鉄道コレクション・・・・鉄コレが発売されてから、もうすぐ1年が経とうとしている。
その時、何となく複雑な胸の内を書いたのだが、それは1年経ち、ますます混迷を深めてしまったようだ。
10年前、製品の「せ」の字の一角目すらない状況だった地方私鉄のNゲージ。
プラ板を切った貼ったで・・あるいはGMの改造で大量の電車を作った自分にとって、
プラベースの量産品の発売というのはユートピアだと思っていた。
しかし、増え続ける車両を見ながら、一体自分は何をしているんだろう・・と、何か虚しくなってしまった。
脅迫観念にかられて、こんなにたくさんの車輌をあつめて、どうしようというのだ?
そもそも、ブラインド販売は、模型でギャンブルをやっているようなものである。
加えて、水子となったガレキを見て、なおのこと頭を抱えてしまう。
そして限定品を目の前に右往左往・・・・。
鉄コレが無限の宝島だったなら、私たちは奪い合う筈がないのに・・・。これでは、ディストピアである。
気になるのは、鉄コレが安すぎるという点である。
かつて、お金がない子供は、香港貨車を買って満足したものだが、
貨幣価値を考えれば、それよりも安く、質は高いということになる
そうした状況を、価格破壊といって無邪気に喜べるうちは未だいい。
しかし、それは諸刃の剣。消費者の価格感覚が狂った結果、焼け野原になるリスクも、最近は感じている。
むしろ、価格がどうこうより、基本的なものが苦労せずに手に入る事・・
というのが重要だと思う。
のんびりと鉄道模型を楽しには、こういった「保障」のようなものが必要不可欠のはずである。、
煽り商法に乗せられて、趣味でもストレスを抱えたら、行きつく先は廃人である。
結局のところ、
自分が欲しいものがあるから買う・作る・・という極めて原点的な部分に立ち戻りたいと思う。
そして「安い」から買うのではなく
「自分に必要だから」「自分にとって価値がある」から買う、という点にも戻らねればならないとも・・。
と書いた矢先に、富士急の限定品が我が家にやってきた。
そして、琴電1020発売発表・・・・。
しかし、傍らの鉄コレの改造車で完成したのは未だ2輌のみという現実。
自分は、正直、鉄コレとの距離感を決められずにいる。
そして悲しみと同じ産声をあげながら
このエデンならぬ鉄コレを買って
おぼつかない改造プランを今日も紡ぐ。
幾たびも幾たびも
このエデンならぬ鉄コレを買って
おぼつかない改造プランを今日も紡ぐ。
・・・・元ネタわかる人いるのかなぁ。