これまでも何度か取り上げている、昇圧前の飯坂電車の車両。
今回のお題は、1200形の中でも最もオーソドックスな扉の間に13枚の窓がズラーっとならぶタイプです。
ここで1200形についておさらいしておくと
1) モハ1204・05 1948年手塚製作所製の12m車。 もとモハ104・105。
2) モハ1208 1950年日車東京製 狭窓の15m車 もとモハ108
3) モハ1209・10 1952年宇都宮車両製 同上 もとモハ109・110
4) モハ1211 1952年日本車両製 同上 もとモハ111
5)
モハ1201~03 1955年日本車両製 広窓の15m車 1942年日車製の木造車モハ101~103を鋼体化。
以上9両で構成されます。最後まで残ったのは1202、1203、1209~1211の5両でした。


・福島交通飯坂線 モハ1210(上) モハ1211 1991年3月 桜水
上は宇都宮製の1210と日車製の1211。
似たような車両ですが、よく見ると前面の裾の形状や、乗務員室の窓の形状などには差が認められます。
また、客用窓のアルミサッシ化などの点でも差があったのですね。
この狭窓車のグループは、書類上は新製車でしたが下回りは、全て中古品。
新製時は1208~1210は日鉄自NT-28を、1211はブリル27MCB2(もと宮城電鉄)を履いていました。
また、1209・1210の台枠は富山地鉄から譲り受けたものを使ったとのこと。主電動機なども地鉄譲りのものがあり、これは同社の佐伯宗義社長がかつて福島電鉄の社長を勤めていたことによる縁があったからと言われています(※。
で、文献を見ると晩年までNT28であったとする記述が多いのですが・・・

実際には、1210・11は住友製のKS33L?を履いていました。
これまたどこの中古品だったのでしょう。
このモハ1200は、中間にサハをはさんだ3連で朝ラッシュ時に動くのみで、日曜にたずねたこの日は当然ながら全部おねんね。
ちなみにこの頃の飯坂線は単線ながら朝ラッシュ時は10分ヘッドで運行していました。
※ 瀬古龍雄「35年前の東北私鉄」 鉄道ピクトリアル477号 (電気車研究会 1987年3月増刊)による。