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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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那覇交通 いすゞP-LV314L/P-LV314N +アイケー
那覇交通というと、なんといっても730車のBU04が有名でしたが、その一斉投入のために、続くC系の投入は貸切タイプのK-CJA520のみに留まり、路線用は1988年のキュービックバスから再開しています。
BUは、型式が示すように軸距4.7mでしたが、キュービックではそれよりも長い車両を投入しています。
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・那覇交通 いすゞ P-LV314L +アイケー 2003年5月 沖縄県那覇市(県庁前)

主力は軸距5.0m。扉配置もBUの前後扉から前中扉に変り、それもワイドドアを採用と
随分と仕様を変えています。細かいところでは、側面の方向幕の大きさがBU時代よりも小さくなっています。
塗装も白地に3色のストライプに一新。しかし、通称は「銀バス」であったため、側面にわざわざ銀色の文字で社名を書いてあります(一部には「銀バス」と書かれたものもありました)。
e0030537_18265951.jpg
・那覇交通 いすゞ P-LV314N +アイケー 2003年5月 沖縄県那覇市(県庁前)

一方、こちらは、さらに長い軸距5.5m級。
人口密度の高い那覇市内には意外に向いている車両だったのでしょう。
首里の北側にある石嶺営業所を基点とし那覇市中心部を縦貫する系統に投入されていました。
一方で、市の東部にある識名方面は道の狭い区間が多く、こういう車両は向いてないかな・・・とは思いますが。

いずれも那覇バスに引き継がれましたが、今は数台を残し、殆どは消えたようです。
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by hiro_hrkz | 2012-04-28 18:40 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
ソウル地下鉄公社 1号線電車 先頭改造車
韓国の首都・ソウルの地下鉄(市営地下鉄→ソウル地下鉄公社)は、当初より国有鉄道(鉄道庁)との相互乗り入れで開業し、車両も日本製の共通設計車が投入されました。これが、韓国の301系などといわれる地下鉄公社の1000番台車、国有鉄道の初抵抗にあたります。その後の増備、あるいは列車長の延伸に伴い、韓国国内で製造された車両が出てきます。

さて、韓国では電車は25年で廃車にするといういことが、長らく法令で決められていました。
このため、上記のように中間に新製車を挟んで列車長を伸ばすと、先頭車が先に車齢に達して廃車となってしまうわけです。そこで、とられたのが中間車を先頭車改造して、編成組成をやり直すということでした。
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・ソウル地下鉄公社 1016 2002年12月 衿井 (금정・大韓民国京畿道軍浦市)

画像が、その例。
撮影したのは10年前ですが、既に地下鉄公社側では、オリジナルの日本国鉄301系に似た前面を持つ先頭車は廃車になり、このタイプを先頭とするものしか残っていませんでした。
当時、地下鉄公社の電車では標準的だった、西武6000系に似た前面を取り付けています。ちなみに、鉄道庁も同じような前面の電車を製造していますが、乗務員扉脇の三角窓がないなど、いろいろと差があります。

また、わかりにくいのですが、連結面側の窓の幅が扉間のそれよりも狭いタイプとなっています。
中間車の増備車で後年製造されたものは、このようになっていたようです。
屋上に目を転じれば、なぜか冷房機が前と後ろで異なっているのも気になりますね。
固定編成でありながら、前面にジャンパー栓等があるのも少々不思議に感じるところです。
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by hiro_hrkz | 2012-04-25 23:30 | 鉄道(海外) | Trackback | Comments(0)
川中島バス いすゞBU10K +北村
久しぶりに北村でひとつ。

1983年の倒産後、1984年に松本電鉄の傘下に入り再出発した川中島バス。
しかし、路線用車両の面では両者の行き来は、殆どありませんでした。
そのなかで、例外的な存在だったのがこの車両です。
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・川中島バス いすゞBU10K +北村 1993年5月 長野県長野市

松電から川バスに移籍した、いすゞBU+北村の高出力車。年式は1975年あたりではないかと思われます。
この車体で前後扉という松電を代表する仕様ですが、アルピコカラーは、年増の厚化粧の感も否めず・・・。
一方、川バスにとっては、これが初の北村だったはず。同社は川崎ボディーを架装するのが一般的でしたので。

松電では、山岳路線を多数抱えるため、高出力を採用していたわけですが、川バスに移籍後も、山岳路線である長野駅~戸隠方面等で使用されました。
その後は、山陽電鉄の移籍車が主に使用されているのは周知のとおりです。

