本サイト「創作鉄道資料館」では使わない画像を中心に
資料館本館
本サイト
創作鉄道資料館

特別企画
高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

※現在、コメントとトラックバックは管理者の承認後の掲載となっています。従って、書き込み後暫く時間がかかることを、ご承知ください。

※当ブログに対するご意見、ご要望などは
こちらから、お願いいたします。

なお、リンクフリーです。

※当サイト内の画像、文章等の無断転載を禁止します。

エキサイトブログ以外へのリンク
カテゴリ
以前の記事
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
最新のコメント
備北バスの三菱ふそうの小..
by しんご at 18:02
>>トライランダーさん ..
by hiro_hrkz at 14:52
こんにちは。福岡県中間市..
by トライランダー at 05:44
>> SELEGA950..
by hiro_hrkz at 00:43
はじめまして。栃木のSE..
by SELEGA9508 at 02:11
>>おりさん Bトレの..
by hiro_hrkz at 01:18
思いつきで恐縮ですが、お..
by おりさん at 22:44
>>12号線さん この..
by hiro_hrkz at 03:10
今年の6月、久しぶりに石..
by 12号線 at 12:40
アメリカのバスはATが多..
by えど at 15:49
最新のトラックバック
西暦1906年 - 満鉄..
from ぱふぅ家のホームページ
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「富士重5Eは好きですか..
from 常磐工場の業務報
「富士重ボディは好きです..
from 常磐工場の業務報
鉄コレ 名市交300形 ..
from 月刊えむわーくす
徳島市営バスと徳島駅前
from nishimino
時代はソーシャルネットワ..
from 生活のキーワード
紹介>花巻電鉄・仙北鉄道..
from 鉄道のある風景weblog
筑波鉄道の車両
from ★ どうでもいいもの大集合 ★
フォロー中のブログ
外部リンク
検索
いろいろ
ブログジャンル
画像一覧
<   2008年 06月 ( 14 )   > この月の画像一覧
月末の雑感 ~最後のニュース~
Yahooにはニュースにコメントを付ける機能がある。
Mixiにはニュースに対して日記を書くことが出来る。
イザ!のようにブログにトラックバックできるニュースサイトもある。

しかし、それらのニュースに付いてくるのは、なにか有用な考察よりも
各々が骨髄反射で綴った感嘆が目に付く。
まあ、読者の総数に対し専門的な知識がある者は少ないから、こうなるのは当然のようにも感じる。
なにより、そのようなコメント欄というのは、より専門的な見方を求めるためのものではなく、一種のコミュニケーションツール・・・すなわち、自分の考えは「他人と同じ」であることを確認する為のものと考えれば、納得できる話ではある。

いよいよ情報が一過性の消費物になったと思う。
テレビと新聞の時代、ニュースの消費期限は長くて2週間だった。
今は、一日である。いや半日かもしれない。

逆に、情報を蓄えて分析できるかという能力が試されているようにも感じる。
ノウハウというものも、研究結果というものも、戦略というものも、全てはこの上に成り立っているのだから。
だが、どうも近年の状況はこれが疎かになっている。瞬時の判断というものが重要視される昨今ではあるが、そのためには、膨大な情報の蓄積とその分析が必要なはずであるなのに。

一般論はさておき、こと鉄道・バスに関してはどうなのだろうか。
最近、10年ほど前の車両で知りたくなったものがあったのでネットを漁ってみたのだが、その頃に見ていたサイトは閉鎖されていたり、コンテンツが削除されていたりと、全く引っかからないのである。


記録する人は爆発的に増えた。
しかし、1ヶ月前の出来事は山ほどひかっかるが、10年前のものはない。
それがネットの実情なんだと思った。
10年たてば、人は変わる。学生が社会人になり結婚・あるいは昇進、転居。
そういう事情を考えれば、むしろこれは当然なのかもしれない。

