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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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10年の雑感 ~夢見る頃を過ぎても(2) ~
さて、私がサイトを公開した10年前。まだ、HTMLとスタイルシートによる「構造とデザインの分離」が浸透していない時期で、私のサイトもご他聞に漏れず、HTMLだけで構成されています。最初はFrontPageExpressなんぞを使っていましたが、途中からテキストエディタを使ったタグ打に変更しています。ああいう自動生成のHTMLタグは余計なものが多いですので。

サイトは、とにかく軽く・・ということを目指しました。たしか、当時地方私鉄系ファンなら必ず目を通していた(はずの)「私鉄車両絶滅危機図鑑」の三大テーゼに影響されたものだと思います。自分自身が重たいサイトに辟易していたということもあるのでしょう。簡素だけど見やすいページが目標でした。

 壁紙含めて余計な画像ファイルは使わない。
 画像は重くて16KB。1ページ内のファイルの大きさの総計は100KB以下。

・・・・こうやって書いてみると、もう隔世の感すらありますね。
私のサイトの画像が小さくて画質が悪いのはそんなためです。
今でも、ブログを含めて画像の大きさをなるべく40KB以下にしてしまうのは、この頃の癖ですね。

また、ページの見付けも昔の800×600ピクセルの画面で丁度いいくらいになっています。文字に標準より一まわり小さい大きさを指定しているのもそのため。画像の明るさも、当時のCRTに合わせたためです。
それが2006年に、CRTが故障して急遽液晶に買い換えたら、あまりの白っぽさに唖然としたものです。画面も1280×1024になったものですから、文字は小さくなるは画像は左によるは、もう慣れないったらありゃしない・・・環境によって変わるというのは、コンピュータの世界の悪い面ですね。いや、ヴァージョンによる差に本業のほうで苦労していたので・・。

サーバは、最初は当時の大家さんがODNで、そこのスペースを借りました。が、途中で某社に乗っ取られてサービスが悪くなったので、ぷららに乗り換え。今はそちらのスペースを借りています。ところで、今回、特別ページのために無料スペースを借りたのですが、今はフリーで50MBまで使えるということに唖然。いやはや、かつては画像が500枚越えていたら驚異とかなんとか言いましたけど、今や自分のサイトくらいは無料サイト一つで収まってしまうんですね。ちなみにこのブログの画像容量は1GB、気が遠くなります・・・というのはジジイの証拠か?。

さて、サイトにはその後、面影紀行を加えましたが、ネタに新鮮味がないので、10回で休止。一方で2002年末の初の海外旅行をまとめた「大韓民国旅行記」は意外に好評だったため、その後2回の旅行記を加えました。このときは、別にネットに書こうという前提ではありませんでしたが、旅先で見たもの乗ったもの食べたもの、みなメモに残しておいたことが有用でした。やはり、記憶だけでは書けないようです。

閑話休題
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by hiro_hrkz | 2009-04-26 01:34 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(2)
10年の雑感 ~夢見る頃を過ぎても(1)~
本日、2009年4月25日、本サイト「創作鉄道資料館」の開設から10年を迎えました。
先ずは、サイトをご覧頂いている皆様に感謝申し上げる次第です。

10年が経ったからといって、特別な感情があるというわけでもありません。
これまでも開設1年目こそ特集を組んだりしましたが、そのあとは、毎年、通常の1日に過ぎませんでした。本日も、通常の一日ではありますが、折角の10年目なので、いろいろ述べていこうと思います。自分語りは嫌われる原因ですが、今回はお許しを。

私がサイトを開設した前後の1997~2000年は、いろいろなバス関連のサイトが雨後の筍の如く開設された時期であります。1998年の時点では、未だネット人口は少なく、掲示板では時として「おこぼれ」情報が書かれることも。本名で活動される方も多かったと思います。私が本名を名乗ってサイトを開設したのも、当時を考えると決して不自然なことではありませんでした。しかし、その後の情勢を考えると、私設サイト(+掲示板かつ本名可)という形が主流なのは、この頃が最後。あとは2ちゃんねる→ブログ→ミクシー/wikipediaと匿名性が強いもの・身分を隠せるもの、あるいは刹那的なものが、日本語環境下のネット世界で主流になっていたような気がします。そういえば、現在までコンスタントに更新の続いてるバス関連のサイトの多くは2000年頃までに開設しているのではないでしょうか?

