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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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岩手県北自動車 いすゞKC-LV781R1? +IBUS
従来、殆どが日野と日デばかりだった岩手県北バスに、三菱のノンステップバスが登場したことは
先に書きました。そして、いすゞ車も貸切車でお目見えとなりました(まあ、いすゞはTSDが以前から在籍してますが)。ということで、拙ブログでは珍しい貸切型式の登場です。
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・岩手県北自動車 いすゞKC-LV781R1? +IBUS 2010年9月 岩手県盛岡市

ハイデッカーの初代ガーラ。
今年、貸切バス部門を日の丸自動車興業グループに事業譲渡した、都自動車からの移籍車両です。
日の丸に引き継がれなかった分が、みちのりホールディングスで買い上げられ系列3社に分配された模様。
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by hiro_hrkz | 2010-09-27 01:10 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
遠州鉄道 モハ28+クハ82
遠鉄西鹿島線で長い間主力だったのが30形電車。
現在も数編成が残り、釣り掛け式の駆動装置を持つこと(モハ51を除く)で注目されています。

車体断面に広げた巨大な貫通路(・・・同時期に同じ日本車両で製造された北陸鉄道6010などものこのタイプなので、同社の提案か?)、湘南形の前面窓は中央よりは隅のRが小さく、逆に外側は大きいといった車体のつくり。あるいは、台車に日車がスイスSIG社との提携で作成したトーションバー台車を使うなど、いろいろと特徴のある車両です。地方私鉄では経営状態がよいこともあるのか、手入れもよく、冷房改造が実施された編成もあります。
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・遠州鉄道 モハ28(上)、クハ82 1997年8月 西ヶ崎

製造年次が20年以上にわたったため、細かな差がいろいろとある車両です。
画像はモハ28とクハ82の2連ですが、モハは1973年製、クハは1960年製と13年の開きがあり、
客用扉の違い(両開きと片開き)、前面の方向幕の有無などに現れています。

なぜこのようになったのか。
それは30形は編成の変遷がややこしいためなのですが、
今回ちょっと整理してみました。

1966年までは、新製車がモハ31~35とクハ81~84、機器流用車がモハ36~39、クハ86~89と分けて付番されました。ただし、当初クハ83はモハ21と組んでおり、66年にモハ33を製造して30形同士の2連になります。
車番と製造年の順序が合っていないのはそのため。
また同じ1966年製造のモハ35は増結用でクハなしで作られました。

その後、40・90番台を忌み番としたのか遡るように付番され、まず、新造車のモハ30、クハ80を製造。
つづいて機器流用車のモハ29、クハ79を製造し、この2編成以降が両開き扉になります
(余談ですが、この付番、コトデンの30形と同じですね)。
さて、機器流用車の36~39は主電動機の出力が低いため、フリークエント運転開始時にモハ同士で編成を組むことになりました。2両を方向転換してモハ36+モハ37、モハ38+モハ39にします。余ったクハ86~89は、相手のいなかったモハ35、および新製したモハ28、27、26とペアを組みことになり、ここに画像のような両開き・片開きの混成が登場するわけです。
釣り掛け駆動最後の車両は冷房付き・エアサス台車で登場しますが、モハは25、クハはぽっかり開いていた85に収まります。

そして1980年代後半に入り冷房化されるわけですが、モハ28は相手をクハ88からクハ82に振り替えています。
冷房化はモハが新しいほうから6編成(モハ26+クハ86、モハ27+クハ89、モハ28+クハ82、モハ29+クハ79、モハ30+クハ80、モハ35+クハ87)に実施されました。従ってクハよりも新しい非冷房のモハが先に廃車になった例もありました。

さて、機器流用車の種車。実は15年程度しかつかっていない車両ばかりなのです。
運輸省規格型の車両は車体だけ北陸鉄道にもらわれましたが、それよりも新しかった
ナニワ工機製の車両はそんなこともなく・・・羽振りがよかったのでしょうか。
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by hiro_hrkz | 2010-09-26 02:22 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
八戸市交通部 いすゞKC-LV280N +西工96MC
最近、各地に増殖中の、もと高槻市交通部の車両。
以前は、路線で流れたのは、いすゞMRくらいで、大型車は教習所あたりでしか見なかったものです。
落札する業者が変わったからなのかなんなのか。

