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名古屋市交通局東山線 5000形
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あまり関心がない鉄道だと、気が付いたら車両が置き換わっていた・・・ということがあります。個人的には、名古屋市交東山線の5000形もそんな例の一つ。
「新しい電車」と認識しているものは、そうなりやすいですね。

5000形は東山線初の冷房車として1980年に試作の第一編成が登場。1982~1990年に量産車が投入され、6両編成23本138両がありました。1977年に最初の区間が開通した鶴舞線では既に冷房車が投入されていたわけですが、20m級の大型車を使用する同線と異なり、国内でも特に小型の車両(車体長:15000mm、幅:2508mm、最大高:3450mm)を使う東山線への冷房車を投入は難題であったと思います。
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・名古屋市交通局東山線 5609 2006年10月 上社
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・名古屋市交通局東山線 5109 2006年10月 上社

東山線(名城線の電車もそうですが)は、それまで全車両がM車で主制御器も各車にあり(1C4M)、1両の中で完結する方式でした(補器類はその限りではありませんが)。しかし5000形は両先頭車が制御車となり、主制御器は2両に一つ(1C8M 日立CFM-138RHまたは三菱CH-MR-124)となりました。主回路チョッパ方式を採用しているのは、この頃に製造された各地下鉄の冷房車に共通した特徴ですね。主電動機は日立HS-14531または三菱MB-3255で、いずれも出力95kw。従来の車両が48~55kwでしたから随分と出力増強されていることがわかります。

 車体は日車および日立が担当しアルミ製。窓配置は従来の300形等を踏襲していますが、開閉可能な窓の数は減っています。前面は切妻ですが傾いているのが特徴。そして冷房装置は12500kcal/hの三菱CU-75を1両に2台、その電源はSIVを使用し、コンプレッサと共に両先頭車に搭載ています。このように編成で機器は分散され小型化されているものの、床下機器の配置図を見ると各車両スペースの余裕は殆どないことがわかります。
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・2006年10月

これは藤が丘工場の公開の際に撮影した連結面。この配管覆い?が気になるところですが、冷房の排水関係なのでしょうか・・・大阪市交の10系等でも見られますね。

・参考文献
近藤 三郎「名古屋地下鉄東山線に冷房車 5000系登場」 鉄道ファン231号(1980年7月) 交友社
大須賀廣郷・田川輝紀・小川金治「日本の私鉄20 名古屋市営地下鉄」保育社

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# by hiro_hrkz | 2018-12-15 17:55 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(0)
芸陽バス 日野P-RU638BB +西工58MC SD-I
芸陽バスの県内高速車は、一時期各所からかき集めた様々な車両が使われていました。以前ふそうの例を取り上げましたが、本日とりあげる車両もなかなかのインパクトでした。
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・芸陽バス 日野P-RU638BB +西工58MC SD-I 2005年8月 西条

 日野+西工のスーパーハイデッカー、しかも側面は固定窓で扉はグライドスライドというなんとも濃い仕様のクルマです。とはいえ芸陽の発注車ではなく、もとは親会社の広島電鉄が1988年に広島~福岡の高速バス「ミリオン号」を開業するのにあたって購入した車両です。
 西工が選択されたのは、共同運行会社が当然ながら西鉄であったことが関係しているのでしょう。3列シートの採用など、昼行でも夜行バスなみの設備を目指したと聞けば、この仕様も納得ができるところです。

 しかし、ミリオン号は低迷したうえに5年で廃止。車両は他の路線に転用されます。そして1台が芸陽に移籍してきました。ナンバーは広島電鉄時代と変わっていません。一方で車内は、一般的な4列シートに改造されていましたが、これが移籍前なのか後なのかはよくわかりませんでした。
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# by hiro_hrkz | 2018-12-07 22:26 | バス(北村、西工、東特) | Trackback | Comments(0)
西日本鉄道宮地岳線 モ320形326・327
部分廃線前の西鉄宮地岳線の電車から、本日はこの電車を。
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・西日本鉄道宮地岳線 モ326 1997年3月 貝塚

