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その昔の神奈電
今月は、久しぶりの出来高ゼロでありました。
それでも、買ってきた鉄コレ福鉄200の整備を進めたりはしたのですが、前扉のステップを取り付けた状態で動力化するにはどうしたらいいか、悩んだも挙句上手くいかずに投げだした状態。本当なら、これを載せるつもりでしたが、捕らぬ狸の皮算用・・・ということで、かわりに過去の製作物を取り出してみました。
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昭和30年代の神奈川電気鉄道を想定した木造小型電車、約20年前の大学生の頃につくったものです。
プロトタイプは目黒蒲田電鉄モハ1ですが、おはなしの上では秦野電気軌道時代の自社発注車としています(新設定では秦野電気軌道21、22→神奈電モハ21、22)。

当然ながらプラ板からのフルスクラッチです。エバーグリーンの素材すらメジャーではなかったころ(・・というか、あったとしても手を出せる値段ではなかった)ですので、腰板はタミヤのt0.3プラ板にPカッターで1本1本スジを引いたものを使っています。
ヘッドライトは銀河モデルの旧国100wなのは今と変わらず。パンタグラフは小ぶりなものを・・ということで、KATOの253系用を使いましたが、この頃自作した他の小型車両でも重宝していたのを思い出します。
台車は、鉄コレの起源より10年前ですので、グリーンマックスのブリル27MCBのカプラー柄を切り詰めたものを使用。ゴム系接着剤と瞬間接着剤の併用でジュラコン?製の素材同士をくっつけていますが、今回とりだしてみて、20年間よく保っているなあ・・・と感じました。
床下機器は適当に旧国と箱根登山から持ってきています。おそらくGM大山店で売られていたジャンク品を漁った結果だったのでしょう。

塗装は、西武アイボリーとMr.カラーのRLM82ライトグリーンの組み合わせ。冬のバイトの報酬で買ったエアブラシ(←今なお現役)で塗りました。屋根は自家調合で適当に作った鉛丹色を筆塗りのはず。

そもそもは、片野正巳氏がTMS1993年2月号(No.567)で発表された「京濱・湘南のNゲージ車両たち」に影響されて作成したのだったと思います。木造車を含む戦前期の個性的な電車をプラ板のフルスクラッチで作成されたもので非常に衝撃的でした。Nゲージでもこういう電車をつくってもいいのだ・・・と感じたものです。
当時、Nゲージの自作作品は幾つか発表されていましたが、TMS1987年2月号(No.483)ほかの藤沢英美氏による名鉄旧型電車群や、1988年7月(No.502)ほかの永田歩氏の豊橋鉄道各車両と共に、車両数とその統一された完成度は、大きな影響を私に残してゆきました。

いま、鉄コレにより、待てば製品化される・・という態度に自分もなっているように思います。たまには、こういうフルスクラッチもよいものかもしれませんね(とはいえ、最近は目の老化が・・・)。

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by hiro_hrkz | 2016-02-29 01:08 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
サンデン交通 いすゞKC-LT233J +IBUS
中国地方の事業者には、9m大型車を保有する/した事業者が多くありますが、その事情は各社でマチマチでした。
山口県のサンデン交通の場合、従来は大型車を導入していましたが、これが1993年を最後にストップします。
以降、中型が少しづつ入ったあと、1998年に10台の9m大型が導入されます。少しでも収容力のある車両を・・という選択の結果だったのでしょうか?
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・サンデン交通 いすゞKC-LT233J +IBUS 上:1999年8月 下:2011年5月 山口県下関市

このとき導入されたのは、いすゞLTと三菱ふそうMMが3台づつ、日デが4台という陣容でした。日野はちょっと前に中型車が2台導入されたので、存在しません。
いずれも、前中引戸で、これは1993年までの大型車よりは、その後の中型車に準じた仕様です。

画像はその中からLT・・・導入1年目と13年目の姿です。
山口ナンバーから、ご当地ナンバーの下関になったり、SUNQパスが張り付けられてたりしてはいますが、基本は何も変わっていないですね。
屋上には通風器などはなく、非常にすっきりしています・・・そういえば、この頃導入がはじまった移籍車も、ベンチレータや横軸ファンの類を全て取り払っていたのを思い出します。

KC-末期という時期的な問題もあるのか、結局9m大型の導入はこのときだけ。
以降暫くの間は、移籍車の大量導入で経年車の置き換え、そしてバリアフリー法対応の中型車ノンステが入るようになります。

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by hiro_hrkz | 2016-02-25 01:12 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
小田急電鉄 ED1012
小田急が貨物輸送を止め、さらには工事輸送用の機関車がなくなったあとも、どういうわけか海老名の車庫の南端に1両の電機が置いてありました。電車からよく見える位置だったので、ご存じの方も多いと思います。
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・小田急電鉄 ED1012 1999年10月 海老名

1927年の小田急開業時に川崎造船で製造されたED1010型1012号機です。
製造時は1、2。大東急成立時に、もと小田急車=1000番台の法則に従ってデキ1010形1011・1012となり、戦後の独立時にデキをEDに変えました。

