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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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静岡鉄道静清線 入江岡駅
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東海道在来線で西へ西へとゆくと、清水駅を過ぎて巴川を渡ったあたりから草薙駅の手前まで、進行方向左側に静岡鉄道が並行し、あたかも複々線といった雰囲気になります。ここでは、いつもそちら側に注目するのですが、静鉄は昼間でも1時間に片道9本が走っている割に、並走もすれ違いも少ないように感じます。

この並走区間の一番東側にあるのが入江岡駅。静鉄の終点、新清水から数えて一つ目の駅であります。
このあたりは、掘割の中を路線が走っており、駅舎は線路を横断する陸橋に面してあります。

・・・・と書けば、名古屋の金山とは行かないまでも、せいせい東京の上野毛あたりを連想したくなるものです。
が、実際は
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こんな歩道も無い陸橋に面して、実にコンパクトな出入口があるだけ。
なかなかのインパクトですが、知らなければ通り過ぎてしまうくらいに、存在感がありません。
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陸橋の路面と出入口はツライチではなく、駅舎の方が一段低くなっています。
陸橋側も、その部分だけ柵を取り払っただけで、道路端の段差は特に処理されていません。
なお、駅の入り口には、取っ手部分のボタンを押すと開くタイプの自動ドアが取り付けられています。
駅前にスペースが無いので、飛び出しを防ぐ意味もあるのでしょう。
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そして、駅舎の内部・・・狭すぎて私のレンズでは中に入っての撮影は無理でした。
よくこのスペースに自動改札を2機も押し込めたものだと感心します。
自動改札の向こうは、すぐにホームに降りる階段がはじまっています。
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外側から見れば、こんな感じ。上の写真で券売機と窓口があったスペース・・つまり駅の事務室にあたるのが、丁度窓のある部分になると思いますが、果たして、どれだけの広さであるのやら。
そして、駅舎下のホーム上には、便所が設けられています(拡大したところ、現在は使用中止の模様)。
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コンパクトなのはホーム上も同じ。それでも、飲料水の自動販売機にベンチと必要なものは揃っています。
静鉄の全駅に共通することですが、地方都市の私鉄でありながら、ホームに転落防止策が整備されているのも特筆されるところですね。静鉄静清線といえば都市型ワンマン運転のパイオニア。変わらずにアップデートしているようです。
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なお、入江岡駅は、この夏から静鉄でもタイアップがはじまった、この有名キャラクターの作者さんのご実家の最寄駅ですね。
余談ですが、静鉄には1000形しか走ってませんが、特別外装もしくは広告車ばかりでノーマルな姿のほうが少ないとは知りませんでした。

・いずれも2015年8月 撮影
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by hiro_hrkz | 2015-08-29 02:00 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
アルピコ交通(川中島バス) いすゞKC-LV280L +IBUS
川中島バスの路線は、現在、基本的には前中扉の車両が使われていますが、その中で例外的に前後扉の車両が主力なのが、長野と飯綱・戸隠を結ぶ各線です。
長野駅の標高は370m程度、一方、戸隠は1100m程度で、両者の標高差が700m以上になる山岳路線です。

松本電鉄系列化後、BU10K+北村が転属したこともありましたが、その後は山陽電鉄からの移籍車が主力となっています。
高出力車であることが買われたのでしょう。最初に移籍したK-CQA500の頃は、市場に流れる移籍車よりは少々車齢が高めでしたが、現在はそうでもなくなりましたね。
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・アルピコ交通 いすゞKC-LV280L +IBUS 2015年7月 戸隠中社(長野県長野市戸隠)
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・アルピコ交通 いすゞKC-LV280L +IBUS 2015年7月 長野駅前

アルピコ交通になっても変わらずに移籍は続いており、現在の最新グループはこのあたり。
下の1台は飯綱高原と戸隠のキャラクターが描かれたものになっています。
車内は二人掛けのシートが両側にずらっと並んでおり、観光客が多いこの路線にあわせた仕様になっています。

