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製作中のもの 2017年8月
ただいま、こんなものを製作中です。
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鉄道コレクションの秋田内陸縦貫鉄道AN8900の発売予告をみたとき、
パンタグラフつけて、ちょっとした展望電車になりそうだなあ・・・と思ったのがはじまり。
発売と同時に買ってきて、早速色を落したのですが、真夏の休工期間に入ったため殆ど工事は進んでいません。

右の緑のほうは、客用扉を乗務員扉後ろにも取り付け片側2扉にするために切り継ぎ。
一方、左の赤というか白いほうは、より展望車ふうにするため客用扉を車体真ん中に持ってくるために切り継ぎ中です・・・これは、おそらく「スズキュー」のレッドアローとオシ16を合体させた電車をGM秋葉原でみた影響でしょう(笑)・・。

長さは種車より若干短く18mになる予定です。
客用扉は折戸を予定・・私鉄の優等電車というと、そのイメージが強いので。
窓の位置が高く、そこらへんが少々イメージと合わないのですが、どうなることやら。

なお、秋はいろいろ事情があって工作がより進まなくなりそうです。年内に完成させることができれば・・・と思います。

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# by hiro_hrkz | 2017-08-31 00:00 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
岩手県北自動車 いすゞKC-LR333J +IBUS
岩手県北自動車は、2009年にみちのり傘下で再スタートをしてからは車種のメーカー縛りがなくなり
それまでの日野・日デに加えて、ふそう・いすゞもいろいろと入ってくるようになりました。
このうち、いすゞについては貸切車を随分前に取り上げていますが、路線車についても順次移籍が続いています。
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・岩手県北自動車 いすゞKC-LR333J +IBUS 2013年11月 盛岡バスセンター

画像はKC-LRのワンステップ車。もとは京浜急行で、同社からの移籍車第一弾(の1台)です。
平成6年排ガス規制(KC-)のいすゞ路線車はこれ1台だけで、その後はエルガの移籍が続いています。
沼宮内営業所に所属していましたが、どうやら転属した模様です。
あちらもいろいろと変ってゆくのでしょうね。


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# by hiro_hrkz | 2017-08-25 23:19 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
遠州鉄道 30形モハ51+クハ61
長期にわたって製造された、遠州鉄道の30形電車ですが、最終編成である1980年製のモハ51・クハ61は、他の編成との差がいろいろとあり、実質的に別の形式として考えても差し支えない存在です。
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・遠州鉄道 モハ51 1990年8月 西鹿島
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・遠州鉄道 クハ61  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

基本的には、1978年に製造されたモハ25・クハ85を踏襲していますが、同じなのは窓配置くらいのもの。前面は大きく変わり、湘南型をベースに当時の流行だった?窓ガラスまわりが一段凹んだ造形で、前照灯・尾灯は窓下へ。
車体側面の裾のRも大きく取られています。そして、連結面は客室断面ほぼそのままの超広幅貫通路を止めて、幅1000㎜のごくノーマルなタイプになっています。これは冷房効果を考えてのこと。なお冷房機そのものは、25・85と同じく三菱CU124(能力 10500kcal/h)×3です。

下回りも大きく変わっています。
吊り掛け駆動から中空軸平行ドライブになり、主電動機は日車NE90(定格出力112kw)×4から東洋TDK8095-A(端子電圧375V・定格出力120kw)×4になりました。
30形の台車は、円筒案内式の軸箱支持にトーションバー(ねじり棒)式の枕バネを持つ日車ND-507から、ペデスタル式の軸箱支持にインダイレクトマウント方式の空気バネを枕バネを持つND-306(ND-306T)に一部が移行しています。この編成は、さらにダイレクトマウント方式に変化したND-309(ND-309T)となりました。

主制御器は電動カム軸式ですが、日車NC-188Aから東洋ACDF-M4120-777Bに変わりました。ただし、制動方式は電空併用の自動ブレーキ(AMAR-D)で、ジャンパーも共通なので在来車との併結は可能です。
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・遠州鉄道 モハ51+クハ61+モハ28+クハ82  1999年3月 自動車学校前~さぎの宮

このタイプは1編成で終わり、3年後の増備は新形式の1000形になりました。
1000形は車体造形と塗装が大幅に変わっていますが、台車、主電動機、主制御器、冷房機などはこの51+61と共通となっています。ただしブレーキが全電気指令式のHRD-1-Dになったため、こちらとの併結ができません。

51+61は、30形と1000形の橋渡しのような存在といえそうですね。

参考文献 鉄道ファン239号(1981年3月号)、274号(1984年2月号)

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# by hiro_hrkz | 2017-08-20 15:45 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC
静岡鉄道のバスは長いこと、いすゞ・日野・三菱の3社でほぼ固められていて、日デは貸切車で僅かに存在するだけでした。それを変えたのは、KL-JP系ノンステップ車の発売でした。これで日デが勢力を拡大してゆくことになります。
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2008年9月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2013年8月 静岡駅前
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・しずてつジャストライン 日デKL-JP252NAN +西工96MC 2009年12月 静岡駅前

