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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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年末の雑感 ~時の流れに身をまかせ~
今年も1年、いろいろなところで、いろいろなものを見ることができる状況であったことに
そして、いろいろな方に会えたことに、改めて感謝を。
周囲から脅された後厄も、なんとか無事に終わりそうです。
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ということで、今年のまとめを。

1)サイト
・鉄道関係
漸く、神奈川電鉄のリニューアル版を公開することと相成りました。
しかし、ほんとうに「とりあえず作っただけ」状態。何とかしたいのはやまやまですが、やはり問題は時間。また、地図にしても車両にしても「見せ方」をいろいろ考える必要があります。こういう手間は好きな人には苦で無いでしょうが、シロウトはサイトを作らなくなるよなあ・・・ということを感じています。
それは、誰もがホームページビルダーで気軽にサイトを作って公開していた頃に比べると、技術的に高度化してしまったこともあるのかな・・とも思うところです。

・富士重工製路線バスのページ
 更新回数が6回で終わり、製造中止から13年が経過して、いよいよ最終段階だなあ・・と感じるところです。その割には壱岐交通のような車齢22年目という以前では考えられなかった移籍例、あるいは長電のような想定外の移籍例もありましたが。
 そんなこともあり、従来、少数派だけで行ってきた型式別の採用事業者リストを、KC-UA系KC-LV系など、メジャーな型式でも作成しました(変更履歴には掲載せず)。続いてU-UA・U-LVに取り掛かってはいるものの、さすがに台数が多く難攻しています。
 そして、今年はこのような訂正を行うことになりました。改めて、専門用語の使い方について用心しなければならないと戒めるきっかけにもなりました。

2)模型
 実績は、フリーが2両、神奈電が4両、山形交通高畠線が2両の計8両で、「やや不良」といったところ。
買いためた鉄コレの整備は、結局、富山地鉄について8両分行っただけで放棄してしまいました。
神奈電2巡目も、だんだん気分が乗らなくなってきており、なんとか川造を作って打ち止めとしようかと思案しているところです。むしろ、山形県の高畠に22年ぶりに行ったことが作成のきっかけになるなど、そういう直感を大切にしたいとも感じます。

3) 外回り
 今年は離島訪問で、久しぶりに新しい島、壱岐が加わり、また東北地方だけをゆっくり行こうなど、従来とちょっと違ったことが多かった思います。一方で、関東近県が低調で、神奈川県が川崎と小田原だけ、千葉県に至っては夜に柏で降りただけという具合でした。
京都や名古屋には複数回チャレンジして失敗。何度行っても撮れないものは撮れないなど、いろいろな懸案事項が片付かなかったなあ・・という気がしています。。

 鉄道やバスに加えて、最近は寺社仏閣めぐりが加わっているのが実情。今年は、ほぼ鉄・バスの要素を排除して諏訪大社の4社を廻ったことが印象に残りました。

4)ニュース雑感
 熊本地震、岩手県沿岸と北海道を襲った水害、鳥取県中部・茨城県北部・福島県沖など各地で相次いだ強い地震、そして糸魚川の大火と、胸が痛くなるニュースが相次ぎました。それも、自分が行ったことがある地名が出てくると、より強くなると感じています。
 今年は熊本城に行きたい・・と思って九州旅行の計画を立てていた最中に熊本地震が発生、また東北地方を旅行中に台風に遭い、列車代行タクシーで切り抜けるなどということもありました。今年起きた災害のニュースはいずれも他人事に思えず、この国で暮らす以上、自分のこととして考えなくてはならないと思うところです。

