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神奈電をもう一度 2015年10月
ただいま、こんなものを製作中です。
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西武の20m級2連で、ひとまず神奈川電鉄の旅客車が一巡したので、今度は機関車・・・2015年3月の記事内でお伝えしたワールド工芸の東芝戦時型に着手しました。ほんとうは8月くらいから、ちまちまと続けていたのですが。
ABS製のキットですが、各パーツの合いが悪い部分が見られ、修正はなかなか大変でした。
また、製品ではモールドすらない手すりを直径0.3mmの真鍮線で追加しました。
テールライトは銀河モデルの切妻新型国電用を使用しています。

あとは前照灯をつけて、冬が来る前に、完成までもっていければ・・・と思っています。
台車をオリジナルの板台枠にするか、西武ふうにTR11を履かせるのかが思案どころです。
ところで、東芝戦時型は前面の窓が左右で幅が異なるのですね・・・今回初めて知りました。

さて、最近は鉄コレも通常弾ではなく、オープンパッケージあるいは企業限定のほうが充実してきたと感じます。
ローカル私鉄の電車も多いので、昔なら飛びついたのでしょうが、最近は食傷気味で殆ど購入していません(・・・その中で、なぜか心を動かされたのが、北越急行の「ゆめぞら」だった)。

そんな中で発売された関東鉄道のキハ2100。ネットに上がっている鉄コレの画像を見ているうちに、
「なんかパンタグラフ載せてみたいなあ・・・」と思い出したのがことのはじまり。
早速購入して、そのままシンナープールにドボン。こんな形になりました。
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連結面側の太い窓柱を切り詰め、運転席の後ろの窓1枚分を詰めて、18m級車にしました。
屋上の冷房を取り外し、その台座を削り取っています・・・これがなかなか大変で、上の写真から解るようにパテ盛りして削るを何度か行いました。
このほか、連結面の排気管を外し、側面の給油口等を削り取っています。

イメージとしては1995年前後に作られた電車・・ということで、阪神5500系や伊予鉄610あたりに近いものを想定しています。ここで作業が止まっているのは、パンタグラフの配管をどうしようか・・・ということでして、このあたりの年式(!)の車両には成れていないことが露呈しております(苦笑)。

この車両、神奈電の車両にするかどうかも決めていません。
もし、神奈電にするならだいぶ前に書いた記事に倣い、小田急アイボリーと赤2号で塗り分けることになるかと思います。

神奈電シリーズが一段落したあとで、本当は以前クモハ52から改造した福井鉄道モハ200のレストアを行う予定でした。が、御承知の通り、これも鉄コレでの発売が決定し、用意していた種車共々、完全に宙に浮いてしまいました。
では、なにを作ろうか・・・・と考えたあと、「せっかく素材があるんだから」・・・ということで
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神奈電の2巡目。つまり、この4年間で製作した車両の同型車をつくることにしました。
同型車同士の重連や並びも見たくなるというのが人情というもの。
製作が大変な定山渓や鶴見臨港は作るつもりはないですが・・・・。

手はじめに、再開シリーズで一番最初に着手した、宮城電鉄800あらため神奈電モハ3620形をつくることにしました。今度は、前面を非貫通に改造した状態にする予定です。それにしても、自らエンドレスゲームをはじめてしまいましたが、あと何年続けるのか・・・これ。
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by hiro_hrkz | 2015-10-31 02:58 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
早池峰バスのいすゞ車 2題
全国的にバス事業の一部を独立させた「分離子会社」というものが見られます。
かつて、自治体がバスを貸し切って路線バスを走らせる「貸切代替バス」(通称:21条バス)という制度があった頃には、そのために事業を切り離すという例がありました。
岩手県交通の場合、遠野営業所がこの例で、1986年に早池峰バスとして分離され、貸切代替バスを運行することになります。
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・早池峰バス いすゞK-CCM410 +川重 1995年8月 岩手県遠野市

