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日鉄自型のプロフィール
鉄道コレクション(鉄コレ)の発売で一躍脚光を浴びることになった日本鉄道自動車の
小型電車。しかし、この車輌については知られていないようなので、手許の資料を基に
まとめてみることにしました。

なお、日本鉄道自動車とは現在の東洋工機。
工場は当時品川と平塚にありました。平塚工場は東海道線で馬入川を渡った辺りの海側になります。


(2005年12月15日 追加)



●11m級 窓配置 C3'-d1D5D1d
1)近江鉄道クハ21~25
車籍上は1924年製で、彦根~多賀の電化時に製造された木造車の電1~5→サハ21~25→(中略)→クハ21~25。
大東亜戦争中に輸送力増強のため、鋼体化名目で、1943年に日本鉄道自動車に発注された。
しかし、近江鉄道に納入されたのは戦後の1947年で11m級の小型車、しかも運転台には手ブレーキがあるだけだった。

戦後電化した八日市線での使用を目論んでいたようだが、結局、親会社の西武鉄道からの車輌が供給されたことも関係しているのか、早くも1949年にはクハ23、25が上田丸子電鉄に譲渡される。
残る3両のうちクハ23は1954年にハユ24に、クハ21、22は1958年頃に本来の制御車に改造された。
しかし結局、クハ21は1961年に廃車になり尾道鉄道に譲渡される。
またハユ24は1966年に、クハ22はハニ22を経て1968年に廃車された後、西武所沢工場で
車体延長改造を受け山形交通に譲渡されている。


1-1)上田丸子電鉄モハ2321、2322 (→銚子デハ501)
クハ23、25を購入した上田丸子では、入線にあたり各車電装、運転機器の取り付けを行ない、両運転台の電動客車として竣工した。
当初、2321は丸子線、2322は別所線で使用されたが、後に、2322も丸子線に転属する。
そして、2321-サハ27-2322で編成を組んだ。さらに、1966年には中間車をサハ41(もと飯山鉄道)に変更、
合わせて2321のパンタグラフ側、2322の非パンタグラフ側に貫通路が設けられて、貫通編成となった。
しかし、1969年に丸子線は廃線。
余剰となった当車は、上田原駅構内に留置されれていた。

このうちモハ2321は1972年に、西武所沢工場で改装の上、銚子電鉄に売却。同社のモハ501となった。
この時に採用された塗装がアイボリーに窓回りラズベリーの2色塗り(鉄コレのシクレ)である。
ちなみに当時、銚子電鉄は千葉交通傘下にあり、同社親会社の京成電鉄の「青電」塗装を使っていた。
西武旧塗装と同じ塗り分けは、同じ1972年に同社のモハ201から採用された。

しかし、小型の車体で4個モーターであることが嫌われ、稼働率は低い状態にあり、晩年は笠上黒生駅または外川駅構内に留置されていた。
なお、製造年には諸説ある。

1-2)尾道鉄道キ51
クハ21を譲り受けた尾道鉄道では、電動車で総括制御ができるものが存在しなかったため、
附随車に改造し、キ51※として使用された。
(※ 尾道鉄道は客車の略称で、記号「キ」を使用した。電動車は「電動客車」を略して「デキ」)。
が、入線から3年後の1964年に廃線になり、この車輌も解体された。
尾道時代の写真を見ると、乗務員扉が片エンドにしかないことから、
近江時代の制御車化の際に撤去されたものと考えられる。

ちなみに、尾道鉄道には、名目上種車となった木造時代のクハ21形2両も入線しており、こちらは自社で鋼体化されて、デキ15、16として使用された。


2)北陸鉄道モハ1001、1002
1949年製。もともとは松金線用として製造されたが、1955年に廃線になり、
以降は、小松線で使用された。
当初はポール集電、のちにZパンタ、さらに1967年に廃線になった金沢市内線の
モハ2100形から流用したパンタグラフに載せかえている。
1968年には前面窓をHゴム支持に改造。鉄コレフリーのモハ1032のプロトタイプが
これだと思われる。1970年代前半?に廃車。

●12m級 d1D6D1d
1)新潟交通モハ16(初代)→クハ36(初代)
1947年製。上記グループに比べ窓間のドアが1枚多く、全長は丁度1m長い。
当初より電装されていたが、不調のため、1950年に電装解除され、クハ36になった。
蒲原鉄道への譲渡話もあったが実現しなかった。
晩年は前面を一段固定窓に、客用扉をステップ付きに改造していた。
1969年にクハ36(2代目)と代替で廃車になった。