5)そのほか
 サイトを公開して17年。ブログを公開して11年。「サイトやブログというのは反響が少なく孤独である」というのは私の実感ですが、今年はこれまでと変わってネットの向こう側で読んでくださる方々と、実際にお会いする機会が何度かありました。直接感想を頂けることは、大変にありがたいことで、これまで作ってきたことへの自信につながり、そしてこの先も維持して行きたい、というモチベーションになっています。
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今年も拙サイトをお読みいいただきありがとうございました。
それでは良いお年を。
きたる2017年が皆様にとって福と幸いに溢れる一年でありますように。
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by hiro_hrkz | 2016-12-31 01:40 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(0)
神奈電をもう一度 2016年12月 +  高畠の混合列車
※ 神奈川電鉄はフィクションです。
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大晦日を迎える前に、車両が完成しました。
秋には完成するだろう・・・と思っていましたが、ここまでずれ込んでしまいました。
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まずは、神奈川電鉄の車両から。昨年は、東芝戦時型でしたが、今年はWH+BWタイプの凸電、デキ281です。
過去、製作過程を報告しているように、ワールド工芸のABS樹脂のキットを組んだものです。
東芝戦時型よりは組みやすいものでした。
塗装は、阪急マルーンのツヤを落したもので手すり類が艶消しの白なのは前作と一緒です。パンタグラフはトミックスのPG16を銀色に塗っています。
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今回も旧作との並びを。
無動力でユーレイに押されるタイプでした。
鎧戸はランナー引き伸ばし線を1本づつ並べるなどヒマなことをやっていますが、ボロボロなのは否めないところ。
但し、KTOのC11の従台車を流用している点は、キットの台車よりも立体感等がありよいなあ、と思っています。
こんな車両でもプラキットがあり、しかも動力が入っていて走るというのは、凄い時代になったんだなあ・・・と思ってしまうところです。
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もう一つは、山形交通高畠線のED2とモハ1。保存車をこの夏に22年ぶりに見て作成を思い立ちましたが、こちらも思いのほか、完成まで時間がかかってしまいました。
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こちらも、製作過程で報告しているように、ホビダスの遠州鉄道ED282を改造したもの。
首振りの関係で、台車は1mmほど前にずらして取り付けています。
車輪は、Bトレインショーティーのコンテナ貨車用を使おうとしましたが、車軸が段付きになっており、その部分が台車内枠にあたるため、走行抵抗が著しく上昇してしまうことが判明。結局、キットの車軸に上記Bトレの車輪を組み合わせることで解決しました。
塗装は、クレオスの29・艦底色にGMの赤2号を若干加えたもの。屋根はタミヤのAS-2・明灰白色(日本海軍)です。
パンタグラフはトミックスのPG-16を黒色に塗ったものです。
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もう1両は、高畠線電化開業時に用意されたモハ1。西武所沢工場で改造され荷物室が撤去されたあとがプロトタイプです。
扉などは実物とは異なっています。
鉄コレの事業者特注・富士山麓電鉄モ1がベースです。

塗装は、当初ED2と同じ艦底色+赤2号とGMのクリーム4号で塗り分けてみたのですが、イメージと合わずGMの近鉄マルーンとクリーム4号で塗りなおしました。が、これに失敗し再塗装を行いました。肌荒れが激しいのですが、修正する気力も既になく・・・といったところ。屋根はタミヤの明灰白色です。
客用扉の窓は、鉄コレの東武78型の戸袋窓(と思われるもの)をはめ込みました。

台車は、実物は蒲原鉄道モハ11や庄内交通モハ1と同系のものですが、似たものがないので、ブリルを取り付けています。パンタグラフはこちらも、トミックスのPG16を黒く塗ったものです。

ところで、高畠線の電車の写真を見比べていてふと思ったことが。
ときどき車両の方向が変わっているのです。高畠駅構内に非電化時代の転車台があったので、それで行ったのでしょう。
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昨年末に完成したのも、やはり奥羽本線から分岐する秋田中央交通のデワでした。
以前作成した羽後交通デハ7タイプと合わせて、「みちのくの田舎電車」もいろいろと揃ってきました。


