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神奈電をもう一度 2014年9月
ただいま、こんなものを製作中です。
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先月、屋根と車体を組み合わせたところで終わっていた、オリジナルの17m級2扉車は、ディテールを取り付け、塗装寸前の段階まできました。ヘッドライトは、タヴァサのPN044-1、テールライトは銀河の旧国半流用を使っています。
ということで、以前作成した16m級車に似た構成にして、イメージの連続性を持たせてあります。
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一方、鶴見臨港の方も、配管や靴ずり、テールライトなどのディテールを追加し、ほぼ塗装前の状態となりました。
屋根前頭部の形が、ちょっと納得いかないのではありますが。
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そして、こちらもようやくハコになりました。屋根はカラタケ割りにして幅を詰めパテを持った状態。前頭部はそれに合わせて、これから削ります。
前面の窓ガラスは、鉄コレの東武73の客用扉のそれが入るように調整、テールライトは銀河のN-245 小判型テールライトの本体だけを使用、そしてヘッドライトはボナのP-204  西武新系列ヘッドライトをつける予定ですが、どうも位置が気に食わないので、あとであけなおす予定です。

さて、10月中に完成するのかどうか・・・。
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by hiro_hrkz | 2014-09-30 00:39 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
日立電鉄 いすゞK-CJM550・K-CLM470 +川重
日立電鉄のいすゞC系については、かつて自社発注車について取り上げたことがありますが、今回は移籍車を取り上げます。

日立電鉄が移籍車を導入するのは、時代が平成に変わった頃のこと。
それまで、貸切車に中扉を増設して路線車輛に転用していましたが、車両のハイデッカー化で無理のある構造(・・・実際に改造しましたが短命でした)となる上に燃費も悪く、移籍車の導入に切り替えたと聞いたことがあります。
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・日立電鉄 いすゞK-CJM550 +川重 1998年8月 日立駅(茨城県日立市)

その第一陣は、もと神奈川中央交通の車両。日野RCといすゞCJMが入りました。
うちCJMは、私が確認したのは5台で、いずれも軸距が5500mmの長尺車です。
もともと中扉前にあった側面方向幕を、中扉直後に窓ごと入れ替えているので、窓配置は綺麗ですね。
神奈中からは、結局このとき以降、車両の移籍はない状態が続いています。

そのあと、西武バスからP-U32L+富士5Eがまとまった数で入ったあと、
今度は、東京都交通局から大量の車両が移籍しました。1993年頃の話です。
P-のあとにK-が入ったわけですが、なにせ、この頃の西武は7年くらいで廃車、対して都営は10年くらい使っていましたね。
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・日立中央バス いすゞK-CLM470 +川重 1998年8月 茨城県日立市
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・日立電鉄 いすゞK-CLM470 +川重 1999年3月 茨城県日立市

このときは、もと神奈中と同じく日野といすゞばかりでした。都営は副室式エンジンでしたので、REとCLMとなります。このうちCLMは総勢15台を超え、一部が富士3Eを架装していたほかは、川重架装でした※。

やはり中扉前にあった側面幕を中扉後に移設してますが、こちらは窓枠の交換は行わず、もともとの位置にあった装置は取り外しただけで、新たに窓を埋めて新設している点が異なります。
また、方向幕は大型のままで、、前面は系統と行き先表示が分割されたものになりましたが、その処理が各車でバラバラになっています。
この頃の移籍車は、改造を行った工場が2社あり、それによって、仕様が異なっていました。

ここでは2台の画像をあげておきます。
なお上の車両は、日立電鉄からバス部門が分離される過程で、神峰営業所が日立中央バスとなっていた頃のものです。路線バス統合で日立電鉄バスの営業が開始されるは1999年6月のことです。


※2014年10月1日 台数に関する記述を修正しました。
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by hiro_hrkz | 2014-09-26 12:00 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
松尾鉱業 ED251
かつて、岩手県は国鉄花輪線の大更駅より東八幡平まで敷設されていたのが松尾鉱業鉄道。
硫黄の運搬を目的に敷設された・・・というのは、いうまでもない話かもしれません。
非電化の国鉄ローカル線の途中から分岐する電化された鉱山鉄道というのは、なかなか魅力的なシチュエーションだと思います。
硫黄鉱山の需要が無くなったため松尾鉱業は倒産・閉山し、1972年に廃線となっています・・・雲上の楽園と呼ばれた鉱山町のその後などは、廃墟方面でいろいろ取り上げられていますね。

