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月末の雑感 ~時はかげろう~
富士重工製路線バスのページの「全国に5E・6Eを求めて」で応急処置を実施した。
各事業者の名を5E・6Eを採用した時期を基準に改めたのである。
それは凡そ、以下の理由による。

サイトをはじめた頃は、まだ全国で相当の数の車両が走っていたし、自分のサイトに対する情熱もあった。だから現状をリポートする形態をとっても問題はなかった。
ところが、7E・8Eですら初製造から20年を経過したいま、5E・6Eの残存数はU-LR系を除けば相当に減ってしまった。

そうなると、勢い更新頻度は低下するし、サイト維持に対する情熱も失せる。
結果として、内容と現状のミスマッチは回避しえない。
とりわけ気になったのが、この10年で状況が大幅に変わったことである。運行事業者には分社の嵐が吹き荒れ、また事業譲渡・消滅の例も多々ある。

これは5E・6Eの消滅以降に発生した事業者もあるため、全てを反映していなかった。
つまり、「自分がサイトに対して情熱を持ってた時期の事業者名」という極めて私的な、曖昧なものとなってしまった。

それを回避するため、上記のような基準にしたのである。
これであれば、各ページの命名基準が明確であり、読者の方々にも分かりやすいものになると思う(移籍車主体のところでは全く問題が無いわけではないが)。
現状の確認に追われる必要もないし、ある時点までのことが基準となるから、内容も問題がなくなると思っている。今後は、この基準で、記述内容そのものの問題点も修正してゆきたい。



サイトで記事を書くとき、その時制というものについて無頓着であることが多い。
普通は現在形になると思う。過去のことについて書くのにも、あくまで現在を基準としての話である。

それはネットサイトというものが、あくまで随時、現状に合わせて更新を図るという前提のもとに成り立っているからだと思う。しかし、作者の負担を考えると、必ずしも現実的ではない。

なぜなら、昨日の内容は、既に過去のことで、今日現在ではないかもしれないからだ。
それを回避するには、日記かニュースにするしかない。
さもなくば各ページに最終更新日を記すか。

どこかの辞典風匿名サイトには、「すぐに古くなる表現は使わない」という文言があった。
ニュースでない内容を書く際には、普遍的に気をつけたいことだと思う。
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by hiro_hrkz | 2008-10-31 01:32 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(0)
川中島バス いすゞBU10K +川重
川中島バスは、自社発注では川崎系の大ユーザで、日野やトヨタへの架装例も有名でした。
しかし、これはBU前期世代までの話。BU後期世代になると、自社発注は少なく、移籍車ばかりとなります。その多くは車体色が緑色の時代にやってきた、もと神奈中の車両で、アルピコ入り以降の例では、今回取り上げる車両あたりしかないと思います。
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川中島バス いすゞBU10K +川重 1997年2月 長野県長野市

もと西東京バスの車両で、3台ほどが在籍しました。
同じ西東京のK-CJM500や、京王帝都のK-RC301と同時期の移籍で、新宿~長野の高速バス開業が縁となり京王グループからおこしいれしたものと記憶しています。
前面の方向幕は大型タイプを装備。エンジンが高出力なのは直結冷房であることも関係しているのでしょう。なお、この世代の西東京バスの路線車は、いすゞ+川重、日野+日野車体ばかりで、富士重工架装車はありませんでした。

このタイプ、2台ほど注文流れで小田急バスに行き、さらに東海自動車に移籍した例のほうが意外と知られているかもしれませんね。
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by hiro_hrkz | 2008-10-29 00:55 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
ウィーン市電事業用車の保存車
ウィーンの路面電車は大規模なものですが、その過去の車両を蒐集した博物館もまた大規模なものです。
そこには旅客車だけでなく、いくつもの事業用車両も保存されています。
※ 保存車の一覧は公式サイトのこちら(ドイツ語)に。

今回は、そのうち幾つかを取り上げたいと思います。
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SS型6047

この車両、日本でも、かつてよく見られたような感じの凹電ですが、真ん中に作業小屋?があって、そこにパンタグラフが載っているのが、特徴です。
下回りは2軸ですが、ブリル台車が多数を占める日本では馴染みのないタイプで、貨車のような軸受けになっています。
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KO2型6133
KS型7026