それにしても、そろそろ、このあたりの在庫も終わりですが、今後はどうするのでしょう。
高出力と標準出力の差も無くなってきたので、他のバスになるかもしれませんが。


先日、いつも長野駅で見るばかりであった戸隠ゆきのバスに乗ってみることにしました。
長野~戸隠は観光路線であり、本数は一定数が確保されています。
通常は、バードラインもしくは浅川ループ橋を経由して飯縄・戸隠を結ぶ急行系統(70系統もしくは71系統)に乗ることになりますが、バスマニアには県道経由の73系統 県道戸隠線をお勧めします。
善光寺附近から国道406号線に入ると、間もなく信大を過ぎたあたりで道は狭くなるのですが、本格的なのは茂菅から先の県道76号線に入ってから。
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おおよそ、大型バスが走るとは思えない・・・軽トラックが似つかわしい羊腸の如き道をひたすら戸隠まで辿ってゆきます。
沿道には、山の斜面にへばりつくように棚田やリンゴ畑などが拡がっていますが、こんなところにも結構な数の民家があるのには驚かされます(芋井地区)。
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旧・戸隠村に入ると高低差は緩やかになり、まさに高原であることを実感しますが、観光客が目指す戸隠神社があるのは戸隠村の中心地・豊岡地区を通り過ぎた更にその先。
飯縄高原からの道と合流し、暫くすると戸隠中社の門前町の入り口に、アルピコ交通の戸隠営業所があります。ロッジ風の建屋が特徴ですが、バスの終点というわけでもないので、閑散としています。
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県道戸隠線は、戸隠中社どまり。
その先・・・夏なら戸隠キャンプ場、冬なら戸隠スキー場まで行くのは先の70・71系統となります。
この日は連休中ということもあるのか多客につき、2台続行で戸隠中社へやってきました。後ろは、松本電鉄エリアからの転属車である日野HIMR。
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アルピコ交通の戸隠高原フリーきっぷを使っての戸隠往復で、行きは宝光社前で降り中社まで徒歩。
割引で蕎麦を食べた後、奥社までバスで行き、戸隠五社に全てに参詣しました。
帰りは定石通り70系統に乗車しましたが、浅川ループ橋から見る善光寺平は美しく、両ルートに乗ってみると楽しいかと思います。
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by hiro_hrkz | 2015-08-23 20:37 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
20年目の「神奈電ものがたり」
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「鉄道模型趣味」誌に拙作「神奈電ものがたり」が掲載されてから丁度20年となりました。

当時、大学生の私。
無謀にも作品の写真を編集部に送ったところ、御返事をいただき、
その上で原稿を書いて再度送ったところ、採用していただきました。

久しぶりに自分で読んでみましたが、顔から火が出るとはこのこと・・・
(直前が、フリーの巨匠、小林信夫さんの記事なので尚更です)。

また、そのころの作品の現状については、このところブログで何度かとりあげていますが・・・
こんな作品でも、そして自己満足な妄想の多い内容の本文にも拘わらず、
連載して頂いたTMSの編集部の皆様の判断に、改めて感謝申し上げる次第です。

一方で、本人が思っているよりも、はるかに多くの皆様の心に届いたようで
今でも、神奈電もしくは神奈川電鉄・神奈川電気鉄道という名前を憶えていらっしゃる方が多いことも、大変、有難く思います。
「とれいん」と「RM MODELS」にもほんのわずかな文量ですが掲載され、鉄道模型主要三誌全てに載ったというのも不思議な感があります。
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5年ほど前から、再度、神奈電シリーズに着手しています。
その経緯については、過去の記事へのリンクにとどめておきますが
模型の製作の面でも、路線などの設定の面でも、いろいろなものが充実した時代だと思います。

一方で、フリーの作品が減ったようにも思いますが、
それはフリーに仕立て上げなくても、(ローカル)私鉄の模型を手軽に揃えられる時代ゆえなのかな・・・と、感じています。

