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南部バスの富士7E
今年もまた、バス会社の存続について寂しいニュースを聞かなくてはなりませんでした。
先日、民事再生法の適用を申請した青森県は八戸市を本拠地とする南部バス。
極めてバスマニア的な視点であれば、あの車両の陣容から懐事情を推測すると、今日までよく持ちこたえた・・という気もしてきます。

さて、南部バスの車両は、いすゞが大半を占めています。古くから移籍車を導入していたことでも知られ、2000年代の初頭は新車のエルガミオと、元都営バスの導入が続いていました。しかし、都営の売却中止により情勢は変化。ここに富士重工7E架装の車両が移籍してくることになります。
なお、同社の自社発注では、高速車でLV+7Sが、また一般路線車でLR+8Eがありましたが、7Eは存在しませんでした。
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2016年8月 本八戸駅(青森県八戸市 以下同じ)
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・南部バス いすゞP-LV314L +富士7E 2011年9月 ラピア

最初に入ったのが小田急バスのP-LVで、2006年頃に導入されました。
この頃、小田急の平均使用年数が一時期的に伸びており、移籍する数が減っていましたが、同社はP-LR+富士6Eと共に導入しました。当時、移籍車市場に出回るクルマの車齢が10~12年なのに対し、これは15年を超えており、正直、こんなのを買うのか・・と感じたのは事実です。

八戸200か336、343、350、359、368の5台が存在。うち368だけ小田急時代の塗装を生かしたのか窓回りが黒くなっています。いずれも、行き先表示は場所を変えずにLEDに変更しています。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E (上)2011年9月 ラピアバスセンター (下)2016年8月 本八戸駅
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・南部バス いすゞU-LV224L +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

さて、小田急からの移籍車両が途切れると、今度はその供給元が東武グループ各社となります。
まずは、2008年頃に東武本体から3台のLVが入ります。
これがただものではなく、1994年製のワンステップ車(八戸200か497 上・中の画像)1台と、1995年1月製のリフト車2台(八戸200か504・505)。特に、ワンステップ車は前面下部が樹脂で無塗装となり、視野拡大窓を備えるなど、特徴ある車両でした(くわしくはこちらを)。

車齢13~14年での導入なので、移籍車市場に出回る車齢が高くなってきたことを考えると、それほど違和感は無い感じでした。この3台は、行き先表示が幕のままながらも、側面は大型に交換されています。

その後も断続的に東武グループからの移籍車の導入が続きますが、一方で移籍元は更に多様化。
たとえば、高槻市から西工96MC架装のLVワンステが入るのもこの時期・・・2010年頃です。
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・南部バス いすゞU-LV324K +富士7E 2014年8月 本八戸駅前

その中に、路線規模を縮小しつつあったJRバス東北からの移籍車がありました。
同社からは自社発注のみならず、川崎市交通局からの移籍車も再移籍しています。
画像がその車両でU-LVのツーステップ車、川崎市らしくショートオーバーハングとなっています。
再移籍時で、車齢16年程度だったはず。この頃は未だC系が在籍していました。
八戸200か588 1台が在籍しています。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2011年9月 ラピア

また、同じ頃に入ったのが、遠州鉄道のHT。中間尺車(軸距5.2m)が1台(八戸200か598)移籍してきました。
遠鉄の大型車は2005年頃から一時期的に各地に移籍するようになりましたが、同社の使用年数が再び増加したのか、すぐに下火に。そんな中での移籍事例となりました。南部バスが日野の大型を導入することでも珍しがられましたね。
遠鉄の7Eは前面方向幕廻りを緑色にしていますが、この車両はそのままとなっています。赤とは補色の関係にあるので、やはり目につきますね。
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・南部バス いすゞU-LV324L +富士7E 2016年8月 ラピア

その後、少々時間があいて、2012年頃に移籍してきたのがこちら。
東武の前後扉のLV。ただし直接やってきたわけではなく、子会社への路線移譲に伴い国際ハイヤー→国際十王交通に移籍したものです。八戸200か673、680の2台が存在します。
このニュースを聞いたとき、いまどきこんなものを!と思ったのが正直なところ。
車齢17年目?での移籍・・・じわじわと高齢化してきましたね。側面の方向幕は大型化されているのは先に東武から直接入った3台と同じです。
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・南部バス 日野U-HT2MMAA +富士7E 2014年8月 本八戸駅前
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・南部バス 日野KC-HT2MMCA +富士7E 2016年8月 ラピア

