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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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神奈電をもう一度 2015年1月
ただいま、こんなものを製作中です。
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結局のところ、正月休みだからといって模型製作の進捗が著しく改善などということはないわけで・・・むしろ、正月は模型いじりをしたい気分では、あまりなかったりします。
ということで、比較的軽めのメニューを・・・ということで着手したのがこれ。
愛甲線の西武大型車シリーズのひとつで、もと西武571系です。とはいえ整形色から解るように、ベースとなったのは三岐の607F。やっていることは、未だ完成していないもと451系(三岐601がベース)と全く同じです。
ただし、こちらはベンチレータが別パーツなので、非常に工作がしやすいのが幸いでした。
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でもってして、この数か月製作を進めていた日鉄自製は、ランナー引き伸ばし線で手すり等を表現し、ヘッドライトをつけた程度の牛歩進行。とはいえ、これでようやく塗装前の段階に達しました。
 軽い工作がいい・・といいつつ、成人の日のあたりにいきなり手を付けてしまったのが、その手前。
新潟交通のモワ51と同型の電動貨車を保有している・・・というのは、新設定でも変わらないことにしました。ということで、10年近く当てもないまま放置されていた鉄コレ第1弾のモワをシンナープールにドボン。そして、車体幅が広すぎという、この製品最大のウィークポイントを解消するべくカラ竹割にして車体幅を縮めました。
パンタグラフからの引込線は妻面に配置して実物よりも無骨な感じに。テールライトの位置も若干内側に寄せてあります。と、結局はそれほどの手間もなく塗装前まで持ってくることができました。
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 というわけで、更にハードなものを・・・・と、プラ板を取り出して作り出したのがこちら。
久しぶりのフルスクラッチです。
この窓配置から解る方もいらっしゃると思います・・・窓の上には細長い窓がつきます。
そんなわけで、車体強度をどうやって保つのかちょっと頭を使うことになりそうです。

来月は、6両の塗装を行いたいと
思います。
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by hiro_hrkz | 2015-01-31 00:00 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(2)
南部バスのBU 2題
南部バスのBUから2種類ほどを。
まずは自社発注車から。
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・南部バス いすゞBU10 +川重 1994年2月 十和田市駅(青森県十和田市)

当然ながら旧塗装車で非冷房車。扉配置は前中折戸となっています。
登録番号から類推するに1979年あたりの登録のようです。
今回、画像を拡大してみてわかったのですが、リアは方向幕付だったのですね。
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・南部バス いすゞBU10K +川重 1999年5月 青森県八戸市

南部バスは、旧くから移籍車を導入していたことで知られ、BUもいろいろな種類があった(中には京成車体架装の車両も)ようです。が、私はタイミングを逸しており、見ることができたのは、この新塗装の、もと京浜急行電鉄のクルマ程度でした。 上が1979年7月、下が同3月製造で、特徴である、中扉上の蛍光灯が傾いている点はそのままですね。
高出力エンジンなのは、直結冷房を搭載していた故でしょうか?
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by hiro_hrkz | 2015-01-25 21:26 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
高松琴平電気鉄道長尾線 880
私が見たことがあるコトデンの車輛の中で、
最も不運のクルマは、やはり880になるだろうなあ・・・と思います。
以前、ちょっとだけ触れましたが、今回はこちらにクローズアップしてみたいと思います。

 もとは総武鉄道(→東武鉄道野田線)が1929年に日本車輛東京支店で製造したクハ1201。同型のモハ1001・1002と共に1947年に琴電に入線し、9000形910と、7000形710・720となり琴平線に配置されます。
 昭和30年代には、もと山陽電鉄の920と合わせて4両で、E.E系の電動カム軸式自動加速制御器搭載車のグループを形成していましたが、1966年に他車に合わせて手動加速のHL制御に変更、さらに1974年に910が電装され730になります。 
 その後、1981年に710・720が廃車となりますが、残る730は当時琴平線で使用していた700番台の電動車(もと西武鉄道→山形交通)と共に1983年に電装解除の上で長志線に転属、880になります。
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・高松琴平電気鉄道 880 1990年8月 仏生山

が、もと山形交通の車両が長志線でも最大収容力を持つ車両として順当に使用されたのに対して、こちらは殆ど使用実績もなかったようです。1990年夏に、私がはじめてコトデンに行った際には仏生山駅の一宮側側線の奥に放置されており、色は褪せ錆が浮くなど、一目で使っていないことがわかりました。

