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神奈電をもう一度 2013年10月
ただいま、こんなものを製作中です。
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先月・先々月に紹介した各車は、ただいま塗装工程の真っ只中なのですが、それ以外に、さらに着手している車両がこれです。
秦野・大山線の自社発注車は日車製の丸窓電車というのは、新版でも変えていません。
これについては、当初、鉄コレの一畑でも切り継ごうかと考えていましたが、鉄コレ17弾で、そのものズバリなものがラインナップされたため、こちらを使うことにしました。
ベースにしたのは、コトデンの3000。1980年代まで生き延び、各所が近代化された想定なので、上田よりもこちらのほうが適しているのです。
前面は非貫通に改造。この製品はリベットが表現されているのですが、前面に関しては、これらはあっさり削り取ってしまいました。段つきのウィンドシルを表現は厚みの異なるプラ板の断面を重ねて整形したものですが、ここは難儀しました。
目指しているのは一畑のデハ1の雰囲気ですが、こちらのほうが車体幅が狭いので、どうなることやら。現在、アンチクライマーとテールライトの表現を巡り、中断している状態です。
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一方、こちらは、8月のところで取り上げた、もと京王2400とペアを組む制御車。
木南製の15m級車で、同型のうち2両が常総筑波鉄道に行って気動車に化けたりした、あの車両です。
戦後混乱期に車齢10年で廃車になっているため、この種の架空のローカル電鉄で遊ぶには登場させやすいクルマではないかと思います。
それはともかく、ベースにしたのは鉄コレ第4弾の国鉄クハ16あらため富士急で、その側板から乗務員扉と連結面よりの窓一つ分を切って短縮してあります。ただし、連結面よりの窓が戸袋となってしまうため、ここは切り落とした窓を移植(ついでに、若干狭いドア脇の柱部分を0.5mmほど太く)しました。
一方、前面はカーブがきつめなので、グリーンマックスのキハ04用各タイプを芯にしています。天地が足りないので、t=1.2のプラ板で嵩上げしてからディテールを削り取っています。

この2つは、年内に出来上がればいいなあ・・・と思いっていますが、果たして。

おまけ
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by hiro_hrkz | 2013-10-31 01:56 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
南部バスのいすゞ中型車 2題
南部バスの路線車から
今回は、旧塗装の中型車を2つほど。
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・南部バス いすゞK-CDM410 +川重 1999年5月 青森県八戸市

南部バスは昭和50年代には中型をそれなりに導入するようになります。
この車両は、モノコック世代でも、最終期に製造されたもので、1983年1月製。
南部バスは、このあたりの車両から前面・側面に大型方向幕を採用します。
CCM/CDMの場合、ただでさえ前面の幕が屋根より1段飛び出た形状になっているので、大型にすると重たい感じになるのは仕方がないですね。
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・南部バス いすゞP-LR312J +川重 2010年9月 青森県三戸郡三戸町

これが1年経ちますと、フルモデルチェンジが実施されて、P-LR系になります。
この車両は1984年2月製。仕様の面では、上のCDMと殆ど変わっていないことがわかります。
バスのスケルトン化は、方向幕の大型化など時代のニーズに合致したものでもあったわけですね。

ちなみに、この車、撮影時点で26年目というベテラン車。さすがに、先日廃車になったようですが
CDMがとっくの前に無くなっていることを考えると使用年数が大きく変わったことを示しており、
バス業界を取り巻く厳しさを感じるところです。
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by hiro_hrkz | 2013-10-26 02:02 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
大山のケーブルカー
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10月の行楽日和のとある日、ふと思い立って新宿から小田急の快速急行に乗り、相模川の西側へと行ってきました。個人的に「神奈電」の都合などで、何度も足を運んでいる地域ですが、その中で未踏だった阿夫利神社への参詣、そして大山観光電鉄・・・つまりは大山のケーブルカーの乗車が目的となりました。

大山のケーブルカーは1931年に阿夫利神社への参詣客輸送を目的に大山鋼索鉄道により開業したもの。しかし、国内の多くのケーブルカーと同じように、戦時中の鉄材供出の為に廃止となり、戦後の1965年になって、小田急グループの大山観光電鉄により漸く再開したものです。
全長0.8km・高低差278mですから、国内のケーブルカーとしては丁度中間の路線規模といったところでしょう。
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ここで使われている車両は運転再開時の1965年に日立製作所で製造されたもの。同時期に国内各地に向けて製造された車輌と同じようなモノコック調のツルンとした車体ですが、側面の扉数は2つ・扉間の窓は4つと、若干小さめです。2005年に更新が行われ、1が緑色で「OYAMA」、2が赤色で「TANZAWA」という愛称が付けられています。