個人的な感想を申せば、最近は自由形の記事が、先述の小林信夫さんを除くと少ないのは寂しいですね。
・・・須津谷急行、ケンタッキーコーヒーライン、面影鉄道、湘南交通、鯨川地鉄、イワキ交通、(武蔵野→中越)地鉄、狐苦鉄信摂線の緑電鉄、諏訪電、千城木電鉄、逗子海岸電軌、東急3700改の小型車、サンタクロース電車~赤いインタアーバン、いさみやロコ競作(登山改や市電改)、城北鉄道クラブ競作、虹を描いた電車化キハ02とオープンカー、切り継ぎマニアのメモから、PM6のオハフ50改造の気動車が牽引するミキスト、NM1のチビ電改造例、GMマニュアル、GM大山店にあった小型レイアウトと各種改造車・・・・たくさんの自由形の記事に囲まれていた故に思い至ったのが、神奈電なのだと思います。


拙サイトの「神奈川電鉄を訪ねて」も新しいものに変えたいところです。
20年目の「神奈電ものがたり」は、つくりかけの5両の完成と、新しい設定が固まった愛甲線、秦野・大山線のサイト作成からはじめましょうか。そんなことを思っている次第です。
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by hiro_hrkz | 2015-08-20 00:57 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(2)
北九州市交通局 日デKC-UA460LAN +西工96MC
この趣味を長く続けていると、クチコミなどで情報が回ってくることがあります。
「〇〇市営に××があった」などと・・・しかし、〇〇市営バスに該当のクルマなど、いくら調べても存在しない。
結論は、〇〇市交通局ではなくて〇〇市教育委員会・・・つまりスクールバスだった、なんてオチになることが何度かありました。

閑話休題。北九州市交通局の車庫には、路線バスの青と白の車両とは別に、アイボリーに黄色やオレンジ色の帯が入った車両が留められています。これらは、大半が白ナンバーで教育委員会保有の養護学校用スクールバスの車両でした。
この中の一部は、交通局所有になり、緑ナンバーになったものもあります(最近は民間事業者所有になったものもあります)。
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・北九州市交通局 日デKC-UA460LAN +西工96MC 2011年5月

その車両の例がこちら。西工96MCを架装した日デUA、1997年2月製です。
ツーステップで、さらに床が1段嵩上げされているため、窓の位置も高めな印象があります。
なにより中扉が、外側に開く1枚折戸+2枚折戸という構造になっているのが最大の特徴。車内には車椅子用リフトが備えらえているようです。

なお、方向幕などは、自家用登録の車両は「さくら」「こうじゃく」などと書かれているのですが、
この車両はストレートに「こうつうきょく」となっていました。
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by hiro_hrkz | 2015-08-16 00:10 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
美鉄バスの三菱車 2題
北海道には数々の炭鉱とその輸送を行う炭鉱鉄道が存在しました。
このうち三菱鉱業→三菱鉱業セメントは、直営の美唄鉄道およびその系列の三菱石炭鉱業大夕張鉄道の沿線、あるいは鉄道の代替でバスの運行を行っていました。このバス部門は1981年に美鉄バスとして分離、さらに同社は1985年に網走交通の傘下に入り、東急系列の事業者となりました。
東急系の地方事業者は、その殆どが昭和30年代までに傘下に入ったもののなので、例外的な遅さということになります。

結局、美鉄バスは2002年に事業廃止・解散するのですが、
同社最後の路線バスとなったのが、美唄地区のこの車両でした。
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・美鉄バス 三菱P-MP618K +三菱 1999年5月 北海道美唄市

 一見してわかるように、同系列の東急バスからの移籍車で、もとは目黒営業所の「東急バス新交通システム」用(いわゆる都市新バス)として投入されたもの。エアサスにハイバックシートと同社では他の路線車よりもグレードが高い専用車となっていました。美鉄には3台が移籍しました。

