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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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箱根登山鉄道 いすゞK-CJM500 +川重
箱根登山鉄道というと、その登山電車のイメージが変わらないのと裏腹に、企業の体制などは、この10年ちょっとの間で随分大きく変わったと思います。とりわけ、バスに関しては2002年の分社化ほか、静岡県側からの撤退等が行われた結果、バスの車齢も首都圏でも屈指の若さとなりました。
しかし、それより前の登山バスの状況を知っていると、あまりの変わりように、想像が付いてゆけないのではないかと思います。大量の移籍車が在籍していました。
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・箱根登山鉄道 いすゞK-CJM500 +川重 1999年1月 神奈川県足柄上郡開成町

画像はそのひとつ、同じ小田急系列の神奈川中央交通から移籍した車両です。
もと神奈中のクルマは、纏まった数が在籍していましたが、いすゞC系に関しては、このクルマのように足柄だったり、あるいは三島・熱海など周辺部に配置され、表玄関の小田原~湯本~箱根では走っていなかったように思います。三島では、やはり同じ小田急系列で神奈中から車両が移籍していた東海自動車の同型式車と並ぶこともありましたね。
 また、移籍車の中には中扉を埋めるなどの手を加えられた車両もありますが、これはあまり手を加えられることもなく、使用されていました。

 かつて、小田原や熱海でバスを待っていると、ライバルの伊豆箱根の方が全般的に車齢の若い車両が多く、登山と東海ではモノコック多数というのが目につきました。しかし、近年は立場がすっかり逆転してしまい、こんなところにも時の流れを感じるところです。
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by hiro_hrkz | 2013-03-31 03:18 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
臨時の雑感 ~ゆく河の流れは絶えずして~
今日は、2013年3月28日。
ということで、2003年3月28日、富士重工が車体を製造した最後のバスが出荷されてから
丁度、10年が経つことになる。
e0030537_026546.jpg
・東濃鉄道に納入された最終号車 日デKL-RA552RBN +富士1M 2008年3月 京都市下京区(京都駅)

 当時は正直、追いかけるものが無くなると思っていたが、この10年、計算外に富士重工のバスのバリエーションを追求できたことを意外に感じている。一方で、その後、西日本車体も無くなり、UDのバス自体がなくなるということまでは想像ができなかった。それは、バリエーションの拡大というのが移籍車両によって生じている=新車の激減と路線バスの崩壊ということに関連しており、素直に喜べる話ではないのだなあ、とも思う。

 折りしも、南関東では新7Eを架装したKL-UAやKL-LVの廃車がはじまっている。あれだけどこでも見ることができた南関東の富士重工製路線バスというものの終焉が近づいていることが解る。ただ、これは私の予想より若干遅かった。かつて7~10年で廃車にしていた事業者があったが、殆どの事業者が車齢12年まで使うようになったからである。西武バスのP-U33+7Eが8年程度で放出されて宮城交通に行ったのも、既に昔の話である。
 そして、地方ではP-末期の車齢23年以上のバスがかなりの数、残っている。私がサイトを開設した1999年当時は、かの沖縄の730車が21年目。滋賀交通に最後の現役の三菱MR系が在籍しているということで注目されていたが、それが23年目だった。
 車齢は、(一部排ガス規制域の事業者を除き)やはり全般的に伸びている。

 そのような状況ゆえ、"富士重工の新バリエーション"の登場も、思ったよりも長く余波が続いている、と思うが、それもそろそろ終焉かな、と感じる。ただし、この期に及んで、追いかけるのが困難なところに"新バリエーション"が最近も登場しているのは頭が痛い。もっとも、まだ追求の余地は残っているのは趣味者としてはありがたいことなのかもしれない。
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・2011年8月 
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by hiro_hrkz | 2013-03-28 01:08 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(2)
春ある国に生まれ来て
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3月中、それも21日に桜が満開になってしまうと、どうも気分がのらないというか、リズムが狂うというか・・・・。
平年よりも半月早いんですから、当然といえば当然なのですが。
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そんなことが理由なのか、例年よりも交通量も人出も少なめでしたが、一方で自分の写真撮影も、気分的にいまひとつ。