画像は20年前に遠野市街で見た、いすゞの中型車K-CCM。
CCM、K-CDMとあわせて岩手県交通全体でそれなりの数が導入された型式ですが、バスの色は銀と水色の県交通オリジナルカラーではなく、白地に紺のストライプの国際興業グループ貸切カラーとなっていました。
路線バスであっても免許上は貸切ゆえ・・・ということなのでしょう。
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・早池峰バス いすゞKC-LR333F +IBUS 2012年9月 岩手県遠野市

それから17年後。再訪すると、やはり貸切塗装の車両が並んでいました。
画像はKC-LRの短尺・トップドア車。
近頃、多彩な移籍車両で注目される岩手県交通グループですが、ここは無縁のようで、
他には、橙や青の単色に塗られたエルガミオなどが在籍していました。

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by hiro_hrkz | 2015-10-27 00:20 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(1)
京阪電気鉄道大津線 122
私がまだ小学生低学年だったころの話。
近所の図書館には、鉄道の本が幾つかあったのですが、その中に交友社の「私鉄電車のアルバム」・・それも1A、1Bとなぜか別冊A、別冊Bが置かれていました。ご存じの方も多いかと思いますが、別冊Aは荷電・貨電、別冊Bは電機という実に目の毒(!)なものが沢山のっている2冊で、私が人生を踏み外すきっかけの一つとなりました(苦笑)。
・・・余談ですが、国鉄関係では、誠文堂新光社の「電気機関車ガイドブック」や「国鉄電車ガイドブック 旧性能車篇」なんてものが置いてあり、同様に買収電機だのクモ「ニ・エ・ル・ヤ」などに目を奪われた結果が・・・今思えば、実に人を惑わす図書館でした・・・。

その中で、関西の様々な旧型の貨物電車が非常に印象に残りました。しかし、その殆どは、私が関西に電車を見に行ける頃には廃車になり、残っていた車両もなかなか見られるところには無い・・結局、実物をみることができたのは、わずかにこれだけでした。
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・京阪電気鉄道大津線 122 1994年8月 近江神宮前(錦織車庫)

京阪電車の122です。
留置場所の関係で、手前には架線柱のワイヤーそして、乗務員乗降用のステップがあってスッキリしない写真となっていますが、いま思うと、こんな状態であっても、撮っておいてよかったなあ・・・と思うところです。

車歴は非常にややこしいものです。
 もとは1934年11月竣工の有蓋電動貨車で旧車番は2002。製造は自社の守口工場でした。なお、実際の製造は1933年で当初車番は2004であったとも書かれています。1945年7月に天満橋駅で空襲に遭い全焼、1946年に復旧。
 1955年にこの車両の機器と、1936年製造・1949年廃車の無蓋電動貨車 3012の台枠を組み合わせて、上の写真のようなスタイルに改造の上で本線から大津線に転属・・・最も、そのころは三条で線路が繋がっており、またポールとパンタグラフを共に装備していたので、両線を行き来していたそうですが。
 1959年に3022、1970年に122に改番され、1997年の大津線昇圧で廃車になりました。

なお、2002と同型の2003は、3021→121と改番されて、1983年に京阪線が昇圧するまで守口工場の牽引車あるいは救援車として使用されました。ATSを装備するために車体の前後に張り出しを設ける改造が行われていました。
また3012と同型の3011は、103に改番されて、やはり1983年まで使用されました。1968年にクレーンの装備と、運転台の幅を狭める改造をうけています。

自重23.0t。最大寸法(長・幅・高)は14242×2378×3980mmで、「屋根付きの無蓋電動貨車」という非常に特徴あるスタイルになっています。柱が2本あるので、前後の運転室の部分と合わせて3っつに分割されていますが、それぞれの天井にはホイストが取り付けらています。運転室の幅が狭いことを含め、レールの運搬等に対応したものだったのでしょう。