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by hiro_hrkz | 2016-12-29 18:54 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
伊豆箱根自動車 いすゞU-LV224K +IK
西武バスが日デのみの採用を転換し、いすゞが復活したのは、1998年のことでした。
それは同じ西武系列の伊豆箱根や近江も同じで・・・最も、ふそうの採用例などはありましたが・・・いすゞの車両が登場しています。その流れの中で、伊豆箱根グループにこんな車両がやってきたのは2001~2002年のことでした。
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・伊豆箱根自動車 いすゞU-LV224K +IK 2002年8月 三島駅(静岡県三島市)

もと神戸市交通局のキュービックです。
伊豆箱根が西武以外からの移籍車両を導入するのは珍しく、その点でも話題になりました。
同社には西武の移籍車で前中扉が増えていましたが、もともとは前後扉を採用さいていたので、この車種でもよかったのでしょう。

当時は伊豆箱根鉄道のバス事業がある中で、分離子会社であった伊豆箱根自動車(現在の伊豆箱根バス)に配置されました。一部は、系列の伊豆下田バスにも配置され、こちらは同社の廃業後、浜松バスに移籍しています。

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by hiro_hrkz | 2016-12-25 00:01 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
八栗のケーブルカー
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今年は、第二の故郷(?)高松への里帰りは、11月となりました。
時間がとれず、夜行日帰りの強行スケジュールでしたが、今回はコトデンの旧型車が走る前に、八栗山のケーブルカーに乗車してきました。

八栗山のケーブルカーは四国八十八ヶ所霊場の85番目、五剣山八栗寺への足として、1930年に八栗登山鉄道によって開通しました。第2次大戦中は御多聞に漏れず、鉄材供出の為に休止。戦後、廃止となったあと八栗ケーブルの手で1964年に再開業したものです。これは、神奈川県の大山のケーブルカー(1965年再開)に次いで遅い復活でした。
なお、八栗ケーブルは後に、徳島県内で複数のロープウェイを開業しており、社名を現在の四国ケーブルに改名しています。

さて、八栗ケーブルは少々乗車の難度が高い路線であります。
それは、他の公共交通機関との連絡が全くない、文字通りの孤立路線であるためです。
結局、ことでん志度線の琴電八栗駅より約1.5km片勾配の道を歩いて向かうことにしました。
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本当に この先に駅があるんだろうか?と思うような沿道風景でしたが、20分少々歩いて麓側の八栗登山口駅に到着しました。駅の周辺には大きな駐車場が整備されており、大半はクルマを使う世の観光客には特に問題ないのだろうと思います。
 駅舎は、それなりに古そうですが、幕で覆っているため建築年代は戦前のものか復活時のものか等は解らず。ホームの屋根は鉄骨つくりなのは、よくある風景といいましょうか。駅舎の中は土産物等の売店で占められています。いわゆる「昭和レトロ」という感じですね。
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さて、八栗ケーブルの運行間隔は朝の7:00(日祭)または7:30(平日)から17:15まで、きっかり15分ヘッドを維持しています。正直、半信半疑だったのですが、実際に乗ると、朝からお遍路さんがそれなりにいるので、納得した次第。
山の上までクルマで入ることができないのも影響しているのでしょう。
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この路線で使用されている車両は、再開業時から変わらないもので1964年日立製作所製。神戸は六甲ケーブルの先代の車両と同系で、窓下が突き出た独特のスタイルが目を引きます。鉄道車両なら国鉄151系あるいは南海2代目「こうや」を連想するところで、高度成長期の「夢の乗り物」を具現化したものなのでしょう。
側面は3扉の折戸で、大きさは国内では中サイズといえます。
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近年、塗装が変更されたようで、1は前面を朱色に、2は青色に塗っています。ケーブルカーでは、各車両に個別の愛称が振られることが多いのですが、ここの場合はどちらの車両も「YAKURI」とだけ書かれています。
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高低差167m、全長660mと短い路線で、眺望がよいのは、山麓側のほんのわずかな区間だけ。
ここでは屋島とその先の高松市街を一望することができます。
路線の施設は整備が行き届いていると感じました・・・最もそれは、廃止になったお隣りの屋島のケーブルカーの印象があまりにも・・・というのもあるのでしょうが。