私がサイトを作ろうと思ったのは、自分の「責任編集」で書けることに魅力を感じたため。当時は学生時代の失敗の記憶も未だ生々しく、大学鉄研の同人誌で書いた買収国電について、やり直したい、そして多くの人に読んでもらいたいという思いが生じたためです。「創作鉄道資料館」なるタイトルがついたのは、そのため。実は、買収国電について調べた理由の一つに、神奈電の存在があるのです。神奈電があるからこそ買収国電を調べたとも、買収国電を調べたから神奈電の車両設定が存在するとも、言えます。私の中で買収国電と神奈電は不可分だったのです(当時)。

しかし、当時既に自分の趣味の主体はバスに移っておりました。正確には、子供の頃から電車よりバスが身近な環境で育ったので、その存在は常に意識していました。が、情報の少なさから鉄道の知識だけが深まるという、ありがちなパターンです。で、自分の場合、予備校時代のバス通学ならびに神保町でバス関連の書籍の存在を知ったことから、ようやく知識がつきはじます。それが自分の中で体系化して、一気に面白くなり始めたのが1996年頃のことでした。このとき、地方私鉄・保存車というテーマが一旦尽きかけていたので、バスに傾いたのは自然な流れでした。貨車研究やろうかとも思ったんですけどね・・水が合わなかった。

そんなわけで、バスに関するページも作ることにしました。テーマは、正直に言えば何でもよかったのですが、誰も手を出していない内容、奥が深いもの、かつ特定の事業者に拘らないもの・・ということで「富士重工のバス」を選びました。そして、その内容は初心者向けの記述が少ないバスに関して、何かガイドとなるものが書けたらいいなあ、と・・・型式別解説があるのは、そのためですね。

こうして、「買収国電のプロフィール」と「富士重工製路線バスのページ」の2本を柱に開設しました。が、その後の発展はご周知の通り、買収国電は停滞し、バスのほうは加速度的に伸びてゆきます。このあたりの理由は過去に書いたので省略しますが、ことバスに関しては書きしろが沢山あったということになります。
 バスを撮影してはサイトに掲載というのを長く続けました。開設1年後くらいだったでしょうか? 那覇交通に5Eが移籍したのを現地で目撃した結果、他のサイトと事実上のスクープ戦の様相を呈したこともありましたねぇ・・・。

しかし、一方で自分のコンテンツの精読をろくにしなかったツケが、時々起きていたのもこの頃。日野のエンジン配置をRT/RUとHT/HUでアベコベに書いたまま1年放置していたなど、とんでもないことも幾つか・・・。形式は間違い、型式が正しいと知ったのもこの頃。

で、創作鉄道そのものはどうなったか?というと、これも最初から開設するつもりしたがまあ、ネット空間でどう表現するかというに悩むことになります。当時既に「架空鉄道」のサイトというのは幾つもありましたが、その内容に辟易してしまい、一方で自分はどうなのかと考えたら、おいそれと作れなくなってしまったのですね。少なくとも、ネット上の「架空鉄道」とは距離を置こうと思ったのは事実。結局開設まで、2年近くかかりました。


サイト開設の頃を思い出しながら、ちょっと書いてみました。
続きは、次回に。
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by hiro_hrkz | 2009-04-25 04:02 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(4)
奈良交通 いすゞK-CJA600 +川重
奈良県内のバスを一手に引き受ける奈良交通・・・通称「奈交」。
かつては、特徴ある仕様の車輌が各種在籍していたことで知られます。
バスの標準化が進んだ昨今から見れば、非常に羨ましい話です。
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・奈良交通 いすゞK-CJA600 +川重 2002年7月 奈良県北葛城郡王寺町

この車輌は、比較的オーソドックな仕様ですが、ロングボディーでエアサスの標準床、
後輪には巻き込み防止カバーがつき、冷房はサブエンジン式と、堂々たる風格を備えます。
それにしても、大都市圏にありながら、遅くまでモノコック車が現役だったのは、これまた羨ましく感じたものです。
・・・現場・利用者の皆様は、たまったものじゃないでしょうが。