美鉄の路線バスは、もともと白地に緑・赤・水色の帯が入ったものでしたが、
この車両は東急時代ほぼそのままで、社名表示と「109」と書いてあった部分を「びてつ」に変えた程度となりました。
その他、リアと側面の方向幕は使用していません。
三菱車が選ばれたのは、かつての親会社に配慮したのか、それとも偶々だったのか。
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・美鉄バス 三菱P-MS715S +呉羽 1999年5月 北海道美唄市

美鉄バスは貸切事業も行っていました。
撮影した日、美唄の車庫にいたのは全てP-MS715S。
しかし車体は、呉羽、三菱、富士15R3とバラバラでした。
その中から呉羽サンシャインデッカの1台を・・・札22ナンバーなので、美鉄のオリジナルかと思われます。
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by hiro_hrkz | 2015-08-12 01:11 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
土佐電気鉄道 高知駅前電停
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そびえ立つ椰子の樹が印象的だった、かつての高知駅前。
高知市とその周辺を結ぶ路面電車、土佐電気鉄道の電停は、
そのころは駅前広場にはなく、駅前の交差点の東側にありました。
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独立したスペースを悠々と使って・・・というわけではなく、直進車線と左折車線の中間という形になっていました。
従って、駅から電停にゆくには歩道橋を使わなくてはならず、不便な電停でした。
こちらにも5本ばかり椰子の樹があるのがポイント。

2線分のスペースがありますが、1線分はもともと線路が無く自動販売機などが設置されています。
また、電停周辺には、大きな電飾看板が幾つかつけられていました。
特に電停の屋根に付けられたものは、電球で回りを縁取った派手目のもの。
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したがって、夜に行くと、パチンコ屋のごとき風情となっていました。
・・・点滅こそしませんが。

2001年、駅前通りを直進し、駅前広場に乗り入れるように付け替えられました。
これにより、JRの改札を出れば、目の前に電停があるという非常に便利な形になりました。
また、電停への曲線がネックで200形しか入線できなかったのが、当然すべての単行車両が運行可能となり、
桟橋線の冷房化率の向上などにも寄与したようです。
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変更後、旧電停の場所は道路になり、
わずかに歩道橋にそのあとが見られる程度となっています。

1、3枚目:1993年8月
2、4枚目:1996年10月
5枚目:2013年4月 撮影

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by hiro_hrkz | 2015-08-09 18:54 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)
1994年8月 秋田にて
季節は夏真っ盛り。
学生・生徒のみなさんは夏休みを満喫されている方も多いかと思います。
青春18きっぷを握りしめて、未だ見ぬものを追いかけ、遠くへ長旅に出ている方もいらっしゃるのでしょう。

私も、学生時代は7月に配送センターなどのアルバイトで貯めた軍資金を元手に「遠征」していました。
1994年の夏には、昭和40年代に廃止されたローカル私鉄の保存車両を求めて、18きっぷで東北地方へ4日ほど出かけました。
このときの成果は山交三山線かつての駅舎、同尾花沢線など何度かここで取り上げていますが、各地で乗車した路線バスも何枚か撮影していました。当時は、未だバスの型式などはよく解っておらず、見かけた車両を適当に撮っただけでしたが、後々地方のバス事業者に興味を持つ重要なきっかけになりました。

今回は、その21年前の記録から、秋田県の各地で撮影した富士3E・4E架装車を取り上げたいと思います。
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・秋田中央交通 いすゞK-ECM430 +富士3E 1994年8月 五城目小学校附近(秋田県南秋田郡五城目町)

この日はムーンライトで村上へ出て、そこから庄内交通湯野浜線の保存車を訪ねながら各駅停車で北上。
3番目の目的地が秋田中央交通の五城目でした。
JR八郎潟駅から乗ったのは画像と同型のいすゞの9m大型車に富士3Eを架装した車。自社発注車です。
前扉が通常とは逆に客室側へ折り畳む構造となっていたのが特徴的。
なお、同社には北村架装車もありました。

