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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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熊本バス 日デP-U32L +西工58MC
熊本バスは25年以上前から移籍車を導入していた事業者です。その車両の調達先が、在京・在阪の事業者ではなく九州島内の事業者であったのも特徴でした。
その中でもとりわけ驚かされたのが、2002年に北九州市交通局から移籍した日デU32です。
熊本バス 日デP-U32L +西工58MC_e0030537_22300523.jpg
・熊本バス 日デP-U32L +西工58MC 2005年6月 交通センター

1985年製造で、騒音規制前のいわゆるU32系前期型です。
当時、熊本バスが導入していたのは、ふそう、いすゞ、日野で日デは無かった点、そして当時の移籍車の車齢としては高めの17年だったことがその理由です。西工58MC架装なので見た目は古くはなかったのですが。

このあと、名鉄のMPを経て一般的な首都圏の事業者から車両を調達するようになります。
日デも移籍車では色々と入るようになりました()。

# by hiro_hrkz | 2021-08-14 23:26 | バス(北村、西工、東特) | Comments(0)
高松琴平電気鉄道 1000形
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22162430.jpg
 本当であれば今年5月に行われるはずだった高松琴平電気鉄道の旧型車保存運転のラストラン。延期で明日の予定でしたが、新型コロナウィルスの感染再拡大により再度の延期となってしまいました。
とりあえず本日は、最後まで残った2両の片方。1000形について取り上げたいと思います。

 大西虎之助、景山甚右衛門が中心となって1920年に免許取得、そして1924年にされた琴平電気鉄道は、1926年12月21日に栗林公園~滝宮で営業を開始。翌年3月15日には滝宮~琴平、4月22日には栗林公園~高松(現在の瓦町)を開業させ全通させます。地方都市の電鉄としては珍しい1435mm軌間、また架線電圧も当時最新鋭の直流1500Vを採用し、電車は半鋼製ボギー車10両を揃えました。駅もモダンなものが多く、これらから琴電は開業当初「讃岐の阪急」と呼ばれました。
 その10両の電車は1926年10月に汽車製造と日本車輌で5両づつ製造され、前者が1000形、後者が3000形となります。琴電の謎の車番、形式より一桁すくなく2桁目がインクリメントするルールは開業時からのもので、1000形は100~140が附番されました。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22162618.jpg
・高松琴平電気鉄道 100 1999年6月 仏生山(100号車サヨナラ運転時)
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_22314879.jpg
・高松琴平電気鉄道 100+760 1999年4月 片原町

 車体は全長13869mm(45フィート)・全幅2438mm(8フィート)と、当時琴電参考にしたといわれる関西の電鉄の車両に比べると若干小ぶりです。1000形はノーヘッダーで各窓の上隅にRが付いているのが特徴でした。前後の扉の戸袋窓が楕円なのは3000形と同じです。
 一方、機器類は主制御器が米国・ウェスティングハウス製の単位スイッチ式・手動加速式間接制御(いわゆるHL)と日本の電鉄でも馴染の深いものですが、主電動機にドイツはAEG製のUSL-323B(出力48.5kw)、ブレーキに同じくドイツのクノール製を採用した点は特筆されます。大正末期以降、日本の電車でドイツ製の電機・空制を採用した例は少なく、この組み合わせは他に愛知県の碧海電気鉄道(現在の名鉄西尾線)デ100形程度しかありません。

 終戦後(1950年頃?)に方向転換を行いパンタグラフの位置が琴平側から築港側に変わります。この頃から琴平線には制御車が増えてゆきますが(2000、6000、8000、850)、これらは1000・3000に合わせたHL制御車となっています。
 そして、1966~1967年に更新工事が実施されます。楕円窓はHゴム支持の矩形窓になり、床下のトラス棒は撤去、ベンチレータは水雷形から円筒型への変更されました。また再度方向転換が行われ、ふたたびパンタグラフは琴平側となります。さらに数年後には窓枠のアルミサッシ化と新塗装への変更が行われます。
 琴平電鉄オリジナル車は、いちばんはやく3000形が20形の入線に伴い1962~1966年に志度線に転属します。1000形は5000形と共に引き続き琴平線で運用されていたものの、主電動機出力が低いことから、もと名鉄3700形の1020形の増備により1972年に100・120・140が、続いて1976年に110・130が志度線に転属します。しかし、同年8月1日、今橋~松島2丁目で発生した正面衝突事故で110・140が廃車になっています。なお、同年12月には長尾線の架線電圧が1500Vに昇圧され、同線にも入線するようになりました。
 そして、この頃には前面の貫通扉が交換されツライチから一段凹んだ形状になりました。また1983年以降、琴電で頻繁に行われていた台車・主電動機の交換に巻き込まれ、最終的に130はBW78-30A(日車BW もと名鉄)と東洋TDK-596A(もと阪神)になっています。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00420705.jpg
・1000形オリジナルの汽車BW 1999年4月
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00452334.jpg
・130が晩年履いていたBW78-30A(日車BW) 1999年4月 130はSTを履いていた時期もある。

