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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21483400.jpg
 常磐交通自動車は、遅くまでいすゞC系を使用した事業者の一つです。特に北村車体を架装した車両が有名でしたが、これは1両のみでした。他に富士3Eを架装した車両もありましたが、総じて多いのはオーソドックスに川重を架装した車両でした。
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21482675.jpg
・常磐交通自動車 いすゞK-CLM500 +川重 1999年3月 いわき駅
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21483423.jpg
・常磐交通自動車 いすゞK-CLM500 +川重 2004年5月 いわき市内

1980~1982年は予燃焼室式エンジンのDH100Hを搭載するCLMを導入し、川重架装の車両は14両が在籍しました。上の画像のいわき22か77は前面の行先表示は小型のまま側面は大型となった1981年式、下の画像のいわき22か131は前面も大型化された1982年式です。
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21483306.jpg
・常磐交通自動車 いすゞK-CJM500 +川重 2004年5月 いわき駅

1983年は直噴エンジンの6QA2を搭載するCJMを導入。
川重架装は6両で、前面の方向幕部分のパーツが行先と系統で一体化し、中で区切られる方式となりました。
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21483466.jpg
・常磐交通自動車 いすゞK-CLM500 +川重 2004年5月 いわき市内

CLM・CJMともに後面には方向幕はなく、リアガラスが天井まであるタイプを採用していました。
また前後扉のため非常口は車体中央にありますが、これは富士重工や北村の架装車とは異なる点でした。
常磐交通自動車 いすゞK-CLM500・K-CJM500 +川重_e0030537_21483356.jpg
常磐交通の車両は、エンジン開口部に何かのハッチが設けられており他には見られない独特の形状となっている車両がいろいろとありました。CLMもこの一つで、メッシュがこのように変形していました。

・参考文献
『バスジャパンハンドブックシリーズ15 常磐交通自動車』 BJエディターズ 1995年
# by hiro_hrkz | 2021-09-20 01:22 | バス(川重/IK/IBUS) | Comments(4)
弘南鉄道黒石線 キハ2100形
既存の純民間私鉄が国鉄の特定地方交通線を後継した唯一の事例である弘南鉄道黒石線。1984年の開業時に国鉄より譲りうけたキハ22形3両を譲り受けて使用していました。しかし1995年6月には、同年3月に旅客営業を廃止した同和鉱業→小坂精練小坂鉄道のキハ2100形2両を譲り受け、同数のキハ22を置き換えました。
弘南鉄道黒石線 キハ2100形_e0030537_00200378.jpg
・弘南鉄道黒石線 キハ2107 1995年8月 黒石
弘南鉄道黒石線 キハ2100形_e0030537_15043983.jpg
・弘南鉄道黒石線 キハ2105 1997年8月 黒石

 入線したのはキハ2105とキハ2107で、塗装や番号などほぼそのままの状態で使用されました。外観上の差は、入線後しばらくしてから扉上に水切りが取り付けられたこと程度でしょう。
 小坂鉄道には当時5両の同型車があったので、もう1両導入してキハ22を全て置き換えることも可能だったはずです。しかし、そうならなかったのは、コストを切り詰める必要があったか、それとも既に先が見えていて最低限の投資に抑えたかったからか、はたまたタナボタ的な何かで置き換えたからか。結局のところ導入から3年持たず、1998年3月31日限りで黒石線は廃線になっています。


さて、同和小坂キハ2100形および同系車の常総筑波鉄道→関東鉄道キハ800形共に拙ブログで取り上げていますが、あっさりしたものなので、ここで改めて日車支店製電車型気動車のおさらいを。