転機となるのは1994年の瓦町駅改築に伴う長尾線と志度線の分断、そして1996年の井戸駅交換設備復活に伴うダイヤ改正での増発でした。このときに志度線に既存の車両を多くまわし、その分不足する長尾線には880および同様に長期放置状態にあった71を、徹底的に改修して復帰させることになりました・・・瓦町駅の改築構想は1970年代後半には既に存在していたので、放置は、意図的な温存だったのかもしれません。
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・高松琴平電気鉄道 880 1995年8月 仏生山

1枚目の5年後。荒廃が進み、窓ガラスは割れベニヤ板が張り付けられているところも存在していました。
この状態から、1996年秋に改修が完了し復活。このときに側面の扉を木製から鋼製に交換。また、ウィンドウヘッダーと、特徴的だった運転席上のルーバーを撤去したため、スッキリした印象となっています。
しかし、折角復活したものの、長尾線の制御車つきの運用は30形の2連3編成および、750形と860・870の2連2編成で足りており、今度は逆に仏生山駅太田側の側線で終日昼寝の毎日。
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・高松琴平電気鉄道 880 1999年4月 仏生山
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・高松琴平電気鉄道 880 2000年1月 瓦町
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・高松琴平電気鉄道 880 2000年7月 瓦町

電動車とペアで瓦町駅に予備編成として置かれていることもありましたが、定期的に走るのは4日に一度の仏生山への回送くらい。2000年7月に2週間ほど?定期運用についたことがありましたが、そのまま2000年の秋に廃車になりました。
600・700が入線した前後の1997~2001年は、頻繁にコトデンに行きましたが、結局、この車両が先頭に立って走る姿を見ることはできませんでした。

※2015.2.25 1995年8月の画像を追加しました。
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by hiro_hrkz | 2015-01-23 01:46 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
大分バスの西工 2題
大分バスの西工から2題ほど。
いずれも同社の主力、日野への架装例です。
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・大分バス 日野K-RC381 +西工53MC 1999年8月 大分駅前

同社は大分市内等で使用する大型車の扉配置を、前中折戸で導入していました。
が、K-末期からP-の初期にかけて、一時期的に前後折戸が標準となっています。
同社の53MCの中では、最終グループにあたる車両で、方向幕は大型化・前扉は通しガラスとなっています。
デンソーの冷房ユニットが、最後部屋上に搭載されているのは、この時期の日野大型の特徴ですね。
53MCとしては窓配置がすっきりしているのですが、その分、実際よりも短めに感じるところです。
余談ですが、大分バスで53MCを見たのは、これっきりでした。
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・大分バス 日野P-HT225AA +西工58MC 2000年8月 大分駅前

一方、こちらはP-HTの58MC架装車。
全般的な仕様は、上のRCと変わりませんが、軸距は5.2mに延びています。
なお、この系列を大分バスは大分市内用に車体3メーカそれぞれを架装しているのですが、
富士5E架装車は軸距4.8m、日野車体は両方とそれぞれ異なっていました。
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by hiro_hrkz | 2015-01-18 17:50 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
神姫バス 三菱KC-MP617MT +三菱
貸切タイプの前面を持つ路線ボディのバスを導入する事業者は、特徴的な高速路線や中距離路線を
持っている事例が多いと思います。近畿地方では、神姫バスがその代表格でしょう。
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・神姫バス 三菱KC-MP617MT +三菱  2008年7月 兵庫県加古川市

神姫バスでは、このタイプのエアロスターを1991~1996年に33台導入し、神戸と西脇を結ぶ高速路線などに投入しました。
長尺・トップドアになることが多いこの種の車両としては、中間尺で前後引戸である点が少々珍しいところです。これは、同社路線車の標準仕様であること、もともと貸切タイプに扉を増設して転用した車両を使用していたからなのでしょう。
その他は、窓はメトロ窓、車内はハイバックシート、エンジンはターボ付き(KC-のみ)(※2015.1.14 訂正)と、この手の車両らしい仕様となっています。

後に高速路線には、通常の貸切・高速系の車両が入り、他に転用。
現在は、既に全車廃車になっているようです。
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by hiro_hrkz | 2015-01-13 00:00 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(4)
名古屋鉄道 デキ603・604
大手私鉄の事業用車両というのは、神出鬼没でなかなか撮影できないもの。
最近は、モーターカーなど保線機械への代替が進んだこともありその絶対数が極端に減りましたが、
今でも維持しているのが名鉄です。

この2両を見たときも偶然で、金山で「ムーンライトながら」を降りて名鉄に乗り換えると目の前に止まっていたのが603でした。
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・名古屋鉄道 デキ603 2000年9月 金山

