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神奈電をもう一度 2016年7月
ただいま、こんなものを製作中です。
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昭和30年代の自社発注車の追加分。ディテールの取り付けが終わり、これから下地塗装・・・の段階でストップしています。これからの灼熱シーズン、塗装をするのは厳しいので、秋がくるまでこのままかもしれません。
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さて、JNMAで購入した唯一のものが、ワールド工芸のED22バリエーション用パーツでした。ということで、続いて本体も購入。あわせて神奈川電鉄デキ281にするべく製作を開始しました。それにしても、東芝戦時型ですら動力化に驚きましたが、WH+BWの凸型電機も自走するというのはビックリします(しかも、JNMAで路モジ上で走らせた限り、東芝戦時型の快調なこと・・・)。
 デキ281は、自社発注機ということにしていますが、WH+BWではなく、愛電デキ372~や蒲原ED1と同様のコピー機という想定です。そのうち、蒲原ED1も製品化されそうな予感もしますが・・・。模型の方は、国鉄ED22および松本電鉄ED301用のパーツを選択して製作をすすめています。
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 キャブのディテールの堀りの浅さが気になるのは東芝戦時型も同じですが、それ以外は良好で、手摺も附属・その取り付け穴も示されていて、(素材を除けば)比較的製作しやすいかなあ・・・と思います。
夏の終わりまでに完成させたいのですが、おそらくは暑さによって結果は変わりそう。はたしてどうなるのやら。

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by hiro_hrkz | 2016-07-31 22:16 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
那覇交通→那覇バス いすゞU-LV324L・U-LV324N +IK
もうすぐ7月30日ですね。
ということで、今回は沖縄は銀バスのネタで一つ。

1978年の「730」で新車をどっさり入れた沖縄本島の各バス事業者ですが、その10年後の(置き換え)時期は、おりしもバブル経済期というこもあるのかコンスタントに新車が入りました。しかし、1990年代に入ると息切れし、やがて大量の730車を移籍車で置き換えることになります。
銀バスこと那覇交通は、1988~1990年にかけていすゞキュービックLVをはじめ、市内線・郊外線あわせて60台程度を購入しています。しかし、その次の世代では1992年に郊外線3台、1993年に郊外線3台、市内線9台の合計15台にとどまっています。
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・那覇交通 いすゞU-LV324N +IK 2000年2月 県庁北口(沖縄県那覇市)

この1993年に入った市内線車両は、1990年までに投入されたP-LVと基本的な仕様は同じ・・つまり2段窓で前中ワイドドア、長さも軸距5.0m(L尺)と5.5m(N尺)の2本立てでしたが、最大の特徴は、前構にフロントガラスが方向幕部分にまで拡大された貸切タイプを採用したこと。これは郊外線車両も同一ですが、なにが決めてだったのか気になるところです・・・ガラスに反射して方向幕が見えにくくなると思うのですが。
いずれにしても、市内線仕様では、他では見られない個性的なものになりました。
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・那覇バス いすゞU-LV324L +IK 2008年11月 久茂地(沖縄県那覇市)
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・那覇バス いすゞU-LV324N +IK 2014年3月 県庁北口(沖縄県那覇市)

2004年に那覇バスに事業が譲渡されたあと、外装が変更になりました。
上のL尺は2008年の撮影。旧塗装の斜めストライプを剥がした後がクッキリと残っていますね。
それから更に5年半が経過する頃には、そのようなものも見られなくなりました。

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by hiro_hrkz | 2016-07-27 01:25 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(2)
離島の路面電車
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本土から海を隔てたその先に、電車があるというのは、非常にワクワクします。
海外なら、スペインのマヨルカ島(観光目的の旧型電車)やカナリア諸島のテネリフェ(こちらは最新型の市内交通・・・テネリフェ島の面積は沖縄本島の1.7倍ありますが)などが思い出されるところです。