●14m級 d2D7D2d
1)近江鉄道モハ51、52→銚子電鉄デハ701、702
車籍上は同社デユワ101、102(1928年川崎造船製)の鋼体化で、1941年製造。
ただし、流用したのは機器類のみのようで、台枠は日鉄自に残り、新潟交通クハ34、35に
流用されたとのこと。
 1961年に片運転台化された。この時に、パンタグラフ側の前面は2枚窓になり、
反対側の運転台・乗務員扉を撤去、貫通路が設けられた。
また、この頃にベンチレーターがグローブベンチレーターに改造されている。
1978年に西武所沢工場で改造の上、銚子電鉄に譲渡。同社デハ701、702となる。
この時に、両運転台に戻したが、旧連結面側は中央の窓が大きい3枚窓になっている。

●14m級 d1D8D1d
1)北陸鉄道モハ1101~1105→モハ3001~3005
1949年製。モハ1001~1002と同時に入線し、こちらは石川総線に投入された。
当初はモハ1101~1105を名乗っていたが、すぐにモハ3001~3005に改番、
また集電装置も、ポール付きだったが、Zパンタを経て、1963年頃には、パンタグラフに交換されている。
1964年に金石線に転属、さらに同線の廃線により1971年に小松線に転属、1985年の廃線により廃車となった。金石線時代は、同線が軌道法による運行で、路肩に線路が引かれていたこともあり、排障器が取りつけられていた。

このうち3005は、火災復旧に際してノーシル・ノーヘッダー、張上げ屋根に改装されている。
残りは、3004を除き、モハ1000と同じく、前面窓(中央を除く)がHゴム支持に改造されていた。

なお、扉はステップ付きで、裾が一段下がっている。台車もNT28―Bを名乗るものの、
国鉄TR47に似た感じのウィングバネ式台車で、NT28とは全く異なるものである。

2)山形交通 ハフ4、クハ1
近江鉄道クハ21~25で記したとおり、近江ハユ24、ハニ22は西武所沢工場で車体を延長・各部を近代化の上で山形交通に譲渡され、前者は尾花沢線ハフ4、後者は高畠線クハ1となった。
 客車と電車の差はあるが、形態はほぼ同一で、ドア間の窓を3枚分延長、窓枠のアルミサッシ化、前面窓および戸袋窓のHゴム支持化、および客用扉のステップ取りつけとドアを鋼製に交換が行われた。異なるのは、ハフは、片エンドのみに乗務員扉があるのに対し、クハは両エンドに乗務員扉がある点程度。
これにより、車体の雰囲気は北陸鉄道モハ3000に酷似することになる。
 尾花沢線ハフ4は、もと西武多摩湖線クハのハフ3と編成を組み、協三工業製のミニロコ DB151、152に牽引され活躍した。しかし、入線後4年の1970年に廃線、ハフ4は三山線に転属したが、休車状態のまま1974年の同線廃止で廃車となった。
 一方、クハ1は、もと西武クハ1156のモハ4と編成を組んでいたが、晩年は1日1往復程度しか走らなかった模様。こちらも1974年の廃線と同時に廃車になっている。

●その他
1)宮城電気鉄道クハ881、882 d2D8D2d
宮城電気鉄道800形といえば、日本車輌製の2扉車で、国に買収後、1953年の改番でモハ2320(その後モハ2340、クハ6340が分派)となった形式である。
このうち、クハ881、882→モハ806、807のみ1941年日本鉄道自動車である。

従来、この車輌については、上記のグループの延長上で考えた事はなかった。
が、今回、鉄道コレクションの車体を何気なく1:150の図面の上に載せると、窓の大きさがぴったり合致するではないか。
改めて形式図を見比べると、車体幅は2600mmで同一、車高は台車等の関係で、宮電のほうが高いが、そのほかの寸法は、ほぼ同じようなものに見える。
この車輌がモデルとなり・・・と考えられなくもないが、あまりに資料が少ないので、推測の域をでるものではない。

ということで、切り継ぎネタ、一つ決定。
by hiro_hrkz | 2005-12-13 02:23 | 鉄道(旧形電車) | Comments(2)
Commented by kaba at 2005-12-15 00:08 x
こんばんは。手際よくまとめていただいてありがたいです。
漠然とこの辺の奴がいけるんやったっけ的にしか把握できてませんでしたので・・・。
ハコの切り継ぎはやったことないのですがそう言うスキルしか無いなら屋根は新調してお面と側面のみ利用する方が間違いなさそうですね(^_^;)
とりあえず切り継ぎは後回しで塗り替えで出来るものを優先しようと思ってますが。
Commented by hiro_hrkz at 2005-12-15 01:21
こんばんわ。

今回まとめるに当って、いろいろな本をひっくり返したわけですが、漠然と富山地鉄や東芝府中工場にもいたなあ・・と思い、いろいろ調べてみました。でもこちらは窓の高さが低く、随分雰囲気が異なるのがよく解りました。

鉄コレは屋根まで一体なのが厳しいですね。
側面は一旦、雨樋の下で切り出して、再度組みたてた方が良さそうです。

・・・仕掛品が消えないコトには取りかかれそうにありませんが・・・。