そして2013~2015年にかけ、それまで1台だけだった遠鉄HTが一気に増加します。
U-HT2MMAAが八戸200か714~717の4台。そして、KC-HT2MMCAが八戸200か739、763、765、771の4台。
ここで漸く平成6年規制車の登場となりました。
車齢18年程度での移籍ですが、座席はよく整備状態も悪くはない車両だと思います。
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・南部バス いすゞKC-LV380L +富士7E 2016年8月 ラピア

いまのところ最後に入ったのが、もと立川バスのKC-LV。八戸200か782の1台のみの存在で2015年の移籍です。
オーソドックスな前中引戸の車両が、ここで初めて登場となりました。
立川のLVは意外にも全国的に細く長い間?売れているので、そう驚く事例ではないのかもしれません。
また、上の遠鉄に比べれば若いのですが、なんとなく大丈夫なのかなあ・・と思いはじめたものです。

それでも、今回の民事再生法申請のニュースは突然でした。
路線の廃止とは違って、事業者の倒産は、まず事前に察知するのは無理ですね。
各報道では、今後、みちのりホールディングス傘下の岩手県北バスへの事業譲渡で交渉が進められており、実現の際には南部バスは清算するとのことです。どのような経営形態になるかはわかりませんが、ただただ成り行きを見守るしかありません。


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# by hiro_hrkz | 2016-12-07 02:11 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
真っ赤なバス
「真っ赤」という言葉で連想するものといえば、
真っ赤な秋、真っ赤な太陽、真っ赤な女の子、真っ赤なお鼻のトナカイ、真っ赤な家計簿・・・と様々ですが
バスマニアなら、長崎県営バスかJR九州バスといったあたりが定石でしょう。

これらには、大きなロゴやマークが書かれています。
しかし、かつて和歌山には、まさしく赤色だけのバスが走っていました。
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・和歌山バス 日野P-RJ172BA +日野車体 1993年3月 和歌山駅前

和歌山市周辺に路線を持つ和歌山バス。
南海電鉄から1975年に分離された事業者ですが、1980年代に導入した車両で、このような赤一色の塗装が存在していました。南海といえばかつては電車と同じく緑色をベースとした塗装の路線バスでしたが、和歌山バスはいろいろと塗装を変えていたようで、分社前からクリームと赤茶色のツートーンが登場、そしてこの一色塗りに変わったようです。

しかし、長続きはせず、1980年代の終わりには、現在の白地にオレンジと茶色の塗装が登場しているようです。
最も、その後も、一部のバスで白にピンクや紫で波を描いた「オーシャンカラー」なるものが登場したことがあります。

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# by hiro_hrkz | 2016-12-04 00:50 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
神奈電をもう一度+製作中のもの 2016年11月
ただいま、こんなものを製作中です。
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えー、今月こそは完成作をと思っていたのですが、重なる休日出勤に、塗装できる日に限って雨が降るという法則で、あと一歩のところでタイムアウトでした。最初は夏が終わるまでには完成させるつもりだったのですがね・・・。
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一方、高畠のこちらもボンネットに手摺を、デッキには銀河モデルの掴み棒を植えて下塗りまで行ったところで終わりました。ここにきて、台車の車輪をどうしようかと思案しているところです。最初はKATOの中空軸写真を使おうかと思ったのですが、軸の先端を削るなんて無理・・・。
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# by hiro_hrkz | 2016-11-30 01:45 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(2)
関東自動車 いすゞK-CJM+川重 4題
関東自動車のいすゞC系+川重については、以前もと都営のK-CLM470を取り上げたことがありますが
今回は、よりオーソドックスな直噴エンジン搭載のK-CJM各種について記したいと思います。
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・関東自動車 いすゞK-CJM500 +川重 1996年9月 栃木県宇都宮市
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・関東自動車 いすゞK-CJM470 +川重 1998年4月 栃木県宇都宮市

まずは、関東自動車の自社発注車から。
昭和54年排ガス規制(K-)の車両の中では、日野のK-RCと共に、比較的よく見ることができたタイプです。
当初導入した車両は軸距が5.0mでしたが、1982年度あたりを境に一回り小さい軸距4.7mになっています。
これは、その後LVに移行しても、KC-初頭まで変わりませんでした。