そして日本には、長崎県の壱岐に路面電車があります。
・・・ただし、走るとは言ってない・・・というヤツです。

壱岐が輩出した偉人に、松永安左ェ門(1875-1971)がいます。「電力の鬼」と呼ばれ日本の電力業界などに多大な功績を残した氏の記念館が、島の南側・印通寺にあります。ここに、西日本鉄道福岡市内線の501形516が保存されています。
松永安左ェ門が、福岡市内線の前身・福博電気軌道(→九州電燈鉄道→東邦電力)の設立・運営に関わっていたため、西鉄から寄贈されたものです。
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516は1948年日本車輌製の鋼製ボギー車。
 福岡市内線は、ほかの旧六大都市(および京城、大連)以外の市内電車の多くと同様、戦前は2軸車のみで第2次大戦中にボギー車の導入がはじまります。501形(および同系の551形)は、1944~1948年に発注・一部車両は1944年に車体のみ完成したものの、資材難により落成は1948年のことでした。型式が異なるのは使用(流用)する予定だった主電動機により、どちらも高床車ながら床構造が違っていたため。
 最大寸法11000×2400×4100(長×幅×高)で、やや小ぶりな車両です。下回りは台車が日車C-10、主電動機が37.3×2で直接制御というありふれたもの。
 501~520・551~560の30両が製造され、その後1951年までに同系で低床車の561形561~608の48両が加わり、福岡市内線の主力車種となりました。1960年代になると窓枠や扉を交換、室内のビニル鋼板張り化が行われ、1968年以降はワンマン化が行われました。
 福岡市内線廃止に伴い561形のうち32両が北九州線に転属しましたが、他は廃車。この車両は1979年の福岡市内線全線廃止で廃車になっています。

壱岐に来てから特に目立った変化はなかったようですが、直近10年のどこかで、屋根を補修する際に雨どいを取っ払ってしまったようです。これで印象が随分と異なってしまいましたが、一方で、長崎電気軌道の201・202形のモデルになったことが視覚的によくわかるようになりました。
車内には入れませんが、外から見る限りは廃車時のままのようで、広告などもそのままです。が、全て色あせているのは致し方のないところ。海から非常に近い場所なので、維持には苦労が多いのかもしれません。

・いずれも2016年4月 撮影
 


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by hiro_hrkz | 2016-07-24 00:44 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)
仙台市交通局 日デKC-UA460HAN +西工96MC
仙台市内を走る主要なバス事業者といえば、公営の仙台市交通局と民営の宮城交通。
その経緯は置いておくとして、かつては新車一辺倒の仙台市営とバラバラの移籍車で旧めの宮交・・・という印象でした。
が、移籍車を積極的に導入したことでむしろ宮交の車両のほうが新しくなり、一方で市営のほうは置き換えペースが鈍くなり、このあたりの印象が逆転してきたようにも思います。そして、仙台市営もごく少数ですが移籍車を導入することになりました。
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・仙台市交通局 日デKC-UA460HAN +西工96MC 2013年8月 広瀬通り

移籍元は公営事業者に限られていますが、逆算すると丁度ノンステ車の導入がはじまった時期の車両になります。結果、市場では人気薄の初期ノンステばかりが入ることになりますが、その中で異色なのがこちら。
もと横浜市交通局の前中扉間ノンステップ車です。KC-UA系ワンステをベースに西工が架装した廉価版ノンステとして尼崎市交に初登場したタイプ・・・これが日本のバスのスタンダードな床構造になるのは御周知のとおり。

横浜市交は3台を導入しましたが、仙台にきたのは1台だけ。
残りの2台は道北バスに移籍しています。


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by hiro_hrkz | 2016-07-20 22:55 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
岐阜乗合自動車 三菱ふそうP-MP218M +三菱 ノーステップ車
日本国内のバスにノンステップ車が本格的に登場するのは、約20年前の1997年のことです。
しかしそれよりも10年以上も早い1984年11月、三菱ふそうが、登場したばかりのエアロスターをベースに前中扉間ノンステップ車を登場させています。最初の1台は名鉄が導入、その後、同社と岐阜バス、京浜急行が続きました。
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・岐阜乗合自動車 三菱ふそうP-MP218M +三菱 2000年7月 岐阜駅前
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・岐阜乗合自動車 三菱ふそうP-MP218M +三菱 2000年4月 新岐阜

岐阜バスに登場したのは1986年4月のこと、岐阜市内の循環系統専用車でした。
のちに登場するノンステップ車は特別な塗装になったりして床が低いことを特にアピールするものも多数存在しましたが、こちらは登場当時は通常の岐阜バスと、なんら変わらないものでした。
一方で画像は2000年の撮影。連番の2台ですが、どちらも「世界イベント村ぎふ」( 岐阜メモリアルセンターなど、公営の大規模スポーツ施設・会議場の総称)の広告塗装となっています。

