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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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年末の雑感 ~ねぇ ここにいて~
毎年のように「飛躍の年にしたい」という願いとは裏腹に
終わってみれば、今年も停滞の1年という印象しかないように感じています。
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ありきたりなのですが、「もう若くない」という言葉を、いろいろと実感するようになってきました。
それとは裏腹の自分の未熟さに焦燥し、せめて、ほんの少しでいいから、時がここにいてほしい・・・そんな思いを抱く今日この頃です。

ということで今年の総括。
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by hiro_hrkz | 2012-12-31 02:07 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(0)
新常磐交通のキュービックバス 2題
福島県浜通りに路線を持つ常磐交通のキュービックバスから
新旧2つほど。
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・新常磐交通 いすゞP-LV314L +IK 2012年7月 福島県いわき市(湯本駅)

まずは常磐交通自動車時代の自社発注車。
今年7月の時点でもP-車は何台か残っておりました。
モノコック時代と変わらない前後折戸で、これはKC-でワンステップ車を導入するまで変わりませんでした。
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・新常磐交通 いすゞLV832L +IBUS 2012年7月 福島県いわき市(湯本駅)

一方、新常磐交通(グリーンキャブ)への事業譲渡の前後から、小田急バスから移籍車両を大量導入するようになります。当初はU-の大型ツーステップ車ばかりでしたが、KC-では大型ツーステップ車は移籍せず、中型のワンステップ車と大型のノンステップ車が入りました。
全国的に見ても、KC-のノンステップ車は、三菱車以外はトルコンATであることなどが災いし移籍事例は非常に少なく、この車両もよく導入した・・・と思わずにはいられません。
現在は、KL-LV、つまりエルガのノンステップ車が既に小田急より移籍しています。
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by hiro_hrkz | 2012-12-29 02:41 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
神奈電をもう一度 2012年12月
※神奈川電鉄はフィクションです。
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今年も干支が変わる前に、なんとか3両が完成しました。
今回も、相武線の関東型窓配置の17m級電車です。
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まずは、神奈電3730形モハ3735。
昨年作成した、もと鶴見臨港車と同じ形式を名乗っていますが、こちらは、もと南武鉄道モハ150形→国鉄モハ2000形です。
国鉄買収後、殆どの車両が宇部線→可部線→富山港線と移動して最後まで使われたため、私鉄への譲渡例が少ない車両ですが、ここでは、もと宇部鉄道のモハ1310と共に、1967年、神奈電に2両が入線したことにしています。旧作では片運転台で、もと鶴見臨港のクハと組ませていましたが、今回は両運転台のままとしました。

車体は、3月10月に書いたように、プラ板からの自作した側面+GMのパーツをベースにした前面+鉄コレ4弾のクモハ11用の屋根の組み合わせ。
屋上には、鉄コレ14弾の豊橋鉄道モ1721のT型ベンチレータを並べました。
南武モハ150形は、片側に5個のベンチレータがあるのですが、豊鉄は片側4個。はて、どうしたものかと思いながら、ネコの「私鉄買収国電」を眺めていると、モハ2007(南武モハ159)だけ、どういうわけかいちばん端の1つ撤去されていて片側4列になっていました。ということで、辻褄が合い、自動的に旧番の設定も完了・・と。
ヘッドライトは銀河の100W、パンタ脇のランボードはGM東急3000用です。

下回りは鉄コレ17m級動力を組み込み、機器類は手を抜いてGM秋葉原店で買った同社17m級動力用の旧型国電床下機器を接着しました。国鉄モハ2000は、豊川工場の入れ替え車となっていたモハ2002を除き、どうも国鉄型機器への装換は進んでいなかったようですが、まあ、ここは入線時の改造・・ということで。
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今回も旧作との並びを。
やっぱり、旧いほうはボロボロですね。また銀河の250w前照灯は重たい感じがします。
ちなみに、この系列を、私は過去4度つくった(神奈川電鉄で3回と、同系のクハの成れの果て・高松琴平電鉄850)のですが、前面の雰囲気を出すのが難しい車両です。今回はまあまあ・・といったところかなあ、と。
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続いては、神奈電モハ3750形+クハ1750形(モハ3751+クハ1752、モハ3753+クハ1754、モハ3755+クハ1756、モハ3757+クハ1758)。
所沢工場で京成電鉄モハ600の車体に、西武の焼電再生車の下回りを組み合わせて1974年にMT2連4本8両が入線したという想定です。戦後、京成の電車が他社に譲渡された例は新京成と北総を除けば皆無に等しいのですが、1960年代に更新したボディーを15年に満たない期間で捨てたのは勿体無い・・ということで、今回登場させることにしました。