※2014.3.20  画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2012-04-21 23:55 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
東運輸のMKワンステップ車
今月は、三菱も臨時でもう1回。

石垣島の路線バスを一手に担う東運輸。離島のバスではありますが、ユニークな試みも多く、また比較的運行頻度の高い路線が数路線あるのも魅力的な存在です。
路線用の車両は三菱の中型車貸切タイプが主力でしたが、2003年からワンステップ車の投入がはじまります。これが沖縄県では初のバリアフリー対策車ということで、本島の事業者よりも早い導入が注目されるところでした。
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・東運輸 三菱KK-MK23HH+MBM 2012年4月 沖縄県石垣市

その車両が、この2台。やはり三菱の中型でした。
仕様は極々一般的なタイプで、中扉から前がワンステップ、後ろは一段段上げになっています。
標準塗装などあってないような東運輸の車両ですが、先ずはサンプルカラーそのままの黄色の濃淡の外装となり、主力路線の白保線に投入されました。職員の方に伺った話では、沿線に特別支援学校があり、そこから車椅子利用の生徒が乗ることが考慮されているとのこと。

この近代的な車両でありながら、運賃箱は東運輸では標準的な、簡素な「ただの箱」タイプのものが使われていました。しかし、31は、近年、高機能タイプのものに交換されています。また、行き先表示を幕からLEDに変更しています。ちなみに、このLED、幕と同様路線名が表示されるのみ。
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・東運輸 三菱PA-MK25FJ +MFBM 2008年3月 沖縄県石垣市

続いて、投入された車両は排ガス規制が変り、塗装も緑色系となりました。
よく見ると、側面に方向幕が追加されています。
島の最北部へ向かう平野線などで使用されるのが基本のようですが、撮影時は白保線で使われていました。

さて、その後は、ワンステップ車やノンステップ車も移籍車として出回る時代となります。
東運輸でも、今年に入り?このような車両が投入されました。
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・東運輸 三菱KC-MK219J +MBM 2012年4月 沖縄県石垣市

もと横浜市交通局のMKワンステップ車です。
今度はピンク色と、かなり派手な印象となりました。
車内のモケットなども特に手をいれられた様子はありません。
今回は川平リゾート線での使用を確認しました。

ちなみにこのMKの前には、日デKC-RN210CSN +富士8E(もと京王)が投入されていますが
そちらは青地となっています。

白保線のこと
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by hiro_hrkz | 2012-04-18 01:32 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(2)
山形交通尾花沢線 DB152
この記事をはじめ、何度か書いた大学生のときに山形・秋田の私鉄跡を尋ねたときの話。本日とりあげるのは、山形交通の中で唯一の非電化路線だった尾花沢線のDB150型機関車です。

当時はネットなどという便利なものが無かった時代。
雑誌の片隅に載っていた小さな情報を頼りに、現地に足を運んでは、歓喜と落胆を繰り返していました。
このときも、尾花沢の市民図書館に、昔の機関車が置いてあるという情報のみを頼りに、とりあえず奥羽本線の大石田へ向かいました。しかし、生憎、よい時間帯のバスは無く(当時は未だ山交の路線はある程度の本数を保っていました)、地理もよく解らないということで、珍しくタクシーに乗ったのを思い出します。

「昔の尾花沢線の機関車があるところ」と告げると、ドライバー氏は直ぐに理解し、田園地帯を走ること10分ちょっと。尾花沢の市街に入ると、いきなり路地へと曲がり、車を停めました。「ここにあるよ」といわれたものの、事態を飲み込めない私。ドライバー氏の指差す方向をみると、たしかにそれはありました。
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・山形交通尾花沢線 DB152 1994年8月 山形県尾花沢市北町?

既にドアも窓枠も抜け落ちて、「オブジェ」と化したDBでした。
あまりに残念な状態でしたが、こんな形であっても趣味の大先輩が目撃したものと同じものを見られることが嬉しかったのを覚えています。
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この車両は、1953年3月に協三工業で製造されたもの(製造番号は15073)。尾花沢線には1952年9月製のDB151が既に入線しています。したがって、増備車ということになりますが、山交のオリジナルではなく、東北電力の只見川流域の発電所建設で使用されたあとに入線したものとのこと。
全長5950mm・15tという大きさは、本線用というよりは貨車移動機ですが、営業キロで2.6kmしかない同線には、これで充分だったのでしょう。気動車や電車を改造した客車あるいは国鉄直通の貨車を牽引して使用されました。