この路線に乗るためには、伊勢原駅から神奈中のバスに乗り、その終点から15分ほど歩くわけですが、
実際に辿ってみて疑問に思ったことが一つ。

一体、どうやって、この車輌を運び入れたのか?・・・と。
というのも、
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ここがバスの終点(大山ケーブル)で、ここまでの県道611号線は狭いものの、なんとか通れるのではないかと思います。
が、この先の道というのが
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こんな階段状の参道となっています。実は南側(鈴川側)に自動車が通れる狭い道があるものの、これは途中で途切れてしまいます。
そして、
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麓側の駅があるのは狭い階段を登った上で、この駅舎を撮るのも苦るしい狭さ。
鈴川の上に仮設の道路でも設けたのだろうか?と邪推するところですが・・・。
これが戦前となれば、県道はもっと狭かった(少なくとも大山駅バス停から北の2車線道路は無く社務所前や、とうふ坂を通る旧道になる)はずで、今以上に謎という感があります。
(伊勢原市のサイトに当時の車輌と施設の画像があります。)
果たして真相は???

通常は20分間隔ですが、この日は行楽客が多かったのかバス共々増発が行われ、10分間隔となっていました。
この路線の見所は中間駅(大山寺駅)が丁度、交換設備のところに設けられていること。
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跨線橋つきの立派なものですが、ケーブルカーは車輌によりどちらを通るかが決まっているので、乗り場案内も一工夫されています。ケーブルカーの分岐部を見学するには、もってこいですね。

約6分で山頂側の阿夫利神社駅に到着。
かつては下社駅といったことからわかるように、同神社の下社があります。
とはいえ、あるのはこの拝殿等と、若干の土産物屋だけ。
他の関東にある参詣用ケーブルカーと比較しても高尾のように山頂にいろいろ施設があるわけでもなければ、御嶽のように山頂に門前町が形勢されているわけでもありません。ケーブルカーの利用者は、江戸時代から続く大山詣の人々と、大山の山頂を目指すハイキング客ということで、車輌が小ぶりなのも納得できます。
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本当なら、その山頂にある本社を目指すのが道理なのですが、時間は遅く、山向きの格好というわけでもなかったので今回はこの下社で引き返しました。
ここからでも、相模平野そして太平洋が一望できます。

ちなみに、ここをたずねた理由の一つは、賢明な読者の皆様がご推測される通り、やはり「神奈電」絡みだったわけです。その成果はいずれまた・・・・。

・いずれも2013年10月 撮影
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by hiro_hrkz | 2013-10-23 00:59 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)
明石市交通部 三菱U-MP218K +西工58MC
明石の市営バスの車両は、以前ブルーリボンを取り上げたことがありますが、
今回は、西工架装のこの車両を。
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・明石市交通部 三菱U-MP218K +西工58MC 1999年4月 明石駅北口(兵庫県明石市)

エアロスターの58MCです。
ブルーリボンと同じく、標準床を採用していますが、特徴なのはそれくらいで
あとは、いたってシンプルな感じの車両です。
塗装は朱色の旧塗装。
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by hiro_hrkz | 2013-10-18 23:30 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
東野交通 三菱P-MP118M・P-MP218M +呉羽
東野交通が、短いサイクルで移籍車を導入していた頃の画像から
本日は、この2台を。

15年ほど前、移籍車といえば神奈中というのが定番でしたが、それはここ東野交通でも例外ではありませんでした。1998年まで、日デ以外の各メーカーの車両がいろいろと入っていました。
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・東野交通 三菱P-MP118M +呉羽 1999年1月 栃木県宇都宮市

ブルドックは、K-、P-ともにM尺の車両が移籍していましたが、私が間に合ったのはこの1台だけ。
登録番号から推測するに1993~1994年の移籍です。
「短いサイクル」で使うことから、この頃の東野の車両は、移籍元の状態からあまり手を加えられていませんでした。運賃支払い方法表示窓を黒く塗りつぶしているのが目立ちますね。
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・東野交通 三菱P-MP218M +呉羽 1999年1月 栃木県宇都宮市

一方、エアロスターKは、やはりM尺の車両が3台ほど移籍。
画像の車は宇都宮営業所所属の1985年式?で1995年に移籍してきたようです。登録番号で連番のもう1台がありました(当時、大田原営業所に配置)。
こちらも殆ど手を加えられていませんが、運賃支払い表示は、そのまま活用していますね。
なお、もう1台は1998年に移籍した、もとカナちゃん号です。
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by hiro_hrkz | 2013-10-13 01:35 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(4)
茨城交通湊鉄道線 キハ200形
鹿島臨海鉄道が大洗鹿島線を1985年に開業した際に、この種の国鉄転換系3セク鉄道では珍しく新車の6000形6両と、国鉄キハ20の中古車である2000形4両の2種類を用意しました。
このうちの後者は、新車の増備で1989~1991年にかけて廃車になります。5年前後の使用にとどまったので、ある意味「つなぎ」の存在だったのでしょう。それらは全て、茨城交通に譲渡されキハ201~204となりました。
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・茨城交通湊鉄道線 キハ201(上) キハ203 1998年8月 那珂湊