 このほか、客用扉の木製から鋼製への交換、ヘッドライト・連結器の交換などが実施されました。ただ、車両ごとの個体差は先の台車を除けば少ないほうでした。130の非パンタグラフ側にのみ、貫通幌を吊るすような金具があったことが気になりますが・・・。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00343738.jpg
・高松琴平電気鉄道 130+510 1998年4月 高田~池戸

 1994年の瓦町駅再開発による長志線分断により、1000形は揃って長尾線の所属になりました。しかし、元名古屋市営車の入線により先ず130が1998年11月に、続いてトップナンバーの100が1999年6月に廃車となります。そして唯一残された120は、倒産後に茶色とクリームの旧塗装に戻され2007年の運用廃止まで第一線で使用され、そして保存運転へと継続してゆきます。なお、120は定期運用撤退後、2007年11月に廃車になった65の台車・主電動機(川崎BW、TDK-596A)に交換されています(こちらに掲載の写真を参照)。
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_00081961.jpg
・高松琴平電気鉄道 120 2006年6月 仏生山
高松琴平電気鉄道 1000形_e0030537_23480077.jpg
・高松琴平電気鉄道 100+500 2004年4月 西前田~高田

あと5年で100年を迎えられるのに・・・と思うと、若干残念な思いもあります。
ともあれ、今年12月までに無事運転される日が来ることを願っています。

・参考文献
森貴知『琴電100年のあゆみ』JTBパブリッシング 2012年
真鍋裕司「私鉄車両めぐり 121 高松琴平電気鉄道(下)」 鉄道ピクトリアル403号(1982年6月)
真鍋裕司「琴電 近代化への歩み」 鉄道ピクトリアル574号(1993年4月増)
小笠原裕一「琴電 1013・1063形デビュー」鉄道ファン270号(1983年10月)

今回も様々な編成例などを
# by hiro_hrkz | 2021-08-08 00:00 | 鉄道(旧形電車) | Comments(0)
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM
大分バスがノンステップ車を投入したのは1997年のこと。
これは九州地区の事業者では最も早い導入でした。
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM_e0030537_17263483.jpg
・大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM 2002年8月 大分・金池

車種は当時唯一の市販車であったふそうMPが選択されました。
当時の同社は日野が多勢であり、ふそうの大型は異端ではありました 。
前・中扉ともにグライドスライドドア、サッシは銀色と最初期のMPノンステップとしてはよくある仕様です。

1997年に2両、翌1998年度にも2両が増備され、合計4両が揃います。
しかし、そのあとが続かず長いことノンステップ車はこの4両だけという時期が続きました。
結局2005年の私的整理の後の2008年にようやくノンステップ車の新車導入が再開されます。

その一方で、4両のうち3両が2014年頃?に廃車となります。
低年式の2ステップ車が多数残る中でのことで、非常に驚きました。
しかし、更なる驚きは3両揃って越後交通に移籍したことでした。
大分バス 三菱ふそうKC-MP747K +MBM_e0030537_17263510.jpg
・越後交通 三菱ふそうKC-MP747K +MBM 2017年5月 長岡駅前

登録番号からすると移籍は2015~16年と思われます。当時、車齢が17~18年ということですが、ノンステについては他社のMP747も高齢での移籍が相次いでいたので、そこまで不思議な選択ではなかったのかもしれません。
いずれも三条の所属であるため、長岡ナンバーではなく新潟ナンバーになっています。
# by hiro_hrkz | 2021-07-22 18:04 | バス(三菱/呉羽) | Comments(0)
静岡鉄道静清線 1000形
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18200835.jpg
・1993年8月 柚木~長沼

