いまも昔も、宮城交通といえば様々な移籍車両を導入することで知られますが、
移籍車両を導入する事業者が未だ少なかった15年前あたりでは特に際立っており、
また、前歴が妖しい車両が多数在籍することもあって、マニアの頭を悩ませていたものです。
そのような状況の中でも、西工の車両が移籍していると聞いたときにはビックリしたものです。
まだ富士重工は操業中、西工は移籍車であっても東日本には来なかった(というより殆ど出なかった)のですから
(もっとも、撮影した年の秋に、くしろバスに大阪市交の車両が移籍して度肝を抜かれる)。

・宮交石巻バス 日デP-RB80E +西工 2000年4月 宮城県石巻市
その西工というのが、分離子会社の宮交石巻バスに在籍していたのが、この1990年式のRBの短尺車です。
方向幕は無く、トップドアという仕様からわかるように、もとは自家用車。
幼稚園の送迎車だったそうですが、調べてみると、その幼稚園は同じ宮城県内にあった模様。
もしそのとおりなら、こんな車両を選択するとはなんともマニアックですね。
当時、石巻にはもう1台、西工が在籍していたのですが・・・

・宮交石巻バス 日デU-JM210GAN +西工 2000年4月 宮城県石巻市
運悪く、頭から突っ込んで整備中で、こんな写真しか撮影できませんでした。
こちらは、側面の巨大方向幕から推測されるように、もと中日臨海バス(京浜地区)の車両です。
上のRBが宮城200ナンバーなのに対して、こちらは宮城22ナンバー。
1995年式で、あっという間に廃車になって宮城入りしました。
この頃から、中古市場で価格がつく若い車齢のうちにサッサと廃車にしていたのですね。
ついでなので、当時の石巻営業所の画像も何枚か。

石巻営業所といえば、この航空機の格納庫のような車庫が特徴的ですね。
これが二つあるのが、また印象深いものにしています。

こちらは、営業所の建屋。
仙北鉄道時代に建てられたようで、正面入り口には合併前の社名「宮城バス」の文字が掲げられていました。