本サイト「創作鉄道資料館」では使わない画像を中心に
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
資料館本館
本サイト
創作鉄道資料館

特別企画
高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

※現在、コメントとトラックバックは管理者の承認後の掲載となっています。従って、書き込み後暫く時間がかかることを、ご承知ください。

※当ブログに対するご意見、ご要望などは
こちらから、お願いいたします。

なお、リンクフリーです。

※当サイト内の画像、文章等の無断転載を禁止します。

エキサイトブログ以外へのリンク
カテゴリ
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
最新のコメント
>>12号線さん 大井..
by hiro_hrkz at 01:00
お久しぶりです。 大井..
by cos000 at 11:54
>>島々な人さん お久..
by hiro_hrkz at 00:57
お久しぶりでございます。..
by 島々な人 at 21:35
>>ノンちゃんさん 京..
by hiro_hrkz at 00:49
画像のバスは最後まで京阪..
by ノンちゃん at 18:50
備北バスの三菱ふそうの小..
by しんご at 18:02
>>トライランダーさん ..
by hiro_hrkz at 14:52
こんにちは。福岡県中間市..
by トライランダー at 05:44
>> SELEGA950..
by hiro_hrkz at 00:43
最新のトラックバック
西暦1906年 - 満鉄..
from ぱふぅ家のホームページ
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「スキー(バス)シーズン..
from 常磐工場の業務報
「富士重5Eは好きですか..
from 常磐工場の業務報
「富士重ボディは好きです..
from 常磐工場の業務報
鉄コレ 名市交300形 ..
from 月刊えむわーくす
徳島市営バスと徳島駅前
from nishimino
時代はソーシャルネットワ..
from 生活のキーワード
紹介>花巻電鉄・仙北鉄道..
from 鉄道のある風景weblog
筑波鉄道の車両
from ★ どうでもいいもの大集合 ★
フォロー中のブログ
外部リンク
検索
いろいろ
ブログジャンル
画像一覧
チュウカンサハ
といっても、右とか左とかそういうややこしい話ではございません。
今年も梅雨の催事を前に完成することができました。
e0030537_02150647.jpg
e0030537_02150670.jpg
前回(4月)の記事で福島交通飯坂線のモハ1200形が7年のブランクを経て2両揃ったことをお伝えしましたが、
そうなれば、当然中間車のサハ3016・3017がないとお話になりません。ということで、今回は3か月のブランク程度で揃うことになりました。
e0030537_02150621.jpg
種車としたは、鉄コレ第8弾の叡電デオ300。これを2両使っています。
以前、作成した神奈電のもと定鉄に客用扉窓を供出して余った車体がありました。その時点で、既に中間サハを叡電から作れそうだという構想は持っていましたが、相方のモハの構想が固まらず、結局は完成の順序が逆になった次第。

叡電デオ300は側板だけを使い、屋根はグリーンマックスの国電用(形式不明・・・101系用??)の幅を詰めたもの。妻面はプラ板からのフルスクラッチです。塗装はこれまでの2両と同じく、スカ線のクリーム色と京浜急行のバーミリオンで塗り分けました。

窓ガラスは種車のものを基本的に使用していますが、戸袋窓は全く構造が違うので、窓枠を削り取って磨いてノッペラボーにしています。そのうえで、車内側の窓にのみ中桟があるので、車内側にそれをプラ板から作成して貼り付けています。
貫通扉は、何かの両開扉の窓を使用。連結面の戸袋窓は塩ビ板を切り出してはめ込んでいます。

台車は、本当なら長電OSカーのものがよいのですが(・・・って、こんなことが書ける時代なんですね・・・しみじみ)、今回は手許にあった、国鉄DT20を使っています。ベンチレータはトミックスの分売パーツをおごりました。

