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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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一畑電気鉄道 松江温泉駅
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_23300862.jpg
 一畑電車の松江側の起点は松江しんじ湖温泉駅ですが、鉄道事業を分社する前で駅名も改名する前・・・つまり一畑電気鉄道の松江温泉駅だった頃の駅舎が本日のお題です。
 出雲今市(現在の出雲市駅)~一畑で運行していた一畑鉄道は、1925年に一畑電気鉄道に社名を変更し1927年には電化、そして翌1928年に小境灘(現在の一畑口)から路線を延長し県都松江への乗り入れを果たします。ターミナルの北松江は宍道湖北側の市街地西端に設けられました。現在は駅の南側は宍道湖が埋め立てられ幹線道路が通っていますが、かつて湖岸は駅のすぐ横でした。
 1970年、温泉を掘り当てたことから松江温泉駅に改称。その後、2002年に附近の温泉街の名称に合わせて現駅名に改名しています。
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501387.jpg
 かつての駅舎は北側のホーム中央にありました。現在でもそうですが、ここは一畑(電鉄)バスの駐車場となっており、多数のバスに埋もれるように駅舎があったのを思い出します。この駅舎が塔屋を持つ2階建て鉄筋コンクリートの立派なものでした(ただし、西側に木造の平屋部分あり)。開業時に建設されたものだそうで、当時の一畑電鉄の意気込みが感じられます。最も、窓や壁面、塔屋の外観は建設当初と大きく変わっているようです(※1)。
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501312.jpg
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501432.jpg
 駅舎の東側には出札口とそこに直結のバス乗り場がありました。大半のバスは現在の位置と同じところにあるロータリー(ロータリー内のレイアウトは異なる)に発着していましたが、一部の系統はここに乗り付け乗換しやすいようにしていました。ただし、晩年の姿しか知らないので、昔からあるものかどうかは不明です。
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501448.jpg
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501333.jpg
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_01501393.jpg
駅舎のホーム側は木造の上屋が建っていました。これも開業時からのようです。ホームそのものは高さ嵩上げされたりするなどの変化があります。一番最後の写真は改札周辺ですが、電照式の発車案内があるところなどにターミナルらしさを感じるところです。
一畑電気鉄道 松江温泉駅_e0030537_23265378.jpg
2002年1月に取り壊され、現在の新しい駅舎に切り替えられました。こじんまりとしたものになりましたが、ホームの突端にありそのまま駅前ロータリーに直結するなど使い勝手は随分と改善されたと思います。

・1枚目 1995年2月
・2、3、7枚目 1993年8月
・4、5、6枚目 1998年9月
・8枚目 2009年2月 撮影

※1 一畑電鉄の公式サイトにある駅舎正面側の画像開業当初の駅を写した絵葉書(Twitterの投稿)。晩年の姿とは各所が異なることが解る。駅舎の建設・解体等については公式サイトの記述を参考とした。

# by hiro_hrkz | 2023-01-22 23:34 | 鉄道施設 | Comments(0)
癸卯
あけましておめでとうございます / 새해 복 많이 받으세요 / 新年快樂 / Frohes Neues Jahr!
Happy new year! / Voorspoedige nuwejaar! / YENİ YILINIZ KUTLU OLSUN! / Gott nytt år !
今年もよろしくお願いいたします。

2023年/令和5年、癸卯(みずのとう)。
今年の表紙は、十二支「うさぎ」にちなみ養老鉄道のラビットカーとしてみました。実はこの編成、何回か養老鉄道に行ってますが一度として走行しているところに巡り合えないでいます。今年の十二支に因んでどうにかしたいところです。
 一方、富士重工のバスのほうは、昨年に引き続き西暦にちなんで23年→日野P-HT233BA+富士5Eです。事業者は平和への希望もこめて、平和交通・・・2年連続で千葉県勢が表紙となりました。

 さて、型式に23を含むバスには日野P-HT/HU以外に、ふそうの平成10年排ガス規制の中小型車KK-MJとKK-MKがあります。新年最初のネタは、ここでも千葉県勢から京成のKK-MJの例(+α)を取り上げたいと思います。
 千葉県市川市に、ショッピングセンターの「ニッケコルトンプラザ」があります。日本毛織中山工場の跡地を再開発したものですが、総武線の本八幡駅と下総中山駅の丁度真ん中にあり、どちらにも少々距離があります。そこで、本八幡駅との間に送迎バスを走らせています。担当しているのは京成グループです。
癸卯_e0030537_17163163.jpg
・京成バスシステム 三菱ふそうKK-MJ23HE +MBM 2010年9月 本八幡駅 
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・京成バスシステム 三菱ふそうKK-MJ23HE +MBM? 2010年9月 本八幡駅
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・京成バスシステム 三菱ふそうKC-MJ218F +MBM 2010年9月 本八幡駅