70%扁平タイヤなどを採用し、ステップ高35㎝を実現(参考:KC-MP747系が30㎝)。ただし、時代はワンステップ車が普及する前、中扉以降は通常のツーステップなので結構な段差になっていたようです。
 ノンステップのエリアは、通常の窓の下に細長い窓を継ぎ足しており、外観上特に目立つ点です。この部分は、いわゆるロングシートとなっており、またタイハウス上には座席はありません。
一方、ノンステップバス用に特化したエアコンなど、当時あろうはずもなく、通常の路線バスと同じタイプを取り付けています。従って、軸間右側面に開口部があいてますが、そこから見える床構造から、なにゆえロングシートが採用されたのかが解るように思います。

当時としては先進的過ぎたのか、結局採用したのは3社で終わり。
導入した事業者でも、他の2社では早々と引退しましたが、岐阜バスでは21世紀になっても暫くは使われたようです。

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by hiro_hrkz | 2016-07-16 02:12 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
鹿島鉄道 キハ430形
関東鉄道鉾田線~鹿島鉄道の気動車といえば、北海道の炭鉄出身や、それを置き換えたKR-500など各種がありましたが、その中でも1973年から廃線まで長期在籍したのが、もと加越能鉄道キハ120形125・126のキハ430形431・432でした。

関東鉄道はその成立後、輸送力の増強と総括制可能な車両を求めて、廃止になった鉄道などから、なりふり構わぬ車両の購入を行います。その一つに、1972年9月に廃止になった加越能鉄道加越線があり、5両が譲渡されました。

その中でキハ120形は、1957年東急車輛製。車庫火災による車両不足を補てんするための増備でした。「120」という形式が馬力を表すのは、いかにも富山地鉄系列らしいところ。全長16500mmという寸法は、国鉄キハ04とほぼ同じで、関鉄がこの時期に購入した車両としては、特段小さい車両でした(他には、国鉄キハ04→遠鉄→北鉄のキハ461・462が存在)。ということで、鉾田線に廻されたのも当然の処遇といったところでしょうか。

3年はやく製造された東武鉄道キハ2000形と同型とはよく言うものの、側面の窓回りをはじめ、屋上のベンチレータ、車内の座席配置、ステップの深さ、さらには正面の窓の大きさも異なりそう・・ということで、同「系」程度の表現にとどめておいたほうがよさそうです。
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・鹿島鉄道 キハ432 上:1994年8月 下:1996年9月 石岡

関鉄入線後は、ヘッドライトをシールドビーム化した程度だったようですが、1980年代初頭?に前面の尾灯間にあった警笛穴を埋めます。そして、1987年2月には、前面の窓が小さくなり、雨どいの位置が下がって張り上げ屋根から普通の屋根に、そして縦の樋が新設されて随分とイメージが変わりました・・・軽快な感じから、もっさりとした雰囲気になったなあ・・・というところです。

その後、時代が平成に変わりKR-500形が登場すると、画像のようにキハ430形は同じ塗装になりました。
当時、どんな反響があったのかは忘れましたが、前述の更新改造による鈍重さを打ち消すような明るい雰囲気で、似合っていたように思います。

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by hiro_hrkz | 2016-07-13 02:03 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
昭和自動車の富士8E
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九州で、富士重工架装の車両を導入した事業者というと幾つか思い浮かびますが、その中でバラエティに富んでいたのが、佐賀の昭和自動車でした。ここの場合は、他の車体もバラエティに富んでいたのがミソではありますが。
最も、U-になると、乗合は中型車ばかりとなってゆきます。今回は、そんな自社発注の8E架装車を取り上げたいと思います。
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・昭和自動車 日デU-RM210GAN +富士8E 2013年5月 佐賀県伊万里市

まず1991年1月製の2台を導入します。シャーシは当然ながら日デのRM。
ヘッドライトの下にフォグランプを備える最初期のグループになります。
前年に入ったP-RM81G+富士6Eなどと基本的な仕様は変わらず、リーフサス・前中折戸でT字窓・中扉直前に方向幕という出で立ちです。2台とも伊万里に配置され、一時期は分離子会社の伊万里昭和交通に配置となっていたこともあります。
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・昭和自動車 日デU-RM210GAN +富士8E 2000年8月 福岡県前原市