今日、最後に観たニュースは、いったい何時まで人々に記憶されているのだろうか。
そして、私も、覚えていられるのだろうか。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-30 01:22 | 言いたい放題 | Trackback(1) | Comments(0)
三重交通 いすゞK-CJM500 +川重
デンソーの冷房機を積んだCJM+川重は、以前、佐賀市交のものについてとりあげたことがあります。
今回は、その台数が多かった、三重交通の車両をとりあげます。
e0030537_22384620.jpg
・三重交通 いすゞK-CJM500 +川重 1997年3月 三重県四日市市

ただでさえ少ない、デンソー搭載車の中でも、ここの車両はさらに変わっていて、屋上のエバポレータが、前中ドア間の上に取り付けられています。
まるで、日野RT/RUを意識したかのようです。
このタイプになるのはCJMでも後半に製造された車両(・・・戸袋窓の天地寸法が大きい、などが特徴)のみのようです。

しかしまあ、こういう見た目で分かる珍車というのも随分減ってきましたね。
最近はOEMやら標準化の影響で、車両趣味での追求の方向性も違ってきているようで。

※2015.11.12 画像を交換しました。

[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-29 02:06 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
花巻電鉄鉄道線 サハ1形の廃車体
拙ブログ。なぜか毎月「花巻電鉄」が検索ワードのトップ10に入っています。
保存されているデハ3の写真しか載せていないのですが・・・。

ということで、廃線後に見られたもう1両を取り上げたいと思います。
e0030537_2174091.jpg
花巻電鉄鉄道線 サハ1形(廃車体) 1995年9月 岩手県花巻市

花巻電鉄鉄道線のサハの廃車体で、
花巻市の中心地の裏通り沿いで民家として利用されていました。
なにぶん13年も前の話なので、現存しているかどうかは不明です。
窓周りは大きく改造されていますが、妻面やドア周り、また窓上の飾りなど、面影は充分です。

この車両は、鉄道線(西花巻~花巻~花巻温泉)のサハ1形1~4(1924・1926年 雨宮製作所製)の1両と思われます。木造車で、1959~1960年に車体が新造されてサハ201~204になっています。そのときに発生した廃車体ですから、この時点で、既に35年が経過していたわけです。なお、当形式はサハ5がありましたが、火災からの復旧で1932年に鋼体化されています。

花巻電鉄は軌道線も鉄道線も、デハ1~、サハ1~の車番を振っていました。しかも火災焼失で欠番が生じると、他の車両で埋め合わせ。さらに戦後、路線改良により鉄道線車両の軌道線乗り入れができるようになったため、傍目にはややこしいこときわまりない状態だったそうです。
e0030537_2304386.jpg
・台枠には雨宮製作所製造の銘板が残っていた。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-26 02:31 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(2)
緑の頃
青梅街道に面する杉並区役所前から北へと伸びる中杉通り。
このうち、早稲田通りまでの区間・・・つまり杉並区の部分はケヤキ並木の道として整備されています。
阿佐ヶ谷駅周辺の最も印象的な景色といえるでしょう。今の時期なら、緑のトンネルとなります。
e0030537_1375334.jpg

1999年6月

画像は9年前に撮影したもの。
関東バスの一時代を担った3200代こと日デP-U32K+富士5Eが、いま阿佐ヶ谷駅北口に入ろうとするところです。

阿佐ヶ谷駅北口といえば、かつては午前と午後でバスの進行方向が入れ替わることで知られていました。これは1960年代に車両制限令により、道路幅員の関係でバスの通行方向が一方向に限定させられたためです(上りと下りで経由地が大幅に異なる系統は、この法令の影響を受けたものが多くあります)。

それが解消したのは、1981年、阿佐ヶ谷駅~早稲田通りに現在の中杉通りが開通したときでした。
その後も阿佐谷駅~白鷺一丁目の系統だけは午前と午後で経由が異なる運行形態を続けていましたが、これも21世紀になったころ、系統再編で消滅しました。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-23 01:51 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)
秩父鉄道 デキ102
私鉄電機最後の牙城は、東の秩父、西の三岐と、どちらも太平洋セメント絡みの会社になったのは偶然なのか必然なのか・・・かつては安泰といわれたセメント輸送がこうも減ってくると、どちらも行く先が少々心配になってきます。