この車両は凹電ですが、屋根があるタイプ。それならば、日本でも馴染みがあるものですが、荷台がダンプになっているのが変わっている点。そういえば、かつて西鉄の大牟田線にこんな電車がありました。
下は、その車両に連結されていたタンク車。散水車のようです。
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TU1型 6122

屋根に作業台がついている、いわゆる高所作業車です。
この車両の後ろについているのは、トロリー線を載せた台車。
どうやら、架線張替え用のようです。
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GP型6412

上の高所作業所を凹電に改造したような感じの車両です。
しかし、この車両の後ろにはこんなものがつながっているのです。
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どうも除雪用のようですが、私の乏しい外国語処理能力では、英訳した文章を読んでもいまひとつ・・いや、いま一億、使用方法が分かりませんでした。

画像は全て2004年9月撮影

追伸:
ウィーンに寅さんを呼んだ、ヘルムート・ツィルク元市長が亡くなられたそうです。
http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008102401000784.html
ご冥福をお祈りいたします。
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by hiro_hrkz | 2008-10-26 01:43 | 鉄道(海外) | Trackback | Comments(0)
八丈町 日デKK-RM252GAN +西工96MC
先日、富士7E・8Bについてとりあげた八丈島のバス。
現在の主力は、2台のノンステップバスです。
1台は、三菱KK-MJ27HL。そして、もう1台がこのKK-RMです。
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八丈町 日デKK-RM252GAN +西工96MC 2008年10月 東京都八丈島八丈町

至ってシンプルかつノーマルな仕様のRMノンステップ車。
標準塗装ではなくクリーム色の車体に、島の名所・名物を写したフィルムを貼り付けています。
これはMJも一緒。
「為朝」(ためとも)は、この車両の愛称の様子。島流し伝説のある源為朝のことで、フィルムに写っている凧は為朝凧というそうです。なお、MJは南国の花の写真で、「はなばな」と成っています。

八丈島には数系統の路線がありますが、そのうち基幹となるのが島の中央部東側にあり、いちばん大きな集落の神湊から、島の西海岸南部を経て、南東端の末吉を結ぶものです。
といいますか、まともな本数が走っているのはこの路線だけで、だいたい2時間に1本が確保されています。なお、一部の便は町役場構内にある車庫で車両交換が実施されます。

今回、RMはこちらで、MJは島中心部の循環路線で使用されていました。
ちなみに、八丈島空港は島の中心にあるものの、路線バスの本数が少なすぎでアクセスに利用するのは難しいと思います。

八丈町営バス公式サイト
http://www.8bus.jp/
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by hiro_hrkz | 2008-10-23 02:10 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
銚子電気鉄道 デハ701 の、とある時代
いま注目の電鉄の車両なので、詳細はあちこちのサイトに載っていると思いますので
(・・・いちおうこのブログでも取り上げています)、そのあたりは省略。
過去には、こんな姿だったこともある、ということで取り上げる次第。
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銚子電気鉄道 デハ701 1994年8月 仲ノ町

テレビ番組の企画とタイアップし、このような黄色地に蟹と男女の絵が描かれました。
たしか、恋人同士が云々かんぬん・・・ということで、シルバーシートならぬカップル専用席を作り、その前のつり革はハート型に変えられていました。

こんなお遊びが許されるのも銚子電鉄ならでは、と思いますが、犬吠駅は国籍不明になるは、電車の色は変わるは・・で、結局、個人的に、その後足が遠のいたは事実です。

のちに、笠上黒生駅付近で発生した衝突事故で前面を大破。
復旧の際に標準色に戻されています。
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by hiro_hrkz | 2008-10-20 01:09 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(8)
大井川鉄道 三菱P-MP218K +呉羽 (と、もう一台)
大井川鉄道の路線バスは、以前は金谷を起点にするものなど幾つか存在していましたが、今は千頭と寸又峡を結ぶものだけになっています。

この路線は観光客の輸送が主な使命で、普段は新エアロスターの貸切タイプが走っています。が、通学児童輸送用なのでしょうか? 東京都交通局から移籍したエアロスターKが何台か在籍しています。
この車両、とあることで割りに有名なクルマです。
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大井川鉄道 三菱P-MP218K +呉羽 2008年9月 静岡県榛原郡川根本町(千頭)※