その後、1991年6月製の2台が増備さます。仕様は前年度製と全く変わりません。
こちらは福岡県の前原営業所に配置となりましたが、同県内での事業縮小で佐賀県内に異動したようです。

この後、昭和バスの中型は一時的にトップドアで導入するなどの変化がありましたが、富士8E架装の車両は存在しません。
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・昭和自動車 日デKC-RM250GSN +富士8E 1999年8月 佐賀県唐津市
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・昭和自動車 日デKC-RM250GSN +富士8E 2016年5月 佐賀駅バスセンター

日デ+富士8Eが増備されるのは、KC-になってから。
リーフサスなのは相変らずですが、床構造はワンステップ車をベースにステップ段数を追加してツーステップとしたものとなります。また、型式から解るように、エンジンが通常のKC-RM系乗合車のFE6Eではなく、主に貸切系でつかわれたターボ付きのFE6TAを登載しています。右側面最後部に縦長に細い開口部があるのはそれが理由です。
細かい点では、方向幕が窓の下部から上部に変わっていますね。
1997年度に2台、98年度に1台、99年度に2台の合計5台が導入され、いずれも佐賀県内の営業所に配置されました。
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・昭和自動車 いすゞKC-LR333J +富士8E 2016年5月 佐賀駅バスセンター

さて、昭和自動車は過去、4メーカー全ての富士架装例を導入しており、富士6Eでは日デ以外でも、いすゞと日野の架装例が存在しました。しかし8Eに関しては、このいすゞKC-LRを1998年度に1台導入しただけで終わりました・・・U-LRなら6Eがデフォルトですし、KK-LRは架装例が無いので当然ともいえますが。
 なお、いすゞ+富士は導入例が多かったとはいえ東海地方以東に発注した事業者が偏っていましたが、KC-LRは特に顕著で、静岡鉄道よりも西では、これを含めて2台だけでした。

全般的な仕様は同時期に導入されたKK-RMとほぼ変わりません。左側面から見ると、前扉と前輪の間に殆どスペースがないことくらいでしか見分けがつきませんね。新製以来、佐賀営業所に配置されています。
余談ですが、この車両。巡り合わせが悪いクルマで(かつては山間の車庫をベースとしていた模様)、撮影まで15年かかりました・・・。
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・昭和自動車 日デKK-RM252GAN +富士8E 2016年5月 佐賀駅バスセンター

排ガス規制がKK-になっても増備は続けられます。2000年度は2台を導入。
ここにきて、エアサスのワンステップ車(補助段はありますが)で、扉配置は前中引戸となりました。
窓は、T字窓のままですが、左側面最後部だけ逆T字窓になっています。座席(若しくは床)の高さの都合であろうことは、容易に想像がつくところ。そのほか、冷房がデンソー製であるのがちょっと珍しい点ですね。

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・昭和自動車 日デKK-RM252GAN +富士8E 2013年5月 佐賀県唐津市
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・昭和自動車 日デKK-RM252GAN +富士8E 2010年5月 佐賀駅バスセンター

2001・2002年度にも1台づつが増備されました。
車体は富士8Eの最終期型に変わっていますが、基本は2000年度導入の2台に同じ。
2002年度導入のみ、窓ガラスに熱線吸収タイプ(?)を採用しています。

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by hiro_hrkz | 2016-07-09 03:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
千葉海浜交通 日野P-HT236BA・U-HT2MPAA +日野車体
千葉県というと、とにかく路線バスを運行する事業者が多い!という印象を持つ方も多いかと思います。
その理由の一つに、1970年代に京成電鉄が諸般の事情で、系列の事業者を複数設立したことがあげられます。このうち、千葉市周辺で大規模開発された住宅団地の輸送を目的に設立されたのが、千葉海浜交通(1973年設立)と千葉内陸バス(1975年設立)です。似たような会社名ですが、なぜ片方は「交通」で片方は「バス」となったのかは謎。