 300形は以前、303形・308形の前面非貫通車を取りあげたことがありますが、今回のお題はスタンディウィンドウの中間車、320形です。
 この車両については、まず1951年近畿車両製の大牟田線初代600形を説明しなくてはなりません。国鉄52形電車なみの流線形を持つ2扉車で、編成がMc-M-Tcの3連2本がありました。しかし1961年に編成を解除され、中間M車はロングシート化の上で300形と編成を組むことになりました。これが320形のモ324・325です。一方、先頭車はMcを電装解除の上で新造の中間電動車2両と編成を組んで1300形4連2本となります。このときに発生した台車・電装品等を流用して1961年に川崎車両で製造されたのが、このモ326・327です。従って、320形は機器は同一ですが車体が全く異なる2つのタイプが存在しました。
 なお、326・327の窓配置は京王2700、小田急2200等の新関東型と同じですが、車体長はそれらよりも若干長めの18000mm(最大長18500mm)、車体幅は最大2740mmです。

 その後、300形は改軌の上で2回にわけて宮地岳線に順次転属しますが、2扉の324・325は対象から外れ大牟田線で終焉を迎えます。同じく元600形の1300形は3扉化・冷房改造共に不可能ということで廃車になっているので、これは仕方がなかったのでしょう。
 一方326、327は1986年6月で宮地岳線に転入。国鉄DT14・TR47と同系の新扶桑FS-8台車に三菱の主電動機MB-249-AFR(出力82kw×4)から、釣合梁式の国鉄TR22台車に国鉄MT15-Cになります。なおMT-15は国鉄でのスペックは端子電圧675V・出力100kwですが、西鉄では104kwにしていたようです。理由は不明。主制御器は三菱ABFのまま変わっていません。
 転入した年の10月にはワンマン化、そして1989年には冷房化改造(8500kcal/hの冷房機を3台搭載)が行われています。300形はいくら車体更新したとはいえ運輸省規格型を冷改したあたりに、非常に唖然としたのを思い出しますが、その中でこの2両は全金属製の車体を持つので違和感がありませんでし・・・今見ると、スタンディーウィンドウと冷房機の組み合わせは若干アンバランスな感もしますが。
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・西日本鉄道宮地岳線 モ327 1998年9月 香椎花園

 さらに1993年にはモ327は西武701系の廃車発生品を使って、台車はFS-342(国鉄DT21)、主電動機はHS-836Frb(国鉄MT54)、制御器は日立HT-20Aに変更。津屋崎側先頭車のモ307と2両ユニットの電動車構成となりました。ただし、ブレーキは終始自動ブレーキのAMAでした。

・参考文献
出口 正則・諸岡 雅宏「私鉄車両めぐり162 西日本鉄道」 鉄道ピクトリアル688号(1999年4月増)慶応義塾大学鉄道研究会『私鉄電車のアルバム 1』 交友社 1980年
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# by hiro_hrkz | 2018-12-01 23:51 | 鉄道(近代形電車) | Trackback | Comments(0)
群馬中央バス 三菱ふそうMP117M・K-MP118(518)M 5題
 群馬中央バスは三菱ふそうのいわゆる「ブルドック」を関東地方で遅くまで保有していた事業者。とくに再末期はマニアの注目を浴びることが増えていたと思います。このときはもと東京都交通局の車両でしたが、同社が保有したものは大半が神奈川中央交通と京阪バスの移籍車でした。今回はその中から、もと京阪の車両を集めてみたいと思います。
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・群馬中央バス 三菱ふそうMP117M +三菱 1999 年7月 群馬県伊勢崎市

 今回紹介する中では唯一の排ガス規制記号なしの車両。京阪のふそうは、エアロスターの時代は呉羽ばかりですが、この頃は三菱名自製のものも存在しました。前面・側面とも方向幕はオリジナルは小型でしたが、移籍時?に大型のものに改造されています。これは群馬中央バスの特徴でしたね。前面のナンバープレートは前面から突き出た独特の金具に取り付けられていますが、これは当時の京阪バスのふそう車の特徴でした。
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・群馬中央バス 三菱ふそうK-MP118M +三菱 1999年7月 群馬県伊勢崎市

 続いて、昭和54年排ガス規制のK-MPとなります。もとの車両の形態により、各部に差が生じていました。
この車両は三菱名自が架装。MP117Mとあまり変わらないように見えますが、窓配置が変わり、また前扉が上下2分割から通しガラスに変わっています。前面の方向幕は製造時から大型幕でしたが、群馬中央バスの経由地を示す小型幕が独立したタイプに改造されていました。
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・群馬中央バス 三菱ふそうK-MP118M +呉羽 2002年3月 群馬県伊勢崎市

 その次は呉羽が架装した1台。前面の方向幕は京阪時代のものを生かしたまま、経由地と行先を独立したものになりました。冷房も三菱重工製の直結式となり側面の窓配置がスッキリとしています。
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・群馬中央バス 三菱ふそうK-MP118M +呉羽 1999年7月 群馬県前橋市