 最近、2社に譲渡され注目される静岡鉄道の主力だった車両が本日のお題です。
静岡鉄道静清線は戦後、自社長沼工場で車両を次々と新製し投入してきました。
しかし、それは1968年の350形で終了し、5年後の1978年からは東急車輛製のオールステンレスカー、1000形を投入してゆきます。
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201539.jpg
・静岡鉄道 クモハ1008 1998年7月 長沼
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201580.jpg
・静岡鉄道 クハ1501 1998年7月 長沼

 1000形は電動車のクモハ1000形と制御車のクハ1500形から成る2連です。車体は1967~1972年に製造された東急7200系に範をとっており、窓配置などは同じですが最大長は若干短い17840mmとなっています(車体長不明)。そのほか、枕梁部分の下方向への出っ張りがありません。車体幅は2744mmで地方鉄道建設規程に収まっているのは同じです。
 一方、主要電装品は300形に引き続き東洋電機が採用されています。主電動機は300形と同じくTDK806ですが、出力が110kWと1割アップしており、サフィックスが変わりTDK806/6Gになっています。制御器はES769-A-Mで2個永久直列の主電動機2群を直並列制御する、ごくノーマルなものです。台車は東急車輛らしいペデスタル式の軸箱支持で枕ばねが車体直結式エアサスのTS-812(クモハ)およびTS-813(クハ)を履いています。
 そしてブレーキは従来のSMEから全電気指令式のHRD-1に変わりました。これはローカル私鉄では初の採用だと思います。マスコンもワンハンドル式です。
 かくして車体や主要機器は大手私鉄並みの車両となりましたが、網棚が一部にしかないなど車内には独自性もみられます。そして、登場時は非冷房でした。なお、ローカル電鉄の冷房車は伊豆急の特別車を除けば、2年後の富士急行5000形が最初になります。
 1973年に5編成10両(1001~1005)、1976年に3編成6両(1006~1008)の8編成がこの仕様で製造されます。
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201571.jpg
・静岡鉄道 クハ1511 1993年8月 長沼
 1994年に観光キャンペーンの一環で装飾が行われ側面の青帯が入った。
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201524.jpg
・静岡鉄道 クモハ1011 2015年8月 桜橋

 そして1979年12月の増備車から冷房車となりました。静岡県内では前年の1978年に遠州鉄道モハ25+クハ85が、また同じ月に伊豆箱根鉄道駿豆線3000系が冷房車で登場しており、この地域のローカル私鉄の特徴(企業規模、乗客の多さ等)が伺えます。
 冷房器は東芝RPU-2211(能力8000kcal/h)を1両に4機搭載。このあたりも先述の東急7200系に準じています(東芝RPU-2204を4機搭載)。補助電源はMGからSIVになり、冷房へも供給しています。またパンタグラフは下枠交差型に変更されました。そのほか、主電動機もサフィックスが変わりTDK806/6Jになりました。
1979年に2編成(1009、1010)、1984年と1985年に1編成ずつ(1011、1012)が製造され、1000系は出そろいます。 
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201545.jpg
・静岡鉄道 クモハ1006 2015年8月 桜橋

 非冷房車も1986~1989年に冷房改造が行われました。しかしその方式は変更となり、富士電機製の架線電圧直接駆動式が採用されました。能力は若干低く25000kcal/hですが、補助電源に手を加えなくて済むのが最大の利点です。同じ頃に、遠州鉄道でも同じ方法で在来車の冷房改造が行われており、このあたりは何かと似た点もあるなあ・・・と感じるところです。

 安普請で多くが10~20年で置き換えられた長沼工場製の電車とは異なり、オールステンレスカーということもあって40年以上にわたって静清線で使用されてきました。2016年に登場したA3000形に順次置き換えられており、2022年には消滅する見込みです。
 そして、新製冷房車のうち1編成がえちぜん鉄道へ、2編成が熊本電気鉄道に譲渡されることになりました。特に熊本電鉄はかつて100形が譲渡されたことがあり、まさに歴史は繰り返すといったところです。えちぜん鉄道は特別車両(恐竜電車)の種車になるということですが、どちらの事業者にとっても直流600Vに最適化した設計で、制御関係の改造を必要としないこの車両は魅力的であると思います。
なお、口さがないマニアは1500V線への移籍を口走ったりもしますが、単純に考えても
 1)端子電圧750Vの主電動機をどこからか探してきて交換
 2)主電動機のツナギを変更し、主制御器も交換して永久直列制御とする。抵抗の増設も必要
 3)クハも電装して4モーター永久直列2群にする
 4)下回りを全部交換
以上のどれかを行わない限り無理があります。
静岡鉄道静清線 1000形_e0030537_18201505.jpg
・1998年7月 長沼

