは、当時の上信の主力であった鋼体化車両(の一部)と同じですね。
前面がデハが3両で前面貫通、クハが2両で前面非貫通なのは、3両編成を考慮したもの。
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(上)上信電鉄 デハ203 1998年5月 高崎
(下)上信電鉄 クハ302 1998年5月 高崎

さて、前回、前橋云々ということを書きましたが、この車両に関しても、ちょっといわくがあるようです。この車両が製造されたときのピク誌で、前橋への乗り入れを視野に入れた・・と書かれていたのを覚えています。
それを考えると、このスペックも納得できないではないんですが、一方で中継弁付自動ブレーキのカルダン駆動車・右側運転台という仕様を国鉄が承認したとも思えず・・・(定山渓鉄道のちょっと特殊なキハの例はありますが)。
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by hiro_hrkz | 2008-01-11 23:20 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
上信電鉄 日野K-RL321 +日野車体
群馬県の上信電鉄のバス部門は、かつては高崎よりも南~南東側(富岡市・藤岡市など)に路線を拡げていましたが、現在はほんのわずかな路線を維持するのみとなっています。
上信は日野のヘビーユーザで、昔はREなど大型車の導入もあったようです。
しかし、既に15年ほど前には路線が大分縮小されており、車両も現在と同じように中型・小型を中心にした陣容となっていました。

今はクリーム色に赤と青の帯を配したものになっていますが、モノコックの時代は銀色に水色の帯が入ったものでした。
画像は、おそらく、その最終世代と思われるK-RLです 。
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・上信電鉄 日野K-RL321 +日野車体 1994年3月 群馬県前橋市

高崎と前橋を結ぶこの路線。鉄道路線とかかわりのない方向へ向かう路線であるため、突飛な印象を与えます。それは、上信のバス最盛期の時代でも、変わりないようです。県庁所在地である前橋に乗り入れる路線が欲しかった為か、それとも歴史的な経緯があるのか、調べていないのでなんともいえませんが・・・。
くわえて、なぜ群馬合同バス(=群馬バス)と上信電鉄(のバス部門)が、戦時統合されなかったのか・・も疑問に思っています。

※2014.7.21 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2008-01-09 00:55 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(4)