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岩国市交通局  いすゞK-CJM470? +川重
現在は民営化された山口県岩国市の市営バス。末期の路線車は中型以下のサイズばかりで、大型は昭和54年排ガス規制(K-)が最期でした。
以前、ふそうMP+西工ハンペンの例を取り上げましたが、いすゞC系の画像も出てきたので取り上げる次第。
e0030537_23005277.jpg
・岩国市交通局  いすゞK-CJM470? +川重 1998年9月 岩国駅前

エンジンが不明なので、型式については?つきとしました。
比較的オーソドックスな前中扉のC系+川重ですが、側面窓上の広告や、前扉の窓が上下分割である点、
そして、ヘッドライト間に設けられた局名入りの行灯といったパーツ類で、
より古めかしい印象になっているように思います。

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# by hiro_hrkz | 2017-02-23 23:13 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
十和田観光電鉄 ED301
十和田観光電鉄は、電化以降廃線までの間に2両の電気機関車を保有しました。
一つは、1962年川崎製のED402。そしてもう1両は、改軌・電化時の1951年5月に製造されたED301です。
e0030537_01132350.jpg
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・十和田観光電鉄 ED301 2002年6月 (上) 工業高校前 (下)七百

製造したのは日立製作所(水戸工場)。これは、電化に際して、電気関係の一切を日立が受注したためです。
同時に入線した、やはり日立製のモハ2400形と主電動機(HS-266Cr20 端子電圧750V/定格90.0kw)や制動装置(AMM-C)は共通化されています。ただし制御装置は、さすがに電車用のMMCというわけではなく、オーソドックスに電空単位スイッチ式となっています。
自重は30.0t・・・形式の「30」がここからきているのは、(旧)東北運輸局管内らしいところです。
e0030537_01132308.jpg
車体は、日立製の凸型電機の標準的なスタイルをしており、凹凸のないキャブの側面にやや小さめの窓は、たとえば、京福電鉄テキ521→えちぜん鉄道ML521や、住友別子ED104にもみられる特徴です。
ただし、車体幅が広い(京福テキ521が最大2171mmなのに対し、本機は2515mm)ことから、前面の窓が、他は2枚窓なのに対し3枚窓なのが特徴でした。運転台は前後に1つづつあります。

上の画像は、貸切運転会の際に撮影したもの。
この車両は、入線当初は制御車を牽引して走行していたようで、たとえば前面のテールライト外側には給電用のジャンパ栓が備えられています。そのときの再現というわけだったのか、前面に電車用の行先板をつけています。
・・・・ところで、この特徴ある編成の写真、どこかに残っていないものでしょうか?
e0030537_01132367.jpg
・十和田観光電鉄 ED301+トラ301+ED402  2011年9月 七百附近

十和田観光は貨物輸送が遅くまで残っていたほうで、国鉄分割民営化直前の1986年10月まで一般貨物を取り扱っていました。その後も、積雪に備えてED402共々、2012年の廃線まで生き残っていました。
こうして、イベントで駆り出されることも何度かありましたね。

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# by hiro_hrkz | 2017-02-17 02:01 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
横浜市交通局 日デP-RB80G +西工
関東地方における西工の路線車といえば、京王帝都が1995年に導入した日デU-JP以降に一般化したというのが多くの認識かと思います。しかし、それに先立つこと6年。1989年(1988年度)に横浜市営バスが、8台ほど導入しています。車種は、発売から間もない日デの中型車、P-RB80Gでした。
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・横浜市交通局 日デP-RB80G +西工 1998年3月 桜木町駅

 最も一般路線用ではなく、桜木町を起点に関内や山手を廻る循環路線 130・131系統を新設するにあたり専用車として投入されました。当時、横浜市営の車両仕様は前中引戸+2段窓でしたが、この車両は前中折戸+逆T字窓という特別なもの。塗装も横浜市電1600形のそれを範にとった、青と白のツートーンでした。当局の新路線に対する気合の入れ具合が伺えますね。
 なお、横浜市営といえば1990年度以降、電子式ATを全面的に採用しましたが、それに先立ち当車はトルコン式ATを登載しています。画像からわかるように、女性ドライバーをこの路線専用に多くそろえていたことも関係するのでしょうか。

130・131系統は、1994年に路線の一部変更に伴い、Yループという愛称が与えられました。このときにRBの塗装は、1台ごとに沿線商店街が異なるイラストを描いた派手なものになりました。なお、1台だけは港北ニュータウン営業所に転属し同管内のミニバス用になり、塗装もその専用に変更されました。