その高槻の車両。先月はくしろバスの車両を紹介しましたが、東北地方にもお目見えしました。
既に話題になっていますが、撮影できたので掲載する次第。
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・八戸市交通部 いすゞKC-LV280N +西工96MC 2010年9月 青森県八戸市(市民病院)

八戸市交通部にやってきたのは、西工架装のいすゞLV。同部の車種構成を考えると妥当なところでしょう。
軸距5.3m級のエアサス車ですから、自者発注の大型車の軸距4.7m級に対して大柄と言えます。
同型車が時を同じくして南部バスにも入っていますが、こちらは捕まえられず。
なにはともあれ、これで、青森県も西工路線車のある都道府県となりました(・・・下北交通には前から特定用がいましたが)。

ところで、かつては逢坂山から東では殆ど見られなかった西工路線車も、UDの新車のみならず移籍車が加わったことで殆どの都道府県で見られるようになりましたね。関東地方も全都県、中部地方も全県、北海道も、そして東北も・・・と思いましたが、福島県が磐梯東都のLVが廃車になったので空白県に逆戻り。
そして、意外に存在しないのが奈良県と三重県・・・この2県は望み薄でしょうね。
ちなみに富士重工路線車の空白県は、奈良・香川・愛媛が該当します。
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by hiro_hrkz | 2010-09-20 22:55 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(4)
岩手県北自動車 三菱KC-MP747K +MBM
国産ノンスップバスの登場から、早いもので13年。
移籍車市場にも少しずつその数が増えてまいりました。
しかしトランスミッションなどの問題もあるのか、日野・いすゞ・日デは皆無~10台以下という状況です。

その中で順調に移籍しているのが、東急バスの三菱ノーステップ車。
目黒営業所に集中投入・路線固定で使用され、利用者へ大きくアピールした車両です。
当時、三菱のノーステップ車は完成度が高いと言われていましたが、いまここに来てそれを再認識するところです。
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・岩手県北自動車 三菱KC-MP747K +MBM 2010年9月 岩手県盛岡市

岩手県北自動車には2台が移籍。同社初の大型ノンステップ車として盛岡地区で再デビューしました。
従来、日野と日デしかなかった同社ですが、経営再建で経営共創基盤(みちのりホールディングス)の傘下に入ってから、他のメーカーの移籍車両がやってきたという点では、福島交通に共通するものがあります。
そういえば、県北、茨交、福交のみちのり系3社全てに東急の車両が移籍したことになりますね。

こんなところも、「時の流れ」を感じさせる車両です。
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by hiro_hrkz | 2010-09-19 22:24 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
えちぜん鉄道 ML521
日立製作所製の私鉄向け凸型電機のひとつ。
京福電鉄福井支社のテキ521・522は、1949年製の25t機で
電空単位スイッチ式の制御装置と自動ブレーキ(AMM)を備えたオーソドックスな車両です。

戦前~終戦直後という時期にもかかわらず
日立の凸形機というと、ツルッとした外観が特徴ですが、この車両も同じですね。
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・えちぜん鉄道 ML521 2010年8月 福井口 (三国芦原線の列車車中より撮影)

比較的撮影されている方も多いと思うので、今回は、こんな角度で。
えちぜん鉄道になってから、除雪専用の2両固定編成となり、テキはMLに変わりました。
・・・MLってどういう意味?

余談ですが、21日発売の鉄道ピクトリアル10年11月号では東芝戦時型凸形電機に関する連載がはじまります。今までも数々の知られざる事実を明らかにしてきた澤内一晃氏の執筆ということもあり、期待しています。
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by hiro_hrkz | 2010-09-18 22:17 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
京福バス 日デKC-UA521NAN +富士7B
富士7Bというと、その車両の性格上、側面は逆T字窓かメトロ窓であることが多いように感じます。
しかし、実際のところは、通常の2段窓の車両もそこそこ導入されているようです。
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・京福バス 日デKC-UA521NAN +富士7B 2010年8月 福井県あわら市

その一例が、この京福バスの車両。
前面は行灯つき、しかもシャーシが日デの8気筒エンジンという点が、またマニア心をくすぐる一台です。
車内はオーソドックスに両側に2人がけシートが並んでいます。
なお、型式は軸距5.5m級であることを示していますが、この車両は5.2m級。