およそ4分程度で山頂側の八栗山上駅へ。
山の上(・・・実際には中腹ですが)には数軒の土産物屋のほかは、八栗寺があるだけです。ケーブルカーでアクセスすると、裏手から境内に入ることになります。
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画像は、八栗寺の鳥居と二天門。
寺なのに鳥居があるのは、神仏習合の名残というよりは、
仏教の守護神である歓喜天(聖天)が祀られているからであるようです。
やはりケーブルカーが存在する、奈良県は生駒山の宝山寺と同様ですね。

※2016年11月 撮影


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by hiro_hrkz | 2016-12-22 01:17 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)
祐徳自動車 三菱ふそうP-MP618K +西工58MC
佐賀の祐徳バスには、現在は大型路線車は存在していないようです。
しかし、平成初頭までに発注された車両には大型車が存在し、佐賀駅前などでは日常的に見ることができました。
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・祐徳自動車 三菱ふそうP-MP618K +西工58MC 2002年7月 佐賀県佐賀市

画像は、西工を架装したP-MP。同社の大型で58MCを架装したのは、ふそうだけだったようです。
軸距4.8mのいわゆる短尺ですが、これはメーカを問わず同一でした。

祐徳バスといえばトップドア車。この車両もやはり前扉のみで、エアサスに逆T字窓、車内には2人掛け主体のハイバックシートが並んでいるのは、貸切事業に注力していた同社らしい一面であったかもしれません。
なお、同じ仕様でU-MPを導入しており、これらが最末期の大型車導入事例となっています。


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by hiro_hrkz | 2016-12-18 02:59 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
芸陽バス 三菱ふそうU-MS726S +呉羽
かつて、ふそうMPの車体が三菱自動車大江製のMと呉羽自工製のKがあったころ、
貸切系のMSもやはり大江製と呉羽製の2種類がありました。
しかしながら、こちらではエアロクィーンに代表される大江製のボディーが圧倒的に多く、
呉羽独自のボディー「サンシャインデッカー」や「エアロバスK」は少数派に終わります。
どちらも呉羽のみが製造していた、ふそうの中型貸切車(例・・・路線転用ですが)と共通のフォルムとなっています。
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・芸陽バス 三菱ふそうU-MS726S +呉羽 2008年7月 三原駅(広島県三原市)

画像は広島県の芸陽バスに在籍したエアロバスKのハイデッカー。
県都広島と県東の三原を結ぶ高速バス「やっさ号」で使用されていました。
座席は11列45人乗りの模様。

芸陽バスといえば広電系列らしく日野が多数を占める事業者ですが、この頃は県内高速にも移籍車を導入。
これもそんな一台で、もとは自家用車ということです。


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by hiro_hrkz | 2016-12-14 23:14 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
福島交通飯坂線 サハ3000形
福島交通が、昭和30~40年代に日車に自社発注した飯坂線向けの車両は、過去に連節車のデハ5012+5013と、2両固定のモハ5114+クハ5215について取り上げましたが、本日は下2桁の番号順でその次の車両がお題です。
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・福島交通飯坂線 サハ3016 1991年3月 桜水

モハ5114+クハ5215と同じく1966年に製造されたのが、附随車のサハ3000形3016、3017の2両。
ローカル電鉄が附随車を自社発注した事例は珍しいものです。
しかも、両端に貫通扉付で固定編成の中間に入ることを意図したと思える設計なのに、
実際には在来車で15m級のモハ1200形に挟まれて使用されていました。
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・福島交通飯坂線 モハ1202+サハ3016+モハ1211 1991年3月 桜水

当初より在来車に挟むつもりだったのか、それとも3両編成新造の計画があって先行して登場したのかは、今となってはわかりません。この車両が、それよりも小さく外観も全く異なる電動車にサンドイッチされた編成は、飯坂電車の名物ともいえるものでした。

