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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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熊本電気鉄道 三菱ふそうK-MP118M +西工53MC
熊本電鉄の西工53MCについては、随分前に珍しい日野RTへの架装例を紹介したことがありますが、今回はそれより少々前に製造されたふそうMPへの架装例を取り上げます。
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・熊本電気鉄道 三菱ふそうK-MP118M +西工53MC 1999年8月 交通センター

外観上のいちばんの違いは新塗装化されたか、旧塗装のままかということですが、MPのほうが旧いこともあり中扉は折戸、前扉は狭幅で上下2分割となっています。エアコンは、当時の熊本電鉄ではサブエンジン式を採用していました(他の例)

側面の窓配置は、中扉の後ろに5枚の窓が並びます。が、これは58MCのような地域的な特例ではなく、53MCではサンデン交通などでも事例がありました。
なお、MP+53MCでもこの後にワイドドアを採用しますが、こちらは中扉より後ろの窓の数が4枚となっています。

# by hiro_hrkz | 2019-08-14 23:47 | バス(北村、西工、東特) | Comments(0)
銚子電気鉄道 デハ101
銚子電鉄は電化以降、2軸車のみで営業を行っていましたが、1939年に初のボギー式の電車を導入します。
これがホデハ101形で日本鉄道自動車で製造されました。下野電気鉄道(のちの東武鉄道鬼怒川線ほか)が762mmゲージだったときに導入したデハ103(雨宮製作所製、1932年廃車)の改造という名目で製造されましたが、流用したのは改軌済だった台車だけです。そもそもナローの電車の車体をサブロクの鉄道線に転用するのは無理がありますが、台車の転用だけでも珍しい事例であると思います。
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・上毛電気鉄道で保存されているデハ101の雨宮製の台車 2010年4月

 車体は側面窓下だけ木造という変わった仕様。日鉄自の車両で切妻は珍しく、他車の台枠流用という線を疑いたくなります。が、竣工図上はボギーセンター間が5200mm、車体長が10200mmとキリのよい数値なので、そのう可能性も低いのかもしれません。この後、銚子電鉄はデハ1~3、ハフ1~2を似た仕様の車体に載せ替えています。
 戦後、1950年にホデハからデハに記号を変更。そして1952年に製造元の日鉄自で車体を新製しています。側面窓間の木製増部分だけ鋼体化すれば・・・と考えてしまいますが、それだけ荒廃が激しかったのでしょう。新しい車体は全長こそ同じですが、ボギーセンター間は5600mmに拡大しています。車体も妻面がR付きになっているので、旧台枠の流用は無かったのかもしれません。個人的には、この時期の日鉄自製電車としては窓が小さめに感じます。
 以降、他の車両と共に使用されましたが、いかんせん一番小さな電車ということもあり使用頻度は漸減。晩年は朝ラッシュ時の3連の中間に挟まって使われる程度となりましたが、それも伊予鉄からデハ801を購入して終焉します。しかし廃車にはならず、仲ノ町の車庫で隠居の身となります。
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・銚子電気鉄道 デハ101 1990年8月 仲ノ町

1990年に銚子電鉄は、千葉交通から内野工務店に経営権が移り、駅の改装など観光鉄道化に向けて舵を切ります。車両の塗装変更もその一環で、デハ801に続いて失業状態だった当車がデハ501と共に塗り替えられました。画像はそのときのもので、腰板の金色の飾り帯や車体中央のロゴは入れられていません。
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・銚子電気鉄道 デハ101 1994年8月 仲ノ町

しかし、色が変わっても、仲ノ町で昼寝の毎日であることは変わらず。
というか、塗装変更を行ってから旅客営業が行われたことはあったのでしょうか。
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・銚子電気鉄道 デハ101 1997年3月 笠上黒生

その後、笠上黒生駅の側線に移動し、そこでそのまま朽ち果てました。
撮影の時点では未だ車籍はありましたが、テールライトは失われ、ドアも壊れていました。
除籍は1999年。前面の外板が剥がれ落ちるなどして2009年には解体されました。

・参考文献
白土 貞夫『RM LIBRARY 143 銚子電気鉄道(下)』 ネコ・パブリッシング 2011年
# by hiro_hrkz | 2019-08-04 21:25 | 鉄道(旧形電車) | Comments(0)
士別軌道 三菱ふそうU-MP618K +呉羽
北海道の士別市周辺に幾つかの路線を有する士別軌道。
その名が示すように1959年までは軌道を保有していました。沿線に御料林があった関係で国が圧倒的な大株主であった時代が長く続いていたという少々変わった経歴のある事業者です。
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・士別軌道 三菱ふそうU-MP618K +呉羽 2004年6月 北海道士別市

士別軌道は現在、半ば動態保存的に保有されているRCをはじめ保有車両の大半が日野ですが、ごくわずかながらふそうが在籍しています。画像はその一例で、もと東京都交通局のエアロスターKです。エアサス・逆T字窓の仕様から解るように、もとは都市新バス「グリーンシャトル」(都01 渋谷駅~六本木~新橋駅)の専用車でした。
 士別軌道には2両が移籍しています。この頃は、もと都営バスは他にも日野HT・HU、いすゞLVが各1両づつ移籍していたので、その流れの上でのことでしょう。いずれも、エアサスで2人かけシートの都市新バス仕様が多く選択されていたのは融雪剤の影響や在来車の仕様を考えると納得するものです・・・とはいえこのMPは市内循環線での使用が多かったようですが。
 現在は2両とも廃車になっています。

