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高松琴平電気鉄道600・700に関する簡単な資料集

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四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E
国鉄バスは全国的に富士重工架装の一般路線車が配置されていたため、分割民営化後も各社で見ることができました。ただし会社間には当然格差があり、JR四国は民営化後には導入例がなく、国鉄時代も3Eが最後であったため影が薄い存在でした。
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・四国旅客鉄道 いすゞK-CJM470 +富士3E 1996年10月 高知駅

画像は高知に配置されていた、いすゞC系の短尺車。
前中折戸の典型的な国鉄バスで、サブエンジン式のエアコンを搭載しているところが地域性を表しているといえましょう。
現在は土佐山田駅発着でアンパンマン一色の大栃線ですが、この頃は未だ御免を経由して高知駅まで乗り入れていました。この頃は駅の西側に仮設のバスターミナルがあり、各社のバスが発着していました。
# by hiro_hrkz | 2019-05-18 23:07 | バス(富士重工) | Trackback | Comments(0)
水間鉄道 モハ501形
 水間鉄道は1990年8月に架線電圧を直流1500Vに昇圧をして以来、もと東急7000系が走っています。
その直前、600Vの頃に在籍していたのがもと南海1201・1901形のモハ501形(およびクハ551形、サハ581形)でした。かつて、水鉄では雑多な中小形車を使用していましたが、南海電鉄の架線電圧昇圧に伴い大量に廃車となった当形式を1971~1973年に12両譲り受け、車種統一を果たしました。関西でいちばんのミニ電鉄だからできた技でもあるのですが、当時のローカル私鉄では画期的なことでありました。

 最も、南海1201形は製造時期によって外観の差があり、また改造で両運転台車と片運転台車が混在していたので、それなりのバラエティが存在していました。
水間に入線したのは以下のようになります
(★は両運転台車、●は貝塚側片運転台、◎は水間側片運転台)
・1次車が3両(南海モハ139~141→モハ1206~1208→水鉄モハ501★、502★、506◎) 
  全長が220mm短い18080mmで、前面の雨どいが弧を描く
・2次車が3両(南海モハ1212、1214、1215→水鉄モハ504◎、508◎、509●)
  全長が18300mmになり、前面の雨樋が直前、また前面裾にスカートがある。
・4次車が2両(南海クハ1905、1908→サハ1905、1908→水間サハ581、582)
  窓の位置が2次車より1段下げられた3次車を踏襲したが、車内が準戦時設計で簡素化された。
  1905は戦災復旧車ながら、車体が原形になった例外的な個体。
・5次車が3両(南海クハ1912、1913、1914→モハ1239、1240、1237→水鉄モハ503★、510◎、505●)
  戦時設計で、車内の通風対策として1段下降窓を採用した。
・戦災復旧の車体新造車が1両(南海モハ1211→水間モハ507●)
  5次車に準じた車体を持つ

ただし、片運転台でもモハ504、505、506、509には、撤去した運転台の乗務員扉が残っており、一見両運転台に見えるものとなっていました(サハもクハ時代の乗務員扉が残存)。
 また、1984年にはモハ502、504、510の3両を電装解除してクハ551~553にしました。これは蛍光灯を交流化するにあたり、制御器・抵抗器を取り外したスペースにMGを取り付けたため。最も、パンタグラフは残されたため電動車時代とそれほど外観は変わっていません。モハ502→クハ551はこの時に貝塚側の運転台が撤去されています。
このようにして、最終的にはサハ2両が同型であるほかは、全てバラバラの内容となっていました。

なお、主電動機は三菱MB-146SFR(端子電圧750V・定格出力93.3kW)に、主制御器も電空カム軸式のGE製PC-14AもしくはPC-14Nに統一されていました。
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・水間鉄道 モハ501 1989年7月 水間

 さて南海1201形は、南海の昇圧後も貴志川線に10両が残存していましたが、私が乗車した平成元年の時点では随分と異なる印象を持ちました。蛍光灯の変更や前照灯のシールドビーム化は南海でも行われていましたが、車内はニス塗りのままでした。一方で水間の車両は車内はデコラ張りとなり、窓枠はアルミサッシ化。なによりクリーム色に赤と水色の明るい塗装となっており、こちらのほうが随分と「いま風」に感じたものです。この車内のデコラですが、ニス塗時代の形状を踏襲しており、扉の両脇が出っ張っていたのが印象的でした。
 この画像はその際に撮影したものですが、留置車両を撮影しようにも本線のポール等が邪魔でこんな写真しか撮ることができませんでした。おそらくは、当時見た本で、貝塚駅まで行けば車両の撮影ができると思っていたのでしょう。しかし、貝塚は橋上駅舎化の真っ最中で撮影できず・・・行きは阪和線の和泉橋本駅から石才駅まで歩いたことが仇となったわけですが、今思うと何とも残念な話ではあります。
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・水間鉄道 クハ553(保存) 2001年8月 水間

