昭和30年代の路面電車工場で撮られた写真を見ると、古物の台車の上にとって付けた車体を載せた怪しげな構内入換車が出てくることがよくあります。その雰囲気を今に伝える唯一の存在といえるのが、阪堺電軌大和川検車区の2両の入換車でしょう。

・阪堺電気軌道 大和川検車区入換車(TR1) 1993年8月

・阪堺電気軌道 大和川検車区入換車(TR2) 1993年8月
画像は1993年に撮影したものですが、現在も大きくは変わっていないようです。この2両の詳細と使用方法は、
RailMagazine誌前編集長の名取氏のブログに詳細が掲載されていますので、こちらでは簡単に。
TR-1は1950年製でB型電機のような板台枠?の下回りが特徴的です。こんな車両であっても前面がR付きなのは何かから流用した関係なのかどうか。一方、TR2は散水車を改造したもので、ブリル21E単台車を履いているため一応は電車らしい感じがします。塗装は、旅客車と同じ塗り分けを採用していたようで、この頃(・・・現在もですが)は在来車用の新塗装となっていました。といっても、殆どが全面広告車である同社で実際に旅客車で塗られたのは何両あるのやら。
この2両、撮影された写真はトラバーサーの向こう側に留められているものが大半ですが、これはそもそもこの車両の役目が、入場中の車両をトラバーサに載せ、転戦した先で押し出すことが目的だったため。つまりこの場所が定位置だったようです。


・阪堺電気軌道 デト11 1993年8月 大和川検車区(我孫子道)
阪堺にはちゃんとした電動貨車も在籍しています。
デト11は1952年帝国車両製。改造車であることが多いこの手の車両ですが、これは新車。キャブが四角四面ではなく大きなRが付いているところに、丁寧につくられている印象を持ちます。ヘッドライトが文字通り屋根に埋め込まれているのが特徴。
一方で台車は軸距が短いブリル27GE-1で、これは阪堺電軌1形を由来とするものでしょう。主電動機は芝浦SE-104A(30kw)を4基搭載。これも昭和初期に製造された鋼製ボギー車と共通しています。つまり新車といえども部品は手持ち品の流用だったのでしょう。2000年に車籍はなくなりましたが、構内入換用で引き続き使用されています。
撮影時は、天王寺側に2台の保線用台車を繋げていましたが、これは元をたどれば陸軍鉄道聯隊の97式軽貨車。
こちらも「今なお現役」であるようです。