# by hiro_hrkz | 2019-07-28 00:54 | バス(三菱/呉羽) | Comments(0)
富山地方鉄道富山軌道線 デ8000形
 富山地鉄の富山軌道線は、1984年から車両の冷房化を開始しました。同線は1957~1965年に製造したデ7000形で統一されており、これに冷房を搭載する方法で進められました。しかし、最後の5両については28年ぶりの新車で代替し冷房化率100%を達成します。これが1993年7月に竣工したデ8000形で、走行機器等を含めた新造車が一挙に5両も入線したことは驚きでした。
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・富山地方鉄道富山軌道線 デ8001 1999年6月 南富山駅前
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・富山地方鉄道富山軌道線 デ8005 2004年5月 富山駅前
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・富山地方鉄道富山軌道線 デ8003 2009年8月 富山駅前

 路面電車の新造車といえばアルナ工機製という中にあって、デ8000は日本車輌で製造されました。これは同社の自社発注車の多くが日車製だったためでしょう。最大寸法が幅2490・長13500mmと国内では大きめで、幕板が厚く屋根肩が大きく切り取られていることなど、アルナ製の車両とは随分と印象が異なります。こちらのほうがどっしりとした感じですね。
扉は全て折戸で中扉は4枚折戸となっています。そのか、運転席横の窓上部に水切りが取り付けられているのも特徴的な点だと思います。
 主電動機と主制御器は東洋電機製でVVVF制御となっています。型式は、前者はTDK-806(定格出力60kw)で各台車に1機づつ搭載。後者はATR-M260-RG629Dで、M:600V、2:1C2M、60:60kwモーターを意味しています。台車は日車製のNS-20で、円錐積層ゴム式の軸箱支持とエリゴバネの枕ばねを持ちます。外観は日車の一般鉄道用をそのまま縮小したような感じですね。
 製造以来26年となりましたが、現在に至るまで外観上に大きな変化もないようです。来年の富山ライトレールとの接続では何か変化があるのでしょうか。

# by hiro_hrkz | 2019-07-22 00:14 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E
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和歌山県南東部の新宮市を中心に那智勝浦・熊野本宮大社等に路線を持つ南海系列の熊野交通。
現在は親会社などからの移籍車が多数在籍していますが、2000年代中頃までは自社発注が大半となっていました。日野が中心のラインナップでしたが、その中には日デの中型も存在しました。
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県新宮市
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

熊野交通ではRM90Gの4E架装を導入したことがあったようですが、その後は暫く採用が途絶えています。
そして、1992年度に久しぶりに導入されたのが画像のU-RM+富士8Eで、3両づつ2回に分けて入りました。その後日デはKC-RN(いわゆるチョロQ)が導入されていますがこちらは車体が西工となったため、これが同社で富士8Eを導入した唯一の事例となりました。
 エアサス、前後引戸でメトロ窓は当時の熊野交通が導入していた車両の標準的な仕様です。ただ、この頃の富士8Eはメトロ窓を採用すると第3柱(エバポレータの直下)の窓柱が太くなり、外観的にはスマートさを欠いていました。
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・熊野交通 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 和歌山県新宮市

一方、リアから見るとエンジン部分の開口部に特徴がありました。通常のU-RMは単純な矩形になるのですが、これらは何故か右下端が四角に切り取られていました。RMでは他に事例がなく、何故このような形になったのかは今もって不明です。
廃車は意外と早く、撮影したときにはもう2両しか残っていなかったと記憶しています。新宮~那智方面は海沿いで潮風の影響を受けやすかったのでしょうか。

# by hiro_hrkz | 2019-07-14 01:54 | バス(富士重工) | Comments(0)
おつかれさまでした。
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今年も、JNMAフェスティバル(第25回 2019年7月7日開催 於・都産貿台東館)に、T-Track Network(路面モジュール)の一員として参加いたしました。会場でお会いした皆様、お疲れ様でした&ありがとうございました。

JNMAが梅雨時の開催になってから久しいですが、今回のようにしっかりと雨が降る中での開催というのは記憶にある中でははじめてだと思います(小雨は何度かありました)。だからといって人が少なくなるなんてことはなく例年どおりの混み方・・・ただ、以前あった開場すぐに猛ダッシュのようなことはなくなりましたね。