 最も、うれしいことに今でも1両が水間観音駅に保存されています。
一段下降窓を持つモハ510→クハ553で、このときは廃車時の塗装でしたが、現在はその前の赤とクリームに塗られています。

・参考文献
吉川寛・藤井信夫「私鉄車両めぐり73 南海電気鉄道 鉄道線電車[3]」 鉄道ピクトリアル201号(1967年9月)
三木理史「関西地方のローカル私鉄 現況4 水間鉄道」 鉄道ピクトリアル445号(1985年3月増)

# by hiro_hrkz | 2019-05-12 01:16 | 鉄道(旧形電車) | Trackback | Comments(0)
弘南バスの日野架装車
弘南バスは1990年代中頃から2000年代初頭にかけて、東京都交通局、小田急バス、横浜市交通局等から多数の移籍車を導入していました。その後は中扉を基本的に使用しない同社ゆえなのか、自家用の中型車にシフトしバスマニア諸氏の関心も低下していたようです。ところが、この数年間再び乗合事業者から路線車を導入するように変わっています。バリアフリー法の関係で再登録が難しくなたことや、中型の自家用自体が減少していることも背景にあると推測しています。

ここ最近の移籍車の主流を占めているのは、もと朝日自動車グループおよび同系の東武バスグループの車両です。今回は、その中から日野車体の車両をあげてゆきたいと思います。
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・弘南バス 日野KK-RR1JJGA +日野車体 2019年5月 上土手町(青森県弘前市)

まずはトップドアの中型車。もとは東武ダイヤルバス(→日光交通)の車両でエアサス車です。側面の方向幕は使っていません。東武ダイヤル時代から1両だけの存在です。
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・弘南バス 日野KK-RR1JJGA +日野車体 2019年5月 中土手町(青森県弘前市)
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・弘南バス 日野KC-RR1JJAA +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)

続いてはオーソドックスな前後扉のツーステップ車でもとは朝日自動車。ただし2台で型式は異なるようです。朝日系列のどこかの事業者を経由しているのかはわかりません。それにしても移籍時の車齢が前者で16年、後者は19年となるわけで、以前では考えられない高齢移籍ではあります。
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・弘南バス 日野KK-RJ1JJHK +日野車体 2019年5月 青森駅附近

こちらはワンステップ車。
マーカーランプがついているので、朝日自動車が出だしなのは確実ですが・・・。
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・弘南バス 日野KK-HR1KEE +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)
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・弘南バス 日野KL-HR1JNEE +日野車体 2019年5月 弘前駅前(青森県弘前市)

ノンステップ車のHRも移籍しています。
9m車はもと朝日自動車、10.5m車はもと東武バスです。このうち10.5mには乗車することができましたが、中扉は棒で封鎖されており使用することができません。
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・弘南バス 日野KC-HU2MMCA 2018年8月 青森駅前

一方で純粋な大型車の移籍は少なく、東武・朝日関連はこれだけのようです。
もとは阪東自動車で国際十王自動車(伊勢崎)を経由しています。青森駅とショッピングセンターを結ぶ送迎バスで使用されています。なお、このバスの前任車も東武の車両(3扉のHT)でした。
# by hiro_hrkz | 2019-05-06 20:00 | バス(日野車体) | Trackback | Comments(0)
日立電鉄バス追想録
今年1月より作成してきた「日立電鉄バス追想録」。3月になり新規登録が4両増えるなどしましたが、茨城交通との合併前日までになんとか現在在籍する一般路線車の大半を収めることができました。ただ、1両(水戸200か1217)だけ何度行っても現れませんでした。なんてことのない3桁規制のエルガミオなんですが、こういう相性の悪い車両というのは、どうも存在するもので・・・。
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 私がローカル私鉄や路面電車というものに自らの意思で乗りに行くようになるのは、高校生になったばかりの平成元年の春のこと。その最初の一歩が、日立電鉄と茨城交通湊鉄道線でした。以降、茨城県北には何度となく足を運び、やがて興味の対象は鉄道からバスが主体に変わってゆきました。東野交通のときにも記しましたが、車両が多彩な茨城・栃木の各社は興味深く、その中でも日立電鉄は特にのめり込んだ事業者のひとつです。
 最初の訪問から30年。茨城交通は湊鉄道線が第3セクターのひたちなか海浜鉄道になり、残ったバス部門他は倒産しみちのり傘下で更生、日立電鉄は電車線が廃線になり分社されたバスだけが残ったものの遂に日製傘下を離れこちらもみちのり傘下に入るという大きな変化がありました。それでも茨交と電鉄という枠組みだけは変わらないと思っていました。かつて日製の存在ゆえに久慈川を境に茨交と電鉄になった歴史を思うと、今回の合併はいろいろと思うところではあります。