7月と10月に書いたように、鉄コレの大井川鉄道モハ312をベースにGMの京成3500附属の京成3150の前面を加工したものを組み合わせたもの。しかし、この白いプラ板は加工しづらく、加えて、この大井川モハ312は窓周りがスカスカ、とどめはタヴァサのヘッドライトのレンズが嵌らない!ということで、最後の最後で投げ出したくなりました・・・。
戸袋窓は、当初、種車のドアの窓を流用するツモリでしたが、鉄コレ12弾の伊予鉄モハ106のドア窓がよりピッタリだったので、こちらに変えました。ただし、6枚分しか使えないため、モハ・クハそれぞれの片側面にのみ使い、もう一方は当初の予定通り、種車のドア窓を使いました。
また、前面のアンチクライマーは塗装したら、その溝が目立たなかったため、珍しく墨入れをしてディテールを強調しています。

ところで、今回製作にあたり、京成~新京成の旧型更新車について、いろいろ調べてみたのですが、同じように見えても、細部がいろいろと異なるのですね。600は前面の窓下が一段引っ込んでおり、またアンチクライマーは中央1箇所のみ・・・・ところが、どういうわけかモハ600の更新後の写真というのは少なく、新京成に移ったモハ609は、アンチクライマーが左右に分かれているという具合で、これまた資料不足に振り回されました。それにしても、幌がない京成旧型車の前面はなんとなくマヌケ・・・新京成が幌枠風のステンレス製モールをつけたのも解るような気がします。

こちらにも17m級動力を組み込み、台車はDT10/TR11を選択。近代的な私鉄規格の車体に省形の台車というのは、アンバランスながらも楽しいものですね。

ということで、神奈電の関東型窓配置4タイプが揃ったので、1枚。
左から京成、鶴臨、京王、南武となります。
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さて、現在製作中のものはこんな状況
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by hiro_hrkz | 2012-12-26 23:45 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(2)
熊本の58MC
西日本でも58MCの数が減ってきたと感じるこのごろですが、それでも多数の車両を見ることができるのが熊本市。在熊4者のいずれもが導入していましたが、これら熊本の58MCの特徴といえば、中ドアの位置が通常よりも前寄りになっているものが多いこと。
他社よりひとまわり小さい軸距4.7~4.8mを投入していた熊本バスを除いて、例があります。
とりわけ、特徴的なのが三菱に架装した場合。
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・九州産交バス 三菱U-MP218M +西工58MC 2010年5月 熊本県熊本市(熊本駅)
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・熊本電気鉄道 三菱U-MP618M +西工58MC 2011年5月 熊本県熊本市(交通センター)

うち、2段窓を採用していたのが産交と電鉄。
58MCで中扉よりも後ろに5枚の窓が並ぶ例は、熊本以外では例を知りません。
かつてのBU05+川崎あたりを彷彿とさせます。
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・熊本都市バス 三菱U-MP218M +西工58MC 2012年5月 熊本県熊本市(交通センター)

一方、逆T字窓を採用したのが市営バス。画像は熊本都市バスに移管後のものですが、特に大きな変化はありませんん。2段窓車ほどのインパクトはありませんが、中扉から後ろに同じサイズの逆T字窓が3っつ並ぶというのは、全メーカーを横断的に見ても、そうはありません。
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・九州産交バス いすゞU-LV324M +西工58MC  2012年5月 熊本県熊本市(交通センター)
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・熊本電気鉄道 いすゞU-LV224M +西工58MC 2012年5月 熊本県熊本市(交通センター)

参考に、産交と電鉄のいすゞ車の事例を。
こちらも前寄りなことは前寄りなのですが、三菱車ほど顕著ではありませんね。
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by hiro_hrkz | 2012-12-22 12:54 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
高坂の新エアロスター 
埼玉県は東松山市内にある大学の送迎で使われているエアロスターを2つほど。
この大学は以前は自前で車両保有・運行していましたが、その後、貸切事業者が受託する形態に変化しています。現在、このキャンパスでは以下の2社が入っているようです
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・ロイヤル交通 三菱PJ-MP35JP? +MFBM 2012年5月 埼玉県東松山市(高坂)

まずは、大学の塗装となっている前中引戸・ツーステップのエアロスター。
いまや路線バスではあまり見られなくなったロングボディーが魅力的な1台です。
これらは、鴻巣市に本社があるロイヤル交通が受託しています。同社は、鴻巣市のコミバスを請け負っており、ちょっと前は予備車にもと関東バスのRNを保有していたところ・・・というと解る方もいらっしゃると思います。この駅を発着する、別の大学の送迎も同社が手がけています。
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・関東自動車 三菱PJ-MP35JM? +MFBM 2012年5月 埼玉県東松山市(高坂)

