
1980年代以降、新造車を導入できる中小私鉄はごく限られた存在になっていました。
そんな中で伊予鉄道が1950年代以来の新車を導入することになったのは1994年度のこと。1回のみ4両で終わりましたが、意外性を持って受け止められたと思います。

・伊予鉄道 モハ611 2003年8月 梅津寺

・伊予鉄道 モハ612 2003年8月 古町

・伊予鉄道 クハ661 2013年4月
山西~西衣山
メーカーはアルナ工機。MT2連、軽量ステンレス車体の18m級3扉車で、前面の方向幕がバス並みに巨大なのが特徴。形式は、1958年に製造された
600形に続く、610形になりました。
主要機器は他者の中古品で、台車(住友FS340)と主電動機(東洋TDK-824A 端子電圧375V・出力75kW)は東武鉄道2000系、主制御器(日立MMC-HTB-20)は京王帝都電鉄5000系の発生品です。制動は発電制動付電磁直通(HSC-D)、冷房機は路面電車用の三菱CU-127(能力10500kcal/h)を1両に3器搭載。これらは、当時主力であったもと京王5000系の700形と共通で、併結運転を考慮していたとも言われます。が、結局のところ610形同士の4連(横河原~松山市~古町 限定)か、単独の2連で運用されています。

・伊予鉄道 クハ662ほか 2003年8月 大手町
さて、この車両についてまことしやかに囁かれるのが、東武鉄道の20000系電車と同一設計というもの。最近では注文流れだの見込み生産だの、そんな無責任な話も流れているようです。
たしかに、両者は同じアルナ工機製。側面の窓配置は同じで、行先表示、側灯、車外スピーカーの位置まで同じとなれば、そのような推論をしたくなる気持ちもわかります。しかし、その一方で、両者を見比べると屋根の肩、雨樋の位置・構造、そして車体裾が内側に折れているかストレートかという造りの違いがあるのもわかります。

・東武鉄道 クハ21810 2015年9月 北越谷

・東武鉄道 クハ24413 2020年3月 栃木
なによりこの両者、車体幅(注・最大幅ではない)が異なるのです。2号線(日比谷線)の乗り入れ規格に準じる東武20000系は2776mm。これに対して伊予鉄は2700mmと狭くなっています。ほかにも貫通路幅が東武は850mmですが、伊予鉄は1000mm。
これらの事実から、せいぜい「部材や大まかな設計は流用した可能性がある」と表現できる程度であり、同型ましてや見込み生産などとは決して言えないでしょう。
そんなことよりも前面向かって右側、あるいは側面の方向幕の隣にある小さな窓。個人的には、これらは何のために設けられたのか気になるところです。
なお、伊予鉄は700や
3000は車体幅が2800mmありますが、車体裾の寸法は地方鉄道建設規定の2744mmに収まっています。口さがないマニアは「似た様な電車があるんだから20000系を買ったら?」などと口にしますが、そのためにはホーム等の対応が必要になると思われます。
・参考文献
「車輛の視点 伊予鉄道 610系電車」取材:前里 孝 とれいん242号(1995年2月)
東武20000系の寸法は、鉄道ファン324号(1988年4月)の附図「東武鉄道 制御客車 形式クハ21800」による。