とはいえ、中野通り附近の西武新宿線の地下化の着工も間近。
直近になって慌てるよりも、今のうちに撮影できるものは、しておきたいものですね。

・2013年3月 新井薬師前~沼袋/東京都中野区
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by hiro_hrkz | 2013-03-26 00:40 | そのほか | Trackback | Comments(0)
松本電気鉄道 いすゞU-LV318N +西工58MC
西工を架装した車両というのは、大昔はともかく、1970年代から日デのRMノンステップが1999年に発売されるまでは、ごく一部の例外を除き、逢坂山よりも東に来ることはありませんでした。その例外として、特に有名なのが、この松電のLV。1993年に10台まとめて導入されました。
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・松本電気鉄道 いすゞU-LV318N +西工58MC  1999年3月 長野県東筑摩郡波田町(新島々)

新島々営業所に配置され、上高地・乗鞍方面に投入されたこの車両。
高出力エンジン装備で前後折戸という仕様は、旧来からの車両と変わらないものの、窓はT字、軸距は0.5m長くなり、そして冷房付きと、一挙にアップグレードしての登場となりました。
上の画像は、新島々時代のものですが、時期的には冬季ダイヤゆえ、僅かな車両だけが使われており、他はズラーっと構内に並べられていました。

この松電の西工ですが、翌年以降は環境対策ということで、それまで縁の無かった日野からハイブリッドバス「HIMR」の購入となったため、この1回で終わってしまいました。そして、このLVそのものも新島々から白馬へと多くが転属しています。
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・松本電気鉄道 いすゞU-LV318N +西工58MC  2004年5月 長野県北安曇郡白馬村

画像の車両は、白馬をアピールするよう装飾されていたもの。
撮影時は長野と白馬を結ぶ特急バスに充当されていましたが、一方では小谷村の21条バスでもよく使われていたようです。
その後、2009年に白馬営業所が川中島バスに移管されたのに伴い、これらも同社に移管されました。最も、現在は合併でアルピコ交通になっているわけですが。

一方、松本営業所に異動した車両もありましたが、そこで見たのがこんな表記。
e0030537_2315251.jpg

果たして、ほんとうに高山まで行ったことはあったのでしょうか?
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by hiro_hrkz | 2013-03-24 23:17 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
蒲原鉄道 五泉駅
駅の改札ひとつをとっても、結構地域性というものがあります。
今回は、1999年に廃線になった蒲原鉄道の五泉駅を取り上げます。

五泉はJR磐越西線に蒲原鉄道が乗り入れていました。
磐越西線は2面2線+側線、その隣に蒲原が1面2線という内容。
JRのホームおよび跨線橋を通って蒲原のホームへ行くという、よくある構造でした。
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ということで、蒲原鉄道に乗る際にも、このコンクリ造りのJRの駅舎にある改札を抜ければいい・・・と思っていると、さにあらず。
駅前広場を右に視線をずらすと、こんなものが目に入ってきます。
e0030537_1113436.jpg
このプレハブつくり?の建屋こそ蒲原鉄道独自の五泉駅舎でした。
ここできっぷを買い、改札を抜けるわけです。
最も、改札を抜けた先はJR駅舎と同じく磐越西線の会津若松方面ホームなのですが。
こうした構造は、同じ新潟県のJR越後線・新潟交通の燕駅などでも見られました。
他は、青森県の津軽鉄道の津軽五所川原がJRと別駅舎、弘南鉄道の弘前がJRと別改札と言う例もありますね。

余談ですが、4年前の秋に蒲原鉄道のバスに乗るために、久しぶりに五泉駅に降り立ちました。
蒲原鉄道の跡は更地となる一方、JRの駅には自動改札が設けられ、時間の流れと共に唖然としたことを思い出します。
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・いずれも1999年10月 撮影
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by hiro_hrkz | 2013-03-20 01:20 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
熊本バス 三菱K-MP118K +呉羽
熊本バスといえば、現在でも「ブルドック」を動態で保有している事業者として知られますが
その車両は、もとは熊本市交通局の車両。
自社発注車は、こんな形をしていました。
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・熊本バス 三菱K-MP118K +呉羽 1999年8月 熊本県熊本市

軸距4.8mのトップドア車です。同社はK-の車両までは、大型がトップドアで導入していました。
当時は貸切格下げも多く、所要時間が長い路線が主だったので、これが適していたのでしょう。
冷房は、サブエンジン方式。在熊事業者では産交以外の3社がこの方式でした。 

