
今回の渡台。鉄道関係の目的もいろいろあるのですが、その一つが台南市(といっても旧・台南県なので台南中心部からは自強號でも25分はかかる)の新營にある台湾製糖のナローゲージ(五分車)の八翁線です。
台湾南部に張り巡らされていた製糖鉄道のうち現役なのは
雲林の虎尾のみですが、幾つかの箇所で観光目的の保存運転が行われています(※1)。その一つがここ「
新營糖業鐡道文化園区」なのですが、他にはない特徴があります。

それが、このディーゼルカーの538号車「勝利號」です。現在、糖鉄のディーゼルカーは3両が残されていますが、定期的に運行されていて乗車できるのはここだけです。
さて、保存運転の区間は台鉄新營駅に隣接する糖鉄の新營駅から火焼店までですが、運行は新營駅から15分ほど歩いた場所にある旧・新營糖廠の前にある中興駅を境に2分されています。このうち勝利號はおもに中興駅よりも先の火焼店方面で運行されています。


中興駅には立派な跨線橋がありますが、これはここが元々巨大なヤードであったため・・・・今は一部の線路しか使われていません。そして東側の一角に機関区が設けられています。

保存列車の運行は土日のみです。うち、勝利號は09:00、10:00、11:00、13:00、14:00、15:00、16:00に中興駅を出発する7往復で運行されています。料金は150元、駅の片隅にある有蓋車を利用した切符売り場で切符を購入します。なお、勝利號は乗車人数30人の制限付きなのでご注意を。



当日は朝8時台から現地に乗り込み、出庫するところから待ってみました。出庫は、ドイツ製の機関車が牽引する遊覧客車タイプと続行運転!。なかなかにフリーダムです。



車体は入念に整備されておりツヤツヤです。勝利號の切り抜き文字も社章も金色に光り輝いてます。床下機器も銀色に輝くものが幾つか見られ、走行前提の整備が行われていることが解ります。

一方で、車内は座席を含めて木製で、パステルグリーンで塗りつぶされています(下車後に車両外側から撮影)。

運転台も計器類は新品。ガワは旧くても、きちんと操作できるようになっています。

車内での注目ポイントは新營側運転室後ろの座席です。ここには郵便ポストが設置されており、かつて台湾南部で貴重な輸送手段であったことがわかります。
538号は1949年に日立製作所で製造されました。
Wikipedia中文版の「台糖汽油車」(台糖ガソリンカー)などでは、当初からガソリンカーで1954年にディゼールカー(柴油車)に改造されたとあります。ところが台湾の鉄道研究の第一人者である洪致文氏のブログ「
飛行場の測候所:台糖現存汽油客車身世考證」によれば、製造当初は客車であり1954~1955年にガソリンカーに改造されたとあります。真相はいかに?
なお、勝利號は1996年に復活したものの、暫くの間、新營から山側に7kmほど進んだ場所にある烏樹林(烏樹林休閒園区)に貸し出されていました。私は2021年5月に同所を訪ねたのですが、この時はクラの中に納まっており見ることができませんでした。2023年7月から新營に戻り保存運転が行われています。
まずは1往復乗ってみましょう。中興駅から火焼店までは約2.5kmです。




工場跡を抜け、急水渓を渡ると田園地帯の中を進みます・・・といってもサトウキビ畑ではなく稲田ですが。もちろん、台湾らしい廟もあります。ちなみに速度は、自転車よりも早いかそうじゃないかのゆっくりしたスピードです。

路線の中間には、列車が交換できる場所もあります。ここは果毅後線分岐点(果毅後旗站・・・
旗站は信号所・分岐点の意味、
果毅後は新店より南東にある地名)で、過去にはここから更に支線が分岐していました。線路をみるとわかるように新營駅からここまでがサブロクとニブロクのデュアルゲージになっています(いました)。


終点の火焼店は鬱蒼とした木立の中にある簡易的な駅です。ここで下車することもできるようですが、そんな人は誰もいません(帰る手段がないので当然)。火焼店はこのあたりの集落名で、別にここに点心の店があるわけではありません・・・烏樹林あたりに乗ってしまうとそんな期待もしてしまいますが(笑)※2。
じつは、2020年まではさらに2.5kmほど先にある八老爺(新駅)まで運行されていました。その後、整備改修が実施されたのですが2024年2月に復活してからは、この火焼店どまりとなっています。
・・・
その2へ続く・・・
※1 新營の他に烏樹林(台南)、渓湖(彰化)、橋頭(高雄)、蒜頭(嘉義)がある
※2 烏樹林は保存運転区間の終点に多数の屋台が開かれていて、アイスキャンデーなどが購入できる。