 このグループは1959年9月に製造された常総筑波鉄道(筑波線)キハ501~505が最初です。筑波線への気動車の新車投入はこのときが戦後初でしたが、当時常総線には20m級車を導入していた一方で、こちらは18m級車でした。台車はキハ503~505が国鉄DT21の系譜に属する軸ばねがウィングばね式・枕ばねが上下揺れ枕式でコイルバネのNA6(NA6T)だったのに対し、キハ501・502は枕ばねを空気バネにしたNA302(NA302T)を履いていたことが特徴でした。
 そしてもう一つ、電車型の車体を採用してステップレスとしたことも大きな特徴です。このためには床高さを下げる必要がありますが、当時は鉄道用のエンジンでは対応できず、日野自動車のバス用エンジンであるDS40B2(出力143HP)、液体変速機は新潟コンバータDB-100を採用しました。
 この車体は張り上げ屋根やスタンディ・ウィンドウ(いわゆるバス窓)といった点などから、1年早い1958年に登場した松本電鉄モハ10以降、岳南鉄道モハ1101新潟交通電車線各車で採用された、いわゆる日車標準型電車との類似性が指摘されます。しかし、電車は地方鉄道建設規程に収めたため車体幅が2700mmなのに対し、キハ500は国鉄大型車なみの2800mmと異なります。こちらの方が幅広に感じるのも当然というわけです。
入線後すぐにキハ501と504、502と505が車番を入れ替えています。

 その2年後、常総筑波鉄道は1961年10月製造のキハ800形キハ801~805を導入します。その頃、日本私鉄経営者協会が私鉄各社の車両規格を統一する「標準型電車」を模索しており、その気動車版の標準型車両として製造されました。これは、当時の常総筑波鉄道の桜井明雄車両課長が標準型車体の採用に取り組まれていた故のものです。
 最も基本的にな仕様はキハ500がベースになっています。変更点は20m級車としたこと、またエンジンは、1960年に国鉄がDMH17を横置きにしたDMH17H(出力180PS)を開発しており、これを採用しました。変速機も一般的なTC-2になっています。台車はエアサスが引き続き採用されましたが、細部の仕様が変更になっておりNA305(NA305T)となりました。なお、キハ501~505も1968年または1976年にDMH17H・TC-2に変更しています。

 この常総筑波に全国で唯一追随したのが同和鉱業で、1962年の小坂鉄道線の改軌に合わせて、同年4~8月製造のキハ2101~2104を導入します。常総筑波キハ800形とほぼ同形ですが、台車は枕ばねがコイルバネのNA6(NA6T)を採用したのが一番大きな差です。また急勾配区間があるため動台車側には撒砂装置が取り付けられています。のちに1964年8月製のキハ2105、1967年11・12月製造のキハ2107、キハ2106を導入し、7両を揃えました。なお、1980年5月にキハ2108(1967年にキハ2104から改番)、1983年11月にキハ2102が同社の片上鉄道に異動しキハ801、802に改番しています。
 1950年代中盤以降、国鉄型の亜流が多かった私鉄の気動車の中でも、先進性があり独自性が際立つ車両でしたが、非電化私鉄の衰退もあり、これで打ち切りとなりました。
弘南鉄道黒石線 キハ2100形_e0030537_15091282.jpg
・1997年8月 黒石

・参考文献
飯島 巌、森本 富夫、諸河 久『私鉄の車両8 関東鉄道』 保育社 1985年
上林 宏「同和鉱業小坂鉄道」鉄道ピクトリアル477号(1987年3月増)
高嶋 修一「弘南鉄道」鉄道ピクトリアル636号(1997年4月増)
中川 浩一「私鉄高性能電車 出現の意義」鉄道ピクトリアル726号(2003年1月増)
桜井 明雄・中村 夙雄・中川 浩一「鼎談 車両を育てて30余年」鉄道ピクトリアル418号(1983年6月増)※

※『鉄道ピクトリアルアーカイブセレクション29』に再録


# by hiro_hrkz | 2021-09-18 01:57 | 鉄道(非電化) | Comments(0)
熊本バス 日デP-U32L +西工58MC
熊本バスは25年以上前から移籍車を導入していた事業者です。その車両の調達先が、在京・在阪の事業者ではなく九州島内の事業者であったのも特徴でした。
その中でもとりわけ驚かされたのが、2002年に北九州市交通局から移籍した日デU32です。
熊本バス 日デP-U32L +西工58MC_e0030537_22300523.jpg
・熊本バス 日デP-U32L +西工58MC 2005年6月 交通センター

