関東鉄道のバスは、1990年代に入ったあたりから移籍車の導入を開始します。
最近は、実に多様な移籍元となっていますが、かつてはまとまった台数が同一の事業者から入る傾向がありました。その中では少数派の移籍元だったのがこのクルマです。

・関東鉄道 三菱ふそうP-MP218M +呉羽 1999年4月 つくばセンター附近(茨城県つくば市)
もと横浜市交通局のエアロスターKです。
丁度、全国的に横浜市営からの車両移籍が活発化していた1998~9年頃に数台が移籍しています。画像は、つくば中央(谷田部)に配置されていた軸距5.3mのMP218M。なお、軸距4.8mの車両も移籍しましたが、配置先が波崎ということもあり、個人的には見ずに終わりました。
関東鉄道には、自社発注の軸距4.8mのエアロスターKがそれなりの数、在籍していました。それらとは、長さのほか、ライト周辺の色(自社発注車は黒)、フォグランプの形状(同、角目)などで、また雰囲気が異なる仕上がりになっていました。
横浜市から放出される車両が電子機械式ATになったことが影響したのか、後が続かずこれで終了。関鉄は従来通り西武、その後は主要株主の京成から大量の車両を導入するようになります。横浜市からの移籍は約10年後のMP747Mまで開くことになります。

・いまはなき茨城観光自動車の日野P-HT233BAとの並び。ともに、もと横浜市交通局の車両
2001年5月 牛久駅(茨城県牛久市)・・・茨観が廃業と聞いてすっ飛んでいったときに撮影したもの。