現在でこそ、旅客車は他社からの譲渡車両ばかりとなってしまった秩父鉄道ですが、
かつては、その決して少なくない数の旅客車の殆どを自社発注で揃えていました。
その中でも300形は、日本車輛が1950年代後半に地方私鉄に納入した高性能ロマンスカーの一つで、長らく同社の看板車両でもありました。
本線上を走っている姿を見たこともあるのですが、写真に収めることができたのは既に運用を退き、石原駅で500形とともに留置されていたときでした。色も褪せており、少々残念な姿ではありますが、今回ここに取り上げる次第。

・秩父鉄道 デハ301 1993年11月 石原
300形は東京支店で、1959年にまずデハ301+デハ302、デハ303+デハ304の2連2本が製造されました。
秩父鉄道初の20m級車で、湘南型の前面に片側2扉の車体、車内には1500mmピッチで固定式クロスシートを並べた仕様です。奇数車にはパンタグラフが備えられ、一方、偶数車の車端車端には便所が設けられています。窓割りが、この部分だけ変則的になっていますが、そのほかはすっきりとした見付になってますね。
この便所、垂れ流し式であったため、後に使用禁止になっています。

・秩父鉄道 デハ302 1993年11月 石原
機器類は三菱製で、1C8M制御の2両ユニット車。当然、WNドライブで75kwの主電動機(MB-3032A)を装備しています。制御装置は単位スイッチ式・自動加速のABF-108-15-EDHB。この組み合わせは、2年早く製造された長野電鉄の2000系と同じです。
秩鉄が戦後に自社発注した旅客車は、すべて日車+三菱の製造であり、この車両の登場は必然的なものだったのかもしれません。また、この流れは秩鉄に先行して日車製ロマンスカーを導入した、富士山麓電鉄→富士急行と同じですね。
余談ですが、秩鉄の戦後製の電機は、すべて日立製というのも興味深いところ。
台車は、編成別に異なるものを装備しており、こちらデハ301・302は当時の日車製ロマンスカーでおなじみの、側面に開いた丸い穴が特徴のNA4P。一方、303・304は空気バネのNA301となっています。

秩父鉄道 サハ351 1993年11月 石原
その後、1966年に中間に付随車のサハ351・サハ352を増結して、3連2本となりました。
両先頭車をそのまま中間車にしたような感じですが、戸袋窓が若干狭くなっています・・・このあたりも、長電2000系の処理に通じるものがありますね。台車は、さすがにNA4Pというわけにはいかず、比較的ありふれた形状の上下揺れ枕式にボルスタアンカーがついたNA12TBを装備しています。
そして、1969年10月1日の改正で運転が開始された急行「秩父路」の専用車となり、
1992年に運用を外れるまで変わることはありませんでした。
廃車は、この写真を撮影してから4年後の1997年のことです。