画像は、この車両の最末期である1998年の3月に撮影したもの。
廃車の頃には、丁度、横浜市交通局から移籍車が大量に出回っていた時期で、かつ移籍車の市場で中型車のタマ不足感が出てきたころ。この車両も・・・と思っていましたが、結局すべてどこにも行かずに終わりました。


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# by hiro_hrkz | 2017-02-09 01:30 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
江ノ島電鉄 300形301、306
江ノ電のかつての主力車両といえば300形。6編成が存在しました。
最も、同じ形式にまとめられていても、その中身は種車も形もバラバラだったのは御周知のとおりです。
2000形などの増備で置き換えられていましたが、真っ先に廃車対象になったのが、1927年に製造された、もと王子電気軌道200形(都電150・170形)の車体を持つ、301+351と306+356でした。
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・江ノ島電鉄 301+351  1991年5月 極楽寺

トップナンバーの301+351は、1956年に東洋工機・東洋電機で改造されました。
1953年に都電150形153、154と、同杉並線260形の台車を組み合わせて入線した113、114(いずれも2代目)が種車です。

片方の車端を切妻に改造し、ドアを中間よりにした車体を2つ接合したようなもの。王子電軌200形は窓配置が1D11D1、301は改造当初は1D10D2でした。なお、連節車にする際に、客室の扉は上方向に拡大しています。その後、1970年代初頭に乗務員扉の設置が行われ、客用扉は車体中央側に移設されています。これにより扉間の窓数は9枚に変化しました。

 江ノ電の電車は1979年頃にヘッドライト・テールライトを全車窓下に2灯づつ装備するように改造を受けていますが、この車両はそのケーシングが一体化しているのが他車にない特徴でした。また他の編成が両端の台車に主電動機を2機づつ取り付けているに対し、この編成だけ両端の台車に1機、連節部の台車に2機取り付けていました。
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・江ノ島電鉄 306+356 (隣は108) 1991年5月 江ノ島 

一方、ラストナンバーの306+356は、江ノ電唯一の連結車だった112→201・202を1968年に東横車両で改造したもの。
112は、西武荻窪線の木造車32を1934年に譲り受けたもので、1953年に都電150形の車体に振り替えられています。202は、夏季だけ運行された納涼電車の車体に静岡鉄道の台車を組み合わせて1949年に登場。1954年に都電174の車体に振り替えられています。両方とも、車体振り替えの時点で客用窓が2段窓に改造されており、後々まで301編成と異なる点の一つとして現れます。

301に先立ち1955年に、やはり東洋工機で連結車に改造されました。
客用扉が上方に拡大されているのは、こちらも同じ。

連節車への再改造時に車体は更新され、ノーシル・ノーヘッダーに。またヘッドライト・テールライトは当初より窓下に2灯りづつ装備されていました。窓配置は乗務員扉設置前の301に近いものですが、こちらは客用扉を拡幅したため、扉間の窓数が8枚・かつ戸袋窓だけ幅が広いものになっています。
しかし、種車のメーカーが異なる(都電150形:田中車両、170形:川崎車輛)ため、雨どいの高さが異なる点には手を付けられず、最後まで300形の中でブサイクと言われるゆえんになりました。1970年代に乗務員扉の設置が行われています。
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300形の特徴は、車体のみならず台車にもありました。
その多くは、旧式の台車を大改造したものです。
画像は301の台車。
揺れ枕から板バネとハンガーで台車枠に連結する旧式の台車を、コイルばねとオイルダンパーで連結する近代的なものにしていますが、無理矢理感は否めず。今ならばもっと細かく観察するところですが、このときはこれを撮影しただけで終わりました。

306は1991年、301は1992年に廃車になっています。


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# by hiro_hrkz | 2017-02-02 01:55 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
大分交通のMK116とMM116
魑魅魍魎の車種構成で知られる大分交通のバスから
本日は三菱ふそうのこの車種を。
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・大分交通 三菱ふそうK-MK116J +呉羽 2000年8月 大分駅前
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・大分交通 三菱ふそうP-MK116J +呉羽 上:1999年8月 下:2001年8月 大分駅前

大分交通の路線バスは1980年代には既に中型を多数導入していたようです。
ふそうの路線バスで、最初にスケルトンになったMK116系も幾つか見ることができました。
いちばん上は昭和54年排ガス規制(K-)適合車、残り2台は昭和58年排ガス規制(P-)適合車です
(両者の違いは、前面の通風孔の位置に現れる模様)。
P-のほうが屋上に広告枠を載せているので、逆に古めかしく感じるところです。
大分交通は大分・別府が前中折戸、そのほかがトップドアというのが基本でしたが、この型式に関しては前中扉しかなかったようです。