車体はクハ5215の運転台をなくした形状で、最大寸法(長×幅×高)も全く同じ18700×2866×3886mm。
台車も同じペデスタル式の軸箱保持のNA-19Tでした。
車体はこれといった特徴もありませんが、福島駅側の連結面のうち、片側にしか窓がないのは、その部分の室内に配電盤が設置されていたためです。

昇圧後、サハ3017の車体が桜水駅構内で倉庫として使われていました。
当初は、塗装もそのままでしたが、後に窓ガラスを含めて茶色一色に塗りつぶされました。
そして、今年秋、東急から1000形電車を導入するのに伴い、その搬入スペース等を確保するために解体されたようです。
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・1997年3月 桜水



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by hiro_hrkz | 2016-12-11 01:15 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
南部バスの富士7E
今年もまた、バス会社の存続について寂しいニュースを聞かなくてはなりませんでした。
先日、民事再生法の適用を申請した青森県は八戸市を本拠地とする南部バス。
極めてバスマニア的な視点であれば、あの車両の陣容から懐事情を推測すると、今日までよく持ちこたえた・・という気もしてきます。

さて、南部バスの車両は、いすゞが大半を占めています。古くから移籍車を導入していたことでも知られ、2000年代の初頭は新車のエルガミオと、元都営バスの導入が続いていました。しかし、都営の売却中止により情勢は変化。ここに富士重工7E架装の車両が移籍してくることになります。
なお、同社の自社発注では、高速車でLV+7Sが、また一般路線車でLR+8Eがありましたが、7Eは存在しませんでした。
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2016年8月 本八戸駅(青森県八戸市 以下同じ)
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2011年9月 ラピア

最初に入ったのが小田急バスのP-LVで、2006年頃に導入されました。
この頃、小田急の平均使用年数が一時期的に伸びており、移籍する数が減っていましたが、同社はP-LR+富士6Eと共に導入しました。当時、移籍車市場に出回るクルマの車齢が10~12年なのに対し、これは15年を超えており、正直、こんなのを買うのか・・と感じたのは事実です。

八戸200か336、343、350、359、368の5台が存在。うち368だけ小田急時代の塗装を生かしたのか窓回りが黒くなっています。いずれも、行き先表示は場所を変えずにLEDに変更しています。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E (上)2011年9月 ラピアバスセンター (下)2016年8月 本八戸駅
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・南部バス いすゞU-LV224L +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

さて、小田急からの移籍車両が途切れると、今度はその供給元が東武グループ各社となります。
まずは、2008年頃に東武本体から3台のLVが入ります。
これがただものではなく、1994年製のワンステップ車(八戸200か497 上・中の画像)1台と、1995年1月製のリフト車2台(八戸200か504・505)。特に、ワンステップ車は前面下部が樹脂で無塗装となり、視野拡大窓を備えるなど、特徴ある車両でした(くわしくはこちらを)。

車齢13~14年での導入なので、移籍車市場に出回る車齢が高くなってきたことを考えると、それほど違和感は無い感じでした。この3台は、行き先表示が幕のままながらも、側面は大型に交換されています。

その後も断続的に東武グループからの移籍車の導入が続きますが、一方で移籍元は更に多様化。
たとえば、高槻市から西工96MC架装のLVワンステが入るのもこの時期・・・2010年頃です。
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・南部バス いすゞU-LV324K +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

その中に、路線規模を縮小しつつあったJRバス東北からの移籍車がありました。
同社からは自社発注のみならず、川崎市交通局からの移籍車も再移籍しています。
画像がその車両でU-LVのツーステップ車、川崎市らしくショートオーバーハングとなっています。
再移籍時で、車齢16年程度だったはず。この頃は未だC系が在籍していました。
八戸200か588 1台が在籍しています。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2011年9月 ラピア

