ということで、ポール集電の田舎電車をイメージすべく取り出したのが、この写真。
本サイトでも取り上げている、雄勝電車のデハ5です。


・羽後交通雄勝線 デハ5(保存) 1994年8月 湯沢市役所(秋田県)
戦後、車体交換によって不要になった、もと王子電気軌道→都電の車両うちの一つ。
名義上は1954年、日本鉄道自動車製ということになっています。台車も、よく見ると、都電あたりで見られるものを履いています。日鉄自が得意とした再生車両の典型的な例といえるでしょう。
王電の鋼製車200形は、1927年合計23両が製造されましたが、都電買収後、田中車両製が150形151~157、日車製が160形161~168、川造製が170形171~178と3形式に別れました。うち、176と157(163と番号を交換の上)が川崎市電に譲渡、また、150形全車と174、177が3000型に更新されました。
このときに発生した9両の車体のうち、4両が江ノ電、3両が秋田市電、そして残り1両が雄勝にやってきたことになります(・・・そうなると残り1両のボディを架鉄に使えるとかなんとか、でも163は事故ってるんだよなあ・・・)。
雄勝に来たのは170形のひとつと言われています。そうだとすれば174は江ノ電に行ってますから、こちらはもと177ということになるはずですが・・・。



さて、このとき、既に電車は荒廃しており、数年後には解体されてしまうわけですが、
反対側の画像を見ると、なんとか持ちこたえている状態であることがわかります。扉の部分は一部が剥げ落ち、旧塗装の緑色が顔をのぞかせていました。

・雄物川橋梁の橋台の跡。今も残っているのだろうか?
※2015.10.24 画像を交換しました。