飯電のサハより、叡電の方が窓の天地寸法が高く窓柱が細い為、どこまで雰囲気が似るか心配でしたが、色と形で、それらしく見えるかなあ・・と思います。
e0030537_02150620.jpg
e0030537_02150618.jpg
早速、朝専用の3連を組むと雰囲気は抜群です。
26年前に見た実物は、休日ということで車庫で寝ていましたが、
今回は、思いっきり走らせたいと思っています。

さて、早いもので、今年もJNMAフェスティバルの季節となりました。
明後日(7月2日)11時より東京・浅草は 東京都立産業貿易センター台東館にて、T-Track Netwarkの一員として路面モジュールと幾らかの車両を出展の予定です。
お買い物が終わったあと、お時間がありましたら、ご覧頂ければ幸いです。

なお、今年は例年と異なり会場入口と反対側が展示スペースとなっています。ご注意を。

[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-06-30 02:00 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
淡路交通 いすゞKC-LV280N +IBUS
いまや、関西方面と四国を結ぶ高速道の主要通過地点となり、高速バスも各種が走る淡路島ですが、歴史的には、四国方面と大鳴門橋だけが繋がっている時代が13年ほど続きました。

その大鳴門橋が繋がったころに開設された路線の一つが、津名港~徳島駅。当時、津名は大阪湾岸各地との航路が多数発着しており、重要性もあったのでしょう。ここで使用されていたのが、有名な中扉付のエアロバスですが、明石海峡大橋が開業する頃になり、車両の配置が代わり、ごくごく普通のキュービックバスになりました。
e0030537_23181150.jpg
・淡路交通 いすゞKC-LV280N +IBUS 1999年4月 徳島駅前

前中扉で2段窓、座席はオレンジ色のモケットという、なんの変哲もない、いかにも淡交の路線バス・・・という仕様。乗客減を見越したグレードダウンと言ってしまえばそれまでですが。
代替サイクルが極端に短かった頃の車両ですが、この世代だと定番の移籍先として神姫バスが待ち構えていましたね。国際興業に行ったものもありますが。

[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-06-26 23:38 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
住友大阪セメント いぶき500形
貨物の専用線が日本中にあった頃でも、電化されているところは、本当に数えるほどでした。しかもその多くは凸型電機で、箱型電機はさらなる少数派。そのうちのひとつが、東海道本線の近江長岡から分岐していた(大阪窯業セメント→)大阪セメント伊吹工場でした。

同工場は1952年に操業を開始。専用線は当初非電化でしたが、1956年に電化されています。その際に、日立製作所で、2両の電気機関車を製造しました。
e0030537_02093135.jpg
・住友大阪セメント いぶき501 1996年10月 近江長岡

全般的には、当時、日立製作所が私鉄向け(秩父鉄道、東武鉄道、松尾鉱業ほか)に製造した箱型電気機関車と共通で、
国鉄EF15形電機を縮小したような車体・機器配置になっています。
自重50t、主電動機は秩父・松尾と同じく日立HS277系ですが、両者が定格出力200kwのHS-277Arなのに対し、こちらは150kwのHS-277Br-16を4機搭載。また、松尾と同じく発電ブレーキを装備していました。

引張力は9000kgで、これも松尾の8800kgに近似した値となっています。ちなみに秩父鉄道のデキ102~106が7700kg、東武のED5010が5280kgですから、本線走行を考慮せず、とにかく多くを牽引できるようにセッティングされているといえましょう。

大阪セメントは、1994年に住友セメントと合併し、住友大阪セメントになります。
上の画像はその2年後に撮影したもの。大阪セメントはライオンの商標を使用しており、この車両も側面の中央にそれが描かれていましたが、合併後なので消されています。
e0030537_02091813.jpg
・三岐鉄道 ED501 2002年5月 山城

その後1999年6月をもって専用線は廃止されました。なお、2003年には伊吹工場そのものが閉鎖されています。
この2両の機関車は、類形機を保有する大井川鉄道が譲り受け2000年3月からED501・502として使用開始します。
しかし同年、中部国際空港の埋め立て工事用の土砂運搬で輸送力の増強が必要になった三岐鉄道に急遽・貸出(501)、譲渡(502)されました。
三岐鉄道では、重連総括制御化の上で2両固定で使用。このときにヘッドライトを三岐標準の2灯にしています。

