日本国内で一番高いビル「あべのハルカス」開業で注目を浴びる大阪・阿倍野。
路面電車ファンにとっては、その隣、天王寺駅前電停から南へ走る阪堺上町線をまず思い起こすことでしょう。
いまから25年前に撮影し写真を2枚ほど。


・阪堺電気軌道 (上)303、(下)174 1989年8月 天王寺駅前
・・・まだこのタイプの車両が現役で走っているので、そう古いという感じがしませんね(笑)。
風景は、道路の拡幅で一変してしまいましたが。
阪堺電気軌道の大型鋼製路面電車は、まず1927年に川崎造船で151形が10両製造されます。これは直接制御車でした。
つづいて、161形が1928年に川崎車輛で161~170、1930年に田中車輛で171~173、大阪鉄工所で174~176の16両が製造されます。こちらは、連結運転が可能でトムリンソン式密着連結器を備え、制御器は間接非自動・電磁接触器式のGE製Mもしくはそのライセンス製品である芝浦製RMKを搭載しています。
この151形・161形のうち7両(173、158、164、176、156、153、152)の制御器を間接自動・油圧式の東芝PM-2Aに交換したのが301形で、やはりトムリンソン式連結器を備え、連結運転が可能でした。
そのほか、151形のうち2両を制御器交換等を行い161形に編入、これらの改造により生じた欠番を他の車両の改番で揃えるなど、南海らしい番号の複雑さは阪堺線でも例外ではなかったということになります。
連結運転は、平野線で行われていたものですが、地下鉄御堂筋線の南進に伴う乗客減で1960年には一般旅客列車では廃止、以降、161形から順に連結器が外され1967年には全車両から取り外しが完了しています。なお、151形は1960年に301形と同じPM-2Aに交換しているので、この時点で両者の性能面・設備面での差はなくなったことになります。
主電動機は、出力30kwのGE製GE-247-1か芝浦製SE104-Bを4台搭載。
路面電車としてはパワーがある車両なのは、車体が約13.5×2.4mと大きく、また郊外線の要素が強い阪堺らしいところです。
さて、画像の2枚ですが、174は、その151形から161形に編入された車両で、もとの車番は155。
一方、303は、もと161形の164です。
塗装は、タマノイ酢が広告主となったオリエントエクスプレス調のもの。
当時の阪堺の電車は大半が広告車でしたが、その中でも落ち着きのあるものでした。