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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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チュウカンサハ
といっても、右とか左とかそういうややこしい話ではございません。
今年も梅雨の催事を前に完成することができました。
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前回(4月)の記事で福島交通飯坂線のモハ1200形が7年のブランクを経て2両揃ったことをお伝えしましたが、
そうなれば、当然中間車のサハ3016・3017がないとお話になりません。ということで、今回は3か月のブランク程度で揃うことになりました。
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種車としたは、鉄コレ第8弾の叡電デオ300。これを2両使っています。
以前、作成した神奈電のもと定鉄に客用扉窓を供出して余った車体がありました。その時点で、既に中間サハを叡電から作れそうだという構想は持っていましたが、相方のモハの構想が固まらず、結局は完成の順序が逆になった次第。

叡電デオ300は側板だけを使い、屋根はグリーンマックスの国電用(形式不明・・・101系用??)の幅を詰めたもの。妻面はプラ板からのフルスクラッチです。塗装はこれまでの2両と同じく、スカ線のクリーム色と京浜急行のバーミリオンで塗り分けました。

窓ガラスは種車のものを基本的に使用していますが、戸袋窓は全く構造が違うので、窓枠を削り取って磨いてノッペラボーにしています。そのうえで、車内側の窓にのみ中桟があるので、車内側にそれをプラ板から作成して貼り付けています。
貫通扉は、何かの両開扉の窓を使用。連結面の戸袋窓は塩ビ板を切り出してはめ込んでいます。

台車は、本当なら長電OSカーのものがよいのですが(・・・って、こんなことが書ける時代なんですね・・・しみじみ)、今回は手許にあった、国鉄DT20を使っています。ベンチレータはトミックスの分売パーツをおごりました。

飯電のサハより、叡電の方が窓の天地寸法が高く窓柱が細い為、どこまで雰囲気が似るか心配でしたが、色と形で、それらしく見えるかなあ・・と思います。
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早速、朝専用の3連を組むと雰囲気は抜群です。
26年前に見た実物は、休日ということで車庫で寝ていましたが、
今回は、思いっきり走らせたいと思っています。

さて、早いもので、今年もJNMAフェスティバルの季節となりました。
明後日(7月2日)11時より東京・浅草は 東京都立産業貿易センター台東館にて、T-Track Netwarkの一員として路面モジュールと幾らかの車両を出展の予定です。
お買い物が終わったあと、お時間がありましたら、ご覧頂ければ幸いです。

なお、今年は例年と異なり会場入口と反対側が展示スペースとなっています。ご注意を。

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by hiro_hrkz | 2017-06-30 02:00 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
淡路交通 いすゞKC-LV280N +IBUS
いまや、関西方面と四国を結ぶ高速道の主要通過地点となり、高速バスも各種が走る淡路島ですが、歴史的には、四国方面と大鳴門橋だけが繋がっている時代が13年ほど続きました。

その大鳴門橋が繋がったころに開設された路線の一つが、津名港~徳島駅。当時、津名は大阪湾岸各地との航路が多数発着しており、重要性もあったのでしょう。ここで使用されていたのが、有名な中扉付のエアロバスですが、明石海峡大橋が開業する頃になり、車両の配置が代わり、ごくごく普通のキュービックバスになりました。
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・淡路交通 いすゞKC-LV280N +IBUS 1999年4月 徳島駅前

前中扉で2段窓、座席はオレンジ色のモケットという、なんの変哲もない、いかにも淡交の路線バス・・・という仕様。乗客減を見越したグレードダウンと言ってしまえばそれまでですが。
代替サイクルが極端に短かった頃の車両ですが、この世代だと定番の移籍先として神姫バスが待ち構えていましたね。国際興業に行ったものもありますが。

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by hiro_hrkz | 2017-06-26 23:38 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
住友大阪セメント いぶき500形
貨物の専用線が日本中にあった頃でも、電化されているところは、本当に数えるほどでした。しかもその多くは凸型電機で、箱型電機はさらなる少数派。そのうちのひとつが、東海道本線の近江長岡から分岐していた(大阪窯業セメント→)大阪セメント伊吹工場でした。