KL-JP系ですから、車体は当然、西工。同社は逢坂山の東にありながら、「カマボコ」の時代に西工を導入した実績があり、久しぶりの登場となりました。

画像は上から、2000年式、2001年式、2002年式その1、同その2です。
増備を重ねる度に少しずつ変わっており、
・側面の行き先表示は2000年式は戸袋前なのに対し、2001年式以降は中扉後ろに、
・エアコンは、まずゼクセルで2002年式その1でモデルチェンジ、2002年式その2はデンソー、
・中扉は下半分にも窓があるものから、2002年式その2で省略されたものに
それぞれ変化しています。
最も、中扉下の窓は、その後広告が貼られて潰されている例もあるのですが。

2000年式6台、2001年式1台、そして2002年式は実に23台が導入され、合計30台の大勢力となりました。
その後の増備は、通常の大型車のKL-UAとなります。

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# by hiro_hrkz | 2017-08-12 17:26 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
庄内交通 モハ1形モハ3
いまから23年前の夏、東北地方の私鉄廃線跡を巡ったときの話は、これまでに何度か(山交三山線モハ同・間沢駅舎山交尾花沢線DB松尾鉱業羽後交通雄勝線デハ秋田県のバスなど)とりあげてきましたが、その際に山形県庄内地方の庄内交通も訪ねています。

ムーンライトで村上へ、そこから羽越線のキハ40系の5連に乗り換えて、まずは羽前水沢へ。
国道沿いのモハ8を見たあとで、鶴岡に一旦出てから旧・善宝寺駅を利用した善宝寺鉄道記念館へと向かいました。
しかし、この頃から既に不定休であり開館している日がわからない状況だったようです。
当日も閉館しており、柵外遠くから保存されているモハ3を見るだけで終わりました。ただし、状態は良かったので、未だ手入れなどがなされていたのでしょう。
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・庄内交通 モハ3 1994年8月 善宝寺鉄道記念館(保存)

さて、庄内交通モハ1形は、庄内電気鉄道として1929年に開業する際に日本車輛で先ずモハ1・2の2両が製造されました。蒲原鉄道デ11形が同型です。翌1930年にモハ3が増備されましたが、扉が窓一つ分車体中央側にずれています。
モハ2は後にモハ5に改番していますが、何故電動車の番号を(モハ8を除いて)奇数に統一したのか不思議なところ・・・似たような事例では、日ノ丸自動車法勝寺鉄道という事例もありますが。

窓が一段式から二段式になったのは、1950年代?の改造の模様。そして、1964年にモハ1・5が、1965年にモハ3が直接制御から間接制御(間接非自動式の模様だが詳細は不明)に改造、客用扉の自動扉化が行われました。

晩年の写真を見ると、もと京王帝都2400のモハ8や、池上電鉄のモハ101・103と編成を組んでいますが、ここで疑問なのが制御装置。出自を考えれば、前者は間接非自動(=手動加速)で単位スイッチ式の三菱HL、後者は間接自動で電動カム軸式の英国EE社(デッカー)系で、通常なら併結はできません。廃線時の写真を見ても特に制御器の変更は行わていないようです。

これは、モハ101・103は常時手動加速として使うようにしていた(東武3070の時に少々触れてますが、デッカーのマスコンM-8Dは、手動加速として使うことができた・・・ただし、モハ101のマスコンが何であったのかは不明)のでしょうか。いろいろと考えるところです。

8年ほど前に現地を再訪しましたが、各所で報告が上がっている通り、放置状態で構内の木は伸び放題。車両も荒廃が進んでいるようでした。ここへアクセスする手段も、23年前は鶴岡~善宝寺~湯野浜温泉のバスは日中40分間隔でしたが、現在は平日6往復、休日4往復にまで激減しています。

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# by hiro_hrkz | 2017-08-05 23:41 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
北都交通 三菱ふそうP-MP218K・P-MP218M +呉羽
札幌近辺の空港といえば、まず思い出されるのは(新)千歳空港ですが、
もうひとつ、札幌市街から比較的近くにあるのが丘珠空港です。
同空港への連絡バスを運行しているのが、北都交通で現在は貸切タイプの車両を使用しています。
しかし、以前はごく普通の路線バスタイプの車両を走らせていた時もありました。
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・北都交通 三菱ふそうP-MP218K +呉羽 2000年5月 麻生(札幌市北区)
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・北都交通 三菱ふそうP-MP218M +呉羽 2000年5月 麻生(札幌市北区)

画像がその車両。この頃、全国的に流通していたもと横浜市交通局のふそうです。
4台ほど在籍していたようですが、本牧営業所に配置されていた軸距5.3mのP-MP218Mと、それ以外に配置の軸距4.8mのP-MP218Kの両方が存在していました。うち、P-MP218Kのほうは行先と系統で前面の幕が分割されていることから、もと緑営業所と思われます。
全日空(系列のエアー日本)の連絡輸送用であるため車体はANAカラー、前面方向幕にもロゴが入っています。