 こちらも呉羽のようですが、フロントガラスの左側面側は天地が拡大し、またコーナーには安全確認窓が設けられ特徴あるスタイルになりました。手元のメモでは1982年11月製造とあります。
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・群馬中央バス 三菱ふそうK-MP518M +呉羽 2002年3月 群馬県伊勢崎市

そして最後の1台はエアサスにメトロ窓を備える、もと京都の定観予備車。同じ関東地方で、群中と同様に神奈中と京阪から多数の移籍車を導入していた東野交通は、観光地を抱えるためこのタイプの車両をそろえていました。が、群馬中央バスにやってきたのはこの1台のみ。撮影した頃は伊勢崎営業所に所属し、専ら福祉センターの送迎輸送用になっていました・・・最も、この頃すでに伊勢崎営業所の一般路線は壊滅に近い状況で、伊勢崎オートの送迎がメインとなっていましたが。
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一つ前のK-MPと同じく拡大窓+安全確認窓を備える仕様で1984年2月製・・・既にP-MP118系が登場していた時期に製造されたことになります。
冷房はサブエンジン式。前扉の下には補助ステップが備わっていましたが、これは群馬中央バスに来てから取り付けたもののようです。

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# by hiro_hrkz | 2018-11-28 22:26 | バス(三菱/呉羽) | Trackback | Comments(4)
弘南鉄道弘南線 ED333
除雪車の試運転~出動のシーズンとなりましたね。
ということで本日のお題は雪国の電鉄から
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・弘南鉄道弘南線 ED333 1994年2月 黒石

 弘南鉄道弘南線の除雪用に残る電気機関車、ED333です。
その外観からわかるように、米国のウェスティングハウス(電機)+ボールドウィン(車体)製の凸型電機で1923年製造。もとは武蔵野鉄道デキカ10形13→西武鉄道10形13で、弘南鉄道は1951年10月に入線しています。
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・弘南鉄道弘南線 ED333 1995年8月 平賀

 日本国内の鉄道事業者がWHから購入した凸型電機は合計14両(秩父=5、武蔵野=3、信濃=3、愛電=2、宮城=1).
その中でも、武蔵野鉄道が右側運転台を採用していたため、他の輸入車とはボンネットの位置が左右逆になっているのが特徴です。最も、米国のインタアーバンは右側運転台なので、これが正統派のスタイルということになります。
自重は、信濃・愛電等あるいは日車でコピーした車両が24~28t級なのに対して、こちらは少々重めの33t。一方で最大長はそれらが9100mm台なのに対して逆に若干短い8800mmとなっています。
主電動機も愛電や宮城が端子電圧750V・出力48.5kwのWH-550-JF6なのに対して、こちらは端子電圧600V・出力74.6kwで出力が高めです。

 弘南鉄道には架線電圧の昇圧に伴い入線。大きな改造もなく貨物輸送用として使用されていましたが、1984年の貨物廃止後は除雪が主な用途となっています。それ以外でも上記の写真のように、平賀の車庫で入替に使用されることもあります。撮影時は、丁度3600形の廃車と、1521形の入線に伴う作業がいろいろと行われていました。

 さて、武蔵野デキカ10形→西武10形は合計3両(11~13)ありましたが、弘南鉄道に譲渡された他の2両はE11、12になります。その後、E11は1969年に越後交通に譲渡されED261になるものの1971年に廃車、残りのE12は1973年に廃車になったあと保谷車両管理所の乗務員養成施設に保存されました。
 西武池袋線の電車から見ると検車庫の反対側、さらに敷地の外を回っても塀の外からは見ることもできず、長らく幻の車両でした。しかし、車両管理所の廃止により建屋がなくなりカバーはかけられているものの姿を確認できる状態に。そして補修の上で武蔵野鉄道100周年を記念して2012年に公開されました。
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・西武鉄道 E12(保存) 2012年5月 保谷

