ただいま、
こんな電車(2枚目右側)を製作中ゆえに、
思い出した電車が本日のお題。
京王帝都電鉄1700形は、もともと東急が東横線向けにつくったデハ3550を、当時同じ東急で、空襲による火災で大半の車両を失った井の頭線に急遽回した車両。1946年汽車製造製のデハ1701~1707の7両がありました。
その後、1965年に京王線に転属し、1972年に廃車となり、1707の車体だけが近江鉄道に譲渡されました。
西武所沢工場にて、車体は両運転台に改造・機器類は旧型国電の発生品と組み合わせてモハ204として竣工。ただし、車籍ロンダリングを得意とする同社らしく、クハ1212の改造名義となっています。1980年には郵便荷物車のモユニ11に改造、1984年に郵便荷物輸送が廃止になったあと、1990年に廃車となりますが、その後も他の廃車車両などとともに、彦根に留置されていました。


・近江鉄道 モユニ11 (廃車) 1995年8月 彦根
さて、近江に来た1707は京王1700の中では異型の車両です。
1950年に日本車両で事故復旧した結果、車体は乗務員扉の高さが縮まって客用窓の上辺と揃えられ、また前面裾の切り欠もなくなっています。連結面側には無かったウィンドウヘッダーも巻かれています。
このほか、写真を見る限り、屋根の半径も変わっているようで、実質的には当時製造されたデハ1760に準じて新造に近い改造を受けたのではないかと思われます。
ちなみに、どういうわけか京王線転属後の1700形の写真を探すと、この1707ばかりが見つかり、他の6両の画像があまり出てこないのは仕様なのか何か・・・。
さて、京王1700は運転台側は丸妻であるものの、連結面は切妻なのが当時の関東の車両では特徴的な部分でした。しかし、旧連結面側には、当時増備中だった近江鉄道モハ500に近い、ゆるくカーブした前面が取り付けられており、また、乗務員扉まわりからウィンドウシル・ヘッダーが無くなっていることを考えると、これまだ大掛かりな改造が行われたと推測します。
ちなみに、新設側の乗務員扉は、旧型電車には似つかわしくない、外板とツライチになるようなタイプ。
これは当時増備中だった西武101系などと同じですね。
尚、この車両の画像も、掲載したもののように、出てくるのはモユニ時代(それも彦根留置中)のものが大半。モハ204時代のものは、あまり残っていないようですね。
私は、京王資料館で見たきりです。
・2018.11.6 画像を交換しました。