沖縄の事業者なみに中扉を埋めてトップドアに改造しているのですが、なぜかそこには電車の戸袋窓の如き、縦長の窓が嵌っているのです。
一体どこから持ってきたのやら。
1台は、金谷駅南側にある車庫に留まっていましたが、もう1台は、井川線奥泉駅近くの駐車場に置かれていました。
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大井川鉄道 三菱P-MP618K  2008年9月 静岡県榛原郡川根本町(千頭)

もう一枚は、今回唯一見かけた名鉄カラーのオリジナル車。
貸切タイプのボディーを載せたエアロスターで、厳しい路線環境に対応して、軸距4.7~4.8m級が選択されています。

※2012.08.21 型式を修正しました。
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by hiro_hrkz | 2008-10-17 00:41 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
その後の神奈電(その2)
前回、書ききれなかった内容をば。

●津久井線の場合
1993~1996年に、京王5000系を京王重機整備で改造の上、2連6編成12両をモハ5820形として導入したことにしました。在来の冷房車(もと富山地鉄90、静岡鉄道100、京王2010)4編成8両も、ブレーキを電磁直通式にして残したことにしています。
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京王5000系というのは、架鉄の移籍車として使いやすいようにも思うのですが、旧番号あたりまで拘る人にはちょっとした落とし穴が・・・。
というのは、京王5000・5100系の冷房車で売れ残ったのは、5100の中間車(5163~5175)と集中冷房式試作の5019Fを除けば、5011~5015、5017Fの冷改分散・集中形しかないのです。しかも5015Fと5017Fは先頭車が一畑に譲渡されていますし、制御器のない5100中間車を使うのもしんどい。
 結局、まともな設定として使えるのは「5011~5015、5017の中間車を先頭車改造」したものだけなのです。ちなみにこのタイプの先頭車(集約分散クーラー車)は、冷房の利きが悪かったとか・・・北陸鉄道浅野川線か上毛電鉄で体感できると思います。

 従いまして、改造メニューも自動的にコトデン1101~1104と、富士急・一畑を組み合わせたようなものになります。つまり、各車両を前後反転させて、非パンタ側に制御車から切り出した運転台を接合して先頭車化、下回りは営団3000系の片ミンデン+ベローズ式のFS510台車に履き替えたことになります。ちなみに計算が間違ってなければ、FS510で他者に売れたのは248両のうち127両分なので、まだまだ在庫は大丈夫だと思います。

模型は、10年以上前に作成したもので、当時発売されていたGMの未塗装2両セット(一畑・富士急用)がベースです。こういう電車を作るには適したキットだったのですが、再販売は無理のようで・・・。なお、台車はFSタイプと共にGMの万能製品(!)であったDT24 整形色グレーを使っていましたが、正統派のFS510が発売されたのを機に履き替えています。

神奈電がこんなメジャーな電車を導入するな!・・・とお叱りの声も聞こえてきそうなので、1997年入線の2編成は、種車が東京都交通局浅草線の5200となり、同じく京王重機で改造の上2連2編成4両を5840形として導入したことにしました。冷房は、機器の統一を考え、京王5000系と同一のものに変更。台車は同じくFS510を履いています。

ということで、片方は先頭改造車となるのですが、ここはオリジナルデザインで・・・と思いこんなことになりました。
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・・・はい、現代型車両のエクステリアデザインに関するセンスがゼロというのが露呈しただけに終わりました。いっそのこと、弘南や福島交通の如くのっぺらな方がらしかったかも。

模型は、京成3500がベースですが、この車両と都営5200はまさに「似て非なる車両」。おまけパーツと箱の裏のイラストを信じて作ると泣きを見ます。ここはRMM61号(2000-9)の都営5200作成記事(鈴木一成 作)を参考に作りましたが屋根をJR201系用に交換するというのを失念したため、屋根がなんとなく似ていないのが、これまたしょげ返る原因に。

正直やり直したいなあ・・とも思っています。
が、その後、津久井線そのものが白紙再検討になってしまったので、どうにも身動きが取れない状況になっています。鉄コレで出た阪急1010を、阪急1300の改造車として入線させてみたいんですけどね。

●秦野・大山線の場合
ここは、叡電デオ600と営団1500NS車、そして新車!を導入したことにしようと思っています。いずれも、kitcheNのキットから作成を試みたものの、デオ600改は車体の塗装に失敗して投げ出し、営団1500改は工作がイヤになって、これまた放り出してしまいました。