海浜交通・内陸バス共に団地からの大量輸送に備えて日野の長尺車を導入しました。
但し、内陸バスが前後扉なのに対し、海浜交通は3扉となったのが大きな差でした。これは駅前広場の整備具合や平均乗車距離などを勘案した結果だと推測します。
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・千葉海浜交通 日野P-HT236BA +日野車体 1997年9月 稲毛海岸駅(千葉市美浜区)
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・千葉海浜交通 日野U-HT2MPAA +日野車体 1997年2月 稲毛海岸駅(千葉市美浜区)

今回とりあげたのは、海浜交通のブルーリボン。P-HT236の初期車と、U-HT2種類です。
いずれも、側面の方向が前後2か所についているのが特徴。これは、同じ京成系列で3扉車を揃えていたオリエンタルランド交通と同じですが、その理由がなんであったのかは忘れました・・・複数の運賃収受方式への対応だったのか、はたまた多客対策だったのか。なお、その幅が標準のものに比べて若干狭いですね。

P-HTは2段窓を採用していましたが、U-HTになると逆T字窓になります。しかしこれは長くは続かず、再び2段窓に戻り、このままKC-まで続くことになります。おなじ2段窓であっても、P-HTは窓回りが白なのに対し、U-HTは黒なので、随分と印象が異なりますね。
それにしても逆T字窓を採用した車両は、中・後扉間の窓がなんともせせこましいなあ・・・と感じるところです。同じ3扉でも奈良交通は、この部分に逆T字窓が一組だけですね。

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by hiro_hrkz | 2016-07-06 00:34 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
おつかれさまでした。
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今年も、JNMAフェスティバル(第22回 2016年7月3日開催)に、T-Track Network(路面モジュール)の一員として参加いたしました。会場でお会いした皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました。
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長らく使用してきた都産貿浜松町館の再開発・建替に伴い、浅草は浅草寺二天門前にある都産貿台東館に会場を移しての開催となった今回。路面モジュールも若干の面積縮小ということで、持ち込んだモジュールは平塚中央駅の駅舎より1区画だけとしました。一方、配置場所は半島状に突き出た単線区間の突端という、このモジュールには最適な場所を充ててもらったので、いちばんよかったかもしれません。
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持ち込んだ車両は少な目で、昨年夏以降に作成したものを中心に秦野・大山線の車両を中心にこんな陣容となりました。また、昨年、ワールド工芸の東芝戦時型を組み立てたこともあり、20年以上前の旧作の電気機関車各種も一緒に持ち込みました。
最も、今年は縮小の事前アナウンスの結果ゆえか空地が想像以上に広かったのですが、一方で常連出展者の欠席や、出展者各自の持ち込みも少なく、車両関連はより閑散としていたかな・・・と思います。
 個人的にショックだったのは、もと定鉄モ2301の3801が2年持たずに経年変化で車体が「ご懐妊」となってしまったこと。GMと鉄コレで素材の差が影響したのかどうか・・・どう補修したものやら。頭を抱えております。
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機関車とおなじ箱に入っていたこれも、久しぶりにレールの上に乗り、今回の終電車としてデワに押されてモジュール上を快走・・・もとい怪走しました。

さて、会場でご覧になった方は、平塚中央の駅の端っこにBトレサイズの2両編成が留まっていることに気がつかれた方もいらっしゃるかと思います。これ、実は私の作品ではなく、路モジ出展者の友人がとある中古屋で売られているの目撃し、思わず買ったものとのこと。並べてみると、色は全く同じ(西武のベージュと中央線のオレンジ)で、なお驚愕しました。実に不思議な縁で、やってきたものだと思います。

今回は、久しぶりに物販の方にも参加しました。諸般の事情があって、鉄コレの一部を放出せざるを得なくなったためなのですが、売れ残ったものを見るとなるほどな・・・という面々。以前なら鉄コレだったら(値段を下げれば)とりあえず捌けたことを思うと、モノが行き届いて飽和状態になっているのだなあ、とも感じます。だいたい残っている面々は、どこのブースでも似たような感じでしたし。

一方で、今回はネットの向こう側からこのサイトなどを見てくださった方と、いろいろお話ができたのが、なにより嬉しいものでした。ブログというのは非常に孤独なもので、実際の反響が聴けるのは非常にありがたいことです。

来年も会場でお会いできることを楽しみにしております。
冷房の効きはよくなりましたが、気温はもっと低めがいいかな・・。


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by hiro_hrkz | 2016-07-04 23:31 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)