電鉄バスを見るようになって二十余年。その前から見てこられた諸先輩を思うと烏滸がましいのですが、わたくしの記録を整理する意味もあって、今回このようにまとめた次第です。
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・合併を前に、既に社名が変わっていた日立南営業所
# by hiro_hrkz | 2019-04-30 20:52 | バス(その他) | Trackback | Comments(0)
神奈電をもう一度 2019年4月
ただいま、こんなものを製作中です。
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相変わらず、いつ完成するのか判らないペースでの作成が続いています。屋根を載せ水切りを付けると、俄然「らしく見える」ようになりました。
屋根は種車のものを切り継いだものをベースとしていますが、特段嵩上げ等は行っていません。ただし種車より若干車体幅が狭いので、その分屋根が深くなったように見えます。また、端部は全く形状が違うのでプラ板を貼り重ねた上で整形しています。
あとは、手すりと配管を行えば・・・といったところです。浅草の演芸祭までには完成させたいところです。
# by hiro_hrkz | 2019-04-28 23:16 | 模型・神奈電・架空の鉄道 | Trackback | Comments(0)
20年の雑感 ~草の想い~
本日、2019年4月25日 拙サイト「創作鉄道資料館」の開設から20年を迎えました。
まずはサイトをご覧いただいている皆様に感謝を申し上げる次第です。

平成の約3分の2の間、このサイトを維持したことになります。ご覧になっている方の中に、物心がついた頃には、あるいは生まれたときには拙サイトがすでに存在していた方も多いのかもしれません。

1999年というとつい昨日のように感じてしまうのですが、拙サイトに関することだけでも、富士7Eは新車、買収国電も僅かながら営業運転しており、一方でバスコレや鉄コレは無い、路面モジュールの規格も存在しない・・・あれこれ思えば思うほど、相当に時間は流れたのだと感じます。なにより、自分も若かった・・・こんな人生を歩むとは思いもしなかった・・・。
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・20年前の4月写真から
 (上)名鉄谷汲線 谷汲駅に入線するモ755
 (下) 桜の下を走る関東バスのP-U32K前期型 +富士5E

閑話休題。
開設からの10年は続ける意思が比較的明確だった10年でしたが、その次の10年は惰性の10年であったように感じます。コンテンツを維持してゆくのがやっと・・・正確には半分以上のページが放置に近い状態です。それほどに、サイトの作製というのはパワーと情熱が必要なことでした。

20年前に比べ、PCと複数のモバイルに対応させなければならないなど画面設計が高度化し、サイトの作製は難易度が相当に上昇したと感じます。一方で個人の情報発信ツールは、ツイッター、インスタと気軽に行えるものが増え、それらは刹那に消費され一時期の激情に左右されやすいものとなりました。さらに文章を追うことを苦痛に感じ、動画を歓迎する世代が出てきている状況を鑑みれば、ブログですら減っているのに、テキスト主体の個人サイトというのは相当に時代遅れなのかもしれません。

この10年で料金不要のサイト開設サービスあるいばブログがが相次いで消滅しました。
もしかすると、個人サイトというのはインターネットが一般市民に拡がったその黎明期に、ほんのわずかの間だけ可能性を夢見ることができたものなのかもしれません。
一方で鉄道やバス趣味の界隈を見ていると、何かを記し残したい人は同人誌へと回帰しているように見受けられます。

もうすぐ、平成から令和に時代が変わります。
私も、このサイトをどうするのか、そろそろ真剣に考えなくてはならない時期なのかもしれません。
メインで記してきた富士重工製の路線バスについて書くのも終わりが見えてきました。
が、まだ暫くの間は、免許維持路線的に残しておきたいと考えています。情報をまとめて解析することの重要性は変わらないので。