また、同じ頃に入ったのが、遠州鉄道のHT。中間尺車(軸距5.2m)が1台(八戸200か598)移籍してきました。
遠鉄の大型車は2005年頃から一時期的に各地に移籍するようになりましたが、同社の使用年数が再び増加したのか、すぐに下火に。そんな中での移籍事例となりました。南部バスが日野の大型を導入することでも珍しがられましたね。
遠鉄の7Eは前面方向幕廻りを緑色にしていますが、この車両はそのままとなっています。赤とは補色の関係にあるので、やはり目につきますね。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E 2016年8月 ラピア

その後、少々時間があいて、2012年頃に移籍してきたのがこちら。
東武の前後扉のLV。ただし直接やってきたわけではなく、子会社への路線移譲に伴い国際ハイヤー→国際十王交通に移籍したものです。八戸200か673、680の2台が存在します。
このニュースを聞いたとき、いまどきこんなものを!と思ったのが正直なところ。
車齢17年目?での移籍・・・じわじわと高齢化してきましたね。側面の方向幕は大型化されているのは先に東武から直接入った3台と同じです。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2014年8月 本八戸駅前
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・南部バス 日野KC-HT2MMCA +富士7E 2016年8月 ラピア

そして2013~2015年にかけ、それまで1台だけだった遠鉄HTが一気に増加します。
U-HT2MMAAが八戸200か714~717の4台。そして、KC-HT2MMCAが八戸200か739、763、765、771の4台。
ここで漸く平成6年規制車の登場となりました。
車齢18年程度での移籍ですが、座席はよく整備状態も悪くはない車両だと思います。
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・南部バス いすゞKC-LV380L +富士7E 2016年8月 ラピア

いまのところ最後に入ったのが、もと立川バスのKC-LV。八戸200か782の1台のみの存在で2015年の移籍です。
オーソドックスな前中引戸の車両が、ここで初めて登場となりました。
立川のLVは意外にも全国的に細く長い間?売れているので、そう驚く事例ではないのかもしれません。
また、上の遠鉄に比べれば若いのですが、なんとなく大丈夫なのかなあ・・と思いはじめたものです。

それでも、今回の民事再生法申請のニュースは突然でした。
路線の廃止とは違って、事業者の倒産は、まず事前に察知するのは無理ですね。
各報道では、今後、みちのりホールディングス傘下の岩手県北バスへの事業譲渡で交渉が進められており、実現の際には南部バスは清算するとのことです。どのような経営形態になるかはわかりませんが、ただただ成り行きを見守るしかありません。


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by hiro_hrkz | 2016-12-07 02:11 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
真っ赤なバス
「真っ赤」という言葉で連想するものといえば、
真っ赤な秋、真っ赤な太陽、真っ赤な女の子、真っ赤なお鼻のトナカイ、真っ赤な家計簿・・・と様々ですが
バスマニアなら、長崎県営バスかJR九州バスといったあたりが定石でしょう。

これらには、大きなロゴやマークが書かれています。
しかし、かつて和歌山には、まさしく赤色だけのバスが走っていました。
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・和歌山バス 日野P-RJ172BA +日野車体 1993年3月 和歌山駅前

和歌山市周辺に路線を持つ和歌山バス。
南海電鉄から1975年に分離された事業者ですが、1980年代に導入した車両で、このような赤一色の塗装が存在していました。南海といえばかつては電車と同じく緑色をベースとした塗装の路線バスでしたが、和歌山バスはいろいろと塗装を変えていたようで、分社前からクリームと赤茶色のツートーンが登場、そしてこの一色塗りに変わったようです。

しかし、長続きはせず、1980年代の終わりには、現在の白地にオレンジと茶色の塗装が登場しているようです。
最も、その後も、一部のバスで白にピンクや紫で波を描いた「オーシャンカラー」なるものが登場したことがあります。

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by hiro_hrkz | 2016-12-04 00:50 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)