それ以外の仕様は年式別に大きな隔たりはなく、
基本的に前扉から乗降する方式ではあるものの、前後折戸で後扉の直前に方向幕があるのは関東自動車の標準的なスタイル。屋上にはラインフローファンを並べているのが目に付くところです。
また、前扉の窓は最後まで上下分割でした。
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・関東自動車 いすゞK-CJM500 +川重 2000年10月 栃木県宇都宮市
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・関東自動車 いすゞK-CJM550 +川重 1998年4月 栃木県宇都宮市

関東自動車は1990年頃より、それまでの貸切転用車から移籍車の導入に切り替えます。
この際に一大供給元となったのが神奈川中央交通で、いすゞC系も移籍してきました。
神奈中のC系は、軸距5.0mのK-CJM500と、軸距5.5mのK-CJM550が存在していましたが、
関東自動車には両方とも移籍しています。全部で10台程度ありましたが、勢力はほぼ半々でした。
このあたりの年式では、日デK-U31系の移籍が多く、あまり目立たない存在でしたね。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-27 02:02 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
福島臨海鉄道 DD352
東日本を中心に点在する臨海鉄道。
その多くは、「国鉄の貨物輸送の一部を行う」という性質と、貨物主体で重量級の車両の使用に問題がないことからか、国鉄のDD13に類似した55tクラスのディーゼル機関車を使用しています。
しかし、構内入替等に殆どの事業者で、これよりも小さい機関車を保有していました。
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・福島臨海鉄道 DD352 1996年9月 小名浜

福島県の浜通り地方、泉~小名浜を運行する福島臨海鉄道には、こんな35t機が存在していました。
1962年日本車輌製で、セミセンターキャブ。どうも、前後でボンネットの高さが違って見えます。
最大寸法は11050×2600×3700mm(長×幅×高)で、期間はDMH17SBでした。

自社発注ではなく、もとは八幡製鉄(→新日本製鉄)の車両。通称「くろがね線」や製鉄所構内の専用鉄道の為に多数のディーゼル機を持っていた同社は、他の専用線や鉄道会社に多数の車両が移籍していますね。

撮影した1996年9月の時点で、既に使われていなかったのか、構内の奥(海側)に台車を外されたDD50と共に置かれていました。この画像は、その時の写真を引き伸ばしたものであるあため、状態が悪いことはご容赦のほどを。


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# by hiro_hrkz | 2016-11-23 22:07 | 鉄道(非電化) | Trackback | Comments(0)
道南バスの西工 4題
道南バスに関しては、2年前の渡道後に富士7E架装車いすゞについてまとめましたがが、
その後も移籍車の活発な導入が続き、もと苫小牧市営を含めて情勢がだいぶ変わったようです。
移籍車は、殆どが首都圏の事業者から導入したものですが、その中でも目立つ点に中型車が増えたこと、
そして西工架装車が増えたことが挙げられるでしょう。
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・道南バス 日デKC-RM211GAN +西工 2016年10月 洞爺湖温泉(北海道虻田郡洞爺湖町)
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・道南バス 日デKK-RM252GAN +西工 2016年10月 北海道室蘭市

この2点を共に満たしているのが、RMノンステップ車。現在のところ前面1枚窓の車両が在籍しています。
排ガス規制がKC-のほうは、もと西東京バスで洞爺の配置。
一方、KK-のほうは、もと関東バスで室蘭東の配置のようです。
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・道南バス 日デPK-JP360NAN +西工96MC 2016年10月 北海道室蘭市

そのRMをストレッチして大型車にしたのがJP。以前、関東バスからKC-JP+富士8Eがまとまった数で移籍しましたが、今度は京急バスより、平成16年排ガス規制適合のPK-JPがまとまった数で移籍しました。PK-JPは、エンジンが日野製。左側面にエンジン部の開口部があるのがポイントです。

正直に申せば「この年式が廃車になるのか・・」という思いなのですが、一方でPJ-HRが幾つかの会社で早めに切られていることを考えると、何か共通の事情でもあるのかと勘繰ってみたくなります。
なお、関東バスからKL-JPも移籍していますが見ることはできず・・・
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・道南バス 日デKL-UA452KAN +西工96MC 2016年10月 苫小牧駅前(北海道苫小牧市)