1985年製造で、騒音規制前のいわゆるU32系前期型です。
当時、熊本バスが導入していたのは、ふそう、いすゞ、日野で日デは無かった点、そして当時の移籍車の車齢としては高めの17年だったことがその理由です。西工58MC架装なので見た目は古くはなかったのですが。

このあと、名鉄のMPを経て一般的な首都圏の事業者から車両を調達するようになります。
日デも移籍車では色々と入るようになりました()。

# by hiro_hrkz | 2021-08-14 23:26 | バス(北村、西工、東特) | Comments(0)
高松琴平電気鉄道 1000形
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22162430.jpg
 本当であれば今年5月に行われるはずだった高松琴平電気鉄道の旧型車保存運転のラストラン。延期で明日の予定でしたが、新型コロナウィルスの感染再拡大により再度の延期となってしまいました。
とりあえず本日は、最後まで残った2両の片方。1000形について取り上げたいと思います。

 大西虎之助、景山甚右衛門が中心となって1920年に免許取得、そして1924年にされた琴平電気鉄道は、1926年12月21日に栗林公園~滝宮で営業を開始。翌年3月15日には滝宮~琴平、4月22日には栗林公園~高松(現在の瓦町)を開業させ全通させます。地方都市の電鉄としては珍しい1435mm軌間、また架線電圧も当時最新鋭の直流1500Vを採用し、電車は半鋼製ボギー車10両を揃えました。駅もモダンなものが多く、これらから琴電は開業当初「讃岐の阪急」と呼ばれました。
 その10両の電車は1926年10月に汽車製造と日本車輌で5両づつ製造され、前者が1000形、後者が3000形となります。琴電の謎の車番、形式より一桁すくなく2桁目がインクリメントするルールは開業時からのもので、1000形は100~140が附番されました。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22162618.jpg
・高松琴平電気鉄道 100 1999年6月 仏生山(100号車サヨナラ運転時)
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22314879.jpg
・高松琴平電気鉄道 100+760 1999年4月 片原町

 車体は全長13869mm(45フィート)・全幅2438mm(8フィート)と、当時琴電参考にしたといわれる関西の電鉄の車両に比べると若干小ぶりです。1000形はノーヘッダーで各窓の上隅にRが付いているのが特徴でした。前後の扉の戸袋窓が楕円なのは3000形と同じです。
 一方、機器類は主制御器が米国・ウェスティングハウス製の単位スイッチ式・手動加速式間接制御(いわゆるHL)と日本の電鉄でも馴染の深いものですが、主電動機にドイツはAEG製のUSL-323B(出力48.5kw)、ブレーキに同じくクノール製を採用した点は特筆されます。大正末期以降、日本の電車でドイツ製の電機・空制を採用した例は少なく、この組み合わせは他に愛知県の碧海電気鉄道(現在の名鉄西尾線)デ100形程度しかありません。

 終戦後(1950年頃?)に方向転換を行いパンタグラフの位置が琴平側から築港側に変わります。この頃から琴平線には制御車が増えてゆきますが(2000、6000、8000、850)、これらは1000・3000に合わせたHL制御車となっています。
 そして、1966~1967年に更新工事が実施されます。楕円窓はHゴム支持の矩形窓になり、床下のトラス棒は撤去、ベンチレータは水雷形から円筒型への変更されました。また再度方向転換が行われ、ふたたびパンタグラフは琴平側となります。さらに数年後には窓枠のアルミサッシ化と新塗装への変更が行われます。
 琴平電鉄オリジナル車は、いちばんはやく3000形が20形の入線に伴い1962~1966年に志度線に転属します。1000形は5000形と共に引き続き琴平線で運用されていたものの、主電動機出力が低いことから、もと名鉄3700形の1020形の増備により1972年に100・120・140が、続いて1976年に110・130が志度線に転属します。しかし、同年8月1日、今橋~松島2丁目で発生した正面衝突事故で110・140が廃車になっています。なお、同年12月には長尾線の架線電圧が1500Vに昇圧され、同線にも入線するようになりました。
 そして、この頃には前面の貫通扉が交換されツライチから一段凹んだ形状になりました。また1983年以降、琴電で頻繁に行われていた台車・主電動機の交換に巻き込まれ、最終的に130はBW78-30A(日車BW もと名鉄)と東洋TDK-596A(もと阪神)になっています。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00420705.jpg
・1000形オリジナルの汽車BW 1999年4月
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00452334.jpg
・130が晩年履いていたBW78-30A(日車BW) 1999年4月 130はSTを履いていた時期もある。