これはすぐに神宮前方面に発車して行ったのですが、続いて逆に神宮前方面から604が到着。
条件は悪いながらもなんとか撮影しました。深夜作業を終えて、大江へ戻る途中だったのでしょうか。
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・名古屋鉄道 デキ604 2000年9月 金山

名鉄デキ600は東芝戦時型40t機のひとつ。
その中でも、603と604は海南島にある日本窒素の鉄鉱山向けに製造されたものの、制海権喪失により鉱石の輸送不能→鉱山の操業が停止したため、注文流れになったものです。そのような経緯があり、東芝戦時型の車体幅は2800mm以上で、地方鉄道の車両限界を超過しており、名鉄では入線できる路線に制限があります。

1992年に大規模修繕が行われ、外見では車体の塗装が変更となったほか、尾灯・前照灯の変更や、窓枠のアルミサッシ化、またキャブ前面のうち片方の窓が開閉可能に改造されています。キャブ内部は計器類が更新される一方、マスコンはオリジナルのままのようです。
 一方で、他社では乗り心地改善のために履き替えられた台車は原型の板台枠のままコロ軸受け化、主電動機はSE130(110kw)×4で、名鉄の電機の中では最大の出力をほこります。

名鉄は、2014年度の投資計画で電機2両の製造を発表しています。
名鉄の機関車の中では最も製造年が新しいデキ600形ですが、今後の動向が気になるところです。
・・・それまでに他の機関車を含めて撮影できる機会があるのかどうか・・・。
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by hiro_hrkz | 2015-01-11 18:40 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
茨城急行自動車の富士重工架装車 3題
東武系列の乗合バス会社は、グループ会社各社への大規模な移譲により朝日自動車グループを形成するほどですが、かつては阪東自動車と茨城急行自動車(と東野交通)程度しか存在しませんでした。両者とも規模は小さいため、情報が少なかった時代は謎めいた存在でした。

阪東と茨城急行は、共に日野+富士重のユーザだったことで知られています。
今回は茨城急行自動車(茨急バス)の旧塗装車から何例か取り上げたいと思います。
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・茨城急行自動車 日野P-HT235BA +富士5E  2000年3月 古河駅前(茨城県古河市)

朝日自動車グループが成立する前は、阪東自動車が茨城急行の主要株主だったこともあり、阪東から茨城急行へ多くの車両が移籍していました。一般乗合として移籍したのはこのP-HT23系の5E架装車がラスト。
メトロ窓でワイドドア、そして上部が板金処理かつ大型方向幕を備えた阪東独特のリアスタイルが目立ちますね。茨急から更に東野交通への移籍例もありましたが、P-HT23系は茨急止まりでした。
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・茨城急行自動車 日野P-HT235BA +富士7E  (上)2000年3月 (下)1999年9月 古河駅前

一方、こちらは自社発注の7E架装車。仕様をP-HT22系で上記のものにガラッと変えた阪東と異なり、茨急は前後折戸・2段窓と、東武鉄道のバスに近いものを維持していました。P-HT+7Eは、この1台しか見たことが無く、他にも存在していたのかどうか・・・。
なお、オリジナルのP-HT235BA+5Eも少数存在していましたが、わりと早くに朝日自動車に移籍し、しかも朝日では何年も使わずに廃車になったため片鱗すら見ることはできませんでした。
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・茨城急行自動車 日野U-HT2MMAA +富士7E  1999年9月 (上)埼玉県北葛飾郡松伏町 (下)古河駅前

排ガス規制が変わりU-になると、毎年1~2台づつが増備され合計8台を揃えました。
仕様はP-と特に変わりはありませんでしたが、途中からサッシの色が銀から黒に変わっています。

茨城急行は歴史的な経緯から埼玉県の松伏と茨城県の古河(と千葉県の野田)に営業所があり路線はバラバラになっています。かつてはそれぞれから茨城県の下妻まで伸びていて接していました。そんなこともあるのか、方向幕は松伏も古河も共通で同じものが入っていました。
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by hiro_hrkz | 2015-01-05 00:26 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
備北バスのレインボー 3題
岡山県の高梁市~新見市を営業エリアとするのが備北バス。
岡山県の事業者の中でも、岡山市内に出てくる本数が限られることもありマイナーな方に入ると思いますが、
車種は意外にバリエーションに富んでいます。
日デや三菱が多く、日野は少な目のようですが、今回は中型車を何例か取り上げたいと思います。
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・備北バス 日野P-RJ172CA +日野車体 2013年3月 岡山県新見市
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・備北バス 日野U-RJ3HJAA +日野車体 2000年8月 備中高梁駅前(岡山県高梁市)