西工架装の大型車は、自社発注でRAが存在していましたが、最近、移籍車でやってきたのはKL-UA。
もと東急バスの車両です。やはりノンステップ車。こうやって見ると、移籍車の導入は低床化の推進に一役買っていることががわかりますね。当該の車両は、比較的距離の長い、苫小牧~登別の運用に入っていました。

それにしても、道南バスの塗装は、光線状態が少しでも悪いと、
まともな写真にならないというのを、今回も実感しました・・・

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# by hiro_hrkz | 2016-11-19 02:09 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
新交北貸切バス 三菱ふそうP-MP618P +呉羽
 現在では、東急バスの車両は全国の各事業者に移籍するようになりましたが、20年ほど前までは、廃車時の車齢が市場に出回る移籍車より高めということもあり資本関係のある事業者ばかりでした。それを打ち破ったのが新潟交通で、分離子会社向けに1996年から何度かにわけて導入されました。…もっとも、新交だけが例外という状況がその後しばらく続き、系列外に本格的に流出するのは21世紀になってからでしたが。
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・新交北貸切バス 三菱ふそうP-MP618P +呉羽 2001年11月 新潟県村上市

東急→新交の移籍車の多くは中型車でしたが、その中でとりわけ異色の存在だったのが、ふそうのロマンス車でした。貸切前構を持つロマンス車は、メーカー問わず大半が函館バスへ移籍しましたから、異例中の異例と言えましょうか。
1987年式の1台だけが新交北貸切の村上営業所に配置されていました。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-15 23:12 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(0)
高松琴平電気鉄道 20形
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・高松琴平電気鉄道 23+120+300+500 2015年5月 岡本~円座

高松琴平電気鉄道が現在動態保存している4両のうち、唯一、他社からの譲渡車両であるのが20形23。製造も最も古い1925年(大正14年)で、今年で実に91年になります。今回はこの20形のうち、珊瑚色と牡蠣色のツートンで、通常に運行されていた1990~2002年の画像を中心にまとめたいと思います。
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・高松琴平電気鉄道 22 1998年11月 今橋
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・高松琴平電気鉄道 21+22 1998年9月 今橋

20形は、もとは現在の近鉄南大阪線等を保有していた大阪鉄道のデロ形。同社初の半鋼製車で川崎造船製の21~25と大阪鉄工所製の26・27がありました。1943年に大鉄が関西急行鉄道(近鉄)に吸収後、モ5621形5621~5627に改番されています。
1923年製造の大鉄最初の電車である木造車のデイ形に準じた形態で、14m級3扉・前面は5枚窓、側面は2枚一組の窓でその上には上辺が弧を描く明かり窓が設けられていました。床下にはトラス棒付きなのは、この時期の鋼製車らしいところ。

近鉄からコトデンへの譲渡は1961年のこと。川崎造船製の5621~5624がやってきました。
これに関してよく「南大阪線は狭軌であるため信貴生駒電鉄の台車を組み合わせて入線した」と書かれています。が、この4両は、南大阪線の特急「かもしか」運転にあたり、クニ5421~5424(もと伊勢電鉄モハニ231形)を電装してモ5821~5824にする際に、主電動機を供出して廃車になっているため、どのみち下まわりは手配する必要性があったのでしょう。
エリエイの「レイル 」57号だったと思いますが、コトデンに搬入された車体がダルマ状態で置かれている写真が掲載されており、床下機器そのものも、どの程度流用されているのか気になるところです。

そして台車(ボールドウィン) ・主電動機(GE-240B)のほうも信貴生駒電鉄(現在の近鉄生駒線)から購入とされているものの、同社にはこの台車を履いた車両はおらず、少々疑問に感じます。この装備は、大阪電気軌道の木造車・デボ61形(のちの近鉄モ261形)以降の装備と考えるのが妥当ではあるものの、1961年の時点では未だ殆どが近鉄で現役で走っていました。同社に貸し出されていた近鉄の木造車に転用されて履いていたという意味なのか、それとも予備備品を同社が保有していたのか・・・。
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・高松琴平電気鉄道 23 1998年9月 今橋 貫通路の踏み板が上がっている状態なのは珍しい。

