かつて、岩手県は国鉄花輪線の大更駅より東八幡平まで敷設されていたのが松尾鉱業鉄道。
硫黄の運搬を目的に敷設された・・・というのは、いうまでもない話かもしれません。
非電化の国鉄ローカル線の途中から分岐する電化された鉱山鉄道というのは、なかなか魅力的なシチュエーションだと思います。
硫黄鉱山の需要が無くなったため松尾鉱業は倒産・閉山し、1972年に廃線となっています・・・雲上の楽園と呼ばれた鉱山町のその後などは、廃墟方面でいろいろ取り上げられていますね。
松尾鉱業鉄道というと、晩年は阪和電鉄の買収国電払下げ車が在籍し、国鉄直通のキハ52を牽引して走ったことで知られますが、これが1968年に入線するまでは、旅客列車も電機が牽引する客車列車でした。
電気機関車は4両。うち2両は現在も秩父鉄道に譲渡されて使用されている箱型電機。残り2両は、凸型の入れ替え機で、このうちの1両が、東八幡平駅跡近くの松尾歴史民俗資料館に保存されています。

・松尾鉱業 ED251(保存) 1994年7月 松尾歴史民俗資料館
1951年東芝製で、同じ年につくられた東濃鉄道のED1001が兄弟機といえます。
最大寸法の長さ10050mm×幅2600mmや台車中心間距離4750mmは完全に同一、キャブの高さは東鉄の方がトンネルの為に若干低くなっています(ただし、諸元で見ると、最大高は東鉄のほうが高い)。重さはMGを搭載している松尾が27tなのに対し、それが無い東鉄が29tと重いのは意外なところ。Rが多いボンネットやキャブは、後に富山地鉄デキ12020や南海ED5201に引き継がれているとも考えられますね。
下回りは主電動機出力が若干異なりますが(松尾:東芝SE-170 60.0kw、東鉄:SE-170C 67.1kw)、台車は国鉄の電車用DT16に近似のTT-51で同じとなっています。その他は機器構成が若干異なっているようです。
20年前の画像ですが、色あせた程度で、現在もあまり変わっていないようです。
ところで、松尾鉱業の機関車の色はコバルトブルー。この色だった時代はいつごろなのでしょうか?