まずは自社発注車から。上が旧塗装でP-、下が現行塗装でU-と差はありますが、基本的な仕様は同じ。
前中折戸のリーフサス車です。外見では、P-車がメッキバンパーであることが目立ちますね。
車内は、2人がけ主体のローバックシートとなっています。
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・備北バス 日野KC-RR1JJAA +日野車体 2013年3月 川上(岡山県高梁市)

一方こちらは移籍車。前中引戸でメトロ窓・・・と書けば、拙ブログでもおなじみ?となった、もと名古屋市交通局の車両です。他の車種と合わせて何台かが移籍しているようですが、RRはこれ1台とのこと。
行き先表示がLEDになっているのは最近の趨勢ですね。車内は2人がけ座席主体に改造されていますが、窓から見えている範囲の限りは、増設した座席と、もともとある座席が混在してアンバランスな状態のようです。
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by hiro_hrkz | 2015-01-03 00:52 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(1)
乙未
あけましておめでとうございます / 새해 복 많이 받으세요 / 新年快樂 / Frohes Neues Jahr!
Happy new year! / Voorspoedige nuwejaar! / YENİ YILINIZ KUTLU OLSUN!
今年もよろしくお願いいたします。

2015年/平成27年。ひつじ年。
今年1月のバスの表紙は、一昨年が3E、昨年が4Eでしたので、今年は当然ながら「15型E」・・・5Eで。
拙サイトが拡充するキッカケとなったものなので外せません。
車種はどうしようかと考えましたが、数ある5Eの中でもいちばんのお気に入りだった大分バスのP-HU275BAを選んでみました。日野+富士で、メトロ窓・エアサス・高出力・ハイバックシートという特徴ある車両です。

一方、鉄道のほうですが、「2015」でも「27」でも思い浮かぶネタが無く、しからば「未」か「羊」は無いかと探しましたが、十二支の中で唯一、駅名になっていたないのがヒツジ。では、十干はどうだろうか・・・2015年は「乙」!
あるものがピンときたので、年末に撮影してきた次第。
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東京都電の電動貨車、乙1形乙2です。
都電で乙とは無蓋電動貨車のこと。余談ですが、甲は有蓋電動貨車(400形を転用した甲400など)です。

乙1形は1941年に、乙10形の台車を利用して2両が局工場で製造されました。
最大寸法が長さ7650×幅1980×高さ3453mm 自重5tというミニ車両で車体は木製。
2両とも戦火を逃れ、乙1は三田車庫に在籍していましたが、あまり使われることはなく1967年12月除籍。一方、乙2は荒川車庫に配置され専用軌道の保線等で使用されたあと、1971年3月に除籍。そして、文京区の神明町車庫跡につくられた公園に保存され現在に至ってます※。
通常、こういう公園の路面電車といえば旅客車が選ばれる中(とりわけ都電の場合、保存車は6000形が殆ど)、なにゆえこれが選択されたのかは不明ですが、貴重な個体が残っていることはうれしいものですね。
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さて、この車両、鉄柵にきちんと囲まれているのですが、おかげで全体像を撮影するとなると至難の業。みなさん四苦八苦されているようですが、私も、柵の中にカメラだけ入れて、18ミリのレンズでノーファインダーで格闘すること〇〇回。なんとか撮影できたものをトリミングしたのが冒頭の1枚になります。

木造車体の屋外保存というのは非常に心配されるものですが、1982 年10月に木部を全部新調したそうです※。その後も手入れは随時行われているようで、たとえば前面幕板部分の素材は、明らかになにか別の健在が使われているようです。
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それでも、片側のキャブの外板が外れかかっていたりするなど、痛んでいる箇所も幾つか見られます。
なお、集電装置はビューゲルですが、本来の場所から外され、荷台におかれています。
たしか、20年前に見に行ったとき、既にそのようになっていた記憶が。
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説明板も柵に取り付けられています。
が・・・・
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乙がZになっています。なんだか21世紀のネットスラングを先取りしている感が(笑)。
この手の看板は説明が目茶苦茶なことが多い中で、正確な内容になっていますから、非常に惜しいところです。

当時既に、甲乙丙・・・という言い方はピンと来なくなっていたのかもしれませんね。
もっとも、都営バスに興味を持ったガキは、路線図を見て「門19は甲乙だけじゃなくて丙丁」もあるんだ・・・などと言って、高齢者にびっくりされたわけですが(←体験談)。

・東京都交通局(都電) 乙2(保存) 
 いずれも2014年12月 神明町車庫跡公園(東京都文京区)

※「都電の消えた街・下町編」 大正出版 1983年4月 に掲載の江本広一氏の記述による。
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by hiro_hrkz | 2015-01-01 08:00 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)