その秩父鉄道の箱型電機のうち、戦後製のものはみな日立製。
電車が三菱の電装品を積んでいたのと対照的なところです。
e0030537_2325526.jpg
秩父鉄道 デキ102 1998年10月 武州原谷

この車輌は1954年製。
まだ架線電圧が1200Vだった1951年に製造された101の増備車で、出力の増強や車体長の変更が行われています。 この形式に限らず、日立が1950年代に製造した私鉄箱型機は、丸みが少ない分無骨な感じがしますね。

さて、秩父の電機の塗装は、もと松尾鉱業の107・108譲り・・・と書かれることがありますが、実際には、107・108も茶色に裾の白帯の旧塗装になったあと、現在の青い塗装になっています。松尾のほうが、青が濃かったとも。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-20 23:41 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
日本タクシー(岐阜市) 日デKC-RN210CSN +西工96MC
数ヶ月前、乗り継ぎの関係で、久しぶりに岐阜駅前に降り立ちました。
北口は市内電車や市バスがあったころと全く変わってしまい唖然としてしまいました。
一方、珍しく南口に足を運ぶと、なにやら見慣れないバスが留まっていました。
e0030537_034843.jpg
日本タクシー 日デKC-RN210CSN +西工96MC 2008年3月 岐阜県岐阜市

岐阜市のコミュニティバス「加納めぐりバス」で、地元のタクシー会社が運行を請け負っています。
車種は真っ白なRN+西工。
時期的に新車であろうはずはなく、どうやら、中日臨海バス大阪堺支店が運行していた岸和田市の「だんじりくん」用車輌のなれの果てとのことです。
中日臨海が出資した神戸シティバスを経由して移籍した模様。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-17 00:22 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
お悔やみ
既に報道等でご存知の方も多いと思いますが、
鉄道博物館の学芸員である岸由一郎さんが、宮城・岩手内陸地震に遭難し、お亡くなりになりました。

地方私鉄が好きなものとして
鉄道史が好きなものとして
同世代のものとして
大変に残念です。

ご冥福をお祈りいたします。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-15 21:04 | おしらせなど | Trackback | Comments(3)
新線池袋 開業のとき
本日、東京地下鉄拭くと新鮮・・・もとい副都心線の池袋~渋谷が開業します。
学生の頃、新宿区の期成同盟かなにかの広告を見たりしていたので、ついに開業するのか・・と思わずにはいられません(・・着工から完成までは、随分と早かったようにも思いますが)。

さて、副都心線のうち池袋~小竹向原の間は、有楽町線新線として1994年12月7日に先行開業しました。有楽町線の成増開業時にトンネルだけ先行して作っておいた場所が10年目にして活用される・・ということで大変興味をもったものです。
そして、この日は、西武有楽町線の新桜台~練馬の開業、あわせて練馬高野台駅の開業と様々なことがありました。単線での暫定開業とはいえ、西武の電車がはじめて、そして在京大手私鉄で、最後に地下鉄を走るというのは、高校時代に遠回りして、高架工事を眺めていた自分にとって、長く待ち望んでいた日でもありました。

