いまは無くなってしまいましたが、土電の西の終点、伊野電停には、表通りから一歩裏手に回る形で留置線(伊野車庫)がありました。始発電車などが使っていたようですが、そこには1両の廃車体が置かれていました。

・土佐電気鉄道 321(廃車体) 1990年8月 伊野
鋼製単車の300形321です。
土電の1950~60年代の自社発注車は、その多くが東京都電を意識した外観になっています。
「とでん」繋がりだったかどうかはしりませんが・・・。
その中でも究極的な存在だったのが300形です。木造単車の車体を1953年から自社製のものに交換して26両が製造されたものですが、車体は都電6000スタイルの同社200形を切り詰めたスタイル。しかも、ご丁寧にも、この長さで側面には8枚の窓が並んでいます。そんなところからも、模型でいうところの「ショーティー」そのものといった感じでした。
一方で、足回りはこの種の単車が通常手ブレーキばかりのことが多い中でエアブレーキを装備し、台車前後の板バネをコイルばねにするなどの改良がおこなわれていました。
最後まで残った321は1975年に廃車になり、暫くしてからここに置かれます。最初は台車つきでしたが、土電が1984年に7を復元製造する際に他の機器共々流用され、ダルマになりました。
のちに、留置線が削減された際に解体されたそうです。
この300形のうち、1954年製の312が1971年に伊予鉄道に譲渡されています。
伊予鉄では上回りの大部分を取り払い、花電車用に改造されます。
従来から在籍していてた牽引・構内入替用の
モニ30に続けて、モニ31となりました。

・伊予鉄道 モニ31 1990年8月 古町
当然、車体など殆どないわけですが、前面窓下の部分は原型が残っていることがわかります。
また、土電時代に改良された台車まわりもそのままでした。なお、復元電車の土電7は、板バネに戻されています。
あまり稼働する機会がないまま、2006年に廃車になったようです。