いまや、北海道から沖縄まで、全国に流通する、もと川崎鶴見臨港バスの車両。
しかし、モノコック~P-初期の時代は、移籍市場そのものが小さく、臨港バスのそれも
また目立つ存在ではありませんでした。
10年ほど前に、もと臨港車が割と多く移籍していたのは、羽後交通だったと思います。
川重架装のCJM数種類がやってきました。その後、P-LVが1台入ったところで止まるのですが、現在は再び勢力が拡大しているようです。

羽後交通 いすゞK-CJM470 +川重 1997年11月 秋田県大曲市
さて、羽後交通の車体色は首都圏の某バス会社似・・とよく言われます。
しかし、もともとは、この車両のような藤色といった感じの色でした。
のちに、その某バス会社の車両が入りだしてから色あいが濃くなり、現在のマルーンになったように思います。