松尾鉱業鉄道というと、晩年は阪和電鉄の買収国電払下げ車が在籍し、国鉄直通のキハ52を牽引して走ったことで知られますが、これが1968年に入線するまでは、旅客列車も電機が牽引する客車列車でした。
電気機関車は4両。うち2両は現在も秩父鉄道に譲渡されて使用されている箱型電機。残り2両は、凸型の入れ替え機で、このうちの1両が、東八幡平駅跡近くの松尾歴史民俗資料館に保存されています。
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・松尾鉱業 ED251(保存) 1994年7月  松尾歴史民俗資料館

1951年東芝製で、同じ年につくられた東濃鉄道のED1001が兄弟機といえます。
最大寸法の長さ10050mm×幅2600mmや台車中心間距離4750mmは完全に同一、キャブの高さは東鉄の方がトンネルの為に若干低くなっています(ただし、諸元で見ると、最大高は東鉄のほうが高い)。重さはMGを搭載している松尾が27tなのに対し、それが無い東鉄が29tと重いのは意外なところ。Rが多いボンネットやキャブは、後に富山地鉄デキ12020や南海ED5201に引き継がれているとも考えられますね。

下回りは主電動機出力が若干異なりますが(松尾:東芝SE-170 60.0kw、東鉄:SE-170C 67.1kw)、台車は国鉄の電車用DT16に近似のTT-51で同じとなっています。その他は機器構成が若干異なっているようです。

20年前の画像ですが、色あせた程度で、現在もあまり変わっていないようです。
ところで、松尾鉱業の機関車の色はコバルトブルー。この色だった時代はいつごろなのでしょうか?
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by hiro_hrkz | 2014-09-23 00:01 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
宇部市交通局 日デKC-UA460HAN +西工 E型
宇部の市営バスの特徴の一つに、新幹線停車駅である新山口駅と結ぶ路線の存在があげられます。
市内と市外を結ぶそれなりの距離がある路線のため、複数の種別が設けられ、
市内線と一線を画すトップドアの車両が投入されていました。
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・宇部市交通局 日デKC-UA460HAN +西工 E型 1998年9月 宇部新川駅

画像は西工E型を架装した日デUA。
E型を架装した車両というと、軸距5.5m以上の長尺車が多いのですが、ここでは軸距4.7m級の短尺車なのが、少々特徴的なところでしょうか。
前面は行灯に行き先を表示するのは、E型ではよくある処理ですが、その上に、種別表示のヘッドマークがあるのが、目立ちますね。
この写真を撮影したころは、種別は快速と特急の2種類が設けられていましたが、現在は快速は普通に格下げされ、ヘッドマークも無くなったようです。
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by hiro_hrkz | 2014-09-18 23:51 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
岐阜乗合自動車 三菱U-MK517J +呉羽
名鉄グループでも、他の各社より個性的な仕様の車両が多かった岐阜バス。
中型車も、例外ではありませんでした。
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・岐阜乗合自動車 三菱U-MK517J +呉羽 2000年4月 徹明町(岐阜県岐阜市)

エアサスでメトロ窓は、名鉄系らしい仕様。
前面に社名を入れる行灯があるのが印象的ですが、これは当時の岐阜バスの標準装備です。

一方、リアは窓ガラスが方向幕部分で分割されているという、これまた、ちょっと変わった作りになっています。この窓にも横引きのカーテンを取り付けるためと推測しますが、他社のMKでは、あまり見かけないように思います。
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by hiro_hrkz | 2014-09-15 12:00 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
熊本電気鉄道 500形
静岡鉄道は、かつて車両を自社工場で製造していたことで知られます。
今も残る静岡清水線は、木造車の鋼体化にはじまり、1957年に14m級の20形、そして1961年には17m級の100形と続きました。

100形は1961~1966年に電動車ばかり10両が、長沼工場で製造されました。
車体は裾絞りがあり、両開き扉を持つ3扉で張り上げ屋根・前面には方向幕を装備と、当時の地方私鉄の電車の中でも特に近代的な外観の一方、主要な機器は中古品などを使い釣合梁台車・ツリカケ駆動式となっていました。制御器だけは新品の東洋電機製ES-801を搭載していましたが、これは電動油圧カム軸式という珍しい代物でした。
クモハ101~106は当初前面に貫通扉のある両運転台であったのに対し、107~110は片運転台の2両固定編成で登場しています。後に、101~106も片運転台化・2両固定編成となり前面も非貫通の3枚窓に改造されました。