 このほか、客用扉の木製から鋼製への交換、ヘッドライト・連結器の交換などが実施されました。ただ、車両ごとの個体差は先の台車を除けば少ないほうでした。130の非パンタグラフ側にのみ、貫通幌を吊るすような金具があったことが気になりますが・・・。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00343738.jpg
・高松琴平電気鉄道 130+510 1998年4月 高田~池戸

 1994年の瓦町駅再開発による長志線分断により、1000形は揃って長尾線の所属になりました。しかし、元名古屋市営車の入線により先ず130が1998年11月に、続いてトップナンバーの100が1999年6月に廃車となります。そして唯一残された120は、倒産後に茶色とクリームの旧塗装に戻され2007年の運用廃止まで第一線で使用され、そして保存運転へと継続してゆきます。なお、120は定期運用撤退後、2007年11月に廃車になった65の台車・主電動機(川崎BW、TDK-596A)に交換されています(こちらに掲載の写真を参照)。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00081961.jpg
・高松琴平電気鉄道 120 2006年6月 仏生山
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_23480077.jpg
・高松琴平電気鉄道 100+500 2004年4月 西前田~高田

あと5年で100年を迎えられるのに・・・と思うと、若干残念な思いもあります。
ともあれ、今年12月までに無事運転される日が来ることを願っています。

・参考文献
森貴知『琴電100年のあゆみ』JTBパブリッシング 2012年
真鍋裕司「私鉄車両めぐり 121 高松琴平電気鉄道(下)」 鉄道ピクトリアル403号(1982年6月)
真鍋裕司「琴電 近代化への歩み」 鉄道ピクトリアル574号(1993年4月増)
小笠原裕一「琴電 1013・1063形デビュー」鉄道ファン270号(1983年10月)

今回も様々な編成例などを
# by hiro_hrkz | 2021-08-08 00:00 | 鉄道(旧形電車) | Comments(0)
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM
大分バスがノンステップ車を投入したのは1997年のこと。
これは九州地区の事業者では最も早い導入でした。
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM_e0030537_17263483.jpg
・大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM 2002年8月 大分・金池

車種は当時唯一の市販車であったふそうMPが選択されました。
当時の同社は日野が多勢であり、ふそうの大型は異端ではありました 。
前・中扉ともにグライドスライドドア、サッシは銀色と最初期のMPノンステップとしてはよくある仕様です。

1997年に2両、翌1998年度にも2両が増備され、合計4両が揃います。
しかし、そのあとが続かず長いことノンステップ車はこの4両だけという時期が続きました。
結局2005年の私的整理の後の2008年にようやくノンステップ車の新車導入が再開されます。

その一方で、4両のうち3両が2014年頃?に廃車となります。
低年式の2ステップ車が多数残る中でのことで、非常に驚きました。
しかし、更なる驚きは3両揃って越後交通に移籍したことでした。
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM_e0030537_17263510.jpg
・越後交通 三菱ふそうKC-MP747K +MBM 2017年5月 長岡駅前

登録番号からすると移籍は2015~16年と思われます。当時、車齢が17~18年ということですが、ノンステについては他社のMP747も高齢での移籍が相次いでいたので、そこまで不思議な選択ではなかったのかもしれません。
いずれも三条の所属であるため、長岡ナンバーではなく新潟ナンバーになっています。
# by hiro_hrkz | 2021-07-22 18:04 | バス(三菱/呉羽) | Comments(0)