台車はブリル27E-1 主電動機は東洋9C(出力45kw)を4台装備している点は、大津線急行の主力車だった260形と同じ。廃車後には、アメリカのトロリーミュージアムに譲渡されています。
制御器は260形・350形などと同じく電空カム軸式の日立PRから、自社製の電動カム軸式に交換されており、この車両はEC-100なるものを搭載していました。詳細は不明です。


この車両、京津線に配置されていたこともあり、「私鉄電車のアルバム」では別冊Aではなく、2Bのインタアーバンの項に載っています。ご注意を。

参考文献 同志社大学鉄道同好会「私鉄車両めぐり(48)京阪電気鉄道」 鉄道ピクトリアル アーカイブスセレクション25に収録
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by hiro_hrkz | 2015-10-22 01:58 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
富山地鉄観光バス 日産自動車U690 +西工
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バス趣味の世界に限った話ではないのですが、「日産ディーゼル」のことを略して日産ということがあります。
そうなると「日産自動車と日産ディーゼルは別物! 昔は日産自動車もシビリアンじゃなくて大きなバスを作ってた」と思ってしまうのは、マニアの悲しい性と言うべきか・・・。
そんなわけで、本日は、日産自動車が作ったバスの話で一つ。十年以上続けて来た拙ブログでは、はじめて取り上げるボンネットバスです。

日産自動車がバスを作ったのは1969年までのこと。大型バスといっても、最終的にはボンネットバスと、9m大型サイズのリアエンジンバスだけに終わりました。このあたりは、1974年にバス製造を止めるトヨタ自動車と似ていますね。
ディーゼルエンジンは他社からの供給で、この型式は民生デイゼル→日産ディーゼルのUD3型を搭載していました・・・この点では、結局、日デもニッサンも変わらなかいということになりますが・・・。
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・富山地鉄観光バス 日産自動車U690 +西工 1999年6月 富山県富山市

画像の車両は、富山地方鉄道グループが保有していたもの。当然、現役の一般乗合用ではなく観光用途だったようです。
この頃は、現在の富山駅北口広場のあたりに貸切の地鉄観光の営業所があり、そこに置かれていました。
富山観光バスから次の地鉄西部営業所へ移動する途中で、偶然に見つけて撮らせて頂いたのを思い出します。

車体は、ニッサンU690ではメジャーであった富士重工ではなく、西日本車体を架装したもの。
窓の下部がRを描いている点は、リアエンジンのバスと共通の、西工の特徴ですね。
観光用のボンネットバスは、遅くまで現役で使っていた事業者から移籍した事例が多く、これもそんな事例の一つだと思います。
そうなると、高知県交通あたりが思い浮かびますが、真相はいかに・・この手の観光用ボンネットバスは素性が明らかな事例が多いのですが、この車両は画像もあまり出てきませんね。
ついでに、この車両、その後の情報も無く、なんとも謎の車両ではあります。
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by hiro_hrkz | 2015-10-18 02:32 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(4)
芸陽バス 三菱KC-MP717K +MBM 
以前は、濃いめの仕様のバスが多かった山陽筋。
その中で、いまはなき三原市交通局は比較的ノーマルなクルマが多かったと思います。
が、1997年に採用した3台の大型車は、なかなかのインパクトでした。
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・芸陽バス 三菱KC-MP317K +MBM 2015年5月 三原駅前(広島県三原市)

新エアロスターでありながら、2段窓という仕様は、自家用車では幾つか例がありますが、
乗合車として製造されたものは、ここだけだったかと思います。(2015.10.16 訂正。中央アルプス観光の例を忘れておりました)
それら自家用の2段窓の例と比べても、ブロンズ色のサッシを採用し、
側面最後部の窓も2段窓になっている点は三原市営だけの特徴かと思います。

また、リアのテールランプはブレーキとウィンカーが縦2段に並んだ、比較的小さいものが取り付けれる例が多い新エアロスターにおいて、3連テールを採用しているので、これもなかなかのインパクトです。