※2014.3.18 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2013-03-17 22:13 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
沖縄本島の富士8E  その後
5年前に沖縄本島の事業者に移籍した富士8Eについて数度(琉球バス交通那覇バス(その2))とりあげましたが、その後も増え続け南部・北部のローカル系統のみならず那覇都心部さらには中部のローカル系統でも見ることができるようになりました。
今回は、これらの車両を取り上げたいと思います。

まずは那覇バスから。
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・那覇バス 日デKC-RM211GSN +富士8E  2012年4月 沖縄県島尻郡南風原町 

5年前の時点では那覇バスに日デの路線車とはびっくりしましたが、その後も増えました。
そして、漸く日デ車の一大供給元である、もと西武バスの中型車が入りました。
特注の軸距切り詰め車ではなく、オーソドックスな軸距4.28mのタイプです。
先に入った各車と同じく、那覇市内線用として使われています。
なお、日デ+8Eはこれが、今のところ最後の模様。
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・那覇バス いすゞKC-LR333J +富士8E  2012年4月 沖縄県那覇市

一方、いすゞの中型+富士8Eは、相変わらずもと東武鉄道の車両のみですが、郊外線にも
進出していました。 101番(具志~豊見城~国際通り~安謝~市場北口)で使用されています。
尚、画像は数本だけ存在する県庁南口まわりのもの。県庁北口交差点を南東→国際通り方面に進む数少ないバスです。

続いて琉球バス交通から。
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・琉球バス交通 日デKC-RM211GSN +富士8E  2012年4月 沖縄県名護市

琉球に、もと西武のRMは、軸距切り詰めタイプ(KC-RM211ESN改)が入っていましたが、その後、軸距4.28mの車両も入ってきました。画像の車両は北部ローカル用ですが、南部ローカル用に入ったものもあります。
中扉を締め切りにして、座席を増設しているのが、沖縄らしいところ。
なお、KC-RM211ESN改のうち1台も、現在は名護に異動しています※。
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・琉球バス交通 日デKC-RM211GSN +富士8E  2012年4月 沖縄県名護市

そして、一大勢力となったもと東急バスにもRMは存在します。
U-RMは那覇バスに入りましたが、KC-RMは琉球バス交通に入っています。
画像は北部ローカル用ですが、台数は南部ローカル用のほうが多い模様。
サッシが黒いため、もと西武車とは印象が異なりますね。
中扉閉鎖・座席取り付けは定石どおり。
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・琉球バス交通 日デKC-RM211GAN +富士8E  2012年4月 沖縄県沖縄市(胡屋)

この数年、全国を席巻したもと名古屋市営車は沖縄にも来ました。
エアサス・メトロ窓というのが、その証。
ただし、中扉は閉鎖しただけで、座席を取り付けといった手のかかることはしなくなっています。
このグループは62番中部線(読谷~嘉手納~知花~コザ~謝苅~砂辺)で使われているものが多いようです。
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・琉球バス交通 日デKC-RM211GSN +富士8E  2012年4月 沖縄県沖縄市(山里)

そして、もと京王グループの特注の前面を持つ車両も、やはり沖縄に登場。
これだけが、ワンステップ車です。中扉は使っていないだけの模様。
これも62番で使用されています。なお、この62番、地図上で見ると大したことないだろう・・・と思ってしまいますが、実際には路線延長が約30kmあります。一度出て行くと、帰ってくるのは何時間後?ということになりますので、ご注意を。

(※ 2013年4月7日 修正)
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by hiro_hrkz | 2013-03-13 01:46 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)
北陸鉄道浅野川線 モハ3201・クハ1001
何度か取り上げてきた北陸鉄道が昭和30年代に製造した15m級車の中から
本日はこの車両を。

モハ3201とクハ1001は1957年日本車両製。
前年に製造され石川総線に投入されたサハ1001~1002の流れを汲む車両ですが
こちらは当初より2両編成での運用を前提とした点が異なっており、モハは両運転台、クハは片運転台。
モハの非パンタ側とクハの非運転台側には貫通路が備えられていました。

当初は河南線に投入されましたが、後にクハは石川線に、モハは浅野川線に転属。
その後、クハも浅野川線に転属して、同線が架線電圧1500Vに昇圧する1996年12月まで使用されました。

さて、この2両。1957年製で張り上げ屋根でありながら、車体はウィンド
シル・ヘッダー付きと少々古めかしいスタイル。
一方で台車は、国鉄DT21と同じようなオールコイルバネタイプ、そして落成時の集電方式はポールと、新旧ごちゃ混ぜのスタイルでした。なお、制御方式はHL系の単位スイッチ式間接非自動式です。
その後、北陸鉄道らしく、様々な改造を受けてゆくのですが・・・
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・北陸鉄道浅野川線 モハ3201 1990年8月 内灘