同工場は1952年に操業を開始。専用線は当初非電化でしたが、1956年に電化されています。その際に、日立製作所で、2両の電気機関車を製造しました。
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・住友大阪セメント いぶき501 1996年10月 近江長岡

全般的には、当時、日立製作所が私鉄向け(秩父鉄道、東武鉄道、松尾鉱業ほか)に製造した箱型電気機関車と共通で、
国鉄EF15形電機を縮小したような車体・機器配置になっています。
自重50t、主電動機は秩父・松尾と同じく日立HS277系ですが、両者が定格出力200kwのHS-277Arなのに対し、こちらは150kwのHS-277Br-16を4機搭載。また、松尾と同じく発電ブレーキを装備していました。

引張力は9000kgで、これも松尾の8800kgに近似した値となっています。ちなみに秩父鉄道のデキ102~106が7700kg、東武のED5010が5280kgですから、本線走行を考慮せず、とにかく多くを牽引できるようにセッティングされているといえましょう。

大阪セメントは、1994年に住友セメントと合併し、住友大阪セメントになります。
上の画像はその2年後に撮影したもの。大阪セメントはライオンの商標を使用しており、この車両も側面の中央にそれが描かれていましたが、合併後なので消されています。
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・三岐鉄道 ED501 2002年5月 山城

その後1999年6月をもって専用線は廃止されました。なお、2003年には伊吹工場そのものが閉鎖されています。
この2両の機関車は、類形機を保有する大井川鉄道が譲り受け2000年3月からED501・502として使用開始します。
しかし同年、中部国際空港の埋め立て工事用の土砂運搬で輸送力の増強が必要になった三岐鉄道に急遽・貸出(501)、譲渡(502)されました。
三岐鉄道では、重連総括制御化の上で2両固定で使用。このときにヘッドライトを三岐標準の2灯にしています。

上の画像がその時の写真。先頭の501には、大井川鉄道で復活させたライオンの商標がついていますが
502にはそれが無く、代わりに車番とメーカー名の間に三岐鉄道の社章が取り付けられています。
501のパンタグラフが下がっている理由は不明。

2002年10月に土砂輸送の終了に伴い、501は大井川に返却、502は廃車になりました。
502は、その後西藤原で展示されていましたが、2015年に解体。
大井川の501も、西武鉄道から購入したE31形の整備に手を付けた現在、いつまで残るのか気になるところです。


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by hiro_hrkz | 2017-06-18 20:54 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC
いすゞの中型車は、平成10年排ガス規制(KK-)に移行したあと・・つまりエルガミオになってからは、富士重工の架装例が無くなりますが、西工は架装をつづけました・・・これは、シャーシメーカの事情というよりコーチビルダー側の採算性で対応が分かれたようですが。もっとも、西工の中型車は圧倒的に日デRMが多く、いすゞは少数派であることには変わりありません。
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・熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC 2008年7月 交通センター(熊本県熊本市)

画像は熊本バスでの導入例。
いすゞKK-LRへの西工架装例は、ワンステップばかりで、ノンステは存在しないようです。
熊本バスは、前回取り上げた一畑電鉄同様、いすゞU-LRワンステの西工架装車を導入しており、それ流れの上にこの車両もあります。仕様も変わらず、逆T字窓で前中折戸となっています。
中型+96MCで前中引戸を採用すると、戸袋直前の窓柱が太くなる傾向にあり、重たい印象になることが多いのですが、折戸だと窓も大きく、軽快な感じがするように思います。

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by hiro_hrkz | 2017-06-12 22:49 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
弘南鉄道 3600形(全金属車)
弘南鉄道は、現在弘南・大鰐の両線ともに、旅客車はもと東京急行の電車がすべてを占めています。
現在の主力はオールステンレスカーの7000ですが、東急から弘南にはじめて車両が譲渡されたのは1975年のこと。
もと戦災省電の3600形で、番号もそのままに弘南で使われ始めました。
その直前に弘南線では、もと旧型国電を増備していたことを考えると、車体の大きさは納得のいく選択であります。