撮影したのは2010年9月。この時、運行を担当していたのは京成バスシステムで、色違いのMJが使われていました。
赤(車番KS-7305)と黄色(同KS-7306)がKK-MJ23HEです。前者が2002年、後者が2003年の導入で、当初は京成電鉄→京成バスの貸切部門の所属でした。これに対して緑色(車番KS-7304)は一世代前のKC-MJで長沼営業所から転属(旧・N030 1999年導入)です。もともと瑞穂の杜線の専用車でその時と外装は変わっていません。
KC-とKK-では屋上の換気扇の数が異なるなどの差があります。

この写真を撮影した翌年、いずれも送迎輸送からは外されました。KS-7304は関東自動車に移籍、KS-7305はちばシティバスに異動、KS-7306は京成バスに復帰しています。
# by hiro_hrkz | 2023-01-01 18:41 | バス(三菱/呉羽) | Comments(0)
年末の雑感 ~問~
今年も去年に引き続き、年末に命があることに心よりの感謝を。
年末の雑感 ~問~_e0030537_22125120.jpg
・今年のまとめ
流行り病に2回罹患し、秋には骨折・手術と、趣味からの長期離脱を余儀なくされました。
「寄る年波には勝てず」という言葉を実感しているところです。

1)サイト
 昨年に引き続き、ほぼほったらかしとなってしまいました。
唯一、日立電鉄バス追想録に茨城交通合併後の車両を追加したことだけで終わりました。
ただ、来年は新しい構想を実現したいと思っています。

2)模型
 骨折の影響がもろに出たのがこれで、実質的に秋以降の作製がストップしてしまいました。結果的に完成したのはわずか3両。ノス鉄やGMのクモハ11新キットの発売で上がったモチベーションに水をかける結果となりました。
 一方、模型のイベントが徐々に復活してきたのは嬉しいことです。作品を見せあうことの大切さを感じています。特に、夏のJAMコンベンションでは、盟友・多摩温泉電鉄氏のブースをお借りして、架空のローカル電鉄を模型で楽しむ同好の士と交流できたことは、大きな収穫でした。

3)外まわり
 昨年までの反動からか、今年はそれなりに各地へ行くことができました。が、これも上記理由で思うようにはならず・・・特に秋をほぼ棒に振ったのが残念な限りです。
 鉄道については、車両が目当てとはいえ国鉄転換系の第3セクター鉄道を主目的にすることなどの新たな面もありました。一方でバスについては、今年上期はやたらと茨城交通に力を入れ、水戸200か2240以降を除いて一般路線車のコンプリートをするほどだったのですが、他の事業者については・・・バスが主目的で首都圏の外に行かなくなってしまいました。その茨城すら、少々熱が冷めているのが実情です。

 1993年より毎年訪れている高松(コトデン)は、30年目の今年も行くことができました。1087のファンタンゴレッド復活が話題となりましたが、私は来年登場25周年を迎える600・700・800に注目しています。これらについて一つまとめてみたいと構想中です。

 鉄・バス以外ではなぜか百貨店の屋上にある神社が気になり幾つかを廻りました。来年は、この数を伸ばしてゆきたいところです。

4)ニュース雑感
 今年は日本の鉄道が開業してから150年の記念すべき1年となる「はず」でした。
私は、日本の鉄道100年よりも後の生まれであるため、その時の盛り上がりは知りません。一方で、小中学校の頃に「鉄道ファン」誌で見た西ドイツの鉄道150年の記事には憧れを抱き、そして30年以上未来の日本の鉄道150年に思いを馳せました。
 そして、その年がやってきました。東京都公文書館、国立公文書館などが資料展示を行ったり、あるいは高輪築堤に代表される開業期の鉄道へのクローズアップなど楽しい面もありました。しかし結局、150年前に開業した区間を持つJR東日本が多少のイベントを・・・それも大した盛り上がりもなかったことに、ただ虚しさを感じました。傍目から見て、この鉄道150年に一番熱心に取り組んだのは各種の映像を発掘するなどしたNHKだったように思います。趣味的な面から見ても、最も鉄道150年にふさわしい特集号を出版したのは専門外の「東京人」ではないでしょうか。やはり「もし新型コロナが流行ってなければ・・・」と思うところです。