それが、今回、鉄コレにもと営団2000の2形式が含まれているので、再チャレンジしてみようと思っています。また、このテーマを書いてみようと思ったきっかけでありました。

そして・・・
第3次神奈電ものがたり・・・すなわち津久井総線をなくし、代わりに淵野辺~上溝~上田名~中津~愛甲田代・上田名~城山~津久井湖の相武線を加えたものを、サイトで発表したいとも思っています。
幻の相武電鉄をテーマにした架空の鉄道は、既に幾つかの作品があり、あえてそこに乗り込むわけですが、自らのオリジナリティーを何らかの形で主張できるものにしたいと思っています。

この世界、結局は作品が全てです。
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by hiro_hrkz | 2008-10-15 01:22 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(1)
八丈島の富士7E・8B
東京都に島嶼、すなわち伊豆諸島や小笠原諸島があることは、出身者なら常識でしょう。しかし、それを実感することは天気予報と竹芝桟橋を除けば稀で、普段「東京」と言った場合にここを含める配慮は無いと思います。

それは私たちバスマニアとて例外ではなく、普通「東京の路線バス事業者」といえば、特別の断りが無い限り、特別区と三多摩で乗合事業を行う会社に限定されます。最も「東京都のバス事業者」ではないから、それは正しいのかもしれませんが、山村である奥多摩・檜原を考えるとアンバランスにも感じます。個人的には旧東京市15区の範囲こそが東京と名乗る資格があると思うのですが。

閑話休題。
この伊豆諸島にも、幾つかの島で緑ナンバーの乗合バス事業者があります。離島(の事業者)というのは、そそるものがありますが、これまでは、特に見たい車両も無く、旅を考えたことすらありませんでした。が、ここに富士7Eが存在すると解れば話は別。初の伊豆諸島上陸を果たしたのでした。そこは、東京本土から南へ270kmに位置する八丈島。

ということで、今回は八丈島の富士重架装車を取り上げます。
なお、事業者は全て八丈町になります。町営バスですが、78条(旧80条)バスではなく、れっきとした一般乗合(or貸切)旅客自動車運送事業です。

富士7Eは、平成元年排ガス規制の車両で導入実績があります。
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八丈町 いすゞU-LV318K +富士7E 2008年10月 東京都八丈島八丈町

まずは、トップドア+メトロ窓のいすゞ車。2台を見かけました。現在は貸切専用のようで、運賃箱などはありませんでした。八丈町の貸切車は、殆どがこのような路線仕様ベースの大型車です。
短尺・リーフサスながら高出力+サブエンジンクーラーなのが特徴ですが、島の南部方面は急勾配の連続ですから当然の選択でしょう。日本の離島は、概して山がちですから。
塗装は日野レインボーのサンプルカラーがベースでしょうか? なんとなく自○隊のバスに見えてしまうのですが。
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八丈町 日デU-UA440HSN +富士7E 2008年10月 東京都八丈島八丈町

一方こちらは、前中折戸+メトロ窓の日デ車。これは1台だけの模様。
路線車でありますがハイバックシートなどは、貸切車と同じで兼用を考慮しているのかもしれません。八丈町はノンステップの中型バスを2台ほど持っており、主役はそちら。このUAは、間合いで出てきては引っ込み・・を繰り返していました。なお、大型路線車はもう1台、エアロスターMが在籍しています。
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八丈町 日デU-RM210GSN +富士8B 2008年10月 東京都八丈島八丈町

あきらかに移籍車ですが、さすがにこの自家用の汎用的仕様では元の事業者はわかりません。
定期観光などで使われているようです。

ちなみに、登録は品川ナンバー。つまり、品川のリストを作るには、伊豆諸島は欠かせないことになります。余談ですが、衆院の選挙区も品川区と同じ東京3区だったりします。

以下余談
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by hiro_hrkz | 2008-10-13 18:41 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(3)
その後の神奈電(その1)
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ちょうど1年ぶりにこのカテゴリのネタで話をひとつ。

TMS誌とサイトで発表した神奈電(神奈川電気鉄道)は、どちらも1988~1989年時点の概況をレポートする・・・という内容になっています。あえてこのバブル真っ只中・時代の変わり目を選んだのは、このあと「1989年から車両の全面置換がはじまる」というのが裏設定にあるためです。
この点で頭の中にあったのは、伊予鉄や弘南、北鉄など当時、東急7000や京王5000を大量投入した各社。私が地方私鉄の乗り歩きをはじめたのが1989年で、まさにこの時期でした。自分の知っている範囲で地方私鉄を表現しようとしたのでしょう。