引き続きご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

・特別企画
創作鉄道資料館 過去10年の表紙画像
富士重工製路線バスのページ これまでの表紙画像

# by hiro_hrkz | 2019-04-25 00:00 | 言いたい放題 | Trackback | Comments(0)
尾道市交通局のいすゞ 2題
広島県の尾道市交通部(交通局)のバスは、拙ブログでも何度か取り上げているように、日野RKいすゞEDMなど9m大型車を多数保有することで知られていました。
その一方で通常の大型車や中型車も存在していましたが、あまり目立たない存在でした。本日はいすゞ+川重~IKを架装した事例を2つほど取り上げたいと思います。
e0030537_02105918.jpg
・尾道市交通局 いすゞP-LV314K +川重 1998年9月 尾道駅前(広島県尾道市)

まずは通常の大型車のP-LVから。1985年式で2両が在籍していました。
尾道市営の昭和54年排ガス規制~昭和58年排ガス規制適合のいすゞ車は、車体がその時々により川重(IK)か富士かマチマチでした。LVは川重が選択されたため、キュービックバスとなりました。なお、このあとに入るLTは富士5Eが選択されたため、キュービックはこのときだけで終わりました。
 尾道市交は昭和54年排ガス規制の車両から前中引戸を前後引戸に改めています。従ってこの車両も前後扉となりました。
e0030537_02105528.jpg
・尾道市交通部 いすゞU-LR232J +IK 1997年3月 兼吉(広島県尾道市)

一方、こちらは平成元年排ガス規制適合のいすゞLR。9m大型を好んでいた尾道市営も、ここで中型車の導入となりました。前後扉ですが、後ろ扉は折戸であることがLVと異なる点。また、サスペンションはエアサスになりました。
1991・1992年式が各々5両、合計10両が在籍していました。
e0030537_02105726.jpg
・1997年3月 兼吉(広島県尾道市)

この画像を撮影したのは向島の渡船場である兼吉。
大林宣彦監督の映画「あした」で使われた船の待合室のセットが、バス停の待合室に転用されてします。
# by hiro_hrkz | 2019-04-21 18:39 | バス(川重/IK/IBUS) | Trackback | Comments(0)
上信電鉄 700形
 上信電鉄は2017年にJR東日本から107系100番台2次車のうち6編成12両を譲り受け、そのうち1編成が先月10日より700形(クモハ701+クハ751)として営業運転を開始しました。同社は、昭和30年代より車両の鋼体化、新製、さらには車両の譲渡を西武鉄道に頼ってきたことを考えると、これは大きな転換といえるでしょう。その背景には、西武で廃車になる車両が20m級4扉車で界磁チョッパでは上信には合わなくなってきたことが考えられます。一方で、107系は20m級3扉ロングシートの車体で、従来の電車に同じというのは購入の動機になったと思います。
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上信電鉄 クハ751+クモハ701 2019年3月 山名~西山名

 全長20000mm・車体幅2800mmの国鉄規格の車体は、地方私鉄には物理的に入線不可という事例も多いですが、既にそれに準じる規格の電車を使用する上信にとっては何の問題もありませんでした。ただし、クモハの自重は従来の車両よりも重めの42.1tとなっています※・・・上信には過去自重45tを超える国鉄80系電車の入線実績がありますが。
 一方で、オーソドックスな抵抗制御は、ローカル私鉄にとっては保守の面で望ましいものでしょう。部品の供給という点でも国鉄型が残る限りはそう大きな心配はしなくてもいいのかもしれません。主電動機のMT54も、もと西武401・701・801系の151形で日立HS-836*rbとして使用実績があります。
 ただし大きく異なるのは機器構成。上信のこれまでの中空軸並行カルダン駆動の電車は、端子電圧や出力などの差はあれど、全車両が直並列制御でした。しかし、700形は国鉄~JRの抵抗制御の1M車らしい永久直列制御となっています。このあたり運転時の感覚は異なる面もあろうかと思います。
 車体はほぼそのまま。上信らしい斜め塗りになるかと思いきや、ずいぶんと大人しいアイボリーと緑色の単純な2色塗りとなりました。車内は座席・床材の交換等は行われましたが、クハのトイレは汚物タンク等を取り外して閉鎖しただけとなっています。

※ 700形デビュー記念乗車券セットに記載の諸元表に基づく。
# by hiro_hrkz | 2019-04-13 18:12 | 鉄道(その後の電車) | Trackback | Comments(2)