上の画像がその時の写真。先頭の501には、大井川鉄道で復活させたライオンの商標がついていますが
502にはそれが無く、代わりに車番とメーカー名の間に三岐鉄道の社章が取り付けられています。
501のパンタグラフが下がっている理由は不明。

2002年10月に土砂輸送の終了に伴い、501は大井川に返却、502は廃車になりました。
502は、その後西藤原で展示されていましたが、2015年に解体。
大井川の501も、西武鉄道から購入したE31形の整備に手を付けた現在、いつまで残るのか気になるところです。


[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-06-18 20:54 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC
いすゞの中型車は、平成10年排ガス規制(KK-)に移行したあと・・つまりエルガミオになってからは、富士重工の架装例が無くなりますが、西工は架装をつづけました・・・これは、シャーシメーカの事情というよりコーチビルダー側の採算性で対応が分かれたようですが。もっとも、西工の中型車は圧倒的に日デRMが多く、いすゞは少数派であることには変わりありません。
e0030537_22285950.jpg
・熊本バス いすゞKK-LR233J1 +西工96MC 2008年7月 交通センター(熊本県熊本市)

画像は熊本バスでの導入例。
いすゞKK-LRへの西工架装例は、ワンステップばかりで、ノンステは存在しないようです。
熊本バスは、前回取り上げた一畑電鉄同様、いすゞU-LRワンステの西工架装車を導入しており、それ流れの上にこの車両もあります。仕様も変わらず、逆T字窓で前中折戸となっています。
中型+96MCで前中引戸を採用すると、戸袋直前の窓柱が太くなる傾向にあり、重たい印象になることが多いのですが、折戸だと窓も大きく、軽快な感じがするように思います。

[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-06-12 22:49 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
弘南鉄道 3600形(全金属車)
弘南鉄道は、現在弘南・大鰐の両線ともに、旅客車はもと東京急行の電車がすべてを占めています。
現在の主力はオールステンレスカーの7000ですが、東急から弘南にはじめて車両が譲渡されたのは1975年のこと。
もと戦災省電の3600形で、番号もそのままに弘南で使われ始めました。
その直前に弘南線では、もと旧型国電を増備していたことを考えると、車体の大きさは納得のいく選択であります。

東急3600は、デハ3600(3601~3616)、クハ3670(3671~3679)、クハ3770(3771~3782)の3形式計37両からなるグループ。うち、デハ3601、3602、3607、3608、クハ3671~3675、クハ3771~3775の14両が、戦災車の鋼体を叩きなおしたもので、残り23両が戦災車の台枠を流用して車体を新造したものでした(以下、台枠流用車と表現)。前者は、クハ3771を除き、1960~1966年に東横車両製の全金属車体に交換されています(以下、全金属車と表現)。
定山渓鉄道に譲渡したモハ3両を除き、まず台枠流用車が1971~1975年に廃車、全金属車も1980~1982年に廃車になりました。

弘南には1975~1976年に台枠流用車のモハ4両、クハ6両が入線。続いて、全金属車が1980~1981年にやはりモハ4両、クハ6両入線し、合計20両の一大勢力となりました。
e0030537_22351914.jpg
・弘南鉄道弘南線 モハ3601 1995年8月 黒石
e0030537_01241677.jpg
・弘南鉄道弘南線 クハ3675 1995年8月 黒石
e0030537_22351832.jpg
・弘南鉄道弘南線 モハ3608 1995年8月 平賀
e0030537_22351895.jpg
・弘南鉄道弘南線 クハ3672 1997年8月 平賀

今回取り上げるのは、全金属車体のグループ。
1960年代に車体を新造した東急3000番台車の共通仕様で、スッキリした車体が持ち味です。
とはいえ、寒冷地を走る弘南鉄道でらしい改造も各所に施されています。