京福には、自社発注で富士R17系を架装した車両は存在しません。
従って、この車両も移籍車両で、どうやらもとは京福バス沿線自治体の自家用だった模様(1996年式)。
側面のスクールバスのマークが示すように、特定輸送の契約と共に移籍したものかもしれませんね。
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by hiro_hrkz | 2010-09-14 23:31 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
茨城交通 日野K-RC381? +日野車体
茨城交通は、関東鉄道に比べモノコック車が消えるのが早かったような記憶があります。
最も、富士5Eのリベットボディーなどは結構後の方までゴロゴロしていたわけで、
要するに1982年以降に導入した車両でモノコックを架装するのが、せいぜい日野といすゞの中型程度と少ないから・・・ということになります(全国的に見ると、三菱ブルドックが遅くまで残っていたのは、ユーザ数と共に、1984年まで製造されたというのが大きいでしょう)。
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・茨城交通 日野K-RC381? +日野車体 1996年8月 茨城県水戸市(水戸駅)

その最末期の日野モノコックボディーの車両がこちら。
正直に言えば、RCなのかREなのか(更には長さも)よく解りませんので、タイトルは仮ということで。
後扉の下半分にも窓が設けられているのが特徴ですね。
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by hiro_hrkz | 2010-09-10 00:45 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
台湾鉄路管理局縦貫線 保安駅(車站)
本日は重陽の節句、9月9日で九並びの日です。
日本では「苦」に通じるということで、嫌われがちな9ですが、
中華圏では「九」は「久」と同じ音ということで、縁起が良いとされています。
(余談ですが、故・坂本九さんの本名は九と書いて「ひさし」と読みますね)。

さて台湾は、辛亥革命により成立した中華民国建国を元年とする中華民国暦を使っています。
建国は1912年なので、今年は民国99年となります。
つまり「民国99年9月9日」・・・ということで、こんなニュースが入っています。

・「民国99年9月9日」台湾で縁起良い切符大人気  朝日新聞社 2010年9月9日2時9分
http://www.asahi.com/international/update/0909/TKY201009080511.html

ただでさえ縁起がいいことで売られている永康~保安の硬券切符が、この日付で爆発的に売れたとのこと。
日本の鉄道趣味がだいぶ影響している台湾の鉄道趣味界ですが、
こんな点でも日本の鉄道を参考にしているのでしょうか?
ともあれ、平和な盛り上がり方はよいことですね
・・・日本の周辺にはもうひとつ、今年が99年になる暦を使っている国がありますが、ノーコメント。

さて、記事中に出てくる保安駅。
日本統治時代の木造駅舎がそのまま使われていることでも知られていますね。
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島式ホームに木造駅舎という組み合わせ。そして線路側に向かって駅名が掲げられている点は
JR高崎線の岡部駅などと共通のものを感じます。

なお、駅は真西が正面になります。
時間帯を選ばないと、このように完全な逆光となりますので、ご注意を。

・2005年9月撮影 (台湾 台南県仁徳郷)
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by hiro_hrkz | 2010-09-09 22:55 | 鉄道(海外) | Trackback | Comments(2)
関鉄観光バス いすゞK-CJM500 +川重
関東鉄道の移籍車のうち、初期のK-のモノコック車は、もと京阪のRCや神奈中のブルドックが知られている一方、川崎鶴見臨港バスから移籍したCJMは比較的影の薄い存在だったと思います。しかし、うち1台が、子会社の日本観光→関鉄観光バスに移籍し、それゆえか、比較的遅くまで残っていました。マニアのカメラにも収まっているほうではないかと思います。
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・関鉄観光バス いすゞK-CJM500 +川重 2001年5月 茨城県土浦市

P-の時代には軸距4.6~4.8m級を導入する臨港バスも、この頃は未だ、軸距5.0~5.1m級を導入していました。従いまして、この車両も軸距5.0m級。川重製の車体は、戸袋窓の天地寸法が低い、初期タイプです。
前面は大型方向幕ですが、向かって左脇を覆って、関鉄での幅に合わせてあります。