三原市営バスは2008年3月末日をもって廃止になりますが、この車両は3台揃って芸陽バスに引き継がれました。
・・・廃止後だったか、廃止前だったかは忘れてしまいましたが。

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by hiro_hrkz | 2015-10-14 01:12 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(2)
東京急行電鉄 デハ3500形
東京急行の戦前形のことを、まとめて「3000形」などというと、そのスジの人に怒られてしまうわけですが・・・それはともかく、3000番台の車両は、3450形については50両が製造されバラエティーも豊かだったことから、書かれた記事も多いと思いますが、それ以外は、意外に手薄に感じます。
もちろん、関東大手で古くからのファンも多い東急ですから、記事も記録も(他社に比べれば)多いのではありますが。
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・東京急行電鉄 デハ3501 1989年3月 蒲田

デハ3500形は、もと東京横浜電鉄1000形。もともとは、1938年に目黒蒲田電鉄に12両、東京横浜電鉄に10両が認可されましたが、入線は両者の合併後の1939年でした。
台車が改軌を考慮した長軸式であったことはよく知られてますね。
制御装置は日立の電動カム軸式の多段式(MMC)を装備してことで知られますが、製造当初は13段のMC-200を装備し、1940年に21段のMMC-(H-)200に変更されました。なお晩年に使用してたのはMMC-H10Kは、1970年前後に再度交換されたもののようです。

東急の3000番台の車両は、その多くが戦後に車体更新で大改造を受けています。
3450形・3700形は、窓の天地を拡大したことで知られていますが、3500形は当初よりこのサイズ。それゆえか、1967年の更新では、車内の更新とアルミサッシ化などに留まっていました。
が、1976年以降、再度更新が行われ、このときに、張り上げ屋根にヘッドライト・テールライトの一体化で、海坊主などと揶揄されるスタイルに変化しました。これは1972年から更新が行われた3650形に準じたものですが・・・これが上記のような3450形との記録の差に表れているのかどうか。
それにしても、車齢35年で、ここまでの大改造をするとは・・・東急は、あと何年この電車を使うつもりだったのかとも感じます。最も、この年代の車両は他の事業者でも後世の目から見ると微妙な時期に大改造を受けているものが少なくありませんね・・たとえば、南海1200や京急420といったあたり。

結局、池上線・目蒲線で使われ続け、廃車になったのは1989年の春のこと。他社への譲渡事例はもちろんありません。
某所には四国の某社が小型車中心の某線用に・・・とありますが、真相は不明。同社のもと山形交通や南武鉄道の車両が同じくらいの車体寸法ではありますが、こちらは電動車で自重が37.7t~39.8tでは、自重30t以下に限定される同線には入線は無理だったのでしょうね。
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by hiro_hrkz | 2015-10-10 01:05 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
ふらのバス 日デP-UA50T +富士7B
 日産ディーゼルの大型路線車は、昭和54年排ガス規制以降、直噴はエンジンの出力が直列6気筒の1種類の状態が続いていました。
が、1988年6月にP-U(UA)32系からP-UA33系に移行する際に、貸切車のP-RA系と同じV型8気筒エンジン・295PSのRE8を搭載するP-UA50系が追加されています。以降、U-UA510・520系~KC-UA521系まで6気筒エンジン車との2本立てとなるのですが、8気筒エンジン車は路線用途ではなく貸切・自家用が中心で、その数も少ないのは周知のことかと思われます。
 P-UA50系は1988年6月~1990年の実質2年間で、合計49台の製造に留まっています。
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・ふらのバス 日デP-UA50T +富士7B 2001年6月 北海道富良野市 

画像は、P-UA50系の導入事例のひとつ。北海道は旭川電軌系列の第3セクター・ふらのバスの車両です。
1988年12月製の2台が存在しました。
もともとは、プリンスホテルの送迎車として導入されたもので、専用の塗装で登場しましたが、
後に一般路線用に転用され、旭川電軌の標準塗装になりました。