外観上でいちばん目につくのは、モハの貫通扉が塞がれたこと。
これは、弘南の他の車両でも見られますが、隙間風対策です。この改造で、どうも不細工になったものが多いのですが、この全金属車は綺麗な見た目をしていると思います。

また、客用扉は半自動式になり、手動開閉用の取っ手が取り付けられました。そして、片側の側面に3ヵ所、縦方向の雨どいが新設さてています。これで、側面が少々ゴツくなったようにも感じます。
e0030537_01240833.jpg
台車は、全車両が国鉄TR-11系で、日車や川車の釣り合い梁台車を多用していた東急の電車の中では、一番目につく差であったように思います。

線形が平坦な弘南線では、1M2Tの3両編成で使用されるのが基本で、3600もモハ+クハ+クハで組成され、朝ラッシュ時は2編成つなげた6連でも使用されました。一方で、後に昼間は乗客の減少から、Tを切り離して1M1Tの2連で走るようになります。

3600は、東急の3000番台車の中では、ずば抜けて高出力の主電動機、日立HS-269-Cr(定格出力142kw・・他に東武78系→5000系がこの系統の主電動機を使用)を搭載しており、こうした使用条件に合致していました。
それにしても、もともと3600が装備していた国鉄の100kw主電動機(MT-7、MT-10等)から、昭和40年代になぜこんな高出力なものに交換したのか興味があります。東急3000番台の主流・・すなわち3450、3500、3650は出力94kwの日立HS-267-*rを使用していたのですから・・・余談ですが、運輸省規格型の3700や、2両だけ製造された3800は出力110kwの東洋TDK-528-9Hを使用していました。

制御器は、戦後の東急3000番台の標準である、日立の電動カム軸・多段式のMMC-H-10系を登載しており、これも昭和40年ごろまでに交換されたもの。弘南線は電動車がすべて当形式になったため、自動的に日立MMCで統一。弘南線に残存した旧型国電2両と、もと阪和→国電→松尾の2両(いずれも制御車)は、従来のCS系からMMCに合うように手を加えられました・・・・といいたいところですが、これまた疑問が。

というのも、東急3000番台車のマスコンは国鉄MC1。当然、もと旧型国電の各車両とは同じはずです。
そもそも、東急3000番台でも3400あるいは、それより古くに廃車になった3200あたりは、制御器が旧型国電の標準である国鉄CS-5を使用していました。
はたして、一部文献(たとえば鉄道ジャーナル1981年8月号「ある戦前派ベテラン電車の半世紀」)で見られる4両を東急3600に合わせる工事とは、どのようなことだったのか・・・。

私が弘南鉄道を最初に訪れたのは1994年2月。
このとき、既に7000系への置き換えが一段落しており、3600は3編成しかありませんでした。
上の写真のうち、モハ3608は平賀構内で入替中のところで、この年の10月には廃車。
最後まで残ったのはモハ3601-クハ3773-クハ3672で、廃車は1999年でした。

[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-06-07 02:25 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
新潟交通佐渡の新エアロスター 
e0030537_01243446.jpg
今年も離島に行くことができました。
今回のターゲットは、言わずと知れた新潟県の佐渡。
バスマニアの視点で見ると、県都新潟をはじめ下越地方に路線を拡げる新潟交通の勢力圏ですが、佐渡だけで見られる車種というものがあまり存在しなかったこともあって、注目度は低かったように思います。しかし、この4年ほどの間に移籍車が相次いで投入され、各所に報告が上がる回数も増えてきました。

私も数年前から行きたいとは思っていたものの、都合がつけられず漸く実現しました・・・その間に、目的の1台が無くなってしまったのではありますが・・・。

今回は、新エアロスター(KC-MP~KL-MP)を取り上げます。
なお、新潟交通の佐渡のバス事業は、すべて分離子会社の新潟交通佐渡が担っています。
e0030537_01243486.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKC-MP747M +MBM 2017年5月 佐和田(新潟県佐渡市)