 自重は41t。同社初の電機である庄川水力電気の4両の流れを汲む、箱型に近い機械室に前後の小さなボンネットがある形態となっています。同型が武蔵野鉄道(デキカ21~22=西武鉄道E21~22)、上田温泉電鉄(デロ301、のちの名古屋鉄道デキ501→岳南鉄道ED501)に存在したことで知られます。
 主電動機は、川崎K7-1503-B(端子電圧750V 111.9kw)×4。西武E21と戦後、出力に関する諸元が異なったのは、架線電圧の違い(小田急、上田=1500V、武蔵野=1200V)から、端子電圧の異なる主電動機を搭載したゆえでしょう。武蔵野は端子電圧600VのK7-1903で出力は同じ111.9kw。これが、戦後の1500V昇圧で端子電圧750V、約140kwになったわけです。

 廃車は1984年。撮影時は、それから15年が経過していたわけですが、荒れた様子もなく、また外観上の部品の欠損もありませんでした。同型の1011が向ヶ丘遊園に保存されていたを考えると、その理由がよくわからなかったのも事実。
しかし、2005年ごろまでには解体。1011も、やはり2005年の向ヶ丘遊園の閉園に伴い、解体されました。

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by hiro_hrkz | 2016-02-21 02:35 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(2)
京都交通の西工58MC 2題
京都交通の西工といえば、ふそうMSにカマボコを架装した車両が有名でしたが、結局それで終わってしまい、続く58MCは1990年代末に導入がはじまった移籍車で初登場となりました。
京都交通は、もと名鉄の中型を除き関西圏の事業者出身の車両を調達しました。その初期には珍しい、もと金剛自動車の車両がありました。
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・京都交通 三菱ふそうP-MP218M +西工58MC 2002年1月 京都府亀岡市
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・京都交通 いすゞP-LV314L +西工58MC 2002年1月 京都府亀岡市

金剛自動車は、現在は、ほぼ三菱ふそうで独占されていますが、以前はいすゞも導入していました。
京都交通に来たのは、その両方。車体も西工だけでなくキュービック、エアロスターMがあり合計4種類でした。
手許のメモではLV+58MCが京都22か6575、6578の2台、MP+58MCが京都200か36で合計3台、いずれも亀岡所属となっていますが他にあったのかどうかは、わかりません。

金剛自動車といえば、前面と同じサイズの側面の巨大な方向幕が特徴でしたが、
さすがにこの部分は半減させて天地方向にも目隠しを貼って対応していました。
そういえば、前面がLVはB-I、MPはB-IIなんですね。
手許の金剛の58MCの写真は前面窓下がストレートのB-Iなので、B-IIは少数派だったようですが。

京都交通は、その後、大阪市営さらには神戸市営から58MC架装車を導入し3メーカーが揃うことになります。
しかし、倒産そして北は日交・南は京阪が引き継ぎ・・・もと金剛の58MCはその頃に廃車になったようです。
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by hiro_hrkz | 2016-02-17 01:45 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
関東鉄道 三菱ふそうP-MP218M +呉羽 
関東鉄道のバスは、1990年代に入ったあたりから移籍車の導入を開始します。
最近は、実に多様な移籍元となっていますが、かつてはまとまった台数が同一の事業者から入る傾向がありました。その中では少数派の移籍元だったのがこのクルマです。
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・関東鉄道 三菱ふそうP-MP218M +呉羽 1999年4月 つくばセンター附近(茨城県つくば市)

もと横浜市交通局のエアロスターKです。
丁度、全国的に横浜市営からの車両移籍が活発化していた1998~9年頃に数台が移籍しています。画像は、つくば中央(谷田部)に配置されていた軸距5.3mのMP218M。なお、軸距4.8mの車両も移籍しましたが、配置先が波崎ということもあり、個人的には見ずに終わりました。

関東鉄道には、自社発注の軸距4.8mのエアロスターKがそれなりの数、在籍していました。それらとは、長さのほか、ライト周辺の色(自社発注車は黒)、フォグランプの形状(同、角目)などで、また雰囲気が異なる仕上がりになっていました。

横浜市から放出される車両が電子機械式ATになったことが影響したのか、後が続かずこれで終了。関鉄は従来通り西武、その後は主要株主の京成から大量の車両を導入するようになります。横浜市からの移籍は約10年後のMP747Mまで開くことになります。
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・いまはなき茨城観光自動車の日野P-HT233BAとの並び。ともに、もと横浜市交通局の車両
 2001年5月 牛久駅(茨城県牛久市)・・・茨観が廃業と聞いてすっ飛んでいったときに撮影したもの。
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by hiro_hrkz | 2016-02-13 02:29 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
有田鉄道 キハ58001
先月発売された鉄道ピクトリアルアーカイブ33。
今回は関東の「私鉄車両めぐり」ということで期待していたのですが、全般的に最もメジャーな江ノ電に割かれた量が多かったのが、少々残念に感じます。もちろんその中身は貴重なのですが、上毛のデハ181や旧国払下げ車、あるいは秩父鉄道で早期に廃車になったクハニ29あたりについて、もっと触れて欲しかったなあ・・・というのが正直なところです。

