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新潟交通佐渡の新エアロスター 
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今年も離島に行くことができました。
今回のターゲットは、言わずと知れた新潟県の佐渡。
バスマニアの視点で見ると、県都新潟をはじめ下越地方に路線を拡げる新潟交通の勢力圏ですが、佐渡だけで見られる車種というものがあまり存在しなかったこともあって、注目度は低かったように思います。しかし、この4年ほどの間に移籍車が相次いで投入され、各所に報告が上がる回数も増えてきました。

私も数年前から行きたいとは思っていたものの、都合がつけられず漸く実現しました・・・その間に、目的の1台が無くなってしまったのではありますが・・・。

今回は、新エアロスター(KC-MP~KL-MP)を取り上げます。
なお、新潟交通の佐渡のバス事業は、すべて分離子会社の新潟交通佐渡が担っています。
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKC-MP747M +MBM 2017年5月 佐和田(新潟県佐渡市)

まずは新潟交通のオリジナルから。1999年に登場した同社初のノンステップバスです。
新交のバスは伝統的に銀に青帯の塗装ですが、ノンステップ車であることをアピールするためか、それとは全く異なるオレンジ色で登場しました。その頃は、ノンステだけ在来車と異なる塗装を施す事例は各地で見られましたね。
全部で4台が導入されましたが、佐渡にはこの1台が異動したようです。
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKC-MP747M +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)

 一方こちらは、同じ型式でも移籍車。この2年ほど、信越地方の幾つかの事業者への移籍例が目撃されている、もと遠州鉄道のエアロスターノンステップ車です。帯の色を遠鉄の緑色から変更しただけの外観になっていますが、青色ではなくオレンジ色になったのは、さきにあげたオリジナル車の影響なのでしょう。
 遠鉄では、前面の行灯には「オムニバス」と表示していましたが、ここは社名を入れています。この頃の遠鉄のバスは座席がよいので、所要時間の長い路線もある島内には向いているかと思います。
新潟200か984、985の2台を確認しています。
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP37JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)

排ガス規制記号がKL-に変わったこの車両で、漸く新潟交通らしい塗装となりました。
ただし、赤い屋根のクルマは新潟市内向けにはじめたもので、それと無縁の分離子会社では銀色のままでした。以前は、本体から分社に異動した車両の屋根を、わざわざ赤から銀に塗り替えた事例もありましが、逆になったようです。

さてこの車両。もとは宇部市交通局で宇部新川~新山口駅の新幹線連絡特急で使われていたもの。
各地から移籍車両を導入している同局から放出されるなど想像だにせず、私も見た瞬間には解りませんでした。
もともとの使用用途ゆえ、この車両もなかなか上質な座席がついており、やはり長時間の乗車に向いていると思います。
新潟200か1003 1台を確認しています。
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP35JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP33JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)
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・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP33JM +MBM 2017年5月 相川(新潟県佐渡市)

 そして、登場時に関東地方のバスマニアをあっと言わせたのが、これらの車両。
近年各地を席巻している、もとは神奈川中央交通のKL-MPですが、ここでは、車体裾と雨どい上の赤帯のみを消した状態で移籍しました。新交の分離子会社では、もとの事業者の塗装をほぼ変更しないで使用する事例が幾つか発生していますが、これも、その一つとなりました。
 ツーステップでリーフサスのKL-MP33を2台(新潟200か865・866)、ワンステップでエアサスのKL-MP35を3台(新潟200か920~922)確認していますが、KL-MP33は「佐渡を世界遺産に」のキャンペーン広告が貼られています。
前面の運賃表示窓は当然「後払い」を表示しています。