一方で、小型車のいすゞMRなども大量に保有していたのが面白いところ。
ある意味、新潟交通と相通じるものがあるように思います。
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by hiro_hrkz | 2009-04-23 22:24 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
北大社の入換機
・・・などというよりも、近鉄のデ45といったほうが通りはいいでしょうね。
1931年に日本車輌で製造された、北勢鉄道のデ21(→三重交通デ71)を出自とする車輌。
2両が製造されましたが、デ22→72→46は1959年に三重線(湯ノ山・内部・八王子線)に転属後1975年に廃車。こちらは1979年に車籍が抜かれ、北大社の車庫で移動用機械として使われていました。
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・入替機(もと近畿日本鉄道北勢線 デ45) 1991年3月 北大社  

ナローの機関車にしては堂々したもので自重は12.6t。
電機品は三菱製で、制御方式は直接式です。このあたりは北勢鉄道の電車(近鉄モニ220)と相通じるものがありますね。
連結機が低いところにあるのが、いかにもナローゲージの車輌という感じです。
車籍があったころは、養老線の電機と同じ塗装(マルーンに黄色帯)だったのですが、入換機となってからは単色塗り、またボンネット前面上部に取り付けられていたテールライトは撤去されました。

この直後あたりに解体されたようです。
次に行ったときは、たしか台車だけ鉄板を上に張られて残っていたような記憶が・・・。

※2014.1.19 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2009-04-21 22:44 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(2)
熊本市交通局 日デK-U31L +西工53MC
西工は西日本に納入されていたからなのかもしれませんが、ハンペンの世代でも冷房車が大半だったように感じます。たとえ存在したとしても東日本在住の私が非冷房車を見る機会は無かったでしょうが。
バスの冷房は、路線車では直結式が主流ですが、以前はサブエンジン式も結構みることができました。
重量は重くなるのでしょうが、夏場でも走行に影響がないのは利点だったと思います。
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・熊本市交通局 日デK-U31L +西工53MC 2001年8月 熊本県熊本市

画像は熊本市交通局のハンペン。熊本市交は58MCの世代になっても暫くサブエンジンクーラーを採用質付けましたが、生憎そちらの画像はないので、本日はこの車輌で。通常、ダクトがある部分が太くなる分窓が小さくなるのですが、窓隅のRが柱の存在を強調している53MCだと、より鈍重な感じとなってしまうのが、タマにキズでした。
前中ワイドドア・大型方向幕と、九州の都市バスらしいスタイルです。

熊本市交といえば、年式により車輌の長さが標準尺だったり短尺だったりまとまりがありませんね。
この車輌は標準尺ですが、同じ頃に入った富士5E架装のほうは短尺となっています。
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by hiro_hrkz | 2009-04-19 23:31 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
伊豆箱根鉄道大雄山線 モハ165
17m級旧型国電系の車輌各種を大量に譲り受けて使用していた伊豆箱根鉄道。
しかし、その魑魅魍魎の時代は私は聴くだけで、間に合ったのはコデと、このもと相模鉄道の車輌くらいでした。まあ、大雄山線は社型がぞろぞろいた昇圧前という、暗黒の魑魅魍魎があるんですが・・・。
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・伊豆箱根鉄道大雄山線 モハ165 1991年3月

相模鉄道は輸送量が急増した昭和30年代に、日立製作所製の高性能車と並行して、国鉄から17m級旧型国電17両を譲り受け、東急車輛で更新の上で使用しました。モハ2017~26・クハ2509~15が該当します。後々まで日立と東急の2社体制となるのは、この頃の名残なのでしょう。
種車は、もとモハ30、31、50とバラバラでしたが、車体は全て統一されたスタイルになりました。一見モハ31に見えますが、実際には窓の寸法や位置などはモハ30の見付に近い模様。この経緯から類推するに台枠だけを利用した車体新造車だったとも考えられます。なお、昭和20年代に入線した省線の戦災復旧車などのうち8両も東横車輌で同じスタイルに改められています。