まずは新潟交通のオリジナルから。1999年に登場した同社初のノンステップバスです。
新交のバスは伝統的に銀に青帯の塗装ですが、ノンステップ車であることをアピールするためか、それとは全く異なるオレンジ色で登場しました。その頃は、ノンステだけ在来車と異なる塗装を施す事例は各地で見られましたね。
全部で4台が導入されましたが、佐渡にはこの1台が異動したようです。
e0030537_01243475.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKC-MP747M +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)

 一方こちらは、同じ型式でも移籍車。この2年ほど、信越地方の幾つかの事業者への移籍例が目撃されている、もと遠州鉄道のエアロスターノンステップ車です。帯の色を遠鉄の緑色から変更しただけの外観になっていますが、青色ではなくオレンジ色になったのは、さきにあげたオリジナル車の影響なのでしょう。
 遠鉄では、前面の行灯には「オムニバス」と表示していましたが、ここは社名を入れています。この頃の遠鉄のバスは座席がよいので、所要時間の長い路線もある島内には向いているかと思います。
新潟200か984、985の2台を確認しています。
e0030537_01243589.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP37JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)

排ガス規制記号がKL-に変わったこの車両で、漸く新潟交通らしい塗装となりました。
ただし、赤い屋根のクルマは新潟市内向けにはじめたもので、それと無縁の分離子会社では銀色のままでした。以前は、本体から分社に異動した車両の屋根を、わざわざ赤から銀に塗り替えた事例もありましが、逆になったようです。

さてこの車両。もとは宇部市交通局で宇部新川~新山口駅の新幹線連絡特急で使われていたもの。
各地から移籍車両を導入している同局から放出されるなど想像だにせず、私も見た瞬間には解りませんでした。
もともとの使用用途ゆえ、この車両もなかなか上質な座席がついており、やはり長時間の乗車に向いていると思います。
新潟200か1003 1台を確認しています。
e0030537_02285373.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP35JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)
e0030537_01243435.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP33JM +MBM 2017年5月 両津(新潟県佐渡市)
e0030537_01243440.jpg
・新潟交通佐渡 三菱ふそうKL-MP33JM +MBM 2017年5月 相川(新潟県佐渡市)

 そして、登場時に関東地方のバスマニアをあっと言わせたのが、これらの車両。
近年各地を席巻している、もとは神奈川中央交通のKL-MPですが、ここでは、車体裾と雨どい上の赤帯のみを消した状態で移籍しました。新交の分離子会社では、もとの事業者の塗装をほぼ変更しないで使用する事例が幾つか発生していますが、これも、その一つとなりました。
 ツーステップでリーフサスのKL-MP33を2台(新潟200か865・866)、ワンステップでエアサスのKL-MP35を3台(新潟200か920~922)確認していますが、KL-MP33は「佐渡を世界遺産に」のキャンペーン広告が貼られています。
前面の運賃表示窓は当然「後払い」を表示しています。

・佐渡について
[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-05-29 01:16 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
伊予鉄道高浜線 山西駅
e0030537_02394207.jpg
伊予鉄道高浜線は、地方都市の私鉄鉄道線では数少ない複線の路線。
今回は、その中ほどに位置する山西駅を取り上げたいと思います。
e0030537_02393518.jpg
高浜線の駅のうち、当駅と衣山、港山の3駅が島式ですが、いずれも、そのホームの端・・・つまり上下線間に駅舎・改札があるのが特徴です。この中で、山西駅だけ駅舎が2階建てとなっています。
最も、1985年に撮影された写真(大阪産業大学鉄道研究部「いこま」19号に掲載のもの)を見ると平屋なので、その後の改築となります。これは、駅の近くに私立中学・高校があり乗降客が多いことも関係しているのかもしれません。
バリアフリー対策でスロープが設けられていますが、これは、その横の通路と共に、先にある踏切に繋がっています。
e0030537_02393196.jpg
続くプラットホームは旧レールの骨組みにスレートを載せたありふれたタイプ。
ただし、上屋はホーム全体を覆っています。
そして、このホームの先端には・・・
e0030537_02393936.jpg
e0030537_02392856.jpg
e0030537_01375603.jpg
現在は使われていない、もう一つの改札口が設けられています。
詳細はわかりませんが、こちらのほうが先述の私立学校に近いことから、
ラッシュ時等に使われていたものかもしれません。
e0030537_01500790.jpg
e0030537_01545728.jpg
駅前には商店があり、また自転車が大量に置かれているところから、高浜線沿線には大都市圏のような郊外電車という文化があるのだと感じます。一方で、駅の広告看板が殆ど埋っていないのは、いまや東京都市圏の一部を除いては共通のこととはいえ寂しいところ。こういうところにあるのが、医療関係というのも、全国的に似た傾向であるように感じます。