結局のところ、この車両による運用は長続きせず、車両は系列の根室交通に再移籍しました。
原則、ジェット機が就航できないこともあり、丘珠空港から全日空グループも2010年には撤退しています。


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# by hiro_hrkz | 2017-07-29 15:33 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
松浦鉄道 MR-100形
1980年代に国鉄地方交通線を転換した第3セクター鉄道は、その大半が非電化であったため、富士重工もしくは新潟鉄工所製の気動車を導入することになります。
このうち、新潟鉄工所は従来の鉄道車両の技法を用いつつ全長を18m以下にした車両を供給しました。
当初は国鉄型に準じていたものでしたが、エンジン配置・変速機・台車等は次第にオリジナルのものにかわってゆきます。
1987年製の錦川鉄道NT-2000で、車体長が15.8m、ドアがバスの部品流用、エンジンが横置き搭載(機関そのものは新潟6H13AS 250PS)、台車が住友NP120DまたはNP120Tで2軸駆動(軸距1800mm)、変速機が新潟TACN22-11**というのが一つの標準として確立します。
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松浦鉄道 MR-123 2002年9月 早岐

このタイプは、その後、松浦鉄道、くま川鉄道、高千穂鉄道と九州地区の転換線で採用されました。
画像は、その一つ。松浦鉄道の車両です。同社は1988年の開業にあわせて、前面貫通型のMR-100を17両、
非貫通のMR-200を5両、更に非貫通でイベント対応のMR-300を2両、合計24両を導入しました。
斜め塗りを多用した塗装に、当時の流行を感じるところです。
車内はセミクロスシート・トイレ無し。そういえば、この頃の3セク用向け気動車は、富士・新潟ともに、遮光幕ではなく普通のカーテンを採用していましたね。

その後、2007~2012年にMR-600に置き換えられて廃車になり、ミャンマーに譲渡されたようです。
高千穂は廃線、錦川は2008年、くま川も2014年には代替されています。
気動車の寿命は短めといいたいところですが、このタイプを導入したもう一つの事例、つまりJR西日本のキハ120形200番台の更新が先日実施されたというニュースを聞くと、事業者次第・・・手を入れるだけの技術力があるかないかという見方もできるのかな・・・と思う次第です。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-23 01:40 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(2)
広島交通 日デP-UA33N・U-UA440NAN +富士7E
広島バスは、かつては日デとふそうの車両を導入し、その車体は西工でほぼ統一されていました。
しかし、昭和58年排ガス規制(P-)の途中から一時期的に日デのみを採用するようになります。
そして車体も、1989~1995年にかけて、富士重工7Eを架装した車両を導入しました。

まず、P-UA33Nを1988年度製10台(広島22く3135~3141、3186~3188 社番624~633)、1989年度製13台(3244~3248、3250、3317~3323 車番634~639、647~653)の合計23台導入します。
その後は排ガス規制が平成元年規制に変り、U-UA440NANを1990年12月製7台(広島22く3411~3417 社番654~660)、、1992年3月製7台(広島22く3655~3661 車番670~676)の合計14台導入します。
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・広島交通 日デP-UA33N +富士7E 2011年5月 八丁堀(広島市中区)
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

両車の間に特に大きな外観上の差はありません。
軸距5.55mのエアサスの標準床車で前中引戸・メトロ窓装備。
そして、エアコンはこの時期では珍しくなっていたサブエンジン方式です。
これらは当時の広島交通の標準仕様でしたが、結果的に富士7Eの架装車として非常に特色あるものになりました。
特に冷房方式は、乗合用としては他には琉球バスと八丈町を思い出す程度です。

車内にずらりと並んだ2人がけハイバックシートは、郊外の団地と広島都心部をかっ飛ばしていた輸送形態に適したものですね。

続く2年は再び西工のみに戻りましたが、その後1994年12月製5台(広島22く3970~3974 社番702~706)、1995年6月製6台(広島22く4058~4063 社番710~715)の11台を導入しています。
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2015年8月 広島バスセンター
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・広島交通 日デU-UA440NAN +富士7E 2011年5月 広島バスセンター

ここで仕様が大きく変更され、中扉は4枚折戸。
冷房も直結式となり、少しづつ特徴が薄れてゆくようになります。
続いて・・・と言いたいところですが、平成6年排ガス規制になって、ふそうが復活。一方、富士の架装はなくなり合計48台で終わりました。

なにゆえ、この時期だけ富士重工架装の車両を導入したのかわかりません。富士の売り込みだったのか、西工の生産能力の都合だったのか(同時期に広交が導入したのは富士重工48台に対し、西工27台)。その後、関東地方から大量の富士7E架装車が移籍してくるとは思いもしませんでした。

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# by hiro_hrkz | 2017-07-16 02:08 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)