1970年の廃止後は、DB151は山形県内の駅で、それこそ入れ替え機として使用されたあと、車両供給の面で繋がりの深かった西武鉄道所沢工場に引き取られて、構内用の機関車として使われました。解体直前の頃に、レイルマガジン誌が取材しているので、記録が残っていますね。
一方こちらも、東北地方のどこで使われた後で、尾花沢に戻ってきたようです。

さすがに、今はなくなり、車輪と銘板、社紋などがJR大石田駅に展示されているとのことです。
久しぶりに地図を見てみたら、尾花沢駅跡にあったダイエーはパレットスクエアに名を変え、廃線跡にあった交通公園も無くなったことを知りました。もう20年近く前ですから当然なのですが。
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※2015.1.11 画像を一部交換しました。
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by hiro_hrkz | 2012-04-17 23:56 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
コトデンバス 三菱U-MP218K +呉羽
何度かとりあげていますが、コトデンバスは自社発注車では1976年頃の三菱MRを最後に大型車が入らず、以降は中型車以下ばかり。忘れた頃に大型車の移籍車がポツポツと入る程度でした。
そんなわけで、スケルトンボディの大型路線車としてはじめて入ったのがコレではないかと思われます。
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・コトデンバス 三菱U-MP218K +呉羽 2003年3月 香川県高松市

もと大阪市交通局のエアロスターK。
フォグランプ無し、後輪カバー付きのままで投入されました。
同社では、MK117Jが纏まった数で在籍していたので違和感はあまりないのですが
こと、エアロスターKとなると、これが唯一無二だったはず。

ちなみに、年1回は高松に行きますが、この車両を目撃したのは一度だけ。
ことでんバスの大型車は、土日だと、本当に捕まえにくいですね。
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by hiro_hrkz | 2012-04-12 23:42 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(1)
福島交通 日デKC-JP250NTN +富士8E
臨時で富士重工の話題を、もう1回。

今年1月に、福島交通が導入した富士重工架装の移籍車をとりあげたのですが
その際にタッチの差で間に合わなかったのが、もと京王のJPでした。
ということで、再び郡山へと行ってまいりました。

肝心の車両は意外にあっけなく見ることができたのですが、
撮影した写真を改めて見て???→!!!となりました。
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・福島交通 日デKC-JP250NTN +富士8E 2012年4月 福島県郡山市

お気づきになりましたでしょうか?
上の画像の車両は、もと京王帝都電鉄ですが、下の画像の車両は、もと西東京バスでありました。
この両者、仕様が似ており気が付きにくいのですが、

・前中扉間の裾に開口部があり、非常口側の軸間にそれがないのが京王、
・逆に非常口側の軸間に開口部があり、前中扉間の裾に開口部がないのが西東京

という差があります。
福島交通の場合は、もと京王のほうの先頭部屋上にあるアンテナを撤去していないので、
ここでも見分けることができますね。
今回確認したのは、京王が1363、1373の2台、西東京が1375、1380の2台。これで、もと関東バスの車両とあわせて、同社は3種類のJPを保有することになります。

ところで、
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・福島交通 日デKC-JP250NTN +富士8E 2012年4月 福島県郡山市

画像はもと京王のほうのリア側なのですが、
前面側のみならずリアのバンパーも、3色に塗り分けられています。
なかなか手が込んでいるといいますか。
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by hiro_hrkz | 2012-04-09 01:10 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(1)
山陽電気鉄道 3000系初期アルミカー
兵庫県の準大手私鉄である山陽電鉄。
路線の立地的にも、また大手私鉄でも中小私鉄でもない位置づけでもあり
趣味的にあまり注目されることがない事業者の一つではないかと思われます。
その割に、車両は独自の思想が反映されていて面白いとは思うのですが。
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・山陽電気鉄道 3000+3001+3600 2011年8月 山陽姫路

山陽電鉄3000系は、1964年から製造された同社の標準型車両。
神戸高速鉄道に関連する規格が決まったため、同一系列を名乗りながら仕様が極めて多種多様になった2000系から漸く抜け出せたのでしょう。
その2000系では、ステンレスカーやアルミカーを試作しており、この3000系も最初の2編成はアルミカーとなりました。このような中規模電鉄で新素材の車両が次々投入された背景には、地元メーカーの川崎車輛(川崎重工)との強い結びつきが感じられるところです。