一方、こちらは埼玉県内各所で、特定輸送を手がける関東自動車の車両。
「関東自動車」というと栃木県で乗合・貸切を営む事業者が有名ですが、同じ名前というだけで全く関係はありません。
外観は同社の標準塗装。長さは中間尺・扉配置も前中ワイドドアとなっており、特段この大学輸送のために用意された車両ではないのかもしれません。
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by hiro_hrkz | 2012-12-16 01:35 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
奥武蔵に150kWモーターが響く
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・2012年12月 横瀬

西武鉄道の新101系が、池袋線および新宿線系統の運用から撤退し、12月9日にさよなら運転が実施されました。今後も、多摩湖線および多摩川線用のワンマン運転改造車は残るわけですが、やはり池袋線で8連や10連で運用され、奥武蔵の山を登ってこその150kWモーター車ですから、これはひとつの時代の終焉であるなあ・・と強く感じます。
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・2012年12月 入曽~南入曽

当日の運用は2連を3本つなげたオールMの6両編成。横瀬・本川越側から、クモハ272+クモハ271+クモハ286+クモハ285+クモハ282+クモハ281でした。
運転区間は、西武園→東村山→本川越→所沢→西武球場前→西所沢→横瀬で、これは8年前に行われた101系のさよなら運転とほぼ同じ。違いは狭山線内の往復がなかったことくらいでしょうか。
新宿線だと、2連の新101系というのは比較的馴染みの薄い存在でしたが、黄色い電気連結器カバーの再現は嬉しいですね。
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・2012年12月 高麗~武蔵横手

一方、その池袋線内での撮影場所は、いろいろ考えた挙句、高麗と武蔵横手の真ん中あたりにあるカーブに陣取りましたが、6連はきっちりとは入らない場所であったのは不覚。しかし、急行灯をつけての運転は、これまた嬉しいものでした。そういえば、101系のさよならのときも急行灯復活がありましたが、そのときはなんでも裏から懐中電灯を差した・・・と、聴きましたが、真相はいかに?

さて、以下ちょっと個人的な感想を。
新101系を最初にみたのは、小学校1年のとき。いつもと違う前面の101系が走っていると気付いたのですから、当時から既に重症だったのでしょう(苦笑)。ということで、デビューした頃からずっと知っている電車だったわけです。
また、私の小学校は西武沿線にあったので、遠足となれば池袋線の電車に乗っていくのが定番でした。1年生が石神井公園、2年生がユネスコ村・狭山湖、3年生が天覧山、4年生が巾着田、5年生が関八州見晴台、6年生が芦ヶ久保果樹園・・・と、毎年乗る区間がどんどん延びてゆくのですが、結局秩父までは行きませんでした。南大塚に芋ほり遠足なんてのもありましたね。
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・2008年5月 江古田

と、そんなわけでよく乗った電車ではあるのですが、701~101に比べると新101はそれほど好きな存在でもありませんでした。特に側面のベージュ色が省略されて黄色一色になってからは、どうもノッペリした印象となってしまったというのも理由であります。ただ、101系等のついでに撮影していることは多く、アルバムにはそれなりの枚数が入っています。来るもの拒まず撮影しておくことが大切なんだなあ・・と改めて感じる次第。

そして、スカートがつき、種別幕のデザインが変わり、イメージがどんどん変わってゆく中で、突如として新101系登場時塗装に271編成が塗られました。当時、池袋線を使って下り方面へ通勤しており、途中で101系10連の通勤急行とすれ違うので、何度か撮影もしてみました。これまた、普段の記録が大切・・ということなのかもしれません。
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・2009年7月 東久留米 

最後にもう一度「奥武蔵」のヘッドマークがついている姿を見たかったなあ・・・と。
そんな思いが若干している、今日あたりです。
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by hiro_hrkz | 2012-12-12 22:57 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
ばんけい観光バス 日デP-UA33N +富士7E
札幌市の南・西側は山が近く、行政区分が「中央区」であっても山間の集落であることがあります。
それが、盤渓(ばんけい)周辺で、ここを本拠地として運営していたのが、その名もばんけい観光バスでした。
この地を開発した我満氏が、スキー場を開設。その後、1977年に円山公園~盤渓の札幌市営バスを譲り受けて乗合バス事業に進出しました。2008年に路線撤退等のいざこざがあり、現在はパチンコ屋の太陽グループの傘下に入り、社名を「札幌ばんけい」に変更しています。

さて、ばんけい観光バスの路線バスは殆どが移籍車で賄われていますが、
どういうわけか1台だけ新車が在籍していました。
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・ばんけい観光バス 日デP-UA33N +富士7E 2000年5月 札幌市中央区(盤渓)

