JR九州が先日報道向けにお披露目した、クルージングトレイン「ななつ星」で
車両の等級を表す記号に一等車の「イ」が用いられていることが話題になりましたが、
かれこれ30年ちょっと、「イ」を使い続けている車両がこちらになります。

・大井川鉄道 スイテ82 1 1998年7月 新金谷
大井川鉄道の展望車、スイテ82です。
もとは西武鉄道501系の中間車サハ1501形のサハ1515(1956年所沢製)で、1982年10月に改造したもの。各種文献では1982年に譲り受けたとあるものの、この車両の西武での廃車は1978年で、その直後に大井川鉄道に入線し特に使用形跡もなく留置されていた(鉄道ピクトリアル 1992年5月号)というものもあります。
ちなみ、編成を組んでいたほかの車両は、先頭車のクモハ515・516が
総武流山電鉄クモハ1201・1202として1979年に譲渡。またサハ1516はこの車両と同じく大井川鉄道に渡り、一足はやい1980年にお座敷客車のナハ80 1となっています。
各タイプあったサハ1501の中でも、半鋼製で金属製の雨どいの車両となります。
側面は元の窓配置を生かしつつ、同サイズの窓を並べているので違和感がありませんね。
いちばん連結面側の窓一つぶんをデッキに改造。その2つとなりにポツンと独立して窓がある場所は電車時代の客用扉の跡ですが、ここには、定員4名の個室が設けられています。
いっぽう屋上は特に手をつけてないようで、西武の特徴でもある2種類のガーラントベンチレータが並んだままとなっています。
下回りもながらく国鉄TR-11を履いていましたが、1995~1998年頃に、もと東急3700系→名鉄3880系を出自とする住友KS33に、同じく西武の電車を改造したナロ80 1・ナロ80 2共々履き替えています。
この点ではより電車らしくなったといいますか・・・。撮影時は、珍しく台車が灰色でした。
なお、この車両は自重が29.7t。
国鉄の重量記号に照合すれば「ナ」に該当するため、落成当初はナハ82 1を名乗っていましたが、それから間もなくスイテに変わりました。このとき同時にお座敷車のナハ80もナロ80になっています。
ナイテにならなかったのは語呂が悪かったからでしょうか? さすがにマイテにはしませんでしたが。
ちなみにこの車両を紹介した鉄道ファン1983年1月号の記事のタイトルは「スイテ82 1」なのに、掲載されている写真は「ナハ82 1」となっていました。
大井川は何度も行きましたが、この車両が走っているのは一度も見たことが無いですね。
最も、大井川は旧型電車が目的で、蒸機列車をまじまじと見たことは観光目的で寸又峡に旅行した1回だけだったりするのですが。