東急3600は、デハ3600(3601~3616)、クハ3670(3671~3679)、クハ3770(3771~3782)の3形式計37両からなるグループ。うち、デハ3601、3602、3607、3608、クハ3671~3675、クハ3771~3775の14両が、戦災車の鋼体を叩きなおしたもので、残り23両が戦災車の台枠を流用して車体を新造したものでした(以下、台枠流用車と表現)。前者は、クハ3771を除き、1960~1966年に東横車両製の全金属車体に交換されています(以下、全金属車と表現)。
定山渓鉄道に譲渡したモハ3両を除き、まず台枠流用車が1971~1975年に廃車、全金属車も1980~1982年に廃車になりました。

弘南には1975~1976年に台枠流用車のモハ4両、クハ6両が入線。続いて、全金属車が1980~1981年にやはりモハ4両、クハ6両入線し、合計20両の一大勢力となりました。
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・弘南鉄道弘南線 モハ3601 1995年8月 黒石
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・弘南鉄道弘南線 クハ3675 1995年8月 黒石
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・弘南鉄道弘南線 モハ3608 1995年8月 平賀
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・弘南鉄道弘南線 クハ3672 1997年8月 平賀

今回取り上げるのは、全金属車体のグループ。
1960年代に車体を新造した東急3000番台車の共通仕様で、スッキリした車体が持ち味です。
とはいえ、寒冷地を走る弘南鉄道でらしい改造も各所に施されています。

外観上でいちばん目につくのは、モハの貫通扉が塞がれたこと。
これは、弘南の他の車両でも見られますが、隙間風対策です。この改造で、どうも不細工になったものが多いのですが、この全金属車は綺麗な見た目をしていると思います。

また、客用扉は半自動式になり、手動開閉用の取っ手が取り付けられました。そして、片側の側面に3ヵ所、縦方向の雨どいが新設さてています。これで、側面が少々ゴツくなったようにも感じます。
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台車は、全車両が国鉄TR-11系で、日車や川車の釣り合い梁台車を多用していた東急の電車の中では、一番目につく差であったように思います。

線形が平坦な弘南線では、1M2Tの3両編成で使用されるのが基本で、3600もモハ+クハ+クハで組成され、朝ラッシュ時は2編成つなげた6連でも使用されました。一方で、後に昼間は乗客の減少から、Tを切り離して1M1Tの2連で走るようになります。

3600は、東急の3000番台車の中では、ずば抜けて高出力の主電動機、日立HS-269-Cr(定格出力142kw・・他に東武78系→5000系がこの系統の主電動機を使用)を搭載しており、こうした使用条件に合致していました。
それにしても、もともと3600が装備していた国鉄の100kw主電動機(MT-7、MT-10等)から、昭和40年代になぜこんな高出力なものに交換したのか興味があります。東急3000番台の主流・・すなわち3450、3500、3650は出力94kwの日立HS-267-*rを使用していたのですから・・・余談ですが、運輸省規格型の3700や、2両だけ製造された3800は出力110kwの東洋TDK-528-9Hを使用していました。

制御器は、戦後の東急3000番台の標準である、日立の電動カム軸・多段式のMMC-H-10系を登載しており、これも昭和40年ごろまでに交換されたもの。弘南線は電動車がすべて当形式になったため、自動的に日立MMCで統一。弘南線に残存した旧型国電2両と、もと阪和→国電→松尾の2両(いずれも制御車)は、従来のCS系からMMCに合うように手を加えられました・・・・といいたいところですが、これまた疑問が。

というのも、東急3000番台車のマスコンは国鉄MC1。当然、もと旧型国電の各車両とは同じはずです。
そもそも、東急3000番台でも3400あるいは、それより古くに廃車になった3200あたりは、制御器が旧型国電の標準である国鉄CS-5を使用していました。
はたして、一部文献(たとえば鉄道ジャーナル1981年8月号「ある戦前派ベテラン電車の半世紀」)で見られる4両を東急3600に合わせる工事とは、どのようなことだったのか・・・。

私が弘南鉄道を最初に訪れたのは1994年2月。
このとき、既に7000系への置き換えが一段落しており、3600は3編成しかありませんでした。
上の写真のうち、モハ3608は平賀構内で入替中のところで、この年の10月には廃車。
最後まで残ったのはモハ3601-クハ3773-クハ3672で、廃車は1999年でした。

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by hiro_hrkz | 2017-06-07 02:25 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)