このような大掛かりな改造を実施したにもかかわらず、時代の急激な変化は輸送力の更なる増強を求め、相鉄は2000系の下回りを流用して2100系を新造します。これにより抜け殻になった車輌の一部が、例によって西武所沢工場に引き取られ、1974~76年に伊豆箱根鉄道に9両(一部は自社大場工場で施工)、三岐鉄道に2両ほどがばら撒かれました。床下機器は、同じ戦前型国電がルーツの西武クモハ311形の部品を使って復元されているのは面白いところ。当時、中古電車の総合商社?だった西武ですが、自分のところの主力だった焼電の再生車はさっぱり売れず、旧型国電サイズの車輌が入線できるところでも、わざわざ他社の車輌を再生して納入したというのも、興味深い話ではあります。

伊豆箱根ではモハ161~164(偶数車は中間車)、クハ185~187として、大雄山線でMc-M-Tcの3連で使用しました。1996年秋に消滅しましたが、うち1両は今でも工事用車輌として残っているのはマニアとして嬉しい話ですね。
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・伊豆箱根鉄道大雄山線 クハ185の車内 1991年3月

※2011.1.19 修正 2014.6.26 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2009-04-18 03:06 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
大島旅客自動車 三菱U-MS716N
大島旅客自動車のもう一つの主力車種が、標準床の三菱エアロバスです。
これまた貸切用型式で、仕様も貸切と大差ないのは日デUAと一緒です。
当日は、やたらこの型式にあたり、日デに乗ったのは島内で8回乗り継いで1回だけでした・・・。
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・大島旅客自動車 三菱U-MS716N 2009年3月 東京都大島町(波浮港)

ただの画像ではつまらないので、今回は波浮港バス停で撮影した一枚。
道路がよく整備されている島内ですが、この波浮の集落は狭く、バスはその入り口で折り返してゆきます。
ここがネコの額ほどのスペースで、リアオーバーハングを車止めの外に突き出さないと切り返せません。
おそらく島内のバスでいちばんのハイライトだと思います。

伊豆大島のこと
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by hiro_hrkz | 2009-04-15 23:38 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(2)
名古屋鉄道谷汲線 更地駅
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古い駅と桜の組み合わせは、とりたてて書き並べるほどのものではありませんが、
名鉄の揖斐線末端区間と谷汲線は、桜の美しい駅がいろいろあったと思います。
とりわけ、谷汲線更地駅は、1本だけの桜が無人のホームの脇に咲いている・・・ただそれだけですが
その分、清く美しい感じがしたものです。
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やはり、桜は青空が似合いますね。
♪桜散る 桜散る 雪の面影 なぞるように

いずれも1999年4月 撮影。
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by hiro_hrkz | 2009-04-12 19:54 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(3)
伊豆大島の富士重工架装車
離島にバスを求めて・・・の、第4弾に選んだのは、伊豆大島。
アンコ椿と三原山で知られる関東地方の島です。伊豆諸島で緑ナンバーの路線バスが走っている3っつの島の中では、唯一の民営、かつその規模が最も大きいものです。もともと、伊豆や小笠原の島々と東京を結ぶ航路を運航する東海汽船の直営でしたが、2003年に分社化され、現在は大島旅客自動車(通称 大島バス)による運営となっています。
 
 大島バスの車種は、殆どが三菱と日デです。路線用車輌も例外ではなく、しかも離島では珍しい11.5mサイズの標準床貸切タイプを使用しているのが特徴です。
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・大島旅客自動車 日デU-UA520RAN +富士7B 2009年3月 東京都大島町(岡田港)

このうち、日産ディーゼルは1990~1993年に投入された車輌が主力です。
登山路線を抱える事情からか、8気筒エンジン車を採用し、車体は富士7Bを選択しています。
乗合登録と貸切登録がありますが、車体の仕様に大きな差はないようです。

この8気筒+富士7Bの中には異色の存在も。
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・大島旅客自動車 日デU-UA520RAN +富士7B 2009年3月 東京都大島町

同じような仕様の車輛ですが、その塗装が怪しいですね。
もとは某電機系企業の送迎車ではないかと思われます。

このように貸切タイプの車輌を揃えてきましたが、近年異変が。
本土から純粋な路線タイプの車輌、それも9m大型以下のものが数台やってきました。
いずれも、もと関東バスの車輌で、この点でも珍しいものです。
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・(上から)
 大島旅客自動車 日デU-RP210GAN +富士7E
 大島旅客自動車 日デU-RM210GSN +富士8E 2009年3月 東京都大島町

