大分交通というと、今はバス中心の会社。それも中型車中心の陣営です。
しかし、かつては複数の鉄軌道を有していました。
トロリーファンなら別大電車ですが、非電化ローカル私鉄ファンにとっては
耶馬溪、宇佐、国東の各線でしょう。高井薫平氏、あるいは湯口徹氏の著作で見たローカルムード満点の写真は、古き良き・・という言葉が似合います。
さて、その大交非電化線の新鋭車だったのがキハ600形。
4輌が1956年と1960年に日本車輌で製造され、国東線と耶馬溪線に配置されました。
トルコンを装備しながらも総括制御はできないシロモノ。
最終的には耶馬溪線に終結し、1956年製の2輌が、中津市内の民宿兼レストランの汽車ポッポに、1960年製の2輌が紀州鉄道に譲渡され同番号で使用されました。
下の画像はその例。中津の画像は1995年の撮影で、2両がありました。
一方、紀鉄のほうは1989年の撮影。前面窓が現在と異なり大交時代のままです。


・大分交通キハ601(利用) 1995年8月 大分県中津市 「汽車ポッポ」

・大分交通キハ602(利用) 1995年8月 大分県中津市 「汽車ポッポ」

・紀州鉄道キハ603 1989年8月 学門
この車輌、キハ10から作れそうだと思い、津川のキハ10中古品を買い込んで早○年・・。
※2014.1.19 キハ603の画像を交換しました。※2015.4.20 キハ601の画像を交換・追加、キハ602の画像を追加し本文を一部修正しました。