・いずれも2013年4月 撮影

[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-05-24 01:57 | 鉄道施設 | Trackback | Comments(0)
ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E
e0030537_01295868.jpg
群馬県の西部に位置する安中市。
同市のコミュニティバスの一部を受託しているのが、ボルテックスアーク(アークバス)です。
物流業者のボルテックス・セイグン(旧称:西群運送 1951年設立・1992年改名)の子会社で、1993年に貸切事業者として設立。翌1994年に安中市から貸切代替バス(いわゆる21条バス)を受託しています。

さて、同社の路線バスは全て全長7m級以下の小型車で運行されています。
その中に、日デの「チョロQ」ことKC-RN210CSNが3台存在していますが、出自はバラバラ。
今回はそれらを取り上げたいと思います。
e0030537_01295925.jpg
e0030537_01295938.jpg
・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 安中駅(群馬県安中市)

まず、1997年10月に新幹線安中榛名駅の開業に合わせて、同駅と信越線磯部駅を結ぶ路線が開設されます。
この際に新車として、1台が投入されました。

前中折戸・逆T字窓、側面中扉前に小型の方向幕という、チョロQとしては至ってオーソドックスな仕様。
マーカーランプがオレンジ色なのは、貸切代替ゆえなのでしょう。
側面には「一般貸切(限定)」とあるのが、21条バスとして開業したことを物語っていますね。
e0030537_01295805.jpg
e0030537_01295821.jpg
・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2012年8月 安中駅(群馬県安中市)

それからしばらく時間は流れて2010年代に入ると、2台の移籍車が登場します。
先に入ったのは、もと西東京バスの車両。前面窓下の手摺りが3っつあることで、すぐにわかりますね。
車体はあまり変わっていませんが、リアの方向幕だけは外されています。

塗装は黄色一色に簡素化。前面とリアにだけ、自社発注と同タイプの柄が貼られています。
また、側面の表記が「乗合」に変わっているのは、2006年の法改正で原則として21条バスができなくなり、乗合免許による普通の路線バスになったことを示しています。
なお、登録番号は自社発注が群馬22ナンバーなのに対し、こちらは、ご当地ナンバーの高崎200ナンバーとなっています。
e0030537_01295923.jpg
e0030537_01295950.jpg
・ボルテックスアーク 日デKC-RN210CSN +富士8E 2014年8月 磯部駅(群馬県安中市)

続いて入ったのがこの車両。もと京阪バスの車両です。
京阪というと3Eの時代までは富士重工の採用が見られたものの、その後はさっぱり。
乗合では日デKC-RN2台、日デKK-RM1台のみとなります。
そのうちの1台がこちらに来ました。

塗装は、もと西東京と同じく黄色一色で前後のみ柄ありとなっています。
この車両は、窓がスモークとなり、バンパーにはコーナリングランプが取り付けられてます。
もと西東京とは、異なった雰囲気になってますね。

現在は、各車両、とくに決まった路線・時刻で運用についているわけでもなさそうです。
[PR]
# by hiro_hrkz | 2017-05-17 02:05 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)