・佐渡について
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by hiro_hrkz | 2017-05-29 01:16 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
伊予鉄道高浜線 山西駅
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伊予鉄道高浜線は、地方都市の私鉄鉄道線では数少ない複線の路線。
今回は、その中ほどに位置する山西駅を取り上げたいと思います。
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高浜線の駅のうち、当駅と衣山、港山の3駅が島式ですが、いずれも、そのホームの端・・・つまり上下線間に駅舎・改札があるのが特徴です。この中で、山西駅だけ駅舎が2階建てとなっています。
最も、1985年に撮影された写真(大阪産業大学鉄道研究部「いこま」19号に掲載のもの)を見ると平屋なので、その後の改築となります。これは、駅の近くに私立中学・高校があり乗降客が多いことも関係しているのかもしれません。
バリアフリー対策でスロープが設けられていますが、これは、その横の通路と共に、先にある踏切に繋がっています。
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続くプラットホームは旧レールの骨組みにスレートを載せたありふれたタイプ。
ただし、上屋はホーム全体を覆っています。
そして、このホームの先端には・・・
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現在は使われていない、もう一つの改札口が設けられています。
詳細はわかりませんが、こちらのほうが先述の私立学校に近いことから、
ラッシュ時等に使われていたものかもしれません。
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駅前には商店があり、また自転車が大量に置かれているところから、高浜線沿線には大都市圏のような郊外電車という文化があるのだと感じます。一方で、駅の広告看板が殆ど埋っていないのは、いまや東京都市圏の一部を除いては共通のこととはいえ寂しいところ。こういうところにあるのが、医療関係というのも、全国的に似た傾向であるように感じます。

・いずれも2013年4月 撮影

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by hiro_hrkz | 2017-05-24 01:57 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E
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群馬県の西部に位置する安中市。
同市のコミュニティバスの一部を受託しているのが、ボルテックスアーク(アークバス)です。
物流業者のボルテックス・セイグン(旧称:西群運送 1951年設立・1992年改名)の子会社で、1993年に貸切事業者として設立。翌1994年に安中市から貸切代替バス(いわゆる21条バス)を受託しています。

さて、同社の路線バスは全て全長7m級以下の小型車で運行されています。
その中に、日デの「チョロQ」ことKC-RN210CSNが3台存在していますが、出自はバラバラ。
今回はそれらを取り上げたいと思います。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 安中駅(群馬県安中市)

まず、1997年10月に新幹線安中榛名駅の開業に合わせて、同駅と信越線磯部駅を結ぶ路線が開設されます。
この際に新車として、1台が投入されました。

前中折戸・逆T字窓、側面中扉前に小型の方向幕という、チョロQとしては至ってオーソドックスな仕様。
マーカーランプがオレンジ色なのは、貸切代替ゆえなのでしょう。
側面には「一般貸切(限定)」とあるのが、21条バスとして開業したことを物語っていますね。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2012年8月 安中駅(群馬県安中市)

それからしばらく時間は流れて2010年代に入ると、2台の移籍車が登場します。
先に入ったのは、もと西東京バスの車両。前面窓下の手摺りが3っつあることで、すぐにわかりますね。
車体はあまり変わっていませんが、リアの方向幕だけは外されています。

塗装は黄色一色に簡素化。前面とリアにだけ、自社発注と同タイプの柄が貼られています。
また、側面の表記が「乗合」に変わっているのは、2006年の法改正で原則として21条バスができなくなり、乗合免許による普通の路線バスになったことを示しています。
なお、登録番号は自社発注が群馬22ナンバーなのに対し、こちらは、ご当地ナンバーの高崎200ナンバーとなっています。
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・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 磯部駅(群馬県安中市)

続いて入ったのがこの車両。もと京阪バスの車両です。
京阪というと3Eの時代までは富士重工の採用が見られたものの、その後はさっぱり。
乗合では日デKC-RN2台、日デKK-RM1台のみとなります。
そのうちの1台がこちらに来ました。

塗装は、もと西東京と同じく黄色一色で前後のみ柄ありとなっています。
この車両は、窓がスモークとなり、バンパーにはコーナリングランプが取り付けられてます。
もと西東京とは、異なった雰囲気になってますね。

現在は、各車両、とくに決まった路線・時刻で運用についているわけでもなさそうです。
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by hiro_hrkz | 2017-05-17 02:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
名古屋鉄道 ク2320形
 末期の名鉄揖斐・谷汲線の旧型車というと、前面5枚窓で楕円の戸袋窓を持つ510や、黒野から先の主であった750あたりが思い出されるところですが、さらにもう一つ、2両編成の制御車として使われていた2320がありました。
 もとは名古屋鉄道の前身のひとつ、愛知電気鉄道が豊橋方面の路線全通に備えて、日本車輌で製造した電7形デハ3080~3084・3086~3089および附3形サハ3020。揖斐・谷汲線では目立たない存在でしたが、もとを辿れば日本国内のハイスピードインタアーバン用の鋼製車の嚆矢ともいえる存在でした。
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・名古屋鉄道揖斐線 ク2323 1989年8月 忠節
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・名古屋鉄道揖斐線 ク2327 上:1994年8月 忠節 下:1989年8月 黒野
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・名古屋鉄道揖斐線 ク2325 1996年10月 美濃北方
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・名古屋鉄道揖斐線 ク2326 1996年10月 美濃北方