日本観光の車庫は、土浦市街の桜川を渡った南側の道路端にありました。
移籍した当初は、いつも頭から車庫に突っ込んでいたのを思い出しますが、
関鉄観光になってからしばらくして、留め方が逆になり撮影できました。
その後ほどなくして、関鉄本体の土浦営業所に車両を置くようになり、ここはなくなりました。
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by hiro_hrkz | 2010-09-04 00:59 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
伊予鉄道 モハ303・サハ502 
今月の表紙の車両、伊予鉄道モハ303、そして編成を組んでいたサハ502が
本日のお題。
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・伊予鉄道 モハ303 2003年8月 古町

この車両については、例によってあちこちで書かれていますが・・・。
伊予鉄モハ300形は、もとは1950年の郡中線電化にあわせて製造された14m車で、
当時、私鉄へ強力にセールスを行っていた日立製作所で製造されました。
片側2扉・丸妻という点から、ウィンウドシル・ウィンドウヘッダーの有無という差はありますが、十和田観光電鉄モハ2400形あたりに似た車両だったのでしょう。
1961年には、車体を19mに延長し、片側3扉の大型車になります。このあたりは、横河原線用に改造ボギー客車を生み出していた伊予鉄にとっては、朝飯前のことだったのかもしれません。

性能面では釣り合い張り台車に釣り掛け駆動、自動ブレーキ、三菱ABF制御器を積んだ平凡な釣り掛け電車でしたが、1977年に303と304は機器類の総取替えが行われました。機器類は伊予鉄の標準?である三菱製のものが新調され、主電動機はMB3054-D2(75kw・端子電圧375V)でWNドライブ、ブレーキは全電気指令式(MBS)、制御器は電動カム軸式のABFM-104-75MDAとなりました。更に台車は枕ばねがダイレクトマウント式エアサスのペデスタル式台車の住友FS397となり、シル・ヘッダーつきの外観とアンバランスな内容になりました。
いったい何ゆえこんな改造を行ったのかは不明です。ただ、その後1979年に長野電鉄モハ1102を購入し、モハ603に改造するのに際して、制御器は、この車両と共通のものが採用されています。

その後、伊予鉄道は昭和60年代になると京王帝都電鉄から大量の車両を導入し、形式統一と車両の冷房化を進めます。大改造を行ってきたこの車両ですが、さすがに冷房改造は行われず徐々に運用からはずされ。2000年代になると、ほとんど古町の車庫から動かなかったそうです。そして、2008年に解体されました。

一時期、このような高性能化改造は他の私鉄でも行われたことがありますが、コストと車両寿命の天秤を掛けるうちに過去のものになっていったように思います。まあ、近年の電子化された機器は基板などの寿命が原因で、別の意味で機器の総取替えを行うようになっていますが・・・・。
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・伊予鉄道 サハ502 2003年8月 古町

一方、そのモハ303と304の中間に挟まっていたのがサハ502。もとは鉄道院の木造電車・デハ6310形で1915年汽車製造製。のち池上電気鉄道に払い下げられてデハ26~29になります。更に同社が目黒蒲田電鉄に吸収されデハ36~39になった後、1936年に鋼体化され東京横浜電鉄サハ1~4(のちの東京急行電鉄サハ3351~3354)になりました。1965年には全4両が上田丸子電鉄に譲渡(車籍は継承せず)されたものの、同社でサハ61/62として竣工したのはサハ3351・3352の2両のみ。残り2両は西武所沢工場で更新の上で1971年に伊予鉄道に入線しました(時期的にはやはり上田丸子から購入し、西武所沢で整備された銚子電鉄デハ501と同じ)。所沢で新製扱いのため、旧番は不明。ノーシル・ノーヘッダーなのは所沢での改造の結果でしょう。妻面は平妻です。

この車両もモハ303・304と同様の改造を受け、台車もやはり住友製のFS097となりました。
鉄道院時代からの台枠にダイレクトマウントの台車という、なんとも強烈な組み合わせと成りましたが、そもそもどうやって取り付けたのか気になっていました。そこで撮影したのがこの写真です。
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やぱり、木造車の台枠は外板より一段内側にありますから、苦労の跡がしのばれます。
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by hiro_hrkz | 2010-09-03 01:52 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(2)