
・上信電鉄 デハ251ほか 1994年3月 下仁田
上信電鉄は昭和50年代に入り、新車を2回にわたり導入しています。
このうち、1981年に導入されたのが両運転台の250形2両です。

・上信電鉄 デハ252 1994年6月 高崎
1976年に製造された3連の1000形および同時に製造された2連冷房付の6000形と同じく新潟鉄工所製の20m級車。車体も基本的なつくりは同じで、側面は3扉・窓間に3枚のユニット窓が並びます。
屋根の肩部分が斜めにカットされているのが少々珍しい構造ですね。
しかし、1000形・6000形が固定編成なのに対し、こちらは在来車の
200形と混用して使うことが前提となっており、機器構成は異なっています。
この年代に製造された車両としては珍しい中継弁付自動空気ブレーキ(AMAR)を装備し、発電制動はありません。当然ながらマスコンも1000・6000のワンハンドル式に対して、通常の主幹制御器とブレーキ弁が別々のタイプになっています。
主電動機は200形と同じ、国鉄MT46と同じ系譜に属するTDK-806/4D(定格出力100kw)ですが、1M車で直並列制御を行うため、端子電圧が750Vになっているのが特徴。制御器も200形と同系統の東洋電機のACF-H-4100-781Aですが、こちらは加速度の変更ができる(通常時2.4km/h/s、高加速時3.0km/h/s)のが特徴で、ここは1000・6000に合わせています。
前面は1000・6000と異なり、貫通式となっています。バンパーがついているのは同様ですが、貫通路使用時には、その部分が左右にスライドする構造です。また、フロントガラスは、増結時の操作性を考慮して若干下に向けて傾斜しています。
250形は、群馬県の中小私鉄整備近代化事業資金を利用した、線形改良・信号所増設などの近代化策の一環として投入されました。しかし、それほどの効果はなく、むしろ1984年の列車衝突事故発生以降はトーンダウンしていったように感じます。
(登場当時としては)奇抜な斜線多用の塗装(・・・そういえば、
両運転台に改造されたデハ204もこの塗装になっていた時代がありますね。)も、1994年末にサーモンピンク一色に塗り替えられています。
上の画像は1994年6月の撮影ですが、よく見ると塗装はくたびれていたのがわかります。

・上信電鉄 デハ251+クハ303 2011年12月 根小屋~南高崎

・上信電鉄 デハ251+クハ303 2014年8月 高崎
その後、デハ251はいわゆる「バス用の冷房機」を取り付けて冷房改造が行われました。
屋上には熱交換器?を、また高崎側の運転室後は窓が1枚分つぶされて機器(室外機?)が搭載されています。
同じ方式で冷房化された200形の制御車、クハ303と実質的に固定編成となっており、
ながらく人形店の広告車となっていましたが、近年解除され、アイボリーに緑の新標準色?になっています。

・上信電鉄 デハ252+クハ1301 2014年8月 高崎商科大学~根小屋
一方、デハ252のほうは、1000を3連から2連にした際に編成から外れたクハ1301(2001年改造)と編成を組むようになります。こちらは、通常の鉄道車両用の冷房装置(三菱CU-191P 能力10500kcal/h 泉北高速鉄道の廃車発生品)が、4機取り付けられました。
こちらはアイボリーに水色でしたが、長いこと、こんにゃくメーカーの広告車になっています。
デハ251・252ともにバンパーが外され、前面はスッキリした印象になりました。