西武池袋線沿線に住み、東上線沿線の大学に通っていたので、当日は朝から開業した各所を回りました。そのときの写真を見つけ出したので、何枚かあげようと思います。
e0030537_2255435.jpg
開業当日の練馬高野台駅。23区内ながら駅間距離が2.3kmほど離れていたため、20年ほど前は、キャベツ畑が広がっていたのが思い出されます。ということで、当時、駅前には、なんにもありませんでした。現在は、いろいろ建て込んできましたが。
e0030537_2293932.jpg
練馬高野台駅の池袋方。笹目通りの渋滞解消を目的に先行して高架化されていたところに、駅を開業しました。まだ富士見台・中村橋は地平でしたので、南側の2線分を使って地上に降りていました。
e0030537_2322064.jpg
和光市駅を出発する、新線池袋行きの田の字窓の営団地下鉄7000系。ここはあまり変わっていませんね。昼間、大学の最寄駅を通過する電車が増えたと喜んだのもつかの間、志木←→新線池袋行きは和光市で東上線に接続するわけでもないので、全く使えず・・・実際、いつ乗っても空気を運んでいました。
e0030537_2355484.jpg
池袋西口の地下街・ホープセンターに飾られた新線池袋駅開業記念のクリスマスツリー。新線池袋からの階段を昇ってきたところになります。開業前、新線への階段があるところはどん詰まりで、催事場として使われていたのを思い出します。ホープセンターといえば、子供の頃、「王様のアイディア」の商品を眺めているのが好きでした。

おまけ
e0030537_239292.jpg
高架工事中の練馬駅。おそらく1994年頃だと思います。
練馬も随分変わりました。

高野台の開業は、つい昨日のように感じるのですが、もう14年前なんですね。
そりゃ、歳をとるわけだ・・・・。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-14 02:40 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)
東野交通 三菱P-MP118K +呉羽
東京都交通局が導入したブルドックの中で、特異な存在だったのが早稲田営業所に配置されていた前面拡大窓車でした。
坂が多いゆえ、上り坂での視野確保の為に導入した・・などと聴いたことがあります。
前面窓下の通風孔がなくなり、ライト間に鎧戸があるなど、印象が一般の車輌と異なっています。
e0030537_1515559.jpg
東野交通 三菱P-MP118K +呉羽 1998年5月 栃木県宇都宮市

東交のブルドックの移籍事例は、頭数の多かった羽後交通や、遅くまで残った群馬中央が有名ですが、栃木の東野交通には、この早稲田の車輌が1台移籍していました。
当時の東野は、短いサイクルで移籍車輌を次から次へと導入しておりました。東交からは、日野のRT223AAなども移籍していましたが、いずれもあっという間にやってきては消えていったような気がします。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-12 01:57 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(4)
旭川電気軌道 モハ1001
北海道の観光地で、近年、2階級?特進を果たしたのが旭川市。
その原動力となっているのが、旭山動物園であることは周知の通りです。
その旭山動物園のある旭山公園や東川と旭川四条を結んでいたのが、旭川電気軌道の電車でした。1972年に廃線になっています。

この路線は、路面電車でありながら高床式の電車を用い、ホームも高かったのが特徴でした。
数回前にあげた、筑豊電鉄と丁度逆のような感じです。
そして保有車輌の中でエースだったのが、1955年日本車輌東京支店製のモハ1001でした。
e0030537_1402085.jpg
旭川電気軌道 モハ1001(保存) 2004年6月 東旭川農村環境改善センター
(北海道旭川市東旭川町上兵村)

丸妻に張り上げ屋根・一段窓という、誠にスマートな車体。その長さと幅は18000×2600mm(連結器間18640mm、最大幅2700mm)という堂々としたものです。台車はNA-5という日車プレス鋼板台車を普通の溶接台車枠にしたようなものを履いています。また、主電動機は60kw×4で吊掛式駆動、制御器は電動カム軸式・・・と高速電車仕様でした。路線の改良などが計画されていたのかと勘ぐりたくなりますが、結局、この1両で終わってしまいました。

そういえば、旭川電軌の車輌は、軌道線ながら排障器を持っていませんね。
このあたりは、同じような路線であった北陸鉄道金石線あたりと異なる点です。

この車輌は、廃線後も大切に保存されてきました。現在は、旭山公園の手前にある、東旭川農村環境改善センター(旭川市立旭川小学校の南側)で保存されています。
[PR]
by hiro_hrkz | 2008-06-11 02:04 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(4)