・参考文献
高田 圭「静岡鉄道」 鉄道ピクトリアル652号(1998年4月増)

# by hiro_hrkz | 2021-07-18 00:27 | 鉄道(近代形電車) | Comments(0)
羅東森林鉄道
羅東森林鉄道_e0030537_15574333.jpg
かつて台湾はナローゲージの産業鉄道の宝庫で、製糖、製塩、鉱山そして林業それぞれの鉄道が各地にありました。
このうち林業(森林鉄道)については、現在も走り続ける阿里山森林鉄道が有名ですが、他にも東海岸の羅東から延びる太平山森林鉄道も規模が大きいものでした。太平山森林鉄道は高低差が大きいため、複数の鉄道を索道で中継する方式がとられていました。このうち、一番低い場所の区間が今回紹介する羅東森林鉄道です。

羅東森林鉄道は羅東駅を起点に蘭陽渓を遡り土場駅までの36.6kmの路線です。そのルーツは日本時代にまで遡り、発電所の建設により筏による運搬ができなくなったために建設され1924年に全線が開通しました。といっても、山間部(天送埤~土場)はその発電所(台湾電気興業)の資材運搬用の路線を転用したもの。続く平野部の天送埤~歪仔歪は台南製糖の製糖鉄道を借用したもので、最初から森林鉄道として建設されたのは歪仔歪~竹林の約3kmのみでした。なお竹林~羅東駅の600mは1971年になって旅客営業を開始しています。しかし、天送埤~土場が度重なる風水害を受け、さらに輸送量が減少していたこともあり1979年に廃止になりました。

羅東林鉄の遺構は数か所が整備されて残っています。そのひとつが竹林駅周辺で、羅東林業文化園区として営林局の建物や貯木池などがまるまる保存されています。
羅東森林鉄道_e0030537_15574868.jpg
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いちばん目立つのが竹林駅の木造駅舎ですが、これは2008年に再建されたものです。オリジナルの駅舎の写真と見比べると、屋根の勾配などが異なっているようです。また、駅構内も線路が敷かれていますがこれも現役時代とは異なるもの。そもそも当然の話ではありますが、駅構内に木はありませんでした。客車もレプリカです。
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その中で、恐らく現役時代のものと思われるのがこの客車の洗浄台です。そして、構内には4両の蒸気機関車が保存されています。
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このうち、貯木地の脇に貨車と編成を組んでおかれているのが8号機。1941年、川崎車両製の15t機です。ただしどうも違和感がありおもちゃのような印象を持ってしまうのですが、それは前面附近のボイラー下の部分を埋めてしまったのが原因のようです。現役時代の写真とは異なっているので、保存後の改造なのでしょうか。
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残りはもともと機関庫があったあたりに3両が並べて置かれています。いちばん上の9号機は8号機と同型車。こちらのほうは違和感がありませんね。
真ん中の11号機は、1958年台湾機械製の12.5t機でキャブの屋根のRが深く、また前方の窓が真円なのが印象的な車両です。
そしてもう1両の12号機は、現地での説明は1958年台湾機械製とありますが、資料によっては日車製と書いてあるものもあります。こちらは11号機に比べて屋根のRは一般的で前方の窓も矩形です。

続いて紹介するのが、羅東から15kmほど進んだところにある天送埤です。
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ここは木造の駅舎が残っています。なお、羅東林鉄の各駅には旅客用のプラットホームは存在していませんでした。
2015年には周辺が鉄道公園として整備され、この地域における観光名所となっています。
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この駅の周辺にはエンドレスのミニ軌道が敷設され、こんな車両(電動)が走っています。いちおう廃線跡は公道のようですが、それを遮断して公園にするあたり、日本では考えられないなあ・・・と思うところです。
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駅舎以外では、転車台が保存されています。平野と山の境界に位置した当駅は運行上も重要な地点で、山側が不通になるとここで折り返し運転を行っていたようです。
ほかにもレンタサイクル置き場となっている倉庫などは鉄道があったころのモノではないかと思います。
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この先、土場までは20km。土場には阿里山森林鉄道の中興号を転用した中華号などが保存されていますが、交通の便が至って不便であるため未踏です。

・2021年4月 撮影

・参考文献
「羅東森林鉄道 第2回」 古賀茂男 鉄道模型趣味339号(1976年9月)。
# by hiro_hrkz | 2021-06-27 17:46 | 鉄道(海外) | Comments(0)