さて、大分交通は、大型は少なかったものの、9m大型はそれなりの数が入っていました。
全国的に見ても少数派の三菱ふそうMMも導入されています。
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・大分交通 三菱ふそうP-MM116H +呉羽 1999年8月 大分駅前
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・中津観光バス 三菱ふそうP-MM116H +呉羽 2001年9月 中津駅前(大分県中津市)

パッとみただけではMKと区別がつきませんが、こちらの方が幅が広く長い、タイヤハウスも大きいことが解ります。
下の1台は、分離子会社の中津観光に異動し、帯の色を一部変更して使用していたもの。
仕様からして、大分・別府地区から転属したものと思われます。

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# by hiro_hrkz | 2017-01-27 00:01 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
熊本電気鉄道 藤崎宮前駅旧駅舎
熊本市街からその北郊へ向けて走る、九州では数少ないローカル電鉄である熊本電鉄。
そのターミナル、藤崎宮前駅は市街地の北側に位置し、その名の通り、熊本の街の総鎮守である藤崎八幡宮の至近に存在します。20年前に、ビルに建て替えられましたが、それまではこんな木造平屋建ての駅舎が建っていました。
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駅の上半分を覆うような看板が嫌でも目に入ってきます。
清酒の広告があるのは、いかにもローカル電鉄といった趣き。
また駅名よりも行き先を大きく書いてあるのもターミナルらしい風景です。最も、この時点で御代志から先は廃線になっており、菊池温泉「方面」には違いありませんが、誇大広告の感も否めないところです。
まあ、現在でも菊池電車(菊電)のほうが通じるほどなので、これでもよかったのでしょう。
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菊池電車の起点は、もともとは上熊本で、併用軌道で熊本城の北側を通り、藤崎宮前でスイッチバックして菊池方面へ向かっていました。第2次大戦中に、現在の上熊本~池田~北熊本の路線の建設がはじめられ、戦後の1950年に開業。藤崎宮前駅は1951年に移転し上熊本方面の軌道線と切り離されています(軌道線は1954年に水害で廃線・熊本市に譲渡)。
つまり、この駅舎はそれ以降の建築となります。

駅舎内部の待合室は、それなりに広かったように記憶しています。菊池電車の営業窓口は、ここに集約されいましたが、昭和40年代の写真を見ると銀行の出張所も併設されていた模様。
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ホームは相対式2面2線で、菊池側には側線もあったようですが、撮影した1990年代には棒線化されていました。なんとも侘しい雰囲気ではありました。

御周知のとおり、このターミナルの立地が不利であるゆえに、市街中心まで行くバスのほうが利便性に勝り、やがて電車は御代志から先を廃止するに至りました。その後も、市電への直通を画策したことは記憶に新しところです。
しかし、実際には熊本中心市街の上通に直結しており、本来、それほど悪いところではない・・たとえば、新潟交通電車線の白山前や、北陸鉄道石川線の野町ほどの僻地感はありません。

ただ、熊本の中心市街は開発余地の関係(武家屋敷~軍用地の転用)からか、通町筋電停より北の上通~藤崎宮前側よりも、南側の下通~新市街側のほうが栄え、さらには交通センターが完成したことで、取り残されてしまったように思います。
歴史にifは禁句ですが、何かしらのベクトルが異なれば、もともとは同じような立地であった、伊予鉄の松山市駅あるいはコトデンの瓦町駅のように、中心市街をこちらのほうへ持ってくることができたのかもなあ・・と、感じるところです。

・1、3枚目 1993年8月 撮影
・2枚目 1995年8月 撮影

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# by hiro_hrkz | 2017-01-20 01:46 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
消防の富士7E
今回は少々視点を変えて、全国の消防組織が持つ富士7Eを取り上げてみたいと思います。
当然自家用車ですが、公用車ということで拙ブログで扱う次第です。
とはいえ、それほど数が多いわけではありません。
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・日デKL-UA452MAN +富士新7E 2008年7月  浅草橋駅附近(東京都台東区)

まずは新車から。
東京消防庁が保有する日デKL-UA+新7Eです。音楽隊の隊員輸送で使われていた車両とのこと。
ツーステップ、そしてなによりCNG車であることが特徴です。
新7Eのバリエーションとして見た場合は、ワイドドアでメトロ窓というのは、これだけの組み合わせでした。
また、右側面に非常口がありません・・・いかなり理由でそうなったのかは定かではありませんが。
製造は2003年3月で、富士重工製ボデーのバスとして最後の最後で造られた車両となります。