細かな経緯は省きますが、愛電では神宮前~吉田(豊橋)の特急電車として使用され、名鉄成立後はモ3200形3201~3209およびク2020形2021に改番。戦後2021が電装されて3200に編入されるものの、1950年代後半に入り、HL制御の旧型車の機器流用で3700番台各形式を製造するにあたって、まず3203、3207、3209の3両が電装解除されて片運転台のク2300形2301~2303に。残る7両も1964年に電装解除されやはり片運転台の制御車になるものの、なぜか形式が変わり、ク2320形2321~2327になりました。

1965~66年には600V化の上で、瀬戸線の木造車淘汰のために同線に転属。
このうち2321~2324は900形と固定編成を組み特急用(2321を除く)に、2325~2327は700形と編成を組み普通用になりました。車齢40年超の車両を投入しても体質改善がだいぶ進んだところに、当時の名鉄の事情がうかがえるところですが、それでも普通用の4両は1973年まで客用扉が手動という状態でした。

その後、瀬戸線の昇圧と栄町への地下新線開業で、旧型車は追放されるわけですが、それに前後して4両(2323、2325、2326、2327)が揖斐・谷汲線に転属しました。この時点で車齢50年前後ですが、これでも体質改善となりさらに20年使われたあたり、この路線の置かれた状況を如実に表していると思います。

今回は、その揖斐・谷汲線の4両すべての画像を並べてみました。
窓はアルミサッシで客用扉はHゴム支持の窓を持つ鋼製になっている点は各車に共通しています。
しかし、前面を見ると各車その構成はバラバラで、2327は貫通扉の窓が小さく、2325は助手側の窓が2段窓、そして2326は1962年の事故復旧の際に高運転台に改造されています。戸袋窓も基本はHゴム支持ですが2325のみアルミサッシ。
屋上のベンチレータの数も車両によってまちまち、さらには前面の尾灯も車両によって形状がことなっていますね。

乗務員扉は製造当初からの位置ですが、引戸で幅が狭いことが2327の写真からわかると思います。
またその窓がHゴム支持の固定窓になっていたのも、少々変わっている点ですね。
台車はブルリ系となっていますが、数種類あった模様。

廃車は1997年4月のこと。新車・780形の投入に伴うでした。
まさかその8年後に路線ごと無くなるとは思いもしませんでしたが。

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by hiro_hrkz | 2017-05-10 01:35 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
三岐鉄道のブルーリボン 2題
三重県の路線バスというと、そのほぼ全域を三重交通グループが占めているわけですが、その中の例外が三岐鉄道です。三重交通への戦時統合に抵抗して逃れたという歴史的経緯があります。

ただし同社の路線バス事業の規模は小さく、車両もノンステップ車が入る前は中型が大半でした。
大型車も在籍していましたが、これは大学や工場へ行く路線および契約輸送を中心に使われていたようです。
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・三岐鉄道 日野P-HU275BA+日野車体 1998年3月 富田(三重県四日市市)
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・三岐鉄道 日野KC-HU3KPCA+日野車体 1998年3月 富田(三重県四日市市)

画像は約20年前に富田で撮影したもの。
だいぶ前にとりあげた中型車と同じ日です。

上は昭和58年排ガス規制適合(P-)、下は平成6年排ガス規制適合(KC-)で、いずれもエアサス・高出力が選択されています。
しかし、それ以外の仕様はだいぶ異なっており、P-HUは軸距5.2mで前後引戸・メトロ窓なのに対し、KC-HUは軸距5.67mで前中ワイドドア・逆T字窓に変化しています。三岐の路線車は1990年頃に、一時期的に前後扉を採用した時期がありますが、基本的には前中引戸となっています。そういう点では異端でありますね。

座席もP-のほうはハイバックシートで貸切に準じているのに対し、KC-はローバックの路線車タイプで、輸送力重視になっていることが伺えます。

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by hiro_hrkz | 2017-05-03 15:41 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)