しかし、これら自家製電車は比較的早いサイクルで代替されており、100形は製造後13~15年でオールステンレスカーの1000形に置き換わりました。このうち、1編成が日立電鉄に、3編成が熊本電気鉄道に譲渡されています。熊本電鉄ではモハ501~506になりました。
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・熊本電気鉄道 クハ502+モハ501 1993年8月 藤崎宮前
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・熊本電気鉄道 クハ502 1995年8月 藤崎宮前

このうちモハ501~502は、もとクモハ103~104で1963年製。1977年に入線しました。モハ502は1980年に電装解除されクハ502になりましたが、パンタグラフは搭載されたままでした。
もと両運転台なので連結面は丸妻となっています。
独特の車番の書体は、静岡鉄道時代のままですね。

台車は、501は静岡鉄道時代のままのブリル(近鉄名古屋線の中古)ですが、502は東急から購入した川車3450に替えています。この2両は1999年に廃車になりました。
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・熊本電気鉄道 モハ601 1994年8月 藤崎宮前

一方、モハ503~504は、もとクモハ105~106で1964年製。やはり、モハ504は1980年に電装解除されクハ502になっています。

しかし、1987年に504が事故で再起不能となったため、503を両運転台に復元し、モハ601に改番しています。また、パンタグラフも藤崎宮前側に増設しダブルパンタとなっていました。
復元した藤崎宮前側の前面(下の画像)も、従来からある御代志側(上の画像)と違いがないように似せてはいるものの、窓ガラス・前照灯・方向幕とすべて異なるサイズで、どことなくぎこちない感じがします。
一方、御代志側の運転台も、よく見てみると、上のクハ502とは窓のサイズが違う、もしくは位置が異なっているように見えます。

両運転台に戻したことが幸いしたのか、6両の中では一番遅く2000年に廃車になりました。
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・熊本電気鉄道 クハ504 1993年8月 北熊本

一方クハ504も、廃車にはならず北熊本駅の側線に、オレンジとアイボリーの旧塗装のまま留置されていました。部品取り車として機能していたのでしょうか。廃車は1996年のことです。
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・熊本電気鉄道 クハ506+モハ505 1993年8月 北熊本

モハ505~506は、もとクモハ107~クモハ108で1965年製。入線は少々遅れて1979年12月のことで、モハ506の電装解除も、やはり少々遅れて1982年1月に実施されています。
こちらは、当初より2両固定編成であるため、連結面は切妻になっています。

前面窓ガラスのHゴムの色やその保持方法は、502や601とは、また異なるものですね。
ライトケースの形状などに、細かな差が生じています。
いちばん製造年が新しかったのですが、事故を起こしたこともあり1996~97年に廃車となりました。

よく言われる話ですが、これら静鉄の自家製電車は、その見てくれと裏腹に、車体外板の板厚が薄いなど華奢だったようです。熊電では数回乗りましたが、車内の作りは全体的に安普請な感じが否めず、ドアや窓枠にガタが来ていたことを思い出します。
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ところで、この車両、両開き扉が特徴ですが、その幅は一般的な1300~1400mmではなく、1100mmと片開扉と同程度のものでした。しかも写真でわかるように引き残しが設けられていたため、実質的な開口部は1000mmといったところでしょうか。
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by hiro_hrkz | 2014-09-10 01:00 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
下北交通の富士6E・7E・8E
下北交通に移籍したLR+IBUSを先日とりあげましたが、むつ市へ行った目的は
当然の如く、富士重工架装の車両が数種類移籍しているとの情報があったためでした。
下北の富士重工架装の路線車は、他の三菱以外の車両の大半がそうであるように全てが移籍車で、台数は少ないながらも、仕様はバラバラになっています。
今回は、路線タイプの車体である6E・7E・8Eを架装した車両について、過去の画像と合わせて取り上げて行こうと思います。

この種の車両が同社に入りだしたのは2004年のこと。
平内町が町内の路線バスを青森市交通部から下北交通への委託に切り替え「平内町民バス」とした際に、営業所(小湊出張所)と一緒に数台のバスが同部から移管されました。この中に富士6E架装の路線車が含まれていました。
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・下北交通 いすゞP-LR212J +富士6E  2005年9月 青森県東津軽郡平内町

いすゞの中型への架装例で、1988年6月製。エアサス車です。
運転席上の通風孔カバーや、両端にゴム製の覆いがないバンパーなど青森市営の特徴が随所に表れています。当初は塗装を変更せずに使われていました。
しかし、下北カラーに塗り替えたものの、非冷房だったことが災いしたのか1年程度で廃車になったようです。