今回持ち込んだモジュールは2年ぶりの神奈電平塚中央駅だったのですが、
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各参加者が持ち込んだ自作・改造の広島電鉄鉄道線直通車にジャックされ、広電宮島になりました(笑)。
そして、毎年恒例不法占拠はこんな感じ。
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今年は神奈電とこの1年に製作した4両を持ち込みました。この中には、ようやく完成した車両も。
それがこちら。
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昨年12月から半年かけて完成に至りました。神奈川電鉄3700形・・・第2次神奈電シリーズで決まらなかった最後の1ピースを漸く埋めることができました。愛甲鉄道が電化時に自社発注した、いわゆる川造型という想定です。
 車体は、既報のとおり鉄コレ第2弾の南武鉄道100からの改造。その関係でプロトタイプは、側面両端の窓幅が他の窓幅と同じ目黒蒲田電鉄デハ200としています。
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塗装直前の状態がこちら。屋根は特にプラ板で嵩上げなどはしていないことがわかると思います。川造型は屋根は深いのですが、車体高が他車に比べてそれほど高いわけではありません。屋上のお椀形ベンチレータはペアーハンズの製品で、これまでも数々の車両で重宝しています。なお、中央扉上のベンチレータは左右で千鳥配置となっているのは西武151形に倣ってのこと。
 雨樋などはランナー引き伸ばし線で表現。一方前面裾の出っ張りは、かつて作成したコトデン890で0.3mm厚プラ板を貼ったところゴツくなりすぎたので、今回は紙・・・財布の中に入っていたレシート(!)を細く切って瞬間接着剤で貼り付けました。
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その他、3年前のJNMAに持っていくつもりで作成してたものの、塗装直前で時間切れとなっていたオリジナルの16m級車・3610形の追加分2両も今回、完成させました。
 6年前に完成させた2両と完全に同型。これで4両となりましたが、同じ車両が複数揃うとよ嬉しいものですね。
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さて、次は何を作りましょうか。 
# by hiro_hrkz | 2019-07-09 02:01 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Comments(0)
日田バス 日野KC-RX4JFAA +日野車体
小型路線バスの主力として全国各地の事業者で採用された日野リエッセ。その機動性あるいは収容力など、様々な面で小型路線バスの決定版であったと思います。
本日とりあげるのは、西鉄系列の事業者である日田バスの路線車両。第一世代の平成6年排ガス規制(KC-)適合の車両です。
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・日田バス 日野KC-RX4JFAA +日野車体 2005年7月 大分県日田市

ごくありふれたトップドアの車両で、車内はハイバックシートが並ぶどちらかといえば貸切車を思わせる仕様です。立席がないためか小型ナンバーです。
しかし、何より目を引くのは前面の窓下に取り付けられた方向幕。フロントガラスの中にあるよりは見やすいのはたしかですが、ちょっと重々しい感じですね。「日(バスセンター)田」という表記方法が、いかにも西鉄らしさを表していると思います。
# by hiro_hrkz | 2019-07-06 22:19 | バス(日野車体) | Comments(0)
阪堺電気軌道 大和川検車区の入換車とデト11
昭和30年代の路面電車工場で撮られた写真を見ると、古物の台車の上にとって付けた車体を載せた怪しげな構内入換車が出てくることがよくあります。その雰囲気を今に伝える唯一の存在といえるのが、阪堺電軌大和川検車区の2両の入換車でしょう。
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・阪堺電気軌道 大和川検車区入換車(TR1) 1993年8月
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・阪堺電気軌道 大和川検車区入換車(TR2) 1993年8月

画像は1993年に撮影したものですが、現在も大きくは変わっていないようです。この2両の詳細と使用方法は、RailMagazine誌前編集長の名取氏のブログに詳細が掲載されていますので、こちらでは簡単に。
 TR-1は1950年製でB型電機のような板台枠?の下回りが特徴的です。こんな車両であっても前面がR付きなのは何かから流用した関係なのかどうか。一方、TR2は散水車を改造したもので、ブリル21E単台車を履いているため一応は電車らしい感じがします。塗装は、旅客車と同じ塗り分けを採用していたようで、この頃(・・・現在もですが)は在来車用の新塗装となっていました。といっても、殆どが全面広告車である同社で実際に旅客車で塗られたのは何両あるのやら。
 この2両、撮影された写真はトラバーサーの向こう側に留められているものが大半ですが、これはそもそもこの車両の役目が、入場中の車両をトラバーサに載せ、転戦した先で押し出すことが目的だったため。つまりこの場所が定位置だったようです。
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・阪堺電気軌道 デト11 1993年8月 大和川検車区(我孫子道)

 阪堺にはちゃんとした電動貨車も在籍しています。
デト11は1952年帝国車両製。改造車であることが多いこの手の車両ですが、これは新車。キャブが四角四面ではなく大きなRが付いているところに、丁寧につくられている印象を持ちます。ヘッドライトが文字通り屋根に埋め込まれているのが特徴。
 一方で台車は軸距が短いブリル27GE-1で、これは阪堺電軌1形を由来とするものでしょう。主電動機は芝浦SE-104A(30kw)を4基搭載。これも昭和初期に製造された鋼製ボギー車と共通しています。つまり新車といえども部品は手持ち品の流用だったのでしょう。2000年に車籍はなくなりましたが、構内入換用で引き続き使用されています。

撮影時は、天王寺側に2台の保線用台車を繋げていましたが、これは元をたどれば陸軍鉄道聯隊の97式軽貨車。
こちらも「今なお現役」であるようです。
# by hiro_hrkz | 2019-07-01 01:41 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Comments(0)