ばんけい観光は三菱車が殆どでしたが、これは日デ。1989年8月製のP-UA33Nです。
逆T字窓であり、側面方向幕の位置などに近隣事業者の影響を感じますが
窓ガラスが青い色つきなのがポイント。
車内は都市タイプのローバックシートですが、中扉の反対側には座席がなかったような記憶があります。

※2014.08.04 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2012-12-08 15:56 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
上電バス 日野U-RJ3HJAA +日野車体
上田交通のバス部門が分社した上電観光バス→上電バス。
かの五島慶太の出身地が沿線にあることも関係し、東急グループにある上田交通ですが、
上電バスに関しては2009年9月に、他の地方バス会社と共に東急系列を離れ上田バスに改名しています。

ということで、現在は東急グループと資本的な繋がりはなくなったものの、
バスを見ている分には、東急バスから路線用車両の移籍は変わらず続いており、それどころか外観は上田独自の塗装から、東急バスのままとなるなど、むしろ東急化している部分を感じるほどです。
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・上電バス 日野U-RJ3HJAA +日野車体 2008年4月 長野県上田市(下之郷駅)

そんな中で、異彩を放つのがこの1台。
外観は東急色となっていますが、側面の系統幕が後付けであることから推測されるように、もとは東急バスではなく、東京多摩地区にある某大学の自家用車といわれています。なお、この同型は亀の井バスと高知県交通に移籍している由。

 東急以外から購入した車両で、東急色になったのは、たしかこれ1台だけのはずです。
ちなみに、これ以降に購入したもと臨港のLVなどは東急系貸切車ベースの独自塗装となっていますから、なぜこうなったのか理由は不明。これよりちょっと早くに移籍して東急色のままで使われていたRJ170BAに合わせた等の推測は可能ですが・・・。

専ら、上田電鉄の下之郷駅と丸子町を結ぶ路線で使われているようです。
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by hiro_hrkz | 2012-12-05 02:20 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(2)
高松琴平電鉄 長尾線電車の4連回送
車体長が17m未満の車両ばかりで運転されていた頃のコトデン長尾線。
1994年に志度線と分断され、車両の検査が今橋から琴平線の仏生山で行うようになりました。
その結果、見られるようになったのが、4連回送でした。

長尾線では、かつて1日1本だけ朝に設定されていた水田発瓦町行きの為に送り込みの回送車2両を
連結した4連が平日午後に設定されていましたが、先述の長尾線・志度線分断に伴うダイヤ改正時に消滅してしまいました。
それから暫くして・・・1996年の井戸駅に交換設備復活後のダイヤ改正以降だと思いますが、瓦町駅に予備車を留置するようになって、瓦町~仏生山に4連回送が走りはじめました。
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・高松琴平電気鉄道 67+880+25+26 1998年7月 大田~三条

当時の長尾線は、終日運用の両運転台車が4組8両、2両編成が4組8両、それに基本が増結用運用の車両が2両あって、それぞれ4日サイクルで運用。仏生山には4日おきに帰るようになっていました。
これは、瓦町留置の予備車も同じ。したがって、この4連が見られるのは基本的には4日に1往復でした。
そのややこしくも楽しい運用は、また別の機会に書こうと思いますが、今回はこの画像を。

前の2両が瓦町留置の予備車。
先頭に立つのは、もと宮城電鉄300形の67。木造時代の面影そのままの鋼体化車両としては、全国でも最後まで残った車両でした。
そして、2両目は、もと総武鉄道の880。1983年に琴平線から長尾線に転属するにあたって制御車化されたものの、実際には仏生山駅南側の側線に放置されていたもの。それを、長尾線の予備車不足ということで徹底的に更新して直したものの、結局常に予備車でありあまり使われなかったた、ある意味残念な車両です。
ちなみに、長尾線・志度線で800番台の制御車と連結する両運転台車は出力74.6kwの主電動機・三菱MB-98A(もと名鉄3700)を取り付けているのですが、この67は少々出力の低い60kwの東洋TDK-596(もと阪神881)を取り付けていました。

後ろ側2両は、通常の運用についていた車両。
長尾線・志度線の主力だった、もと京浜急行230形の30ですね。
今から見れば貴重な車両ですが、なにせ当時は、長尾線・志度線では珍しく1形式14両の大所帯。
被写体としては、ありがたみも少なく、今でも非常に微妙な感触のある車両です。
逆に言えば、この30を使用する列車で撮影地の移動をしたので、よく乗った車両ではありまして・・・。
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by hiro_hrkz | 2012-12-01 23:59 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)