 国連常任理事国による侵略戦争が行われ、世界の物価は高騰、エネルギーは争奪戦、一方で我が国では元・首相が暗殺された一方でそれを支持する言説が見られるなど、一つ一つに絶望的になる1年でした。
 そうしたニュースに接して感じることがあります。閉じた世界にいると自分に近い意見だけが増幅して、自分の思いが絶対的な正義になり暴走してしまうのではないかと。言葉はより鋭角化し、それは身内にはアピールできても敵だけでなく第三者にも刺さってしまう・・・結果、第三者は遠ざかり彼らも敵に見えてしまう。こんな状況になれば最後は破滅です。陥らないように注意が必要なのだと思います。

東京都内の再開発はいろいろ進んでいます。
その中で10月に閉鎖された新宿の小田急百貨店本館と、その前に広がる西口駅前広場は幼い頃から見慣れた風景であり、これこそが身近な大都会でした。
この景観の喪失は自分にとっても大きなものになるだろうと感じています。
年末の雑感 ~問~_e0030537_22165269.jpg

今年も拙サイトをお読みいいただきありがとうございました。
それでは良いお年を。
きたる2023年が皆様にとって、あらためて福と幸いに溢れる一年でありますように。

# by hiro_hrkz | 2022-12-31 00:01 | 言いたい放題 | Comments(0)
広島電鉄 2000形
広島電鉄3100形がかつての宮島線直通色であるオリエントピーチに赤帯に変更されて話題になっています。
しかし個人的にはこの塗装は、比較的早くにぐりーんらいなー色になってしまった3100形よりも、最後まで宮島線直通色をまとった2000形のほうを思い出します。
2000形については、1両だけ原形で残っていた2001について、だいぶ前に取り上げていますが、今回は2両編成に改造された他の車両を取り上げたいと思います。
広島電鉄 2000形_e0030537_17385802.jpg
・広島電鉄 2007+2006 2005年8月 広島駅前

軌道線と宮島線直通は1958年4月、団体貸切電車を1955年製の550形により運転したことにはじまります。同年6月には通常の定期列車で草津~広島駅・宇品3丁目に設定され、専用の新車である850形(のちの350形)が用意されました。そして、更なる増強のために増備されたのが2000形です。

 メーカーは1960年製の1次車(2001~2003)がナニワ工機、1962~1963年製の2次車(2004~2009)が自社工場です。外形は850形を踏襲していますが、側面窓の天地寸法が拡大されています。車掌台は引き違い窓になりました。
 一方、機器類は大きく異なります。制御方式は、直接制御の550形(551を除く)に対して850形は間接非自動(日車NA-122)でしたが、2000形では間接自動(1次車:東洋ES-255A、2次車:日車NA-223)になりました。主電動機も550形は38kW(SS-50)×2機とごくありふれた市内線仕様なのに対し、850形では50kW(日車NE-50)×2に増強されましたが、2000形は更に30kW(日車NE-30もしくはNE-30A)×4機に増強されました。なお、850形で装備された発電制動は2000形にも装備されています。このように走行機器は順次、軌道線用から鉄道線用に近くなっていったことがわかります。これで最高速度は75km/h、加速度3.5km/h/sec. 減速度4.0km/h/secを実現しました。なお、550形の551は間接自動・電制つきで主電動機も30kw×4と2000形と似た様なスペックでしたが、故障がちであったために1972年に他の550形と同様の装備に変更されています。
広島電鉄 2000形_e0030537_17390126.jpg
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広島電鉄 2000形_e0030537_17390597.jpg
なにより2000形の特徴は台車にあります。1次車の日車SIGN504(上の画像)、2次車のSIGNS508Aはともに、枕ばねにねじり棒(トーションバー)を用いた日本では珍しいものです。これは日車がスイスのSIG社(Schweizerische Industrie-Gesellschaft:スイス工業社)と技術提携して導入したものですが、国内では普及せず、他には遠州鉄道30形の一部で使われた程度です。軸受けのカバーは日車以外にSIG社の社章が入ったものになっていました。
軸ばねも円筒案内式となっているところは、スイスとの技術提携を感じるところです。
広島電鉄 2000形_e0030537_17385792.jpg
・広島電鉄 2008+2009 1995年8月 広電宮島
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・広島電鉄 2004+2005 1995年8月 広電宮島
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・広島電鉄 2006+2007 1995年8月 八丁堀