先ず、9m大型のRPが1台。続けて中型のRMが2台入りました。
塗装は在来車と打って変わって黄色一色。前面に書かれた青いロゴが、ワンポイントとなっています。
昔、富士3Bあたりが主力だった頃をイメージしたものなのでしょうか?
車内などは、あまり手を加えられていないようです。

ちなみに、当日は全車車庫でグースカピー・・でして、空振りに終わりました。東海汽船時代にもと東京都営のUA33KとU32Kを購入して走らせたものの、すぐに潰した前科があるので気になるところですが、いろいろなサイトを拝見すると元町港~大島公園や三原山への路線でも使われているようなので、一安心。

さて、大島バス以外に緑ナンバーのバスは見かけませんでした。
あとは、ホテルなどの送迎用となっています。
その中で見かけたのが、この車輌。運営は東海汽船系列のようで、車種はやはり日デです。
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・(自家用) 日デU-UA440LAN※ +富士7B 2009年3月 東京都大島町(岡田港)

U-UA+富士7Bのトップドア車。
かつ窓は2段窓で、サブエンジンクーラーという、少々特徴的な車輌です。
もとはどこかの特定輸送用だった模様。
うーん、八丈島で見た8Bと塗装が似ているのは気のせい?

※2009年4月12日修正
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by hiro_hrkz | 2009-04-10 23:26 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(4)
同和鉱業片上鉄道 キハ311
鉄コレ第10弾は気動車ネタ、そのラインナップ発表で盛り上がりを見せているようです。
まあ、最近は、ラインナップ発表直後しか盛り上がっていないようにも見え、
少々食傷気味という気もしますが・・・・。個人的にはバス窓を使って、何かをでっち上げたいとこですが
2/10しか入っていない、しかも関東ネタとなれば高騰は目に見えているので頭が痛いところです。

閑話休題、キハコレのメインはキハ41000および、その類似車ですね
(だからといって横荘の湘南形バケットカーまで入るのは予想外でしたが)。
岡山県にあった同和鉱業片上鉄道のキハ3000→キハ300もラインナップされています。
この形式には製品化予定の国鉄払い下げ車のほかに、自社発注のキハ3004・3005→キハ311~312も存在しました。
1953年宇都宮車輌製で、ほぼ同じ寸法・窓配置ながら、張り上げ屋根、埋め込み形ヘッドライト、前面2枚窓、乗務員扉付きと随分イメージの異なる車輌です。1966年にヘッドライトの腰2灯化、1967年に改番を、1967・69年の液体変速機化・総括制御化を経て、廃線までおなじみのスタイルとなるわけです。
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・同和鉱業片上鉄道 キハ311(保存?) 1995年8月 ドライブイン菊ヶ峠(岡山県赤磐郡吉井町)

画像は、廃線まで残り現在も動態保存されているキハ312ではなく、1985年に一足早く廃車になったキハ311。1964年に車内のロングシート化が行われていたのが仇となったのでしょうか?
廃車後は、国道484号線菊ヶ峠にあるドライブインに保存されました。14年前の夏、現地へ行ってみると、広大なドライブインの敷地には見当たらず一瞬愕然としました。しかし、ふと振り向くと、道路の反対側の雑多なものが詰まれた一角に赤い車体が見えるではありませんか。近寄ってみると、放置状態でボロボロでしたが、特に荒れてはいませんでした。今はどうなっているのでしょう・・・。

ちなみに、これも保存車狂時代の一枚。
この日は岡山を起点に、長船→片上→佐伯町(備前矢田)→柵原・吉ヶ原→周匝→英田町→菊ヶ峠→旭川荘→池田動物園と辿るスケジュール。これを岡山~長船を除き、バスだけで行ったと書いたら、随分驚かれましたが、片上鉄道沿線は別として、英田町~岡山は、宇野自動車の林野・湯郷温泉方面への路線バスが1時間に1本は走っているので、どうにかなったのです。
保存車めぐりの後は、たしか姫路まで戻ってムーンライト九州で厚狭まで行ったんだったか・・・山陽路を毎日夜行快速で移動して旅費を浮かすなど、若かったものです。はい。
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by hiro_hrkz | 2009-04-08 01:40 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(4)