鹿島臨海に譲渡された車輌は、いずれも1961年製です。
車体は大幅な改修が実施され、外観では前面の灯具類が6000形に準じたものに変更され、この車両の特徴となっていました。国鉄キハ20系列の車両数あれど、ここを弄ったのはこれが唯一でしたね。
一方、車内は座席のモケットや化粧板の張替えなどが実施されており、特にロングシートに面するクロスシートの背の部分が木目調だったのが、印象的でした。
ちなみに便所も鹿島臨海譲渡時に汚物処理装置を取り付けたのですが、これは茨交譲渡後は使用停止となっています。

と、ここまで改造したものの、冷房を取り付けなかった(できなかった)のが、この車両の寿命を決定したように思います。茨城交通に入線した当初は、それなりに使われていたのですが、後に新潟鉄工所NDCシリーズのキハ3710などが増備されると、ワンマン運転に対応しなかったこともあり使用機会は減り、2006年までに全車廃車になっています。

※)
国鉄キハ20 421→鹿島臨海2002→茨交キハ201 1961年帝国車輌製 1989年入線
国鉄キハ20 429→鹿島臨海2001→茨交キハ203 1961年東急車輛製 1991年入線
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by hiro_hrkz | 2013-10-10 00:37 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
糸魚川バスの富士7E
頸城自動車グループは、富士重工架装の車両を大量に導入していましたが、
一般路線車は、排出ガス規制がU-までは大型車・9m大型車が主体だったのに対し、
KC-では中型車が中心となり、それも頸城本体での導入数はほんの僅かになるなど、大きな落差があります。
その中で、KC-でも大型・9m大型を中心に増備した唯一の事業者が、糸魚川バスです。
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・糸魚川バス いすゞKC-LV380L +富士7E  2011年4月 新潟県糸魚川市

通常の大型車のLVは、1996~1999年に合計6台を導入しました。
いずれも軸距4.8m車。頸城グループのU-LVは軸距4.67m車(ショートオーバーハング)なので、その流れの上にある仕様ですね。
前後折戸で、側面に方向幕はなくサボをを使用する点、
あるいは冷房は富士重工で、車内の座席はビニール張りであるのも同じです。
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・糸魚川バス いすゞKC-LT333J +富士7E  2011年4月 糸魚川駅前(新潟県糸魚川市)

一方、9m大型のLTは3台を同じ時期に導入しています。
U-LT+7Eは、頸城グループ全体で30台(※)を導入しており、これは三重交通の43台に次ぐ大所帯でした。
これが、KC-LT+7Eとなると、全国の総計でも40台程度であり、一気に勢力が縮小したことがわかります。
仕様の点では、U-LTあるいは上のKC-LVと大した差はないようです。
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・糸魚川バス いすゞU-LT332J +富士7E  2011年4月 糸魚川駅前(新潟県糸魚川市)

なお、頸城では一般的なU-LTも在籍しています。
参考に1枚ほど。

※2016.2.14 台数を訂正しました。

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by hiro_hrkz | 2013-10-07 01:43 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(1)
加賀温泉バス 日野P-HT233BA +日野車体
北陸鉄道のバス部門は、時代が平成になると同時に分社を進めていきましたが、
そのうち県西部の加賀温泉郷に路線があるのが加賀温泉バスです。
以前、もと成田空港交通のMPを取りあげたことがありますが、ここは北鉄分社の中でも大型車の移籍車が集中していたのが特徴でした・・・今では金沢市内でも見ますが。
その中から、今回はブルーリボンを2つほど。
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・加賀温泉バス 日野P-HT233BA +日野車体 1999年6月 加賀温泉駅(石川県加賀市)

前中引戸のこの車両は、もと名古屋市交通局の車両。側面の方向幕を中扉の後ろに移設しています。
1985~1986年式で、合計6台が在籍していました。
近年、多数の移籍例がある同市交の車両ですが、それよりも前になると、この6台の他は名阪近鉄バス)など、ほんの数例しかありません。
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・加賀温泉バス 日野P-HT233BA +日野車体 1999年6月 加賀温泉駅(石川県加賀市)

一方、こちらは運転席~非常口の間の窓が等幅で6枚という特徴からわかるように
もと大阪市交通局の車両。上の名市交に対して、1台だけの存在でした
(北鉄グループ全体では同時期にP-RT223AAが七尾バスに移籍)。
前面の方向幕が小さくなっていますが、側面も同種の改造をされていました。

このように当時は大型車で温泉郷への客を運んでいたのですが
2007年度限りで加賀市の補助金がなくなったこともあり、路線を大幅に廃止。
車両の配置もだいぶ少なくなってしまったようです。
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by hiro_hrkz | 2013-10-05 15:34 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)