型式がKL-になり復活した都営バスからの移籍事例ですが、
某知事の一声で中心になったのは2005年ですので、それから既に10年が経過したことになります。
当時の移籍先は非常に数が多かったのですが、該当する車両もU-の初期までですので、既に過去のものとなったものも多いようです。
さて、移籍先と移籍数には当然ばらつきがあり、こんな事業者にも入っていたの?という事例もいろいろとありました。越後交通グループもそんなところの一つだったと思います。
フジロックフェスティバルの輸送体制を取り上げた際にも登場していますが、今回は改めてこの車両を取り上げます。

・南越後観光バス 三菱U-MP218K +呉羽 2013年7月 越後湯沢駅附近(新潟県南魚沼郡湯沢町)

・南越後観光バス 三菱U-MP218K +呉羽 2008年7月 火打峠(新潟県南魚沼郡湯沢町)
越後交通グループには1990年代の終わり頃からポツポツと移籍車が入りはじめますが、2000年代に入ると本格化します。
その中でエアロスターKは複数の事業者から各種タイプが移籍しました。
都営バスから移籍したのもエアロスターKで3台ほど存在したようです。登録番号は近接している(長岡200か259、269、270)ので、同時に移籍したのでしょう。
269、270は銀に赤帯の標準的な塗装でしたが、259はいわゆる「ハイライトカラー」になっていました。外観は側面の方向幕を小さくする以外はこれといって大きな変化はないようです。
いずれも分離子会社の南越後観光に所属。269が小出、259・270が津南だったようですが、いずれもなかなか撮影しづらく、フジロック輸送で、うち2台を漸く見ることができたというわけです。
越後交通は、最近は予想外の事業者から移籍車が入っているようですが、これらはどうなっているのでしょうね。