東京消防庁は、これ以外にも富士7Bを架装したUA510を持っていたようですが、詳細は不明です。また富士重工架装のバスを新車導入した事例は、ほかにも川崎市消防局の日デRM+富士8Bなどがありました。
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・いすゞP-LV214K +富士7E 2006年9月 長崎県佐世保市

続いては移籍車の事例。
長崎県の佐世保市消防局が保有したP-LV+7Eです。
見てすぐにわかるように、もと都営バスで、移籍した当時はそれなりに話題になりました。
もとは深川営業所に配置され都市新バスの一つ「グリーンアローズ」で使われていたもの。この頃、佐世保市交通局では何台かもと都営バスが導入されていましたが、そのことと関係はあったのでしょうか?

よく見ると原形そのものではなく、方向幕はつぶされ、またマーカーランプが当然、青から橙に変更されています。前面は行灯がなくなり(・・ということは再塗装している?)代わりに消防章がとりつけられています。

ところで、これの用途はなんだったのでしょう。やはり音楽隊だったのでしょうか。

さて、消防で富士7Eといえば、あるクルマを思い出される方もいらっしゃるかと思います。
バスではありませんが、関連が深い車両なので取り上げたいと思います。
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・日デ FJ550LN +日本機械工業 2017年1月 川越市役所(埼玉県)

日本機械工業製のはしご車「スカイアクションラダー」、車台は日デFJ550LN(排ガス規制はKC-相当)です。
この型式および、後継のFJ552LN(排ガス規制はKL-相当)のうち2002年度以前の車両は、キャブが富士7E(7B)に準じたものとなっています。
フロントガラス等を見ると、天地寸法は小さくそのままではありません。
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とりわけ、フロントの窓下だけ拡大すると、富士7E(7B)にしか見えません。
ヘッドライトの下に赤色ランプが取り付けられている点は、新7Eにしか見えませんが、この車両はそれよりも前に登場している点(・・・新7Eの市販1号車は2000年9月製造)は注意しておきたいところです。
なお、富士がバス車体の架装を止めてからは、西工がキャブを製造していました。

画像は、埼玉県の川越地区消防組合が保有する車両。
一度実物を見ておきたかったのではありますが、消防用車両に関する情報は、バスに比べても圧倒的に少なく、また撮影できる機会についての見当がつきませんでした。しかし、友人から出初式がいいとの情報を貰い、漸く見ることができました。
調べた限り、たとえば関東地方では他に埼玉県の入間東部地区消防組合、上尾市消防本部、神奈川県の相模原市消防局が保有しているようですが、細部は各車異なっています。

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# by hiro_hrkz | 2017-01-13 00:00 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(2)
函館市電の「新塗装」
全国の路面電車の中には、一部の低床電車を除き全面広告車が多勢を占めるようになって
オリジナルの塗装が、殆ど見当たらなくなった事例が幾つかあります。
そうなると、広告が解除されたときに、どの色に戻せばいいのかわからなくなる・・・なんてことはないと思いますが、結果として消えてしまった組み合わせというのが出てきます。
e0030537_01572052.jpg
・函館市交通局 812 2014年4月 五稜郭公園前

函館市電800形は1962~1965年に新潟鉄工所で製造された車両。
都電7000形や8000形がモデルになってると思しき車体なのは一つ前の710形と同じ。
函館市電の主力車種でしたが、8000形への車体更新が進められ間もなく形式消滅となる見込みです。
この最後まで残った812は、現在、凡そ1980年代までの標準塗装であった緑とクリームのツートーンになっています。

しかし、800形には、こんな塗装になっていた時期もありました・
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・函館市交通局 806 1995年9月 十字街

緑色が基調なのは同じですが、こちらは白地にライトグリーンという随分明るい感じのもの。
(実際には、画像よりももっとくすんだ色調なのですが)。
これは、1985年に国鉄五稜郭工場で車体を新造した711号車で採用されたもの。
その後、在来車にも波及し、最古参の500形も一部は塗り替えられました。
710形・800形は頭数が多かったので、それなりに存在した・・・ということはなく、この頃既に全面広告車が大半を占めていたので、あまり存在しなかったようです。私も、見たのはこの一両のみ・・・。

711は廃車前にこの塗装に戻ったようで、また8000形は現在も、この塗装が標準のようです。

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# by hiro_hrkz | 2017-01-07 02:29 | 路面電車・低床電車 | Trackback | Comments(0)