1次車のデビュー時は緑とクリームの市内線色でしたが、その後に直通色に変えられました。また、1967年には前面窓上に直通表示灯が新設されました。これはオレンジ色に光ります。このようにして宮島線直通車は他の軌道線車両とは扱いが別なものとなります。

その後、宮島線直通車は単車運転では輸送力が問題となったため1974年2~6月に2002~2009は2両固定編成に改造されました。あぶれた2001はとくに大きな改造もされませんでしたが、やがて営業用には使用されなくなり、2003年に廃車になります。一方、2両固定編成になった他の車両は1984年には冷房化改造(冷房機は三菱CU-77A)、さらに1985年に全面方向幕を大型化した際に前照灯を窓下に移設し印象が大きく変わりました。
 2両固定化したことで全長24mになりましたが、その後、宮島線直通車は全長26.5mを超える3連節車が主流となり、徐々に運用を狭められてゆきました。
2009年の運賃用のICカード導入の際にその対応を行わず運用を離脱、その後順次廃車になりましたが、2004+2005のみ現在も一応残っているようです。
広島電鉄 2000形_e0030537_17385965.jpg
・広島電鉄 2003+2002 (保存) 2011年8月 パルティ・フジ坂

なお、2002+2003は2010年の廃車後、外装は変更の上で、JR呉線坂駅の近くにある商業施設のパルティ・フジ坂に保存されましたが、わずか3年で解体されています。

・参考文献
飯島 巌・青野 邦明・荒川 好夫『私鉄の車両3 広島電鉄』 保育社 1985年
田辺 栄司「中国地方のローカル私鉄 現況6 広島電鉄」 鉄道ピクトリアル493号 (1988年3月増)
窪田 正実「私鉄車両めぐり 広島電鉄宮島線」鉄道ピクトリアル173号 (1965年7月増)
 鉄道ピクトリアルアーカイブセレクション 21に収録

# by hiro_hrkz | 2022-12-17 20:52 | 路面電車・低床電車 | Comments(0)
羽後交通の日野RJ 自社発注車
羽後交通の車両から、本日は自社発注の日野RJをとりあげたいと思います。
羽後交通の日野RJ 自社発注車_e0030537_18280855.jpg
・羽後交通 日野P-RJ172BA +日野車体 2000年10月 横手

1988年製造の一つ目RJです。非冷房車であるため、屋上がすっきりしていますね。K-RJだと非冷房車は自動的に前面の方向幕が小型になりますが、P-ではその限りではありません。しかし、小型であるため、より旧い印象になっていると感じます。
羽後交通の日野RJ 自社発注車_e0030537_18280872.jpg
・羽後交通 日野P-RJ172CA +日野車体 2000年10月 横手
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・羽後交通 日野P-RJ172CA +日野車体 2005年4月 角館

P-RJ_CA系にモデルチェンジ後も非冷房を採用しました。
上の横手の車両は自由乗降区間用にスピーカーを前頭部に載せています。
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・羽後交通 日野U-RJ3HJAA +日野車体 2000年10月 秋田駅

U-RJ系になってようやく冷房車となりました。
基本的にはP-RJ_CAと仕様は同じようで、前面の方向幕も小さいままです。
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・羽後交通 日野KK-RJ1JJGA +日野車体 2000年10月 本荘

KC-RJで大きくモデルチェンジするのですが、生憎その車両は撮影しておりません。画像は次に登場したKK-RJの画像です。
KC-RJとは仕様は同じで、前中引戸になり側面の方向幕も前扉の直後に設置されました。
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・羽後交通 日野KK-RJ1JJHK +日野車体 2002年5月 本荘駅前
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・羽後交通 日野KK-RJ1JJHK +日野車体 2018年7月 本荘市街

その後、バリアフリー法の関係でワンステップ車となりますが、まずツーステップ車とほぼ変わらない外観で登場しました。ただし、中扉が若干前よりに設けられており、窓幅は変わっています。
増備車は逆T字窓になり、それらしい外観になります。

# by hiro_hrkz | 2022-12-04 21:04 | バス(日野車体) | Comments(0)