モハ3201のほうはノーヘッダーとなり、パンタグラフ側の前面はHゴム支持に変わりました。
また、この時期の浅野川線の車両に共通なのですが、ヘッドライトが埋込式から独立したものになっています。これで、なんともブサイクな感じとなってしまったのが悔やまれます。
乗務員扉の上にはアングル材を使った水切りが取り付けられていました。
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・北陸鉄道浅野川線 クハ1001 1990年8月 内灘
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・北陸鉄道浅野川線 クハ1001 1996年10月 粟ヶ崎

一方、クハ1001のほうも同じような改造を受けていますが、ウィンドウヘッダーは残ったままであり、前面のHゴム化も運転席部分だけ、窓枠も残ったままだったので、原形のイメージを残しています。ただし追加で取り付けられた縦樋がちょっと外観を崩していますね。
なお、この時期の浅野川線の車両は、客用窓を大きさが微妙に原型と異なったサイズでアルミサッシ化したため、側面もブサイクになったものが多かったのですが、上の写真の時点では施行されていません。しかし廃車真近の頃の下の写真では施行されたのがわかりますが、原形が崩れることはなかったようです。

ところで、モハ3201とクハ1001の貫通側については残された写真が少ないですね。
探したら、1枚だけ撮影していました。

e0030537_122517.jpg
左がモハ3201ですが、非貫通側と異なりHゴム化されていなかったようです。
そして、非貫通側が丸妻なのに対し、こちらは平妻となっていました。
これは、この2両のあとに製造されたモハ3011、モハ3301も同様でしたが、非貫通側のRが緩いので
気が付きにくかった点だと思います。

そういえば、クハ1001の連結面側にも、テールライトとアンチクライマーが取り付けられていたような記憶があるのですが・・・。

※2013.3.11 追記
モハ3201は先に前面窓がHゴム化され、あとからノーヘッダーとなった模様。
また、これらの画像を撮影した1990年8月以降に、側面窓のアルミサッシ化が行われている。
そのほか、クハ1101共々運転席の窓のサイズは、途中で変わっている。
古い写真と見比べると、どうも前面の窓の幅が変わり、中央のそれが狭くなっているようにも見えます。

※2014.10.25 画像を交換しました。
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by hiro_hrkz | 2013-03-10 16:03 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
十勝バスのRE
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前回とりあげた、くしろバスを撮影した日の午後は、帯広に行っていました。そこで今回は、アルバムに続けて入っていた、11年前の十勝バスの画像を。
既に、道内のモノコックボディーはブルドックを除いて壊滅状態でしたが、その中でここには纏まった数の日野REが在籍していました。
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・十勝バス 日野RE121 +日野車体 2002年6月 北海道帯広市

撮影当時最古参だったのは、1979年式のRE121。
軸距5.5m超級の車輌が持て囃される北海道では珍しく、中間サイズの軸距5.2mサイズの車両が主に投入されていました。前中扉、前面は小型方向幕と至って大人しい仕様。
なお、前面の幕は2つに分かれていますが、小さいほうには系統番号ではなく「整理券 ワンマン」等、乗車方法が表示されていました。
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・十勝バス 日野K-RE121 +日野車体 2002年6月 北海道帯広市

こちらは、ほんのちょっと新しくなって、昭和54年排ガス規制適合となったK-RE121。
全般的な仕様には殆ど差は見られません。ただし、規制前の車に比べ、エンジン部分の車体開口部の形状が異なっており、こちらのほうが右側面側が若干大きい代わりに、リアの開口部が無くなっています。
ちなみに前面窓下の「中のり前おり」の表示は差し替え可能なプレートのもの、ステッカー貼り付け、そして何も無いものとバラバラでした。プレートのものは経由地の表示に差し替えたりもしていましたが。
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・十勝バス 日野K-RE121P +日野車体 2002年6月 北海道帯広市

そしてこちらは、郊外線等で使われていたトップドア+エアサス車。
車内もハイバックシートが並び、屋上にはラジオ受信用のアンテナが取り付けられているなど
バス輸送華やかなりし時代の面影が残る車両となっています。
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by hiro_hrkz | 2013-03-05 00:36 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)