同じ頃、下北交通の本拠地である、むつにも富士重工架装の路線車が入りました。
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・下北交通 いすゞU-LV324K +富士7E  2014年8月 むつバスターミナル(青森県むつ市田名部)

もと川崎市交通局のLV+7Eで、1991年式です。
当時は、まだ路線タイプも三菱で固められており、この車両が登場したことに騒然となったのを思い出します。
中扉は締切、側面およびリアの方向幕は使用していません。これは、この後に登場する車両も基本は同じです。

つづいて、平内町民バス用に2台が入ります。
いずれも青森市引き継ぎ車の代替だったようです。
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・下北交通 いすゞU-LV324L +富士7E  2007年5月 青森県東津軽郡平内町

先に入ったのが、もと東武鉄道のLV+7Eで1993年10月製。移籍は2006年度後半のことだったと思います。
もとは前後扉ですが、かつての沖縄の移籍車の如く、後扉はきれいに埋められて車内には座席が取り付けられてるのが特徴です。
後に、むつに異動し貸切車になっているようです。
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・下北交通 いすゞU-LV324K +富士7E  2014年8月 青森県東津軽郡平内町

次に入ったのが、川崎鶴見臨港バスのLV+7Eで1992年1月製。
前後してキュービックボディーも2台ほど移籍していますが、7Eはこの1台だけ。
中扉を埋めて車内に座席を取り付けるなど、上の東武車に準じた改造を行っています。
こちらは、現在も平内町民バスで使われています。

その後、暫く移籍車は途絶えるのですが、2012年頃から再び増えています。
車両の供給元は西武グループとなり、車種はいすゞから日デと変わります。
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・下北交通 日デKC-UA460LSN +富士7E  2014年8月 青森県東津軽郡平内町
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・下北交通 日デKC-UA460LSN +富士7E  2014年8月 むつバスターミナル(青森県むつ市田名部)
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・下北交通 日デKC-UA460LSN +富士7E  2014年8月 恐山(青森県むつ市)

いずれも、トップドアのUAで、もとは西武総合企画が発注した特定輸送用の車です。
中扉・後扉を埋めてきた下北交通向きの仕様ですね。

いちばん上は、1998年10月製。2012年頃に移籍し、平内でスクールバス用として使われています。
当初は笹バス色のままだったようですが、平内のスクール車独自の塗装に変わっています。
なお、前面の方向幕の部分は社名をガラスに直接貼り付けています。

一方、中と下の2台は、1999年3月製。ある大学のスクールバス用で、塗装も独自のものでした。
中の車両は、もとの塗装をそのままに前面下部のみ変更し、側面は前面広告としています。
それに対して下の車両は、どういうわけか貸切タイプの塗装となっています。
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・下北交通 日デKK-RM252GSN +富士8E  2014年8月 田名部(青森県むつ市)

そして、今年移籍してきたと思われるのがこの車両。1999年8月製のKK-RM+富士8E ツーステップ車です。
もとは西武バス滝山営業所の路線車だったものを、貸切に転用し多摩川競艇~多磨霊園駅の送迎用として使用していたものです。旧社番は1082。
この貸切転用の際に中扉を埋め、車内の座席を2人がけに総取り替え、窓にはカーテンが取り付けられました。下北でも当然そのままで使用しています。
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by hiro_hrkz | 2014-09-06 00:15 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
鹿児島交通 日野P-HU235BA +日野車体
鹿児島交通の塗装は、現在は白地に椰子の樹が書かれたものであるのは周知のとおり。
おかげで、マニアの間では「やしのき」と通称されることもしばしばです。
しかし、かつては、そんな南国イメージとは全く無縁な茶色系の塗装でした。
以前、中距離路線用の例をあげましたが、今回はよりメジャーだったものを取り上げます。
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・鹿児島交通 日野P-HU235BA +日野車体 1999年8月 鹿児島県鹿児島市

日野ブルーリボンの例です。色の組み合わせは、大昔のはとバスと同じで、その影響をうけたものとも言われます。したがって、かなり昔に誕生したもので、角ばった車体のブルーリボンに塗ると、より時代がかった印象を与えていたとも思います。

車両そのものは、エアサスでワイドドアにメトロ窓、車内はハイバックシートがズラーっと並んだ、P-~KC-の鹿児島交通自社発注車では標準的な仕様です・・・・当時は、こんな高級志向のクルマばかりでした。
後に、現在と同じ白地に椰子の外装となって使われていました。
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by hiro_hrkz | 2014-09-02 23:36 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)