今年で製造から95年。
ふたたびその姿を見てみたいものです。

・参考文献
澤内 一晃「凸型電気機関車の系譜」 鉄道ピクトリアル859号(2012年2月) 
後藤 文男『西武の赤い電機』 交友社 2001年

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# by hiro_hrkz | 2018-11-24 23:02 | 鉄道(電機、貨電、貨車) | Trackback | Comments(0)
東濃鉄道の富士8E
東濃鉄道は、富士重工が最後に架装したバスを導入したことで知られますが、名鉄系の事業者ということもあり昔からその導入に積極的であったわけではありません。
こと一般路線車の自社発注車に限れば、1998年以降のみでその合計は9台にとどまっています。
今回は、その中から中型路線車を取り上げたいと思います。
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・東濃鉄道 日デKC-RM211GSN +富士8E 2007年8月 恵那駅前(岐阜県恵那市)

 東鉄は1998年度に日デ+富士7Eの路線車をはじめて導入します。内訳は大型1台、中型3台でした。
中型はリーフサスで前中折戸、2段窓の仕様。塗装は従来の名鉄系の白赤塗装に緑の細帯が入るものから、前面だけ名鉄系で側面~リアが白地に緑・赤を配したものにかわりました。これらは、前年度?に導入された三菱ふそうの中型車と変わらない仕様です。
 型式はKC-RM211GSN、1998年12月~1999年1月製で登録番号は岐阜22き989、992、993でした。当初は多治見周辺にも配置されていましたが、最終的には恵那と明智でした。
 なお、この車両あたりから東鉄は車両の代替スピードが上がり、一方で移籍車市場に出回る車は高齢化。そのため移籍事例が発生するようになりました。この型式は2台が新潟交通佐渡に移籍しています。
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・東濃鉄道 日デKK-RM252GSN +富士8E 2007年8月 岐阜県恵那市

 その次の増備車は、1998年排ガス規制適合となり、型式はKK-RM252GSNとなりました。
基本的な仕様はKC-RMと変わっていませんが、側面の窓幅が変わり中扉が後ろにずれる差異が生じています。また、屋上のエアコンのエバポレーターがなくなり、ビルトインタイプになっているのはKC-RM→KK-RMの普遍的な仕様差です。
2000年2月製の岐阜200か60、61と、2001年01月製の岐阜200か139の3台がありました。こちらはKC-RMと異なり営業エリア全域にバラバラに配置されていました。
 なお、廃車後は下北交通へ1台の移籍例が確認されています。
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・東濃鉄道 日デKK-RM252GSN +富士8E 2012年7月 明智駅(岐阜県可児市)

 さらに次の車両はワンステップ車となりました。
この車両については拙サイトでとり上げていますが、基本的には富士8Eの最終期形に準じるものの、エアインテークなど一部がマイナーチェンジ前となっている珍しい車両です。
 2001年9月製の岐阜200か181 1台だけの存在。可児営業所に所属し明智~八百津などで使用されました。廃車後は宮崎交通に移籍しています。

 このあと、東鉄は大型車(KL-UA+新7E)を1台導入して自社発注の富士重工架装の路線車は終了します。
しかし、そのほかに移籍車が何台か存在しました。
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・東濃鉄道 日デU-RM210GAN +富士8E 2007年8月 岐阜県恵那市

 もとはジェイアール東海バスの車両で、数回にわたる路線委譲に伴い移管された車両です。東鉄が日デ+富士を採用する以前に製造された、平成元年排ガス規制の型式。扉配置などが自社発注の富士8E架装車と同じですが、一方でサスペンションはエアサスとなっているのが大きな違いです。
 塗装はこの時期に採用されていた、名鉄系の塗り分けながら緑の濃淡に赤い細帯としたもので、富士重工架装の車両では、もと千葉県内の自家用車だったU-UA+富士7Eでも採用されていました。
 1993年12月製造の岐阜200か263 1台だけの存在でした。

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# by hiro_hrkz | 2018-11-17 20:46 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
福井鉄道 クハ120形
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・福井鉄道 クハ122+モハ122 2006年2月 市役所前~公園口

 何年か前に、福井鉄道のモハ120について書きましたが、今回はその相手だったクハ120形について記したいと思います。
福鉄福武線の旧型電車は、140形など出自が全く異なる車両が固定編成を組む事例が幾つか見られましたが、これもその一つ。モハ120が1950年日車製の自社発注車なのに対し、こちらは当時の親会社、名古屋鉄道からの譲渡車です。
 もとは名鉄三河線の前身である三河鉄道が1929年1月に日本車輌で製造したデ300形301~302で、HL制御で三菱製の主電動機を搭載。平妻・2段窓なのは、同じ頃に日車で製造された愛電や伊勢電などの車両との共通性がありますが、これは3扉で乗務員扉が無い点が特徴でした。
 名鉄に合併後はモ3000形3001~3002に改番され引き続き三河線などで使用されました。このうちモ3001は1963年に運転台を高運転台に改造され、前面はノーシル・ノーヘッダーになってています。その後、3700系列への機器流用で1966年に廃車。こうした「抜け殻」の鋼製車体は、その多くが名鉄系列の事業者に譲渡されましたが、この2両は福井鉄道に譲渡され南越線に配置されました。
 モ3001がモハ151、モ3002がクハ151となり台車は国鉄のDT10もしくはTR11を履きました。ただし、モハの制御器(HL)、主電動機(三菱MB-98A)の出所はわからず・・・名鉄で流用したのは台車だけだったのでしょうか。