既に自宅近辺から消えていた非冷房車であることも印象的でしたが、車内には紙製あるいは電動幕式の運賃表示器がなく、運転席の後ろに印刷された巨大な三角運賃表があるだけなのは、軽いカルチャーショックでありました。
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・秋田市交通局 三菱K-MP118M +富士3E 1994年8月 秋田駅前

 その後、秋田市に戻りました。いまなら、駅前でバス撮影に勤しむのでしょうけど・・・このときは光線も考えずに撮っただけ。それでも、このバスは自宅近辺から消えて間もない「富士3E」を架装した車両であることは理解していたと思います。

リアの大きな開口部から解るように、三菱MPへの架装例。そんなことは撮影当時は、全く知りませんでした。
秋田市交はその後も富士架装の車両を導入しましたが、三菱への架装例は、結局このあたりの世代で終わりました。
運転席上部の通気口覆いに目が行きますね。なお扉配置は、前中引戸でした。
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・ジェイアールバス東北 日デK-UA31L +富士3E  1994年8月 十和田南駅(秋田県鹿角市)

翌日は始発列車で秋田を経ち、大館へ。小坂精錬(小坂鉄道)線に乗り、三重連を見たりしながら小坂へ。
そこからは秋北バスで花輪線の十和田南へ出ました。

十和田南は何もないところという印象と記憶しか残っていなかったのですが、改めて写真を整理したところ、JRバスのそれが出てきました。何でも撮影はしておくものです・・・。
さて、十和田南営業所は、いすゞ主体の東北地方にありながら日デが配置されていたのは、国鉄時代は信越地方自動車部の管轄だったゆえ。十和田湖方面への観光客輸送を担うため、車両もサブエンジン冷房・エアサス付と少々高級なクルマが配置されていたようです。

なお、花輪線に揺られて向かった先は松尾鉱業の八幡平でした。
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・羽後交通 いすゞK-ECM430N +富士4E 1994年8月 湯沢駅附近(秋田県湯沢市)

八幡平からは盛岡へ出て北上で一泊。その翌日は北上線の始発列車で横手を経由して湯沢へ、目的は雄勝電車でした。
羽後交通のバスには、その古色蒼然とした雰囲気に、正直、秋田中央交通以上のカルチャーショックを受けたのですが、その中で、明るい雰囲気を放っていたのが、このいすゞ9mのナロー車でした。
もとは小田急バスの車両で、赤の色調が自社発注車と異なります。これは、小田急と羽後交通の塗装が酷似しているため、若干の手直しだけで導入したからと言われますが、真相は不明。

近頃はデジカメが普及したので記録も多くなっているかと思いますが、一方で見る側の要求は高くなり、結果、リアだから撮らない、光線状態が悪いから撮らない・・・ということも増えているように感じます。もちろん写真の撮り方は人それぞれですが、勿体ないという気もします。
とりあえず無理がないのなら、1枚シャッターを切っておくほうが良いと思います。20年経過したとき、その時はわからなかった発見があるかもしれません。

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by hiro_hrkz | 2015-08-05 01:51 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
箱根登山鉄道 日野RE140 +帝国自工
拙サイトおよびブログでは何両か箱根登山のバスを取り上げていますが、
旧々塗装の車両となると、撮影していたのはこれくらいでした。
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・箱根登山鉄道 日野RE140 +帝国自工 1991年3月 関本(神奈川県南足柄市)

はじめて伊豆箱根大雄山線に乗りに行った際に、終点の大雄山駅前にある関本バス停で撮影したものです。
当時は、バスについてはあまり知らず、何気なく「登山鉄道のバスってこんな色なんだ・・・」と思いながら撮影しただけでした。が、改めて調べてみれば、自分が撮影した唯一の帝国車体架装のリアエンジンのバスでありました。

長い車体であることから推測がつくように、もとは神奈川中央交通の車両。
神奈中といえば、運賃支払い方式を前面左側面側窓下に表示しているのが特徴ですが、
この頃は運転席上部に表示していました。移籍後も表示を継承していました。
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by hiro_hrkz | 2015-08-02 17:10 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)