では、どんな車両が入っているのかというと、これは随分昔に架鉄関連の板で書いたことがありまして(ここの10レス目が私)、模型もその頃から既に幾つか作っております。
本来なら「21世紀の神奈電」とでも称して、サイトでしかるべき内容を持った作品として発表するのがスジと思います。が、いつになるのかわからないので、ここで少々書こうと思います。


●愛甲線の場合
1989~2001年にかけて、西武701系を中心に、801や101系を西武所沢工場で改造して投入した(2連11編成、単独クハ3両)ことにしました。丁度、大量に廃車が出るのが1989年頃からなんですね。現実には、701系は台車や冷房機・ドアなどを再利用したため、なかなか車両として譲渡できるものが発生しなかったということですが、まあ、ここは架空の話ということで堪忍を。

中間モハにクハの運転台を切りついで4連から2連に短縮した想定です。総武流山電鉄への譲渡車と同じですが、あちらは、たしか1994年の竣工でしたから、実物より早く登場したことになります。

形式はモハ5000としました。従来の3000番台にしなかったのは、ブレーキが電磁直通式となり、在来車と併結ができないため。塗装もアイボリーに赤の塗りわけにしています。
なお、在来車も旧西武451・551・571系の8両だけは、冷房化・HSC化したことにしています。・・というわけで、愛甲線は西武旧型マニア垂涎の路線となっているでしょう。車両面でも20m級3扉に統一されたことにります。
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模型は、RM MODELS 1998年12月号に掲載の総武流山電鉄1200(田中将作)の記事を参考にしております。すなわち、グリーンマックスの西武101キットに国鉄101系キットの屋根を組み合わせたもの。二つの101系の合体でございます。乗務員扉の交換など、意外に工作数は多くなります。

塗装はGMの赤2号と小田急アイボリーの塗りわけです。あの頃なら、ストライプを多用した塗り分けが常識なのでしょうけど、そんな模型的にやりにくいのは却下!で、こうなりました。

ところで、この車両、車体の竣工から6年が経過している(西武101の赤塗装を見ながらつくった)のに下回りが未竣工なのです。早く、どうにかせねば・・・と思うのですが。加えて、101系ベースの編成や、単独クハもやろうとして部材を買い込んでいるのですが、棚の肥やしとなっています。鉄コレ西武451も入手できたことですし、ここいらで再開してみましょうか。

意外に文量が多くなってきたので、ほかの車両は日を改めて。
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by hiro_hrkz | 2008-10-11 01:34 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(10)
彼岸過迄
関東バス初秋の名物といえば、彼岸の時期の烏01(烏山~久我山病院の循環系統)が挙げられます。
沿線に多数存在する寺院に、墓参する人が殺到するため、普段は、それほど客足を感じない路線であっても、この日ばかりは大型車が投入されます。
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彼岸の中日、千歳烏山駅付近のバス停で。
画面の右側には乗り切れない客が長い列を作っていました。

烏01への大型車投入がマニアの間で有名なのは、久我山への往路が関東バスきっての狭隘路線であるため。3扉車の車齢を考えると富士7Eを見られるのもそう長くはないだろう・・ということで8年ぶりくらいに行ってみました。
そのときは、彼岸なのに中型ばっかりでしたが、この日は一番混む中日ということもあり、大型車が投入されていました。
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改めてみてみると、立教女学院あたりのほうがもっと狭い感じもありますが。
それにしても、沿道は人・人・人、くわえて自家用車が狭い駐車場を巡って立ち往生し、さらに花売りのクルマが止まっているなど、運転士さんは大変だなあ・・と思ってしまいました。
はい、自分でやっていてなんですが狭隘路線趣味なんてのは、ノンキな外野の戯言だと改めて思うのでした。
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この寺院街・・・通称烏山寺町は関東大震災の後に旧都心部の寺院が疎開してきたもの。
なかなか立派なお寺さんが多いなあ・・と思いました。

いずれも2008年9月撮影
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by hiro_hrkz | 2008-10-10 00:04 | バスのある風景 | Trackback | Comments(0)