 琴電では運転席まわりを大改造し、平妻にHゴム支持の窓、引き戸の貫通扉となりました。昭和30年代に改造された65や230、あるいは610といった車両との共通性がありますね。切妻に改造したのは、もと京浜急行の10形・90形の運転台が狭小で評判が悪かったことも影響しているのではないかと邪推するところです。なお、運転席の側面の窓は上段がHゴム固定の2段窓になりました。
 側面の明かり窓は、5621→21、5623→23は近鉄時代に埋められていましたが、残りは、ガラス部分は板になっていたものの、彫刻が残っていました。その後、24は埋められ、22も彫刻は無くなり窓の形跡だけとなっています。この改造がそれぞれいつ行われたのか・・・昭和40年代の琴電の写真で発表されているものは少なく、何時かはわかりませんでした。1973年よりも前なことくらいで・・・。

1976年には、痛みの激しかった23が更新工事を受けています。外板は全面的に張り替えたようで、リベットが消滅、ウィンドウヘッダーは埋め込まれ、ウィンドウシルが段付きが平板に、戸袋窓がHゴムになりました。この車両だけ車番が切り抜き文字ではなく、ペンキ書きだったのはこれが理由のようです。
そういえば、23だけ非パンタ側(築港・志度側)に貫通幌の座がついていましたね・・・コトデンには他にもこの形跡がある車両がありましたが、同社は先頭に貫通幌を装備しておらず一体なんだったのか。

1980年代前半には廃車が取りざたされたものの、結局、長志線で使うことになり、1988年頃~1992年に、残りの3両も23に準じた更新を受けています。このときに、22の明かり窓跡は完全にふさがれました。23も再度更新され、屋上のベンチレータが撤去されたようです。
 このときに、全車両運転台部分側面の窓が1段窓に改造されていますが、どういうわけか22、24と21、23でその高さが異なっています。
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・高松琴平電気鉄道 23+24 2001年12月 沖松島~春日川 昼間に2連で特別に走らせたときのもの
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・高松琴平電気鉄道 24+230 1997年7月 春日川 通常345がペアだった230と珍しく編成を組んでいた

この車両が入線した当時(というか、もと名古屋市営の車両が入線するまで)、コトデンは長尾・志度線の車両は2桁の番号、琴平線が3桁または4桁の番号でした。従って、この車両も志度線での使用を目論んでいたようですが、結局は琴平線に配置され、代わりに3000形が志度線に転出しています。
 その理由は、先に記した主電動機GE-240Bが定格出力97kwと出力が高かったことがあげられるかもしれません。琴平線では大型の制御車(950形=国鉄オハ31改造、850形=もと南武鉄道 等)と連結して使うことが多かったようです。
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・高松琴平電気鉄道 22+21 1993年8月 瓦町 前面の行先板が旧式。

昭和50年代になると琴平線から志度線に転属がはじまり、昭和60年頃には全車が志度線に揃います。志度線では2連で使われることが多かったようです・・・そういえば、長尾線に入線している写真は見ませんね。

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・高松琴平電気鉄道 21+335+890 1997年7月 春日川 コトデンそごう開業直後で昼間も3連が走っていた
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・高松琴平電気鉄道 22+27+28 1997年7月 今橋
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・高松琴平電気鉄道 24+621+622 1998年9月 今橋

その後、1993年に瓦町駅改築に伴い志度線が分断され、同線に閉じ込められます。
このあとは、増結用として使われることが多くなりました。
もと京浜急行の30形と連結すると、窓の大きさや車高の違いが目立ちますね。また、もと名古屋市営の600形とは実にアンバランスな編成となりましたが、これ自体はコトデンを見慣れていると、逆にそう違和感もなく・・・(笑)。

ということで、20形のあらましと画像を並べてみましたが、東西方向に走る志度線で基本朝しか走らない、しかも基本的に瓦町側(=西側)に連結という状態では光線状態など望むべくもなく・・・なかなか見苦しい写真ばかりなのはご勘弁を。この頃、結構な頻度で高松へ行きましたが、主眼は編成も車両もバラエティー豊富な長尾線、続いて琴平線で、詰田川・春日川の橋梁架け替え後は特に撮影地の少ない志度線には殆ど行かなかったという事情もあります。

茶色に戻されてからの話は、いずれ別の機会に。
そういえば、今月13日のレトロ電車では23が500とペアで走るようですね。

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# by hiro_hrkz | 2016-11-12 00:34 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)