車体は富士7Bで、窓がメトロ窓なのは定石通りと言った感じ。
標準出力車のP-U(UA)33系には存在しない軸距6.5mである点が目を引きます。
このサイズで、中扉を設けた点は、あまり例が無いと思います。

窓がブルーペンなのも、もともとの用途を考えるとうなずけるところ。
冷房は直結式ですが、窓配置は右側面の3柱目が太くなっていて、一瞬、サブエンジン式と勘違いしそうになりますね。

なおUA50系に関しては、従前、富士7Bの架装が殆どで、鹿児島交通向けに西工の架装例が存在した程度・・・と考えられてきました。しかし、いろいろと調べた結果、富士7Eの架装例が存在していたことが解りました。
確認ができたのは、北海道奥尻町(奥尻島)の80条バスにP-UA50Tが1台・・・場所が場所だけに無名の存在で、かつて同町のサイトに小さな画像が載っていたのを確認した程度です・・・一度、鮮明な写真を見てみたいものですが・・・。

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by hiro_hrkz | 2015-10-07 00:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)
カリー観光の日野車 2題
今回、八重山行きの最大の目的。
推測がついた方も多いかと思いますが、今年6月に運行がはじまったカリー観光の路線バスでした。

同社は沖縄本島の豊見城市内に営業所を構える貸切事業者ですが、その後、石垣島に進出。
当初、貸切のみでしたが、移転した空港と離島桟橋をノンストップで結ぶ乗合バスを申請しました。
しかし諸般の事情で認可がなかなか降りず、今年漸くスタートしたという状況です。
現在のところ、本島と先島に拠点を持つ唯一事業者となりました。
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・カリー観光 日野KL-HU2PREA +日野車体 2015年9月 離島桟橋(沖縄県石垣市)
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・カリー観光 日野KL-HR1JNEE +日野車体 2015年9月 沖縄県石垣市

現在6台の乗合車を保有しています。
うち3台は、一時期、那覇空港でPeachのランプバスとして使用していたものを転用したもの。
ここで挙げたのは、もと京浜急行のブルーリボンシティのワンステップ・長尺車と、HR10.5mで、どちらもそんな転用車しです。2台共に、背もたれが高めのよい座席がついているので、空港連絡路線には向いているでしょう。

ミンサー号という愛称がついていますが、窓の下の帯は、本物のミンサー織の画像をパターン化したものを貼り付けているようです。色が茶色なのは「カリー」だからなのかどうか・・・(カリーは目出度いを意味する沖縄のことば「かりゆし」が由来ということですが)。

6台のうち、基本的に使われているのが、この京急の日野2台と、もと遠鉄のエアロスターM、もと知多バスの新エアロスターの4台。西武→伊豆箱根のUAワンステップは稼働率が低めの模様で、座席がよいものを優先的に使っているのでしょうか?
京阪宇治のRNは、予備の予備・・・といった状況のようです。

さて、空港と離島桟橋を直行で結ぶため、「特急」と称しています。
石垣島の老舗でライバルの東運輸に「準急」があるので、名称の面でも対抗しているのでしょう。
走行ルートは東運輸と若干異なり、離島桟橋を出ると730交差点を曲がり、平得(旧空港入口)まで真栄里バイパスを通ります。直行で30分と早いのはこのため。

現状では、1時間に空港線準急・空港線普通・白保線×2の4本を走らせる東運輸が優勢のようです。
同社は空港・桟橋ともに職員を配置し、空港側は常にバス停にバスを横づけ。満員となればすぐに続行便を出すという鉄壁のディフェンス体制を敷いております。今後、どのようにカリー観光が攻めるのか・・・見守りたいところです。

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by hiro_hrkz | 2015-10-03 17:44 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(4)