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・福井鉄道 モハ122-2 1993年3月 武生新

 南越線は1971年9月1日に五分市~戸ノ口が部分廃止となり、余剰となったモハ151、クハ152は福武線に転属。クハ151→クハ121、モハ151→クハ122となり、それぞれモハ121、122と固定編成を組むようになります。このとき、連結面側を切り落として全長を詰めています。諸元では、もともとの全長は17594mでしたが、改造後は17195mmとなっています。
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・福井鉄道 クハ122 2006年2月 家久~上鯖江
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・福井鉄道 クハ122 2006年2月 神明
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・福井鉄道 クハ122 車内 2006年2月

 真横から撮影した画像を見ると、台車~連結面間が短くなっていることがわかります。車内から見ると、このようにドアと妻面が隣り合っている状況でした。
 また、前面窓はHゴム支持になり、乗務員扉が新設されています。このときにモハ151→クハ122は低運転台に戻されています。その後、クハ121は1978年、クハ122は1982年に再電装され、モハ121-2、モハ122-2に改番されました。台車は 日車D-16に履き替え、制御器は東洋ES-517、主電動機は三菱MB-98A(60kw)を2台搭載。編成内の主電動機は6機となりました。
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・福井鉄道 クハ122+モハ122 2006年2月 ハーモニーホール~浅水
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・福井鉄道 クハ122+モハ122 2006年2月 神明

 モハ121-2は1987年に廃車、残るモハ122編成は予備車で稼働率が低い状態が続いていました。そんな中、1997年頃に連節車のモハ200形の台車履き替えで発生したND-108をモハ122-1に履かせた際に電装解除され、クハ122に戻りました。その後も稼働率は低い状態のまま、名鉄岐阜600V線から車両を導入する2006年まで在籍していました。

さて、この車両に関しては、従来、名鉄モ3002→福鉄クハ151→クハ122(以下略)としている文献が多くみられますが、車体の特徴から言えば、今回ここに記したように名鉄モ3001→福鉄モハ151→クハ122となると思います。このあたりは、書類上の話と実際の車体の変遷が異なっているのかもしれません。

・参考文献
酒井 英夫「私鉄車両めぐり90 福井鉄道[下]」 鉄道ピクトリアル257号(1971年11月) 電気車研究会
清水 武『RM LIBRARY 187 名鉄木造車鋼体化の系譜』 ネコ・パブリッシング 2015年
清水 武『RM LIBRARY 207 福井鉄道(下)』 ネコ・パブリッシング 2016年

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# by hiro_hrkz | 2018-11-10 21:02 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
北陸鉄道 日野U-HT2MMAA +日野車体
前回、奈良交通の固定窓のLVを取り上げましたが、
固定窓つながりでこんなバスを思い出したので取り上げる次第。
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・北陸鉄道 日野U-HT2MMAA +日野車体 (上)1997年10月、(下)2000年8月 金沢駅前

北陸鉄道の1994年式のU-HTです。
当時の北鉄の大型路線車は前中ワイドドア・メトロ窓でしたが、この車両は前後折戸の固定窓で製造されました。
 もともと一般路線用ではなく、「城下まちかなざわ周遊バス」の専用車として登場したもの。車内も和風の特別仕様が特徴でした。一方で、前面のヘッドライトが角形、セイフティーウィンドウつきなのは当時の北鉄の一般路線用U-HTと同じです。

 U-HTは、24-409~24-411(石川22き658~660)の3台が在籍。他に同仕様のKC-HT2MMCAが27-503、504(石川22き825、826)の2台ありました。一般路線転用時に前面窓下に取り付けられていた扇のヘッドマークや、側面のロゴが撤去されています。のちに窓上部の弧を描く飾りも撤去された車両があったようです。
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# by hiro_hrkz | 2018-11-04 18:36 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)