さて、今回は関東ですが山梨県の私鉄も収録されています。
ということで、読み進めるうちに思い出したのが、この車両。
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・有田鉄道 キハ58001 1989年8月 金屋口

有田鉄道のキハ58・・・言わずと知れた話ですが、もと富士急行の車両です。
まず1961年12月に片運転台のキハ58001と58002が、1963年4月には両運転台のキハ58003が製造されました。メーカーは、電車と同じく日本車輛ですが、そちらが支店製なのに対し、これは本店製になっています。

電化私鉄である富士急が国鉄型気動車を製造したのは、国鉄経由で新宿に直通する急行を運転するにあたり、国鉄中央東線内では気動車列車に併結する必要があったため。富士山麓電鉄→富士急には国鉄の列車直通が戦前より行われていましたが、富士急の車両が国鉄の乗り入れたのは、これが唯一の存在です。

直通急行「かわぐち」の運転開始は1962年4月のこと。
 当時、中央東線(と篠ノ井線)の電化は上諏訪まで達していたので、生まれながらにして「全区間架線下DC」となりました。最も、同年内には電化区間は辰野へ、1965年には松本まで完了します。急行アルプスも電車化が進み、気動車は非電化区間への大糸線南小谷以北および小海線直通列車などが僅かに残るだけ。
 結果、河口湖よりもはるかに遠方へ行く列車との併結とならざるを得ず、当初目的の「東京から観光客を富士五湖へ運ぶ」というわけには行かなくなりました。結局、1975年にはこれら非電化区間直通急行そのものが廃止になってしまい、こちらも同時に失業。3両揃って、和歌山の有田鉄道へ売却されました。同社では便所・洗面所を撤去の上、1976年から使用を開始しています。
 富士急での在籍期間は、結局13年ちょっとでした。もし、もうちょっと直通急行の計画・実現が遅かったら、165系電車でも新造したのか・・・運行内容も変わっていただろうか、などと考えてしまうところです。

 ツインエンジンのキハ58なのは、急勾配区間を抱えるからなのでしょう。とはいえ、三つ峠附近の連続40‰勾配では、スピードはいかほどだったのか気になるところです。一方、全線が平坦で距離も短い有田鉄道では、不経済なだけ。1980年にはエンジンを各車1機づつ降ろしています。


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by hiro_hrkz | 2016-02-11 02:32 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
諏訪バス 日野P-RJ172BA +富士6E
長野・アルピコグループでは、それなりの富士重工架装の路線バスを見ることができますが、その多くは移籍車。とりわけ、5E・6Eはグループ3社を集めても5台のみの存在でした。
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・諏訪バス 日野P-RJ172BA +富士6E 2001年12月 長野県茅野市

そのうち諏訪バスに在籍していたのがこの稀少車種。
日野レインボーへの6E架装車です。3台ほどが在籍していました。
ブロンズ色のサッシのメトロ窓で前中折戸という仕様が示すように、もとは遠州鉄道の車両。
遠鉄では、この頃、中型は大型よりも若い車齢で廃車にしており、RJ+6Eは3社への移籍事例が存在します。
最も、それでも残った中型は逆に長く使われ、近年までP-RJ172CAが在籍していたのですが。

諏訪バスへの移籍では、特に大きな改造は無かったようです。
側面の方向幕は使用停止・前乗り前降りとなり、中扉は締切りとなっていました。

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by hiro_hrkz | 2016-02-06 15:50 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
函館バス 日野K-RC381 +日野車体
今年は、北海道新幹線の最初の区間が開業し、函館に行かれる方も多くなるかと思います。
その函館で約20年前に撮影したバスを。
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・函館バス 日野K-RC381 +日野車体 上:1995年9月  下:1997年8月 函館駅前(北海道函館市)

函館バスの日野RCです。
一目でわかるように、当時も今もいろいろと在籍している、もと東京急行の車両です。
この頃は、まだ親会社が東急でしたね。

塗装が同じなので、見過ごしがちですが、何ヵ所か改造を受けています。
外観では、出口と入口が逆になったので、側面の電照式の表示を入れ替え(濃紺に黄色い文字は東急の特徴でしたね)、行き先表示を中扉後ろに移設した点。
そして、フォグランプを新設した点があげられます。

東急時代はこれが無かったので、ちょっと前面が間延びした感じがしましが、これで印象は変わりました。
それでも何か違和感を感じる・・・のは、日野RC・REで通常の飛び出た取り付け方法ではなく、埋め込んでいるためでしょう。HTあたりのパーツを使ったのかどうか?

※2016.2.7 1997年8月に撮影した画像を追加しました。

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by hiro_hrkz | 2016-02-02 23:55 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)