山電の車両は昭和30年代以降、一貫して、この川重・川車で作られており、それは車体のみならず、台車などの下回りにも及んでいます。特に特徴的なのは、制御器も川車の子会社であった川崎電機製造が担当していたことで(3000系は1C8M方式のKMC-201 )、同社が1968年に富士電機に吸収されたあとも変っていません。これが、私鉄電車では珍しい富士電機製の電装品搭載の理由であるわけです。
 一方で、主電動機だけは三菱電機製ですが、この3000系から界磁添加励磁制御方式を採用した5000系まで一貫してMB3020を採用し、強力な標準化が図られています。この標準化というのは、山電では他の面でも見られ、たとえば旧形車の前面の窓が車輛を問わず全て同じサイズのHゴム支持式になっていた点にも現れています。

こうした面を見ていくと、日立製作所との繋がりから独自のシステムを採用し続けた相模鉄道、あるいは、親会社の経営危機後、三菱電機との繋がりを深めた新京成電鉄あたりとの共通点が見出せます。
かつては大手私鉄の次のクラスということで、何かと比較されることが多かった、これらの事業者。おそらくは資金面と車輛調達の関係だとは思うのですが、こういった面でも、類似性があったのだなあ・・・と感じるところです。
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by hiro_hrkz | 2012-04-08 13:45 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
広島バスの富士3E 2題
いま、「富士5Eが未だ見られる事業者」というのは注目されているようですが、
これが12年前だと、「富士3Eが未だ見られる事業者」ということになったと思います。
その事業者を見ると、幾つか共通するところも見られ、歴史は繰り返すのだと感じます。

共通する事業者の一つが、本日とりあげる広島バス。
ここの3Eは個性的な仕様であることも、注目される要因だったと思います。
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・広島バス 三菱K-MP118M +富士3E (上)1998年9月 広島市南区(広島駅)
                         (下)2000年8月 広島市中区(紙屋町)

まずは、同社といえば連想される三菱+富士の例から。
前面の方向幕は、いわゆる「バケ幕」タイプで大型化されており、系統用と行き先用で分かれています。
その系統幕が、客用扉側にあるのがちょっと変っている点かもしれません。
その他は、比較的オーソドックスに側面は2段窓、冷房は直結式を採用しています

さて、この車両の特徴は、リアの窓にありました。
通常、方向幕があろうとなかろうと、長方形3分割の窓と、その上に半月上の窪みが板金処理となっているのですが、ここでは窓が上方に拡大され上辺が弧を描いています。この部分だけ富士3Bのものにしたのでしょう。
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・広島バス 日デK-U31L +富士3E 1998年9月 広島市南区(広島駅)

そして、広島バスの3Eといえば、これを思い出される方も多いのではないでしょうか。
「ななメトロ窓」の日デ車です。昭和40年代の貸し切りバスを連想させる平行四辺形の窓はいやがおうにも人目を引く存在です。引き違いの窓だけでなく、戸袋窓、方向幕下の小窓、そして中扉の窓も全て斜めという徹底振り。つくづくリア側から撮影していなかったことを後悔しています。

この窓の印象が強く、いかにも豪華そうな感じなのですが、在広各社の中でもいわば市内線担当の同社ですから、車内などは、それほど凝っていたわけでもないようです。
ちなみにこれは日デだけの存在。同じ年に導入された三菱車はいわゆる「ブルドック」を架装し、窓は普通のメトロ窓となっていました。
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by hiro_hrkz | 2012-04-06 01:34 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
越後交通 日野P-HT226AA +日野車体
新潟県のバスというと、新潟市内でよく見かける新潟交通の長いバスというのは印象的ですが
中越を地盤とする越後交通も、かつては長いバスが主力でした。
とはいえ、採用が多かったのは、モノコックボディーの時代。
1985年あたりを境に激減したようです。
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・越後交通 日野P-HT226AA +日野車体 2003年1月 新潟県南魚沼郡湯沢町

画像は、日野ブルーリボンの長尺車。1984年式のHT22系です。
スキー客輸送用として、湯沢車庫の応援運用にまわされていたものだと思われます。
越後交通というと、スケルトンボディーになってからも前面方向幕の拡大が遅く
日野ブルーリボンだと、ご覧のように小さい方向幕が逆に目立つ存在となっていました。
よく見ると、外板の傷みが進んでおり、雪国での過酷な使用がしのばれるところです。
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by hiro_hrkz | 2012-04-03 01:04 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)